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上関町議補欠選挙の焦点は何か
原発終結、町再建の新しい力を
            中国電力・国・県の責任追及を   2003年6月7日付

 上関町長選後の選挙違反事件による神崎議員の辞職などによっておこなわれる町議補欠選挙は3議席をめぐって7月5日告示、13日投票となり、町民の論議が高まっている。現在、推進派が室津白浜の漁民・小浜鉄也氏、同じく室津の河内幹夫氏が出馬を表明してあいさつ回り。反対派はいまのところはっきりしない。町民のなかでは、従来のような選挙構図の延長で推進派、反対派が出ても、まるで芝居の幕が下り、観客は帰っているのに、同じ役者があらわれて終わった芝居をつづけているというシラケた印象となっている。今年の町長選挙をへて、上関町内の情勢は大きく転回しているのである。上関原発をめぐる情勢の変化と補欠選挙の争点はなにか、考えてみたい。

 勝負はついた力関係
 4月の町長選挙は、上関原発をめぐる情勢が大きな転換をしていることを浮き彫りにした。選挙は中電の職員ばかりがあわただしく走り回り、町内の推進派も反対派もまともな運動にならず瓦解していることを浮き彫りにした。どちらも町民から浮き上がり、両方が表面上では対立した格好をしてほんとうは依存しあいながら推進してきた構造がますます暴露された。加納町長は当選したが、それは実質的には敗北であり、実際には「原発が終わりになった」ことは、選挙後神崎町議が選挙違反で逮捕されたことで証明されるところとなった。
 上関原発問題は、浮上してから22年になる。上関の戦後58年のあいだの3分の1以上の期間を占めることになった。当時10歳の子どもが32歳になる。原発は中電がもちこんだものであるが、それを商工団体など各企業があとおしし、それを政府が国策とし、平井・二井知事が推進して県の商工労働部、水産部などが動き、商業マスコミや警察、右翼暴力団などあらゆる権力、金力を総動員して推進してきた。それにたいして、上関町民が全県、全国の反対の力と激励しあって20年以上にわたってたたかってきた関係である。
 上関町ではこの間、戦争と戦後58年の経験を思い起こし、原発は軍事施設であり、戦争になったらミサイルの標的になること、戦争にかかわることはやらせてはならず平和を守らなければならないことなどが深く論議されてきた。また町は、中電が乗りこんでカネをばらまかれて乗っとられてしまい、我欲が支配して町のため、町民のためをはかる政治がじゅうりんされた。さらに上関町のいいところは否定され、漁業や農業を基本に商工業が依存しあって、生産による地道な発展をはかることがじゅうりんされてきたこと、とくに「原発ができたらなんでもできる」と叫んで、原発計画があったばかりに原発計画がない大島などとは道路も病院もさまざまな基盤整備が極端に遅れたこと、いまやそれを転換しなければならないという世論が圧倒するところとなってきた。
 選挙はとくに中電の買収構造を天下に暴露した。選挙はカネにしろ弁当にしろ、就職あっせんから雇用関係にせよ、仕事をやるかとるかの問題にせよ、あからさまな買収、利益誘導が支配してきた。町連協の会議もビラまきも中電が日当を配り、専任職員自体が中電が給料を払って雇っている関係。四代の神社地裁判も、共有地裁判も中電が金を出してやっている。こうして町長も議会も漁協も商工会も区も、さらに昔からのお宮まで中電のものとなってしまった。土地と海だけ買収すればいいはずなのに、町中を買収し、人の心まで買収し、すっかり中電町にしてしまったことが暴露されてきた。
 しかしこの力関係はいまや、全県、全国、世界的な力関係と結びあって、上関町でも勝負がついた。そして「国策」として旗を振ってきた国、県が推進派を見放し、手を引きはじめたのである。現在全国の市町村は合併問題で大騒ぎとなっている。国は予算を削って、合併しなければやっていけないようにしているが、合併自体が地方予算を削るためにやっている。合併しても合併しなくてもろくなことはない状況に、どこの市町村もおかれている。
 上関原発は重要電源指定を受けた国策だから特例扱いをしてくれというのが片山前町長の要望であったが、国は知らぬ顔をしてほうり出した。国はそれどころではないのである。上関町は今年の予算はなんとかついたが来年度以降の予算のメドはない。県も原発計画があるからといって、上関町の予算にたいしてサジ加減などはしなかった。
 加えて中電も、財政的に行きづまった片山町長が「協力金を出せ」といって重役と覚え書きまでかわしていたが、島根には出しても上関には出さなかった。中電は選挙ではかき回したが、町に金は出さなかった。20年やってきて事情がよくわかった片山町長がやめたのは、中電も国も上関原発計画を投げたことを知っているからである。

  責任転嫁で動く中電
 そして選挙後の警察の動きであった。推進派はいかなる買収をやっても選挙違反を問われることはないというのが20年の推進派と県警・平生署の公然ないしは暗黙の了解であった。しかし今度はその「約束」を警察が破ったのである。警察が動くのは、犯罪かどうかが基準ではなく、その飼い主である県知事、国の意向が変わったからである。国、県が推進せよといい、警察が守ってきたから、「選挙違反はお国のため」という調子でやってきたのに今度は、手のひらを返して逮捕されたわけである。
 神崎議員は、議長の椅子をめざして走ってきたが、行き着いた先は議長の椅子どころかブタバコであった。そして世間の冷たい目にさらされて議員辞職の浮き身となった。加納町長も、町長候補の乱立抗争のなかで片山町長が「バックアップするから」と推挙される形で手をあげたが、当選した瞬間に選挙違反の悲劇となった。中電のつっかえ棒があるだけで、国や県からもいわんや周辺の自治体からもまともに相手にされず、片山町長は合併問題を拒否したが、かといって予算のメドも立たず、いまやいつ辞職するかが関心の的となる状態。責任をとるためだけに町長にさせられたという気の毒な結果となった。町長の椅子は「電気椅子」だったという悲劇である。
 中電は4〜5年ほどまえから「片山町長がバカだから原発ができない」といって、欲はあるが事情にとぼしい推進派の二軍族をそそのかしてきた。町長選では「われこそは」の候補3人の乱立抗争をへて、別の「われこそは」の一人であった加納氏が乗り出した。旧式の推進派である神崎議員も途中で片山派を離れて仲間入りをした。こうして中電にそそのかされて踊ったら、「電気椅子」かブタバコ行きとなった経験は推進派のなかでは忘れてはならない重要な教訓となった。いまや潮の流れが変わったのである。そのなかにヘタに飛びこんだらとんでもないところに流されるという経験である。
 中電にとっては、片山氏だけではなく、「神崎氏や加納氏までもがバカをやるから原発ができない」という口実をつくったことになる。神崎、加納氏の悲劇はまさに中電の撤退・責任転嫁の作戦のために犠牲になったのである。それは現職議員も新人議員も同じ戦犯候補であり、いつ同じ運命にされるかわからないことを教えている。
 中電は原発ができない責任を、上関の推進派に押しかぶせようとしてきたのである。しかも、「中電はやる気」「現地しだいですぐできる」といってあおり、実際には責任をとらずに逃げていく条件をつくっていくという道筋をたどってきた。中電本社は電力自由化でリストラがおおごとになり、原発どころではないのだ。そして上関へは、利権をつづけるだけで、責任を問われないようにして、生殺しの状態をつづけようというのである。
  また山戸氏や反対派議員連中も、今度の町長選をくぐって、まるで過去の存在になってしまった。80年代の原発の行きづまりを、田ノ浦地先の共同漁業権を祝島漁協が放棄することで息を吹き返させ、その後の町長選、町議選ではおかしな動きばかりやり、5年まえの町議選挙では無投票の談合をやり、今度の選挙では反対派側から推進の側に票を流し、いいところで中電を助けてきた隠れ推進派である姿を町民が深く認識するところとなった。かれらは300万円の議員報酬が第一であり、原発が終わると困る位置であり、終結しないために動くこと、町民のためでなく自分のための議員だということを、町民だれもが語るところとなった。
 
  責任とらせ町再建へ
 以上のように補欠選挙をめぐる上関の情勢は大きく転換した。22年の原発は終わりになったし、上関の推進派も反対派も崩壊した。上関町は中電町となりガレキの山のようになってほうり出されている。
 こうしたなかの町議補欠選挙の課題はなにか。
 中電や国、県は20年以上も原発をもちこんで上関をメチャクチャに混乱させてしまったことから、かれら自身が引き上げようにも容易にできない状態にある。下手をすれば総反発を食わざるをえない。そこでやっているのは、現地に責任を転嫁しながら、実際はほうり出し、立ち腐れの状態で放置することである。
 このなかで町を正常化し再建するには、中電、国、県をして撤退を公然と表明させ、責任をとらせることである。県道や農道など、また医療施設や介護施設にせよ、漁業、農業、商工業を上関の地についた形で振興させることなど、22年の町行政の極度のたち遅れの回復について責任をもたせることである。大島なみの整備は最低条件である。国、県が予算措置をすれば簡単であり、中電にも責任をとらせなければならない。
 それはかれら自身の良識に頼ってもできない相談であり、責任をとらせる力は町民の大衆的な力だけである。それは国策の横暴を許さぬ全県、全国の勤労人民と団結した町民の世論と運動の力だけである。
 補欠選挙では、従来の推進派、反対派の政治構造をズルズルとくり返して、幕がおりた芝居の役者がもういっぺん踊るのでなく、町民のなかでおきている新しい流れをいかに形にするかが最大の焦点である。町政の抜本転換は町長辞職・議会解散を必要とするが、最大の課題は新しい流れとそれを担う勇気ある新しいリーダーをつくり出すことである。
 上関町は選挙違反逮捕まできて、中電支配のデタラメぶりを天下にさらすこととなった。それはよその町村と比べて、小さな町に中電という大きな企業が乗りこみ、国策といって権力、金力に直接に踏みにじられてきた結果である。それをうち破って新しい流れを勝利させるならば、いま国策で痛めつけられている全国の町村を激励することになり、時代の新しい先端をいくことになるのは疑いない。

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