トップページへ戻る

原爆展物語の路線に確信と展望
原水爆禁止全国実行委員会
               日本変える運動に意気込み     2010年9月6日付

 原水爆禁止全国実行委員会は5日、 第3回の全国会議を開き、 今年の8・6広島集会の到達を確認し、 そこに向けた今年のとりくみを総括して、 正反両面の教訓を明らかにし、 今後の活動の飛躍を確認した。
 初めに提案に立った事務局の川村なおみ氏は、 今年の8・6を頂点とする原水爆禁止広島行動は、 広島・長崎市民による 原爆と戦争展、 原爆展キャラバン隊や劇団はぐるま座の 峠三吉・原爆展物語 など多彩なとりくみが並行して進められ、 戦後65年をへて荒廃した日本社会を立て直し、 平和と独立の展望を切り開く壮大な運動をつくり出す確信を与えるものとなったことを確認。 被爆市民の運動に、 高校生や大学生、 労働者が集団をなして合流、 若い力が前面に登場し、 全広島、 日本全国の圧倒的な支持を基盤にした運動となっていることを示したとのべた。
 また今年の方針として 原爆展物語 公演のとりくみと台本の普及・論議を中心に置き、 それと結びつけて原爆展運動を精力的に進めてきたことが大きな原動力となったことを明らかにした。
 広島の活動家は、 各地域や大学などでの原爆と戦争展、 原爆展物語 公演のとりくみのなかで、 被爆者や戦争体験者をはじめ、 東京空襲体験者や被爆二世など幅広い体験者が結集してきたこと、 学生が多数協力者に名乗り出て、 うち20人が広島 原爆と戦争展 スタッフとして行動に参加したことを報告。 学生たちが日本社会の行き詰まりのなかでパネルの真実や体験者の迫力にふれて 展望が見えた 自分たちはなにをしたらいいのか と行動に参加してきたとのべた。
 沖縄の代表は、 昨年の衆議院選挙で自民党政府が倒され、 13年間膠着状態だった普天間基地問題が動き始め、 県内世論が大きく動くなかでスーパーや学校、 ひめゆりの塔前、 沖縄市役所ロビー、 慰霊祭会場や県民大会会場などで原爆と戦争展をおこない、 7月には第5回那覇 原爆と戦争展 を開催したことを報告。 どの会場でも体験に根ざしたアメリカへの怒りと独立への思いがストレートに語られ、 アメリカは核と基地を持って帰れ のスローガンが共感を呼ぶとともに、 集団で参観したアジアの青年が この内容だったらアジアは団結できる と共感を寄せるなど国際連帯も広がったとのべた。
 10年来の教訓として 戦争体験者と被爆者が団結して若い世代に語り継ぐことが重要だ。 アメリカの政策で被爆者と戦争体験者が分断されてきたが、 原爆展運動のなかで団結が強まってきた とのべ、 原爆展物語 公演のとりくみが始まる。 準備会で、 参加者は紙芝居に非常に感動している。 主体はまだ小さいがどんどん入って広げていきたい と、 公演を通じて沖縄の運動を質的に発展させることへの決意を語った。
 岩国の男性は、 原爆と戦争展や 原爆展物語 に出会った人人が、 生き方が変わった と原水爆禁止の署名とカンパを集めて回ったり、 行動に参加していることを語り、 10年来の運動とそれを総括した 原爆展物語 が岩国のたたかいを支え、 発展させている とのべた。 教訓として、 大型バスで広島集会に参加する状況だったが、 主体の側が個別に呼びかけるだけで運動にすることができなかったとのべ、 集会参加者は非常に感動し、 来年は若い人を連れて行こう となっている。 原爆展運動と 原爆展物語 で、 独立した平和な日本をつくっていく出発点に立った。 この立場に立って運動を進めていきたい とのべた。
 劇団はぐるま座の団員は 原爆展物語 公演のとりくみの反響を報告。 広島・長崎では30代の現役世代の人人が 意識しないうちに誘導され、 考えないようになっていた 真実を知ったからには自分を変え、 行動しないといけない と8・6集会に参加するなど強い反響が寄せられたとのべた。 また公演準備が始まっている沖縄では、 80代の戦争体験者から、 本土復帰斗争をたたかった世代、 青年会の若い人や40〜50代の親世代などが動き始めていることが報告され、 7日からは東京キャラバンも開始される。 日本中で大きく動いている世論、 期待に応えて結びつけていきたい と出された。

 発展状況と衰退の対比 路線上の違い深める

 今年の8・6行動は、 原爆展物語 を見た人人が新鮮な感動を持って行動に参加してくる状況が生まれる一方で、 各地からの参加者が減るという対比があらわれた。 論議はこの路線上の違いについて深められた。
 劇団はぐるま座から 山口公演のとりくみのなかで顕著にあらわれた問題について出された。 7月公演を呼びかけると、 活動家から 8・6の準備がある と反論が出たこと、 大量宣伝はするが組織をせず、 山口市は空襲がないから、 戦争体験を掘り起こすのは大変だ と、 大衆のなかに行かず慰霊碑を探して回ったり、 組織の上からおろそうとするなど、 組合主義的な運動のやり方が矛盾となったことが語られた。 今生活している市民のなかに入れば、 戦中・戦後の体験や現代への問題意識が渦巻いているのに、 絶対にそちらには行かなかった。 作品評価も大衆がどう評価しているかはおかまいなしに、 自分がどう思うかが基準で、 終演後の交流会も参加せずに帰るなど 大衆にとってどうかではない姿勢が違いとなってあらわれた とのべた。  山口公演をとりくんだ退職教師は、 台本を持ち込むと40〜60代の教え子とその親、 孫と家族全体で戦争体験から現在の生活のなかでの問題意識、 日本の将来について論議になり、 一家で観劇する動きになったことを語った。 その後も劇を見た人人から紙芝居の申し込みがあるなど、 運動が続いていることをのべ、 大衆のなかに入って論議するなかで自分も試される。 活動家で十数枚しかチケットが売れなかったという話を聞き驚いたが、 台本の路線で行くというのがはずれていたのではないか とのべた。
 劇団はぐるま座の教訓として、 観客が寝ると観客が悪いとなり、 客観的効果に責任を負わない、 自分たち小集団の利益しか代表しないというところが一番変わってきた と語られた。 公演の普及活動でもみずからがその地の人人に学び、 役に立っていく立場にいるかが 原爆展物語 で問われ、 劇団がいい作品をつくったから売って下さい という姿勢や、 古い関係や個人的なつながり、 団体の長に頼る路線、 片隅でやって 公演が成り立てばいい という活動から、 町全体に作品を届けて地域を変え、 日本を変える運動に転換してきたことを語り、 原爆展物語 を見て行動に参加する人が生まれている と語った。
 原爆展を継続してやってきたところ、 原爆展物語 をとりくんだところが発展し、 原爆展物語 に反対したところが衰退している特徴も明らかにされた。 最初 沖縄場面が一番いい という意見が出たが、 大衆は違った。 下関の市議選で本池氏を立てることを巡っても 議員は理屈があって、 やり手でないといけない という意見がある一方で、 裏方が表に出ることに大衆が喜び、 発動されている。 活動家が大衆の感受性を代表していくものに転換したら、 全然違ってくる という意見も出された。

 大衆代表し未来作る側 不平不満の活動変え

 人民教育同盟の教師は、 今年の小中高生平和の旅では、 11年間やってきた平和の旅をひき継ぐかどうかが鋭く問われたことを語った。 旅の準備のなかで自分が満足するかどうかでことごとく文句をいい、 わからない といって実務を進めないなど、 今までの旅を継承するのではなく、 教師のできる範囲で、 修学旅行のようなまったく別の平和の旅にしようとする流れがあり、 旅をつぶし、 教育同盟をつぶす危機だった とのべた。 それが だれかの実践に乗っかって文句をいうが、 自分は仲間や子どもを組織しようとしない という組合主義であったとのべ、 民主党政府で日教組が与党になるなかで、 人民教育同盟より日教組を上に置き、 同盟を利用しようとしていたことが明らかになり、 断固斗争することで旅や人民教育集会を成功させることができたとのべた。
 同同盟の退職教師は 教育では 子どもをどう育てるか で親や子どもと団結するのが最大課題だが、 組合主義は子どもをどうするかがなく、 文句をいうだけで親も子どもも組織しないというのが濃厚だった。 実際には現場で信頼されない路線だ とのべた。 労働をべっ視し、 裏方で社会を支え、 生産を担う人人に乗っかってあぐらをかく思想であり、 旅ではスタッフとして支えることへの嫌悪感としてあらわれたことをのべ、 問題がはっきりするなかで、 同盟全体は明るくなり、 団結が深まってきた。 今は小さいが、 これから 原爆展物語 の路線で行けば大きく発展する展望が見えた と語った。
 文科省の悪口をいい だから教師は縛られている で終わる被害者同盟から、 教育を建設していく路線をうち立てて行くこと、 この路線はどの戦線にも共通したものとして論議され、 大衆が現実社会を支えており、 未来をつくっているのだから、 団結すればアメリカも簡単に追い出せる。 そして生産を解放するという立場だ。 人の文句をいう世界は消滅する という意見も出された。
 愛知の男性は、 アメリカを正面から批判する政治勢力はこちらしかないが、 それが人人のなかでまったく浮かない。 原爆展物語 でも相当はっきりといっているが、 それが高校生や多くの人を突き動かしている。 従来の反対勢力とはまったく違う活動だ とのべた。 失業者の状況は深刻で、 若い世代が生活できない状況があり、 目前では職を見つけないといけないが、 根本の解決を訴えると論議になる。 路線を鮮明にさせることでもっと広範なものになる とのべた。
 今年の広島集会は、 全広島市民の支持を得て、 最大の力を持った平和運動として登場した。 大衆のなかで アメリカは出ていけ という世論が圧倒し、 抜本的解決を求めるなかで、 活動家の側が目先の改良しか考えていないことが矛盾となっていることが論議され、 片隅で不平・不満をいう活動から、 原爆展物語 のスタッフのような活動に転換していく課題が各地の活動家からも語られた。
  原爆展物語 沖縄公演、 東京公演の準備が始まっており、 今後全国公演を精力的にとりくみ、 日本を変える運動を全国で結集していくことを確認して会議を終えた。


 

トップページへ戻る