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原爆と戦争展のパネル作製
               なぜ負ける戦争続けたか     2006年11月8日付

 下関では「第2次世界大戦の真実を語りつごう」と、「原爆と戦争展」(主催・下関原爆被害者の会、共催・原爆と戦争展を成功させる会)が11月19日から26日の8日間、福田正義記念館3階において開催される。同展では「原爆と峠三吉の詩」のパネル、「沖縄戦の真実」「全国・下関空襲の記録」のパネルとともに、戦争体験者の証言をもとに新しく作製されたパネル「第2次世界大戦の真実」が展示される。このパネルの骨格を紹介する。
 下関原爆展事務局は「原爆と戦争展」のとりくみで、「戦争体験者は訴える――第2次世界大戦の真実」と題して、戦争体験者の声を基本に写真、地図、表など最新の資料も集めて構成された31枚の新しいパネルの作製を進めている。
 このパネルは、「語りたいが語れなかったことは山ほどある」「いちばん戦争を憎んでいるのは戦争で死に目にあった自分たちだ」「どうして敗けるのがわかっている戦争をつづけたのか」という戦地での体験者の真情と訴えが豊富に集められ、「あの戦争はおかしな戦争だった」「どうして、320万もが殺されねばならなかったのか」「戦前は大本営に、戦後はアメリカにだまされてきた」などの共通した思い、問題意識を体現、その真実に迫る方向で編集されている。
 パネルでは、まず昭和恐慌から「満州事変」(1931年)、中国への全面侵略戦争とその行き詰まり、抗日戦争による敗北から日独伊3国同盟・「南進政策」、アメリカとの戦争へと突き進んだ過程をたどる。さらに、ガダルカナル撤退からの敗北局面への転換、中国やフィリピン、ビルマ戦線での悲惨な体験をもとに、大本営の奇妙な作戦、アメリカの中国・フィリピンなどでの無差別空襲など残虐行為、食糧も武器も持たさずに外地に動員されたことなど、これまであまり語ることができず、明らかにされてこなかった多くの事実が収録されている。
 また、アメリカによる単独占領と戦後の対米従属下に置かれた国民の体験をもとに、日露戦争当時から確定されていたアメリカの対日参戦計画、軍部に責任を負わせて天皇を傀儡(かいらい)として利用する占領政策、革命を恐れてアメリカに降伏し「平和主義」者のような顔をした天皇、官僚・政治家、財界の言動、さらには今日まで尾を引いてきた共産党が占領軍を「解放軍」と見なした問題、戦前を上回るGHQの検閲についても、新たな資料で浮き彫りにされる。
 峠三吉、礒永秀雄、福田正義をはじめ文化人や歴史学者の作品や論文、地域別戦死者数などグラフや地図なども配置されており、その斬新な内容は、戦争体験を若い世代に語りつぐ運動に大きく寄与するものと期待される。
 「原爆と戦争展」全体の展示構成としては、これらの新しい「第2次世界大戦の真実」のパネルの戦争末期と戦後期のあいだに、「沖縄戦の真実」「全国空襲」「原爆と峠三吉の詩」のパネルが配置され、さらに「礒永秀雄の世界」も加えられる予定である。展示会場では、参観者の体験も順次掲示されることになっている。
 「原爆と戦争展」を通じて、広島、長崎の被爆体験者を軸に戦地での体験、空襲、引き揚げ、学徒動員などさまざまな戦争の体験を大いに語りあい、交流論議され、その真実が広く普及されることが強く期待されている。

 新しいパネルの骨子
 新しいパネル「戦争体験者は訴える――第2次世界大戦の真実」の柱は次のとおり。
★みんなが貧乏になって戦争になっていった――第1次大戦後のバブル景気がはじけて昭和恐慌に
★「王道楽土」といわれて満州へ行った――60万の関東軍支配と満州国でっちあげ
★憲兵や特高ににらまれ、マスコミにたたかれものがいえなくなった
★「暴支膺懲」(横暴なシナを懲らしめよ)といって中国全土への侵略を始めた
★若者は徴兵制度で強制的に兵隊にされた――1銭5厘の赤紙で
★日本は抗日戦争によって敗北した――進めば進むほど包囲された
★アメリカは中国侵略と日本占領を目的に対日参戦した――日本の侵略を懲らしめる解放者ではなかった
★日本の支配層は、負けると思いながら日米戦争に突き進んだ――日独伊3国同盟を結び南進政策へ
★真珠湾攻撃し南方を占領していった――アメリカは攻撃を待ちうけていた
★1年半後のガダルカナル撤退は戦局の転換点になった――陸軍も海軍も連戦連敗の悲惨な戦い
★サイパン陥落で東条内閣は倒壊した。それでも戦争をやめなかった
★レイテ戦、フィリピン戦場の悲惨
★飢えと自決で死体散乱、ビルマ・インパール作戦
★脱落と戦病死が続いた中国戦線
★大本営は兵隊をわざと死なせるような作戦をやった
★まともな戦争ではなかった――ほとんどが餓死か病死だった
★武器も食糧も持たせず死ぬとわかった輸送船に乗せて送り出した
★家族持ちの40代まで兵隊に
★米軍は残虐だった。皆殺しする作戦だった
★アメリカ軍はマニラや長沙を焼き払い住民を殺した――「日本軍国主義からの解放」といって侵略
★ほしがりません勝つまでは――ものが言えなかった銃後の生活
【沖縄戦の真実】
【全国・下関空襲】
【原爆と峠三吉の詩――原子雲の下よりすべての声は訴える】
★敗戦―人人は親兄弟を失い荒廃のなかに残された――320万人も殺され、家財道具は焼き払われた
★アメリカが日本を単独占領した――「天皇は100万の軍隊に匹敵する」(マッカーサー)
★敗戦したとたんに、天皇も財界も官僚、政治家も平和主義者のような顔をした
★アメリカには終戦はなかった――日本を基地に休まず中国、朝鮮、ベトナムへ
★占領軍は戦前以上の検閲をし、第二次大戦の真実を隠ぺいした
★共産党指導部はアメリカを民主主義勢力と見なした
★日本はアメリカの属国になった
★人人は戦後の荒廃のなかから立ち上がった――だが、その努力はことごとく踏みにじられてきた
★再び戦争を繰り返させぬよう、戦争の痛ましい体験を語り継ごう

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