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原爆展物語下関初演の実行委
戦争体験者の魂を伝える劇
             長周創刊55周年記念公演   2010年1月18日付

 劇団はぐるま座の新作『峠三吉・原爆展物語』下関公演(主催/同公演実行委員会、後援/下関原爆被害者の会、「原爆と峠三吉の詩」原爆展を成功させる広島の会、同長崎の会、下関市、下関市教育委員会、山口県教育委員会)の第1回実行委員会が16日に福田正義記念館で開催され、とりくみが本格的に始まった。ポスターやチラシ、チケットが完成し、宣伝も開始されている。
 全国初演となる下関公演は、長周新聞創刊55周年記念公演としてとりくまれる。伊東秀夫・下関原爆被害者の会会長を実行委員長に、被爆者、戦争体験者、原爆展を成功させる会、遺族会や市民運動を担う人人、文化人、商業関係者、教育関係者など各層から54人が実行委員として名前を連ねている。また下関を初演として全国を席巻する運動にしていこうと、広島、長崎など全国各地から22人が実行委員となっている。
 第1回実行委員会には実行委員や劇団員など61人が参加し、作品への期待とともに全国初演として1500人の観劇をめざし、大成功させる意気込みが語りあわれた。
 初めに挨拶に立った伊東秀夫会長は、故吉本幸子前会長が原爆によって肉親を失った痛恨の体験から、「平和な未来のために被爆者の本当の思いを語り継ぐ活動が被爆者の社会的使命」と、政党政派にかかわりなく、運動を支持する人人とともに奮斗したことを語り「10年前下関から始まった原爆展は、広島・長崎、全国の空襲、沖縄戦、戦地体験者と結びあい、第二次大戦の真実を明らかにした原爆と戦争展となって多くの人人の心をとらえ、アメリカに媚びを売るさまざまな勢力と一線を画した平和運動として全国的にも大きな影響を与え、様相を一変させてきた」とのべた。その力がアメリカ一辺倒の自民党政府をうち倒し、現在も米軍基地や「安保」を巡って鋭くたたかわれるなかで、「原爆展運動を舞台化した『峠三吉・原爆展物語』が全国で公演されることは真に時期を得たものであり、多くの人人に今日的な課題として団結してたたかう方向に確信を与え、平和運動のさらなる発展に大きく貢献することは間違いない」とした。そして「全国公演を成功させるためには、原爆展運動発祥の地である下関から全国に先駆けておこなわれる公演を大成功させることがなによりも重要。皆さんの英知を集めて公演を大成功させよう」と呼びかけた。
 続いて長周新聞社から創刊55周年記念公演として全力をあげてとりくむ決意がのべられた。森谷編集長は、日本で原爆反対の口火を切った1950年8・6斗争は、当時広島にいた福田主幹が組織した運動であったこと、「それは福田主幹の戦後出発を代表するたたかいであり、その流れが五年後の長周新聞創刊につながった」ことを明らかにした。1999年の第1回下関原爆展を福田主幹が非常に喜び、その喜びように勤務員の方が驚くほどで、相当に力を入れてやらなければならないと教えられたとのべ、「その後この10年余り原爆展運動は広島・長崎に広がり、大きな運動に発展した。この運動が劇になって全国に発信していくことは、全国の被爆者・戦争体験者と現役世代を励まし、人人を動かし、日本を揺り動かす力になっていくと思う」と語った。
 またこの劇は「あるがままの記録であり、芝居と現実の境目のない芝居。第二次大戦で人人はどんな体験をし、どんな思いを抱いてきたのか、若い世代はなにを継承しなければならないのか、とくにこのようなデタラメな社会になった根源はなにか、そしてこの日本社会の現状を打開する展望はどこにあるかなど、この劇を通じて大論議が起こると思う。その内容はまさに長周新聞の55年、戦後65年を総括するテーマだ。長周新聞社として、読者・支持者のみなさんとともに、原爆展物語の公演を力を入れてとりくみ、創刊五五周年運動にしていきたい」とのべた。
 次に劇団はぐるま座から、下関公演準備のなかで寄せられた期待や反響とともに今後のとりくみの方向が報告された。
 事務局の中村氏は、この劇が10年前に下関から始まった原爆展運動の記録であり「この運動によって戦後社会の欺瞞のベールをひきはぎ、広島、長崎、沖縄、戦地での真実が堰を切ったように語られ、独立と平和を願う共通の思いで結ばれていった」とのべ、「この真実の記録を舞台化し、320万人が殺された第二次大戦とはなんだったのか、戦後のアメリカ占領下の日本はどんな社会であったのか、なぜこんなでたらめな社会になったのか話し合い、今後の日本社会を展望していきたい」と語った。
 各層の人人から上演への期待が寄せられたことを紹介し「今後、戦争体験者や遺族などまだ語られていない戦争体験を全面的に掘り起こし、農業、漁業、商業、職場、地域、学校などの各階層、広範な下関市民に呼びかけ、街角や住宅などで原爆展を開催し、荒廃しきった日本社会の空気を変えていく、世直しと独立の力ある運動の出発点として、全国初演である下関公演に大結集を呼びかけていきたい」とのべた。

 3月20日に昼夜2回公演

 全体で公演を3月20日(土)の昼夜2回公演とし、1500人以上の観客動員を目標にとりくみを進めること、街頭原爆展や学校訪問、自治会に回覧を依頼するなど、全市を対象に宣伝を進める方向が確認された。
 はぐるま座の俳優メンバーからも、「被爆者・戦争体験者の戦後65年にかける思いを、セリフにはない感情や雰囲気を描きあげていきたい」「現代の日本社会がどこまで来ているかの論議がまき起こるような、客席と舞台の壁が取っ払われ、会場で論議が起こっていくような舞台をつくっていきたい」と決意が語られ、今後の方向について論議が進んだ。
 第1回下関原爆展からかかわって来たPTA関係者は、「体験が忘れ去られていくなかで、以前から戦争展、原爆展を映画や劇などの形でみなさんに見てもらったら、という思いがあった。全国的にも核廃絶の運動が広がるなかで実行委員の力も借りながら、はぐるま座の劇で発信していくことが一番いい」と期待を語った。「若い世代の記憶に残る形で伝えていくことが実行委員会、長周新聞、はぐるま座の使命ではないかと思う。私も教育関係を含めていろんな面で活動を進めていきたい。3月20日の公演が盛大におこなわれるようみなさんと頑張っていきたい」とのべた。
 満珠荘の存続を求める利用者の会の男性は、はぐるま座が『動けば雷電の如く』公演を全国に広げたことが、衆議院選で自民党政府をひっくり返す力となったことへの確信を語り、「山口県では県議会、市議会を含めて旧態依然とした体制が続いている。次の参議院選でこれらをなんとしてもかえ、1年後の市議選ではせめて半分の議員を入れ替えるように持って行くことがはぐるま座への恩返しだ。これから毎日がたたかい。まずこの芝居を下関で大成功させることだ。市議会、県議会を見据えた公演としてみなさんにもご協力をお願いしたい」と呼びかけた。
 同会の婦人も「学校関係にいたので、たくさんの先生たちにも見て頂き、いろんな話し合いのなかに入ってきてほしいと思っている。みなさんと一緒に頑張っていきたい」と意欲をのべた。
 宇品の軍管区司令部に勤め、被爆後の広島市内で救護活動にたずさわった男性は、「なぜこんなことが起きたのか、明らかにすることは大事なことだ。戦争は政治がしっかりしないとなくならないが、今の政治も民主党になっても変わらず、どうなるか私たちにはさっぱりわからないようになっている」とのべた。そして「後世の若い人に体験を伝え、戦争のない平和な国にするためにも、この公演が非常に大切ではないかと思う」と語った。
 戦争体験世代の実行委員からも痛恨の体験や思いが語りあわれ、「俳優には無念な思いで死んでいった人人の思いをいい加減な気持ちではなく、本気で演じてほしい」と叱咤激励も寄せられた。
 今後約2カ月で、全市の空気を変える運動をつくっていくことを誓いあって散会した。

 

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