トップページへ戻る

激しい共感全国に広がる
原爆展全国キャラバン隊
               イラク人民のたたかいと共鳴     2004年5月8日付

 原爆展全国キャラバン隊第1班、第2班の合同会議が6日、長周新聞社でおこなわれた。この間の街頭原爆展で出される反応や世論の特徴、運動の概況が各班から報告され、今後の日程や方針が論議された。「原爆と峠三吉の詩/原子雲の下よりすべての声は訴える」パネルの街頭原爆展がどこでも歓迎され、平和養護の国内世論が力強く渦巻いているなかで激しい支持と共感を集めていること、情勢の発展のなかで原爆展がさらに威力を発揮しはじめていることが明らかにされた。 
 2月中旬から岡山県を皮切りにはじまった第1班の行動では、これまでに「原爆と峠三吉の詩/原子雲の下よりすべての声は訴える」パネル冊子が1082冊、原爆詩集312冊が買い求められ、キャラバン行動へのカンパとして57万810円が寄せられた。2月末から長崎県を中心にして毎週土曜・日曜日に九州地方で原爆展を開催して回った第2班の行動では、パネル冊子が649冊、原爆詩集は129冊が買い求められ、カンパ32万3616円が寄せられた。1班と2班を合計すると、のべ1731冊のパネル冊子と441冊の原爆詩集が日本全国の人人の手に渡り、その家族や知人の目にふれて影響力を広げている。カンパは合わせて89万4426円にのぼり、全国展開することへの期待の高さをものがたった。

 第1班・ 関東地方   「安保斗争」が蘇る人も
 4月の行動は、劇団はぐるま座団員によって構成される第1班(4人)は東京都・町田駅前を皮切りに関東地方で20日間行動した。東京都、神奈川県、埼玉県、群馬県、千葉県の主要都市の駅前や商店街を訪れた。調布市や町田市、井の頭公園では以前の街頭原爆展を見たという人も多くいた。
 隊長の富田浩史氏は人質事件と原爆展がピッタリと重なって多くの意見が出されたことを報告。「事態の進展とともに反響がかなり鋭くなっていったのが特徴だった。小泉が“自衛隊を撤退させない”といったことに、みんなが“冗談じゃない!”“いいかげんにしろっ!”という言葉で激しく思いを語っていった。年配層と若い世代の反応が鋭どかった。パネルを見て、“アメリカはこのためにやっていたんだ”と、原爆投下と対日占領への怒りが噴き出すように出てきた。年配者は空襲の経験から、アメリカがイラクでまた同じことをしているという怒りだった」と語った。
 「イラクの人は立派だ」「小泉は人質を守ろうとしないのに、イラク人の方が広島、長崎に共感している」という意見のほかに、現地住民のたたかいと声明にたいして「八路軍を思い出す」という意見もあった。イラク人民のたたかいがアメリカに勝利する局面を迎え、ファルージャのたたかいでアメリカがおたおたしているなかで、世論が活気づいていったこと、アメリカがでっかくて恐ろしいのではなくて、それをやっつけるという意識が高揚しており、ベトナム戦争でアメリカ軍を引き揚げさせたときや、中国侵略での八路軍と同様に、イラク人民の民族解放斗争は愛国斗争で“立派だ”と国際連帯の意識が盛り上がっていることが出された。
 人質事件が起きた直後「戦場のような無謀なところへ行って……」という意見が出ていたところ、政府が「自己責任論」を叫びはじめるようになるとピッタリと出なくなり、以後は「問題のすりかえだ!」と逆に政府への怒り、人質擁護の世論に変わっていったのも大きな特徴。とりわけ若者が同世代のことをわがことのように心配し、真剣に考えていたと報告された。
 別の隊員は、「若者が“日本人として”広島・長崎を知り、伝えていく使命感のようなものを感じとっていく。あまり多くを語らないが、イラクの人人が広島・長崎への共感を寄せていることにたいして、自分たちの方があまり原爆を知らなかったことへのショック、パネルを見てつらく悲しいという印象ではなく、いままで歴史の事実を知らなかったことから、広島・長崎の真実を知って考え方もガラッと変わったことへの驚きとして少しずつ気持ちを語っていく。前むきなとらえ方だ」と語った。
 関東行動では、「安保」斗争の経験が出されていたのも特徴。元国労で樺美智子さんが殺されたときに横にいたという男性は、「あのときは、北海道の炭労は日本刀を持ってかけつけていた。わしらは兵隊あがりだから命をかけて売国政府を倒すつもりだった。あれを忘れたらいけない。目先の賃金とか利益は眼中になかったはずだ」といい、熱烈な支持を寄せた。その他の人人からも「民族の独立を課題にして命をかけてたたかったんだ」と誇りが語られていたことが報告された。現代の日本で主権国家として、アメリカによる従属支配とたたかう国民運動を束ねるべきだという声が、イラク情勢の発展と連動して、しだいに強まっている。
 また、東京在住の被爆者の多くが共感を示す一方で、「日共」修正主義集団を上部団体とする被爆者の会の人物が「被爆者の会に無断でやるとはなんだ! 原爆のことでカンパや書籍普及をやっているのだから、収入の2割を上納しろ」とショバ代を要求してきたり、禁・協勢力がお粗末な加害者論を振り回して「戦前と同じようにあなたたちは戦争に協力するんですか。ほらっ、そこのあなた!」という調子で道行く市民に人質解放を求める署名をさせていたこと、そのような党利党略、狭い小集団の利害運動が人人から強い反発を受けていたことも報告された。

 第2班・鹿児島・知覧 礒永の作品に深く共感
 第2班からは鹿児島市と知覧町、長崎での原爆展の状況が語られた。
 知覧・特攻平和記念館前で開催した原爆展は政治的に鋭いものになった。5月3日は慰霊祭があり、その日は記念館に8000人が訪れ、慰霊祭には1000人が参加。自衛隊機が上空をものものしく飛び、右翼から左翼からさまざまな勢力が来て異様な雰囲気がかもし出されるなかで、街頭原爆展は記念館正面で堂堂と開催された。
 原水禁全国実行委員会の平野照美氏は「これほど残虐なことはないというアメリカへの怒りが吹き出ていたのは全国の反応とまったく共通。イラク攻撃を加えるアメリカ・ブッシュへの怒り、それに小泉がついていくことへの憤りがすごかった。人質事件でああいう冷たい仕打ちをする政府、それに比べてイラク人民が広島・長崎を理解し、日本国民への共感を出していることが対照的だと語られた。ケロイドを見せて“自分たちのできないことをやってくれている。もっと広げてほしい”と大金をカンパしていった被爆者や、若者たちは“一度は知覧に来てみたかった”といい、記念館で特攻で戦死していった若者たちの思いにふれ、そして原爆展を見て第2次大戦の本質を考え、平和への思いを強くしていた」と様子を報告した。
 知覧では、訪れた多くの人人は平和への思いで知覧に足を運んでいること、それは“きけわだつみの声”に心を寄せるのと同じような心境であることが語られた。しかし、そのような人人の思いとはまったくかけ離れたところで、雑多なさまざまな勢力が混じりこんでいる。右翼反動勢力は「英霊の死」といって愛国心放棄の対米従属・軍国主義賛美をやり、へなちょこ左翼は「侵略者の犬死に」といって空中戦をやっている問題が論議された。「礒永秀雄のパネルが来た人たちの心境にピッタリ合った。きけわだつみの声に心を寄せるのと同じ思いで全国から人人が足を運んでいる。知覧で原爆展を成功させることは大きな意義を持つ」という意見が出され、今後、知覧で原爆展開催を模索していくことが話しあわれた。

 溢れる様に語る被爆者 長崎での特徴
 長崎での原爆展を担当する下関原爆展事務局の松友洋子氏は、この間4回の街頭原爆展を開催してきた経験を出した。先日おこなったチトセピア(商店街)では、地元在住の被爆者たちが体験をあふれるように語っていったことを報告。「中心商店街の浜の町では少しパネルを見てとおりすぎていく人も多かったが、チトセピアでの原爆展は反応が違った。地元に住んでいる人たちが買い物に来る場所で、爆心地に近い昭和町の商店街だった。壊滅的な被害を受けた地域。妹が黒い血を吐いて死んでいったがその音が忘れられないとか、なまなましい体験がさまざまに語っていかれた。これまで語れなかった被爆者がどんどん語っていく雰囲気があった。二歳のときに被爆した婦人と六歳のときに被爆した婦人と話していて、そばにいた若い婦人が協力者になったのをとても喜んで輪ができたりした」と経験を語った。
 また、「長崎では被爆者が語れなかった状況がある。しかし、パネルの前で体験を聞くと、あふれるように語っていく。語りつぎたいという思いが強くあることを感じている。運動としては協力者や体験を語っていただける被爆者も出てきて、秋の原爆展開催にむけて少しずつ形になってきている。あきらめもあるし、抑圧もあるなかで、しかしこちらの認識も不透明さを脱して、少しずつ“長崎”とそこに住む被爆者・市民・各種運動勢力を理解しながら進行している」とした。
 長崎では、広島と同じくらいに被爆者が思いを語られるようにしなければならないこと、今後の計画としては、被爆者を語りにくくさせてきた、長崎での抑圧をしっかりつかみ、長崎の被爆者の意見を運動として発展させることが論議された。

 今後の計画
 今後の日程としては、第1班が5月11日から東北地方に出発する。関東地方で足を運べなかった茨城県、栃木県の都市部で開催したのち、福島県、宮城県、山形県、岩手県、秋田県とすすむ予定。宿泊場所など探しながら北上していく。
 第2班は、長崎市内での街頭原爆展を連続的にとりくんで、結集した地元被爆者や市民の力を秋季開催予定の大原爆展につなげていく。また鹿児島県・知覧での夏期原爆展開催を視野に入れて行動を練っている。5月は中国地方で残る島根県、鳥取県での行動も計画している。

トップページへ戻る