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原発新規立地の焦点になる上関
再稼働・海外輸出で復活した動き
               祝島が補償金拒めば終わり    2013年6月26日付

 安倍政府が原発再稼働、海外輸出を打ち出すなかで、首相のお膝元である山口県では上関原発計画にかかわる祝島の漁業補償金受けとりを巡る問題が再び浮上し、新規立地の突破口にする動きがあらわれている。漁業補償については、2000年に107共同漁業権管理委員会が妥結した漁業補償交渉を有効扱いし、3分の2同意どころか、交渉のテーブルにすらついていない祝島については「補償金を受けとったのだから漁業権消滅に合意した」という前代未聞のこじつけ「同意」で漁業権を剥奪しようとする手法が暴露されてきた。震災前から行き詰まっていたものが、あれから二年が経過したなかで、安倍政治によって「再稼働」しはじめて問題になっている。記者座談会をもって、現地の状況や反対運動の展望について論議した。
 
 執拗に受取り迫る推進勢力 超法規的手法とる安倍政府

  祝島でまた漁業補償金の受けとりを巡る攻防が激化している。推進勢力が何年にもわたって「受けとれ」と執拗に迫っているが、その度に総会を開いて否決してきたものだ。安倍政府になって原発輸出や再稼働など、対米公約に沿って原発を復活させる動きがあらわれ、なかでも上関は新規立地の突破口になろうとしている。この間、祝島に渡って取材を重ねてきたが、まず現地の状況や町内世論の特徴を出しあって、なにが起きているのか描いてみたい。
  祝島では今年2月に開かれた漁協支店の総会で、無記名で漁業補償金の受けとりを議題にした採決がとられ、反対21、賛成31という結果になっていた。不意打ちのようなものだった。その後、組合員53人のうちの31人が「受けとりません」と改めて拒否する連判状を提出していたが、本店側は無視していた。今回、本店が補償金の配分額を決め、その案を提示するといって21日に支店総会が予定されていた。この動きに対抗して反対派は30人近い組合員の委任状をとって回り、盤石な体制で迎え撃とうとしていた。配分案が蹴られる可能性も高かったため、台風四号の接近を理由に延期になっている。延期したことによって、委任状も一旦白紙になる関係だ。
  島内では「受けとってはいけない」という世論が圧倒している。30年間の反対運動を水の泡にしてはならないし、思いはひとしおだ。また、福島であれほどの事故が起き、その後、地元住民が惨めな待遇や棄民状態に置かれているのをまのあたりにしながら、「それでも補償金を受けとるのか?」と思いが語られている。親の面倒を見るために帰省していた子どもたちにも何人か出会ったが、爺ちゃんや婆ちゃんたちが30年間原発反対で頑張ってきたことを尊敬しているし、誇りにしている。福島の二の舞にさせてたまるか!という思いが強まっている。
 推進派の一般住民のなかでは「漁師以外の私たちには補償金の話などまったく耳に届いてこない。私らが補償金をくれとでもいうと思っているのだろうか」と怒っている人もいた。53人の漁師たちの銭金の問題に切り縮めて、手続きをゴリ押ししていくことに全島的な怒りがある。
  町内では四代の推進派住民ですら怒っていた。「祝島の補償金は2000年当時101人に対して出されたものなのに、53人で山分けとはなんだ」と。四代では配分委員会は死んだ元組合員の奥さんも2人入れて、各業種の代表も入れて、話し合いを経て配分した。組合員以外の一般住民にも各家庭に200万円を配分した。配分委員会は10~15日くらい協議に時間がかかったという。「県漁協が勝手に決めるなどあり得ない方法だ」と、民主主義的でない決め方に怒りをぶつけていた。十数年前に101人いた組合員が、亡くなったり辞めていったりで現在53人。その53人が10億8000万円を独り占めしようというのだからひどい話だ。寝かせておいたおかげで権利者がそぎ落とされ、一人当りの金額がおよそ二倍に跳ね上がるというものだ。
  祝島で漁業をしていこうと思えば、漁師だけではやっていけない。農業などと相互依存でやってきている。一般住民も磯を利用しているし、漁民だけでは生活基盤として存立できない。それを島全体の利害を捨てて補償金を受けとった日には、村八分もいいところだ。祝島で原発反対運動の中心を担ってきたのは婦人たちだ。海上パレードなど目立つところに漁師が姿を見せることもあったが、主には婦人と百姓たちが主力になって支えてきた。原発やコンビナートなど出稼ぎで働いていたグループのリーダーだった難波育太郎(故人、元区長)などは行動に熱心で、団結小屋を作るときでも一生懸命だった。そもそも反対運動が始まったのはこうした出稼ぎ組からだった。各地の原発で働いた経験から、原発がいかなるものか知っているから「これはいけない」と島民にも訴え、運動が盛り上がっていった。それを金田敏男の愛郷一心会が主導する格好にして突っ走っていった。
 漁師のなかでは、反対を掲げて大げんかしてみたり、派手に立ち回ったりする部分もいたが、実は中電を遊漁の固定客として乗せて稼いでいたり、みんなが実態をよく知っている。だからこの間、祝島の票差が揺れ動いているときも、長島側の漁師たちは「○○とか○○が崩れているんだろ」とドンピシャの固有名詞を出して話題にしていた。だれが補償金を受けとりたがっているかなど知り抜いている。反対派といっても、ろくでもないインチキが紛れ込んでいるなど承知だ。
 D 福島事故まできて、「原発はもうできないから補償金を受けとれ!」といっている。それまでは「もう反対しても原発はできるのだから、諦めて補償金を受けとれ!」だった。要するに「補償金を受けとれ!」なのだ。それだけ執拗にこだわるのは、祝島の補償金問題が上関原発計画の最大のネックになっているからだ。逆に祝島が拒否すれば破綻する。

 順序逆にする手口 生きている漁業権 埋立免許も無効

  今年に入ってから、大きくは安倍政府の再稼働路線があらわれている。上関を新規立地や増設の突破口にしようとしている。海外輸出するのに、国内新規立地がないのも具合が悪いとなっている。やり方としても超法規的だ。配分委員会を県漁協が代行して配分額を決め、最後に漁業権放棄の総会なり書面同意を得ようというのだから順序が逆だ。
  本来なら漁業権放棄はまず総会で3分の2の議決がいる。その後に総会でみんなが認めた配分委員たちが意見を聞きながら配分方法を決め、配分額についても全体の承認を得て、最後に各人に書面同意を書かせてカネを振り込んで完了となる。水協法ではそうなっている。
 ところが法律も何もかも無視していったんカネを握らせ、文句をいわせないようにして最後に漁業権放棄の総会なり書面同意を書かせようという順序になっている。「過半数で補償金の受けとりが決まった」などといっているが、そんなものはなんの意味もない。漁業権放棄は3分の2同意が絶対だ。祝島では3分の2同意をとった試しなどない。中電との交渉のテーブルについたことすらない。何が「祝島の漁業権はなくなった」かだ。手続き上は正規に総会を開いて3分の2の議決をとらなければならない。漁協総会以外では、だれも祝島の漁業権放棄を決められない。
  山本知事の埋立許可失効の判断延長も超法規的だ。1年間埋立工事が手つかずなら失効すると決まっているものを、2009年にはブイを浮かべたのを理由に失効免除し、二井県政のもとで3年の期限が過ぎていった。山本知事に代わってからも理由をつけて引き伸ばしている。工事などなにも始まっていないのに期限切れをごまかして5年目になる。埋立が始まらないのは祝島の漁業権放棄が確定しないからにほかならないが、そもそも免許そのものの有効性がない。関係する権利者すべて、すなわち祝島の漁業補償問題も解決したうえで許認可を与えるのが通常の手続きなのに、2008年に先走って許可したのが二井県政だった。おかげで工事には手をつけられず、中電も「公有水面埋立許可が出た後に残り半額の漁業補償金を支払う」という約束を実行しなければならなくなった。埋立免許の無効を訴えて裁判でもやったらアウトだ。
 B 祝島との対応は県漁協がしゃしゃり出ているが、県当局が指図しながら動いていることは歴然としている。県漁協の森友(上関町室津出身の組合長)や幹部職員程度の知恵でどうこうなるものではない。それにしてもまことに執拗だ。何回失敗してきたか。「共同漁業権管理委員会の多数決で七対一で決着はついている」といい、「最高裁も“祝島は管理委員会の決定に拘束される”といっているのだから反対してもムダなのだ」といい、「もらわなければ損だ」といって籠絡をはかったが失敗し、再チャレンジを繰り返してきた。それだけ重要な問題だからだ。
 交渉していないのに県漁協が身代わりをして法務局から供託金を引き出し、配分委員会のメンバーすら選任していないのに、配分額まで決める。水協法から見てもあり得ない決め方で、まさに超法規だ。それで県漁協が作った配分案を「ウン」といって受け入れる側もみっともない。「運営委員の4人が配分委員だ」と県漁協側は主張しているが、組合員が選んだ覚えもないし反対派2人も入っていながら協議した形跡すらない。そんなものが通用するわけがない。漁協ルールもなにも知らない森友レベルが組合長とはいえ、酷すぎるやり方だ。
  反対派漁民の顧問弁護士のような振舞で登場しているのが、下関界隈では名うての裏切り者として有名な「日共」田川章次だが、その辺りの法律的な対処方法について、祝島島民をだまくらかしているのではないかと危惧しないわけにはいかない。金持ちにめっぽう弱くて、下関でも億万長者の坊主にひっついて優良顧客にしていたり、飲み屋で裸踊りをしていたり、みんなが昔からの実態について知り抜いている。
 下関から離れた上関、祝島ではそんな実態について知られていないと思っているようだ。
 
 民主主義の破壊が特徴 全国でも共通

 A 超法規が安倍政治に連なった普遍性を持っている。漁業権変更を権力的にやってしまおうというのが、震災に見舞われた宮城であらわれた水産復興特区だ。漁協合併がそもそも地先についた漁業権の剥奪を目的にしていた。実際、そのように山口県漁協が実践して見せている。合併していなかったら祝島もどうなっていたか考えてみたらいい。その後、県漁協が乗り込んで、彼らが主導しながら原発手続きを軒並み進めている。中電の代行業務をやっているような感じだ。
  こうした動きは祝島の内部ではできないし、山戸が降板したもとで現在の運営委員たちにもできない。島内の力関係からして許されないのが実態だ。供託金が国庫に没収されていたら漁業補償交渉は振り出しに戻っていたのに、勝手に引き出したのも県漁協だった。合併していなければ、彼らには手を出すなんらの権限もなかった。自主的な漁協運営の権利を剥奪して、祝島がどうなろうが知ったことではない連中が漁業秩序の破壊をやっている。県漁協は操り人形で、実際には県当局がやらせている。
  超法規的なやり口でいえば、下関市議会の本池妙子市議の懲罰問題など、常識では考えられないようなことを安倍派はやる。安倍政治の際だった特徴だ。安倍と連なった維新の橋下徹が慰安婦問題で飛び跳ねてみたり、復興庁の官僚が「クソ左翼」といったり、あの手の連中が飛び出している。中央官僚でいえば下関の教育長に天下った嶋倉(文科省キャリア)も安倍のブレーンだったが、あの手のアホが安倍周辺で増えている。民主主義の法的秩序の破壊としてあらわれている。それが改憲までいくわけだ。TPPで法律に至るまで米国基準にしようとしているが、民主主義ルールの破壊を特徴にしている。

 住民追い出され廃村 他人事でない福島 残酷な棄民政治

 A ここまできて、福島事故の教訓を鮮明にすることが重要だ。現地取材もしてきたが、どうだろうか。
  福島第1原発は収拾もついていないしメルトダウンして再び爆発する危険性だってある。3つも原子炉がメルトダウンしている。ところが反省もなく、「福島の事故があったからこそ世界でももっとも安全な原発技術を提供できる」と安倍晋三が自慢げに吹聴して、原発輸出が成長戦略だと開き直るから、全国的にも「え?」と唖然としている。福島県では浜通りの双葉郡は住民が戻れない。実質的に廃村になってしまった。震災後、着の身着のままで追い出された後、埼玉アリーナや避難所を転転とし、道路脇などの仮設住宅に押し込められたり、あるいは福島市や郡山市など故郷を追われた場所での暮らしを十数万人がよぎなくされている。人間として扱われていないし、核廃棄物か何かのように扱われている。残酷な棄民政治がやられている。
 B 上関周辺も他人事ではない。いざ事故が起きた場合に、上関町内は間違いなく叩き出される。漁業補償で作った新品の家も、土地も財産もみな奪われて、見知らぬ土地に文無し状態で追い払われる。それで電力会社はまともに補償しようとしない。埼玉県の旧騎西高校に双葉町の住民が避難していたが、ひっそりと身を寄せ合うようにして、廃校になった校舎を段ボールで仕切って生活していたのが忘れられない。2年たっても段ボール生活を強いられている。事故後は、東京などから役場宛に「オマエらが原発に賛成して、イイ思いをした結果こんな事態になったんだ!」「オマエら加害者は贅沢いうな!」といったメールや電話、手紙が届き、戦犯のような扱いを受けて心を痛めていた。故郷に帰りたいけど帰れない。仕事も住み家もすべて失って難民のような状態に置かれていた。しかも、加害者のような風当たりがある。みんな口が重たかったが、「避難して3日目に初めてもらったおにぎりが有り難かった。全国のみなさんには感謝しているんです…」とお婆さんが涙を溜めて話していた。そのお婆さんがどんな悪いことをしたというのか。「オレたちは東京に電気を送るために散散犠牲になってきたじゃないか」と年寄りの爺さんたちも悔しそうに話していた。年寄りほど行き
場がなく、仮設などにとり残され、そうした人人が原発の放射能ではなくストレスで寿命を縮めたり、自殺しているのが問題になっていた。
 上関も高齢者の町になったが、事故が起きれば逃げようにも逃げられない。四代や祝島だけ考えても、あれだけの老人たちを誰が安全圏まで連れて行くというのか。五三人が補償金をもらったからといって、故郷を引き替えにできるような代物ではない。
  これほどの事故があったら、常識でいえば原発手続きなどすべて再考しなければならない。地元手続きだけでどうこうなる代物ではない。最低30㌔㍍圏内は当事者になるし、常識的には100㌔㍍圏内の同意は必要だ。中電も100㌔㍍圏内をみな上関並に買収しなければいけない。実際に福島ではひどい目にあっているのだから。土地を追い払われて戻ることもできない。

 全瀬戸内に甚大な影響 国滅ぼす政治の象徴

  農漁業への影響も深刻で、仙台湾、牡鹿半島にいたるまでベクレルショックで水産物の出荷すらままならない。全瀬戸内に漁業補償をやらなければならない。再度問われなければならないし、これまで進んできた上関原発計画の手続きについても抜本的に見直さなければならない。避難するなら、上関や平生町、田布施町、柳井市民に至るまで、この地域に暮らしている住民がどこにどう避難するのか、曖昧なまま進めるわけにはいかない。
  事故原因を細かく分析すればさまざまあるのだろうが、要するに事故は起こったし、今からも起こりうる。津波、地震、テロなど爆発する要因は山ほどある。テロ対策で見ても、電源喪失させれば爆発するし、配水管を詰まらせれば爆発する。原子炉だけ鉄で囲っていてもパイプはたくさん出ていて意味はない。この対応だけでも少少ではない。しかも尖閣問題で騒いでみたり戦争体制に前のめりになって先制攻撃を叫んでいるのだから、逆に攻撃されることもありうる。まさに国を滅ぼす政治だ。
 あのような事故が起きた時に、国が住民をまともな人間扱いをしてこなかった。メルトダウンしたことをわかっていながら、メディアも含めて真相を知らせないし、最初の一週間で最も甲状腺癌の要因となるヨウ素が降り注いでいるのに、その時に情報を知らせない。SPEEDIもあるのに国や米軍は知っていて、国民には知らせずパニック対策を優先させた。見殺しだ。東海村臨界事故もそうだった。自宅に住民を閉じ込めて一歩も外に出るなとやっておいて、あとから放射線は飛び交っていたのがわかり、「実はヨウ素がまだ漏れていました」などといった。デタラメだった。
  福島の経験では事故後の処理でも強権的だ。機動隊を配置して立ち入り禁止にした。広島、長崎から比較したらはるかに線量は低いのに土地から追い出した。住民が土地に居着いていたらまだ復興の余地もあったのに、放射性物質の処分場にするという別目的を実現するために追い出し、コミュニティーを破壊した。放射能で死んだ者はいないし、頭が禿げたという者もいない。しかしその後の避難による死亡が多い。一つの街を作ろうと思えば歴史的な蓄積がいる。福島では町村合併が動き出しているが、自治体もなくしてしまって、双葉郡一帯を廃村にするコースがあらわれている。放射能汚染物質の貯蔵施設にしようとしている。まさに原発の墓場だし、核のゴミ捨て場だ。上関の推進派も青ざめるような話だ。

 注目される加納派 反対派に潜む推進派

 A 祝島で焦点になっているのは、要は反対派内部にいる10人程度のカネを欲しがっている者がどう転ぶかだ。ここにきて祝島の支配層の中心部分、もっとはっきりいえば加納一派の裏切りがあらわれている。原発計画が浮上したときは表には出ないで、愛郷一心会の金田などが目立っていたが、本当は金田が力を持っていたわけではない。
 山戸を祝島に呼び込んだのも、この祝島の実権派がかかわっている。だから親戚の少ない山戸があれだけ島を牛耳るような振舞ができた。
  反対派のなかに推進派を配置してやるのが中電の重要な手口で、それは本土側の議員連中たちがもっとも証明している。室津の外村勉(社民党)が反対派改め推進派として町議選に出たり、岩木、上杉にしてもみなカネをもらったら引っ込んだ。運動の世話をしたことなど一度もなくカネをもらうだけだ。上杉は大阪で企業の退職金をもらった後に、今度は議員報酬だけもらいに上関に出稼ぎに来たような男だ。
 反対のような振りをしてカネを懐にいれたり、補償金をつり上げたりする。その手合いが祝島にもいて、反対派を内部から分裂させていく。反対の顔をした推進派が最後に暴露されるところへきた。
  原発の初期の頃は加納町長体制だ。シベリア帰りの共産党員が自民党へと衣替えして町長になり、戦後の町長選では室津の中守と争っていた。その際、「祝島をどっちが獲るかで勝負が決まる」といわれるほど祝島争奪戦が重要なものだった。祝島で加納の選挙をとりくんでいた中心人物、かつて岸信介とのパイプもあった男が遊漁グループの親分で、漁協のなかでも発言権を持っていた。
 「日共」から自民党に鞍替えした二刀流が加納で、原発についても右手の推進派と左手の反対派というように、双方配置していた。上関地区でも、反対の顔をして一番カネを取ったのが加納一派につながる某一族だった。反対派のような顔をして民商などを痛く尊敬していたが、いざカネが入るとなったときに真っ先に受けとろうとしたのがこの一族だった。最高額を得ていったと地元漁師たちは話していた。今の祝島の動きとそっくりだ。
 上関漁協で、補償金配分の際に先頭きって漁協に印鑑を持っていったのが岩木基展(反対派町議)だし、その周囲の加納一派だった。反対の顔をしているが実は嫌われ役で、地元ではみんながよく知っているから、あの連中が反対で旗を振ったら用心してついていかない。おかげで、まともな部分が推進派になっていくシカケだった。裏切り者を反対派内部に配置することでは、中電は手が込んでいる。最高度の謀略戦を仕掛けている。一番先に手先にしたのが上関斗争初期の原発共斗で、長周新聞を徹底的に排除していた。

 94年漁業権変更で延長 80年代には行き詰っていた計画

 上関の反対運動は30年頑張ってきているが、もともとは80年代に行き詰まって終わっていた。片山町長もお手上げだった。ところが、90年代に入って第2ラウンドの巻き返しが動き始めた。
 二極構造崩壊の時分で、89年には天安門事件。その後もソ連・東欧崩壊でチャンスと見なした連中がひっくり返しを画策し始めた。それが山戸の登場にもつながる。94年の漁業権書き換えがなければ原発は20年前に終わっていた。それをやったからこれだけ長引いている。今度の補償金問題も漁協合併に追い込んだり、漁協経営をパンクさせたりさまざまなシカケがある。ところが、色色と画策もしたが中電や県政にとって最大の支柱だった山戸の方が先に転けてしまった。
  漁協も会計不明瞭で摘発されたが、島民の会でも会計問題が暴露されて立つ瀬がない状態のようだ。島民は知っている。だから権威が落ちて、「カネに汚かった男」となっている。一人で牛耳っていたのだから、そういうことにもなる。長島側の町議連中のなかには「全国から腐るほどカンパがくるから、山戸は一番もうけている」とうらやましがる者がいたほどだ。すごい金額の蓄財なのだろう。
  反対派としてテレビに出たり、現場を仕切ったりする部分が目立っているが、表に出てこない上手な実権派が、ここにきてどう動くかが焦点になっている。この10人次第で漁業補償金の受けとりも決まるというのだから、もっと光を当てて注目しなければならない。
 旧加納派で祝島における代理人。このグループの動向が大注目を浴びている。加納派といえば金田も同じで、推進派に寝返って祝島を追われてからも片山が町の土木工事を空発注して、ピンハネさせて養っていたりした。山戸よりも格が上の加納派グループの動向次第でどうなるか、県漁協や中電は期待をかけているし、注目点になっている。
 あと、祝島の旧推進派も敵と味方を間違ったらいけない。30年祝島のなかで難儀してきたが、町内の推進派とは違って中電からやられたのだ。中電が背後にいて反対運動を自滅に導くために分裂や対立を意図的に煽ってきた。あのような残酷な手口を考えるのは大企業だ。
 東電とか、上関でも所長だった和森とかの面構えを見ただけでもわかるが、なんたって人間の様ではない。しかし電力会社はそんなものだ。反対の仮面をかぶった連中を通じて非人道的なことをやらせた。外部勢力のなかにも中電配下の者が潜り込んでいた。電産も中電労に吸収されたが、「豊北でストライキをやった」といって上関に乗り込み、「祝島のデモは世界一」などともてはやして推進派攻撃を焚きつけたりした。その後は綺麗に裏切って出世している。
 山戸以前は金田が表に立っていたけれど、そのバックが外部勢力だけでなく島内にもいた。金田が転けてもその背後勢力にとっては痛くも痒(かゆ)くもなかったし、首をすげ替えうる島内の実権派こそ光を当てなければならない。
  漁協組合長だった河村長一(故人)を降板させて、山戸に替えたのにも噛んでいた。山戸を祝島に招いたときもかかわっている。大学を出たものの、行き場がなかった山戸が島に戻ってきて、いきなり漁協参事になって権限を振り回し始めた。あのようなことは通常できない。山戸は親戚も少ないし勢力としては孤立しているのにだ。
 A 祝島で10人余りがどっちに転ぶかだが、これがもし転んだ場合、この人たちはどうなるだろうか。散散「アイツは推進派だ!」とでっち上げては攻撃し、家に石を投げたり、扉をたたき壊したり一方的なことをしてきた。それが最後にはカネをもらったとなったら、旧推進派以上に冷たい目で見られるだろうし、村八分にならなければいいが…。30年の恨みがすべて向くことを心配しないわけにはいかない。
 反対派の格好をしてカネをもらおうとする推進派が潜んでいて、その実権派が最後に登場している。これらが転けたとしても3分の2には届かないけれども重要な局面だ。
 原発は漁民だけの問題ではない。全島民の問題であるし、全島民のなかでも農民や婦人たちが並並ならぬ努力をして献身的に反対運動を支えてきた。これを裏切るなら、そうした人人との関係もずたずたになっていくだろう。全国を裏切ることにもなる。祝島では生活できなくなってもおかしくない。
 旧推進派も旗を降ろしたらいい。その方が全島団結になる。そもそもが推進でもないのに、「推進派に違いない」という疑いでデモをかけられ、石を投げられた。極めて非人道的な扱いを受けた。
 それを見て、長島側の住民たちも「あんな反対運動にはついていけない」「一緒と思われたら大変だ」といって離れた。祝島みたいな真似はできないと。狭い島のなかでナチスみたいなことを憶測でやって冤罪がたくさんできた。一割くらいの推進派がいるなら、反対派にとり込んでいけばいいのに、追いやっていった。それが中電の狙いだったし、反対運動にとって大きなデメリットになってきたのも事実だ。しかしここまできてシカケは暴露された。

 県・国と斗い全国と団結 祝島の原発反対

  祝島ではこの何年かで、県なり国といった敵の姿が鮮明になってきた。以前は平井県政は友だといっていた。中電とはけんかするが県は友だち。片山とはけんかするが県はいいとなっていた。今度は敵と友が鮮明になってきた。なにより全国団結の思考も強まっている。応援してもらって裏切られないという思いが強いし、全国のために新規立地を止めなければならないし、再稼働もけしからんと意気込んでいる。
 
 TPPや戦争政治 無人島にする政治 ミサイルの標的にも

  原発を巡る最大のネックは祝島の漁業権問題だ。ここを絶対に守り通すことが重要だ。TPPのゴリ押しも進んでいるなかで、原発がなくなっても無人島にする政治が動いている。「どっちみち無人島になるのだから、原発で無人島にしてもいいではないか」というのが国なり電力会社だ。
 TPP政治でもあるし、戦争政治を問題にしないといけない。岩国をあれほど巨大化して、オスプレイも頻繁にやってきて常駐する可能性だってある。終いには普天間基地が移ってきてもおかしくない。戦争になればもっとも標的になる。上関原発が爆発したら、岩国基地は機能不全だ。福島事故で横須賀の米空母は真っ先に逃げていったが、最前線基地を叩くのが戦争だ。
 核ミサイルが飛んでこなくても、吸水口にクラゲが詰まっただけでも大騒ぎになるのだから世話はない。原発が事故を起こすのも「ウラン235が…」とか難しい話ではなくて、単純な話だった。地震、津波でぶっ壊れるし、電源喪失とか冷却できなければ爆発する。
 原発がこれほど日本列島の津津浦浦にありながら、安倍晋三あたりが戦争も辞さずと勇ましいことをいう。ミサイル戦争をやるなど気狂い沙汰だ。
 
 米国指示で再稼働 原発輸出も日米で 核のゴミ捨て場に

 C 
再稼働に動いているのは米国からの指示があるからだ。民主党が脱原発とか原発ゼロに動こうとしていたが、米国から叱り飛ばされて方向転換した。再稼働、プルサーマル推進など一連が対米公約になっていた事実が発覚している。もともと、米国が日本を原子力基地にする政策をやらせてきた関係で、今後は輸出の拠点にしようとしている。
 原発輸出は米国の成長戦略でもあるが、米国単独ではできない。日本の技術がなければならない。東芝や三菱がWHやGEを買収しているのも、買収というより日本に責任をとらせるというだけだ。
 輸出して事故を起こしたときには、日本企業側が責任だけとらされることになる。
  インドなどは製造者責任にうるさいといわれている。トルコも地震大国だ。
 福島事故でGEの製造者責任を追及できない者が、他国の原発の事故責任までみなかぶろうとしている。東電救済で国が10兆円を支援するというが、みな国民の負担。海外の原発事故まで国民に尻拭いさせようとしている。最近でも米国の原発が事故を起こして廃炉になることが決定したが、三菱重工が製造者責任を問われている。一方的にいわれるばかりだ。
 こんな政治が日本列島に54基も原発を造ってきた。核のゴミ捨て場も日本が引き受けるようになりかねない。もんじゅもあのざまで最終処分の技術が確立されていないから、六カ所のように地中深くに押し込んだり、福島みたいに原発内に山ほど使用済み核燃料のプールにためこんでいる。世界に原発を輸出して「ゴミはいらない」といわれるかもしれない。その場合、福島を世界のゴミ捨て場にしないとも限らない。
 A この際、福島事故をもっけの幸いにして、核のゴミ捨て場を確保できたといって大喜びしている風だ。ビジネスチャンスが拡大するといって、調子に乗って全国の原発を再稼働し、安倍晋三が世界へ羽ばたこうとしている。全国的な政治問題であるし、祝島であらわれている問題も日本全体の国益から見て譲れない。
 
 農漁業の振興こそ 都会は大不況 上関の可能性十分

 漁協運営の破壊もTPPによる全国の農漁業破壊とも同じ根がある。原発を進めることが農漁業破壊をしている。それを断ち切って農漁業振興で立て直さないといけない。
 いくら状況が良くないといっても、上関にはまだまだ可能性はある。無人島政治の象徴がTPPで、農漁業をダメにしたら上関のような農漁村は成り立たない。しかしこの大不況で都会では食っていけないから田舎に帰ってくる者もいる。「国破れて原発あり」ではなく、故郷の山河ありなら金融が崩壊しようが食っていける。原発政治、すなわち農漁業破壊、地方破壊の後は野となれの政治とのたたかいだ。
 祝島が拒否すれば上関原発はできない。その中心問題が漁業権問題だ。

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