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福田正義主幹紹介へ


原水禁・平和運動論 福田正義評論集 創刊45周年記念出版
                      
1、原水爆禁止のために/広島と長崎・峠三吉の詩 他
2、平和運動について/平和とたたかう力 他
                                    
著者・福田正義  発行・長周新聞社 B6判 165頁 定価1000円(送料240円) 



●広島と長崎 ー原爆投下について思うことーより抜粋          (1962年4月15日)
広島の人人の胸のなかに渦巻く原爆への怒り
 戦後の広島には、 原爆の荒涼たる廃虚はいきよの上に、 アメリカの教会、 ABCCと称する原爆患者のデータを集めるための機関などがつぎつぎに建てられ、 そこばくの情けが同情みたいなかたちでそそがれた。 原爆ドームと称されている爆心地に記念の木札がかけられたり、 何か 「名所」 みたいなあつかいがアメリカ占領者によって意識的にやられていた。 この辺までは、 広島は長崎と全くおなじ情況であったということができるだろう。
 廃虚のあとに、 苦しい再建をつづけている生き残った人人のなかには、 原爆への怒りが渦巻いていた。 語っても語っても語りつくせないものが胸のなかにあふれていた。 1948年ごろ、 私たちは、 広島の街のなかで、 まるで知らない誰にでも原爆のことで話しかけると、 忙しい仕事を忘れて、 果てしもなく、 当時の模様を話しこんでくるという事実に例外のないことを知らされるのに時間はかからなかった。
 しかし、 表面は、 それは何にもあらわれなかった。 「広島は平和再建にいそしんでいる」 といった調子のマスコミにおおわれていたのである。
  「日本軍閥の無謀な戦争に終止符をうち、 本土焦土作戦から幾千万日本国民の生命を救うためにやむを得ぬ手段として原爆は投下された」 という宣伝が、 広島を空の上から抑えつけてまかりとおっていたのである。 そして、 「ノーモア・ヒロシマ」 というのが 「日本人は犯罪をくりかえしてはならない」 というひびきでおしつけられ、 それがアメリカ製の教会に結びつけられてゆくという手順であった。
 しかし、 なぜかくもむごたらしい兵器で親兄弟や妻子を虐殺しなければならないか、 という広島の市民たちの怒りをごまかしきるわけにはいかないのである。 人類史上かつてない残虐さで大量の無辜この人民を殺し地獄絵を現出したという事実をかき消すことはできないし、 それを説得することはできないのである。 広島の市民たちは占領軍として入ってきたアメリカ兵たちを、 原爆投下者であることと切り離してみるわけにはいかなかったのである。 このことも、 長崎とおなじ事情であっただろう。
日本帝国主義の戦争犯罪とアメリカ帝国主義の 原爆投下・日本占領の野望の糾弾
 当時、 労働組合など民主団体でも、 この問題を公然と市民の納得のゆく立場で解明するものはいなかった。 それは、 アメリカ占領者にたいする理解のあいまいさという、 全国的に共通したものと関係があった。
 1949年後半から、 この問題が日本共産党中国地方委員会で次第に明確なかたちをとりはじめた。 1950年になると、 公然と、 原爆投下者の許しがたい犯罪として訴えられはじめた。 これは、 広範な人民に切実なひびきをもって伝わっていった。 アメリカには、 日本に原爆を投下する理由は何1つなかった。 原爆のような兵器をつくることそのことが許しがたい犯罪である。 原爆投下は、 戦後日本占領の主導権をにぎるためのもの以外の何ものでもなかった。 そのために、 幾十万の日本人民を虐殺することを辞さない帝国主義の残虐性は、 人類の名において断固として糾弾されなければならないのである。
 戦後の民主主義運動、 わけても平和運動は、 2つの問題を明確にしなければならなかった。
 1つは、 日本帝国主義の戦争犯罪を徹底的に糾明し、 ふたたび日本が戦争へむかってすすむことを断固として防がねばならないこと。
 1つは、 戦後日本を占領したアメリカ帝国主義の野望をあきらかにすること。
 日本帝国主義の戦争犯罪の追及は、 民主陣営によって鋭くされていった。 しかし、 アメリカ帝国主義の野望については、 十分にあきらかにされなかった。 とくに連合国としての一翼にあったアメリカ帝国主義の位置と、 日本帝国主義敗戦後のアメリカの位置とその対日政策が、 基本的に明確でなかったのである。
 このことが、 アメリカ占領者の原爆投下についての弾圧と欺ぎ瞞まん政策とあいまって、 問題をきわめてあいまいにしていたのである。 2・1スト禁止にはじまる占領軍の人民運動にたいする露骨な弾圧と、 吉田政権を支援しつつある日本独占資本の育成政策、 わけても日本を主要な基地としてアメリカ帝国主義の反共軍事侵略政策にしたがわせつつ軍国主義を次第に復活させていった政策は、 民主陣営のなかで次第に大きく問題になりはじめたが、 それが明確な科学的な規定をうけるにはなお若干の日時を必要とした。
 これらのことの不明確さは、 実感としてアメリカによる原爆投下=非戦斗員の大量虐殺という事実に許しがたい怒りをもちつつも、 それに抗議することが歴史的に積極的な意義をもつかどうかをはかりかねることにした。 アメリカ占領者が、 日本の民主化の担い手であるとしたら、 日本帝国主義の無謀な戦争の結果として発生した原爆の投下は、 日本帝国主義の負うべき責任である、 と一面的にみる考え方もたしかにあった。 「戦争に協力した」 という自責感も、 これらのことを明確にするのを妨げた。
 しかし、 人民大衆をごまかすことはできなかった。 無辜この老若男女の大量虐殺という厳然たる事実を、 どうしてかき消すことができようか。 いかなる理屈も大衆には無意味であった。
 日本共産党中国地方委員会は、 日本帝国主義の無謀な侵略戦争の犯罪をあきらかにしつつ、 アメリカ帝国主義が戦後の日本を支配するために、 ソ連の参戦であせって原爆を投下したこと、 それはあきらかに日本にたいする帝国主義的侵略が目的であり、 単一支配を狙ったものであること、 またそのために史上例をみない非戦斗員の大量虐殺をやったことは、 人類の名において許すことのできないことであることを、 全中国地方の人民に訴えた。 また、 訴えは、 吉田内閣がアメリカ帝国主義の支配下に軍国主義復活をしはじめ、 日本をアメリカの軍事基地としていることを鋭く指摘した。
 同時に、 平和擁護の諸組織を工場、 経営、 学校、 病院、 地域、 農村のあらゆるところにつくり、 アメリカ帝国主義の原爆による大量殺人に抗議し、 原爆製造を禁止させるために立ち上がることをよびかけ、 前記のように原爆被害の写真を日本ではじめて公開し、 8月6日を平和大会にするよう訴えたのである (念のためにいえば、 アサヒグラフが原爆写真特集を発行したのは、 この写真の公開が突破口をひらいて、 たしか2年後であった)。
 この共産党の訴えは、 たとえようもない怒りを屈折して胸にいだいていた広島を中心とする原爆被害者、 目撃者をはじめ、 広範な民主陣営に、 まるで乾いた土が水を吸いこむようにうけいれられた


従属下の軍国主義
 新しい反動化の悲劇的本質
                              
(1958年10月8日)
 最近の日本の情勢は、あわただしい動きを示している。ちょっとみても「日米安保」条約の改定、ジェット機の購入をめぐっての国会での論議、防衛庁のぼう大予算の要求と国防省昇格計画、内政省の新設計画、防ちょう法の準備、教育の内容・行政面をめぐっての急速強引な反動化というように、数えたててみればきりがないほどである。
 しかも一方では、いわゆるナベ底景気といわれる見とおしのない不景気が広がり、経済計画の重点となっている貿易はさっぱりであり、日中危機の打開については「静観」というかりで、なに1つ解決の道はない。
 このような問題に、台湾における戦火が鋭く結びついている。いや台湾問題は、これらの一連の動きと結びついて発生したという感が深い。これらの一連の動きは、単純なそのときそのときの情勢の動きとは様相を異にしているのである。それは1つの日本政府の動向、一定の目標を持った動向を示していることを疑うことはできない。
 原子戦略体制に
 日本のすすむべき道は、戦争政策を完全に捨てて、平和と民主主義を基本とする憲法の筋道にのっとって、世界のすべての国、わけてもアジア諸国とのあいだに、平和共存、互恵平等、主権尊重、相互不可侵、内政不干渉の平和5原則にもとづいて、経済・文化の交流を盛んにし、同時に国内平和産業を発展させ国内購買力を高め、国の平和的な繁栄をめざす道である。
 ところが、現実の政府の動きは憲法をいかに改悪するかを最高の念願として、政府・与党の力を結集してできるだけ軍備を拡充し、すでに今日では戦前の戦力をはるかにこえるほどのものになっている。
 しかも、国防省をつくろうとし、アメリカで古手になったジェット機をばく大な金を出して購入しようとしており、おまけに核兵器まで事実上持ちこもうとしているのである。とくに特徴的なことは国内に多数のアメリカ軍事基地を許し、新たなる「安保」条約の改定は日米間のいわゆる防衛問題を双務的なものにしようとさえしているのである。
 独立・平和犠牲に
 すなわち、政府のめざしているコースは、日本をアメリカのアジア原子戦略体制に組みこんで、軍事冒険の道で「独占資本の繁栄」を買いとろうと考えているとしか見えないのである。つまり、戦前の日本経済が、軍事経済によって国民から取り上げた税金によって大軍需工業が国を買い手として、ぼう大な金をもうけ、あわせて労働者を低賃金にしばりつけ国民を無権利な状態において、すべて国民の犠牲において大資本だけが肥え太ったそのコースを、いまアメリカの下請の形でめざしているというほかないのである。
 このことは国の独立や平和、民主主義や国民の生活の安定のすべてを犠牲にすることによってしか成り立たない。アメリカが台湾海峡において軍事挑発を開始するや、いまやいやおうなしにこの「アメリカ戦略」のもとに日本はひきずり回されざるをえないのである。すでに不況、日中関係の破滅的状態、労働者へたいする弾圧など、すべての情勢はその方向へむかっているのである。
 知識層の自立論
 ところが、わが国の知識層のなかには、異なった意見がある。たとえば大阪市立大学の助教授小野義彦氏は、「日米新時代とは、日本の独占資本主義が急速な復興をとげた条件のもとで、日本の軍事基地としての意義が動揺し、アメリカの援助がいうにたりないものとなり、両国資本間の市場競争が公然と激化し、民族運動が『安保体制』変革に統一されつつある段階での日米関係だといえよう」「いまや日米関係を規定するものが『協力』から『競争』にその重点をおきかえてきたのである」。
 日本独占資本は、「国内における『反米感情の増大』をその対米取引に利用してさえいる」(「世界」4月号)というふうにいっている。小野氏は、日米独占間にある経済競争を数字的に取り上げて、政治的にも日本独占資本が帝国主義的に自立し、アメリカ帝国主義とのあいだに、帝国主義国間の対立をきたしているというのである。
 かれの論の基本は、日本独占資本は完全に復活したので、アメリカとの関係は帝国主義的対立関係にない「いまは保守党指導者が口をそろえて、『対等』を叫ぶ時代」であるというにある。
 ここに基本的な問題があるのである。小野氏によれば、岸内閣による「安保」条約の改定は、当然にも日米対等のためのものであり、基本的には日本帝国主義は自立しているということになる。そうであれば、アメリカの要請にもとづいて、日本が核兵器を持ちこんだり、台湾、南朝鮮、沖縄、日本本土を結ぶアメリカの原子戦略体制に積極的に参加し、このことによって発展しつつあった日中交流を決定的に台なしにしたり、日ソ平和宣言後の条約締結をしぶったりする理由はぜんぜんないのである。
 いかに岸内閣が反動的であるとしても、アメリカとのあいだで自立関係にあるなら、あるいは自立を積極的に望んでいるなら、ソ中の政治体制が異なっているという理由だけで、そういうばかげた政治はとるわけがない。それはレバノン問題、台湾問題における国連での藤山外相の奇妙な動きにもはっきりあらわれているのである。
 現在の日本の状態が、アメリカ帝国主義者の目下の同盟者として日本独占資本が結合し、そのあいだにも矛盾を持ちながらも、基本的には共同して、日本国民を支配しているというわかりきった事実をはぐらかしたのでは、日本のすべての民主主義運動を実り多いものにするわけにはいかないのである。
 勤務評定に象徴される教育の反動化の問題も、全体としてアメリカが要請する「安上がりで命知らずの日本兵を使うこと」「アジア人はアジア人同士でたたかわせる」そのための池田・ロバートソン会談であり、その後の急スピードな軍国主義教育として見なければ事態の本質は見失われてしまう。
 新しい軍国主義

 岸内閣は、経験ずみの戦時中の軍事経済のコースを、いまアメリカ帝国主義と目下の同盟関係で、もう1度くり返そうとしているのである。軍国主義の時代がどのようなものであったかは、すべての国民が胆にしみて思い知っているところである。
 いまはそれを外国の従属下にもう1度花を咲かせてみようという、はかない、しかし民族にとってきわめて悲劇的なコースをとっていることを、すべての国民は銘記しておかねばならないのである。
 日本の独占資本ならびに政府は、その関係をおしかくそうとつとめている。かれらはサンフランシスコ条約が結ばれたとき以来、日本が完全に独立したと国民を偽ってきている。しかし、毎日生起する事実は、それをかくしおおすことはできない。しかし、小野氏のような知識層が、そこのところで怪しげな論をふりまいて、なにか日本が独立しているように理論づけようとすることは、これは単純な理論の誤りということをこえて、1個の民族欺まんの犯罪的影響を持ってくるのである。台湾問題をめぐる危機の進展にさいして、すべての民主勢力は、現状の分析のうえで、あいまいな理論と決定的にたたかうことが強く要請される。

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