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合併・廃村誘導する国県
上関の町長・議員飼い慣らす
              町を潰し責任回避をはかる    2006年3月25日付

 【上関】 中国電力の上関原発計画がもちあってから24年、上関町をめぐる情勢は大きな転換点を迎えている。「町の繁栄のため」といってはじまった原発騒動のあいだに、人口は半減して3700人となり高齢化率は47%をこえて、町の衰退は目を覆うばかりとなった。「国策」として原発を推進してきた国、県は近年、情け容赦なく予算を削減し、上関町を合併・解散と消滅コースに誘導している。農協も漁協も商工会も合併・消滅で、役場も合併・解散して、町はつぶれることが現実問題となっている。上関町で、中電と国や県の責任を問う機関はつぶしてしまい、放り出そうとしているのである。合併新市になれば「原発はなじまない」などいって、電力会社が現地の自己責任という調子で逃げるのが全国の例である。かりに原発をやるとしても、上関町は24年振り回されたあげくに放り出されることとなる。

  24年にわたる意図的な破壊
 上関町内では、24年の長期にわたる原発騒動をへて、国、県、中電が、意図的に町を衰退させてきたことがさめざめと語られるようになった。
 今月おこなわれた、柳井地区消防組合の2006年度予算をめぐる臨時会での周辺市町村の対応は、町内推進派を驚かせた。市町村合併に参加していない上関町と平生町に、約3100万ずつの負担を新たにかぶせる予算案が、多数決で押し切られたのだ。
 柳井地区消防組合には、柳井市、大畠町、上関町、平生町、大島町、久賀町、橘町、東和町の1市7町が加入していたが、合併によって1市3町となった。80%を人口割り、20%を均等割りと定めている従来の規約を、柳井市や周防大島町が強行し、上関と平生にかぶせたのである。
 上関町側のショックは、県が仲裁に入らなかったことで、県が合併に誘導して上関町を切り捨てようとしているということであった。国や県の意向は町財政にもはっきりとあらわれている。近年、原発計画があるからといって上関に財政的な特別あつかいはない。地方交付税は、過去5年間で4億6000万円あまりが減額され、さらに減らされる予想。「初期対策」の原発関連予算も1昨年まででうち切られた。基金は今年までにほぼとり崩しており、統合小学校建設事業が今年3月に終わったあと、新規事業をはじめる余裕はない。財政パンクは、時間の問題となっている。
 国からの上関町切り捨ての動きは、2002年の国による柳井地域との合併誘導で表面化した。当時の片山町長は、合併するなら「20年の原発の苦労は水の泡」といって、国に特区あつかいを願い出たが相手にされなかった。片山町長は中電と約束した5年間で36億の「協力金」を出せと騒いだがこれも相手にされなかった。
 そしてつぎにあらわれたのは、中電側からの片山町長切り捨てであった。町長選で、浅海、右田氏をたてて推進は抗争をやらせ、片山氏が対抗する形で加納氏をおしたが、選挙では山口県警が異例の選挙違反で動いて神崎氏を逮捕。買収金をもらったたくさんの町民が警察に呼ばれて絞られた。そして「中電の協力金はいらない」と宣言した柏原氏が中電に買われて町長に当選。古手の推進派が切り捨てられ、議会は中電チルドレンといわれる顔ぶれにかわっていった。
 現在町長も議会も町民の信頼がないのは自他ともに認めるところとなった。町民が住めなくなって町がつぶれようとどこ吹く風、県や国が町財政をパンクさせて合併・解散に追い込もうとしていようとノー天気。中電の誘導によって「町長や議員は自分の損得しか関心がないバカばかりになった」といわれるようになった。
 現在、二井知事は第2次合併をすすめようとしている。周辺では、田布施、平生、上関が合併候補といわれている。これらの動きからひじょうにはっきりすることは、国と県が中電と示しあわせて、上関を兵糧攻めにし、合併させ、解散させ、切って捨てようとしているという事実である。
 中電も、協力金を上関町には出さないが、柳井市には出した。その結果は柳井市側からの消防組合での上関町制裁であり、中電からの踏んだり蹴ったりのあつかいである。
 上関町では、国と県の誘導で、早くに農協が合併し、今度は漁協が合併・解散し、商工会も合併、町も合併・解散となる。人は住みにくくなって人口はへり、廃村にしてつぶしてしまうというのが国と県のまぎれもない誘導方向である。
 柏原町政は、「中電の金はいらない」という自己責任主義を表明することで、中電から町長にしてもらった。つぎは「財政パンクでやっていけない」と、自己責任で合併・解散をするプログラムとみられる。それは上関町側からの24年にわたる中電と国、県の責任追及の放棄を意味するものとなる。

  漁業の振興も放置 人が住めない町に
 原発騒動のあいだに、上関町の衰退は目を覆うばかりとなった。この24年のあいだ中心産業である漁業の振興は放置されてきた。漁協は原発推進の道具とされ協同組合として機能をはたさなかった。漁業者の大きな悩みである魚価の低迷対策、共同での出荷、加工事業、また町民が魚を買うところがない事情など、やるべき漁業のとりくみが遅れてきた。
 竹が繁殖して農地を占領する。猿やタヌキが人間よりもはびこって山は荒れ放題となった。漁業に依存して成り立つ鉄鋼や造船、商店もさびれるばかりとなった。
 道路・交通の便は、大島などとくらべてけた違いの遅れとなった。道路が整備されていれば、年寄りや子どもの足の便だけでなく、長い海岸と山を活用したさまざまな産業の可能性があった。農道も整備していれば、若者が農業で食べていける可能性もあった。
 老人が安心してかよえる病院、介護される施設、若者が安心して子どもを育てられる保育所や学校なども放置され、人が住めない町にしたのである。
 このような事業が、上関では原発計画があったばかりに、すべて放置されたのである。こうして歴代町政は、30億円もかけた小学校や室津の埋め立て、皇座山のスカイライン道路など、町民には役に立たず、利権の役にたつだけの事業に大金を投じて財政をパンクさせたのである。なによりも、役場も漁協も商工会も、町の上の方がすっかり中電から買い占められてしまって、町民から奪われたことによって、町のリーダーらしいリーダーがいなくなってしまった。中電の尾熊毛事務所はまるで敗戦後のGHQであり、上関は中電占領下の植民地にされてしまったからである。
 24年にわたって、上関町をさんざんに混乱させ、疲弊させ、そのあげくに切って捨てる政治は、まことに残酷なものである。それは、アメリカの市場原理主義という地方切り捨て、働くものの切り捨てという、小泉政府がすすめる大企業原理主義の残酷さを象徴的に示すものである。
 上関の合併、切り捨ては、中電と国、県の責任回避のためである。上関町の解散によって、責任を問われないようにして原発を撤退するのか、上関町に人が住めないようにして原発をやるのか、いずれにしてもあくどい計画であることは疑いない。
 上関町民のなかでは、この状況のなかで、町民の力を再結集して町を再建するパワーの発揮が語りあわれている。

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