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義務教育無償放棄の全国先端
下関江島市政の14年
            他市で無償の用紙代も徴収   2009年1月26日付

 「下関の親たちが子どもを育てるためにどれだけ一生懸命働いているか、江島市長はわかっているのか」「下関の子どもはペンギンや犬猫以下か」、市内で3人の子どもを育てる母親は語る。江島市長の14年間で、歯止めのかからぬ大型箱物建設の一方で、教育予算は他の市と比べても大幅に削減され、用紙代から教材費、はては学校施設の修理まで父母負担は増え続け、義務教育無償の原則放棄は全国先端。自己負担、自己責任に変えられ、今では予算どころか学校自体を77校から55校に削減する大規模な統廃合計画が浮上している。子どもの教育をないがしろにする江島市政に対して全市的な怒りが噴き上がっている。
 下関市では他市で勤務した教師が驚くほど印刷代や教材など父母の負担が多い。小学4年と1年の子どもを筆頭に5人の子どもを育てる家庭をのぞいてみると、毎月、4年の息子には給食費、PTA会費など4500円に加え、学級費が1000円で5500円、1年の娘は給食費など4100円と学級費1000円で5100円、毎月2人で1万円以上は必要となる。さらにバス遠足など、子どもが喜ぶ行事がある月にはバス代2000〜3000円が学級費にプラスされる。学級費のうちわけを知らせるプリントが毎回配られたいていが用紙代やコピー代、画用紙代などが並ぶ。
 ついこの間も、1年生の授業で縄飛びを使うからと学校から注文票が配られ1本500円もする縄飛びを、おばあちゃんからもらった小遣いから出させて買った。またチューリップの球根を植えるので、球根代60円を持って来るようにと連絡があり、「えっ、そんな物まで? と驚いた」と母親は語る。おまけに植木鉢も、水やり用の道具も全部買わなければならない。
 入学時に購入する算数セットも使うのは1、2年のときだけ。そのほかピアニカや絵の具セットや習字道具、彫刻刀や裁縫道具などなど、学年が上がるごとに個人でそろえる物の多いこと。学校で配られる教材会社の注文票は割高なので、スーパーなどでそろえて安くすむように工夫するが、それでも家計にとっては大きな負担だ。「学校で使うものは学校でそろえて共同で使えるようにしてほしい」と、子どもに暗い顔をさせてはならないと願う親たちの思いは切実だ。
 中学生になると給食費、校納金の他に教材費などが加わり、毎月8000〜8500円となる。部活動がはじまり、ユニフォーム代や遠征費、吹奏楽部で楽器などの費用も加えれば月1万円をこす。一生懸命練習し試合で勝ちぬいても親や教師は、遠征費のことが頭をよぎる。各学校は自治会からの寄付、PTAの援助で遠征費をまかなっている。
 派遣労働者の首切りや、ボーナスカットや賃金切り下げなどとともに、江島市長による公共事業の市外発注とダンピング競争などによって生活の困窮化が進むなか、子どもを持つ親たちへの教育費の負担はこれまでにも増して切実になっている。
 子どもたちが学校に持って行く持ち物にも貧富の格差があらわれており、「せめて学校のなかだけは子どもたちが平等に教育を受けられるようにすべきだ」という声は強い。

 下関市だけは原則自己負担 普通は原則公費負担
 下関市はなぜ義務教育といいながら、個人負担ばかりなのか。他市から下関に異動してきた事務職員は、以前勤めた学校では「子どもが学校で使う物は原則公費負担」とされていたが、下関では「学校で子どもに返る物は原則自己負担」と説明されたことに驚いたと語る。長年、市内の学校に勤める事務員は、江島市政の14年をふり返り、「とにかく毎年カットされてきた」こと、とくに9年前の平成12年度当りから予算の削減に拍車がかかったと指摘する。
 一方、この時期は沖合人工島建設(25億4436万円)、リサイクルプラザ建設(13億2485万円。2カ年継続費68億772万円)、奥山工場焼却施設(29億6386万円。3カ年継続費111億6825万円)など大型公共事業を矢継ぎ早に進めた時期と重なる。
 歯止めがかからぬ箱物利権のかげで、教育予算が削られる。とくに学校で必要な用紙代や印刷代などの消耗品費の削減がひどい。合併前の小学校33校に対して平成12年度には、1億667万円あったものが、平成13年には3090万円とマイナス71%と大削減され学校現場で大問題となった。その翌年から小・中学校費(学校建設費を除く)は5年連続カットとなった(図参照)。平成17年の豊浦郡との合併以後も、教育予算の削減はつづいている。
 そして平成13年には旧市内28校の小・中学校に配置されていた宿直代行員の廃止計画が持ち上がる。「人的配置なら1校につき年間250万円かかるが、機械警備は年間66万円ですむ」と教育的見地はまったくない。「学校はビル会社ではない」と宿直廃止に反対したPTAの父母らの声を無視して機械警備化を進めた。
 近年は予算配当が前期、後期と2回に分けて学校現場に配当されるようになり、平成19、20年度と2年連続して10月の後期予算が10%カットされた。「年度当初の予算も毎年下がるのに、さらに下げるのか」と事務員は頭を悩ませている。ある小学校の場合、年度当初に市が配る用紙や印刷資材は11月で使い切るため、別の予算から紙代をねん出するか、あとは保護者から徴収するしか出所はない。

 県下で突出した粗末な扱い 中学生の消耗品費
 平成20年度の山口県内13市で中規模校の中学校に通う生徒1人当りに配当された消耗品費の比較で、下関市は県下13市のなかで3番目に少ない5703円。最も多い市が1万132円なので約半分。山口県で唯一の中核市になったと自慢しているが、子どもの教育は県下一粗末に扱われている。
 学校行事のさいに自治会などが学校教育に役立ててほしいと、好意で包んでいた寄付金は「受けとるな」と拒否させて、地域との交際費などの公費予算は出さない。下関市は親たちから徴収した給食費のなかからガス代や食器洗浄などの給食施設費を徴収している。他市では親から集めた給食費はすべて食材に当てるのが原則である。
 親たちからは、机やイスが古くささくれだっていて、子どもがケガをしたり、買ったばかりの制服のポケットを破って帰ってきたこと、PTAのバザーの収益はいつも公費でそろえるはずの図書費に回され疑問に思ってきたこと、生徒が使う冷水器が壊れても修理代すら学校になくPTA会費から修理費を出した話など、「下関の教育予算はどうなっているのか」という数数の声が出されている。一方でペンギンハウス(23億円)や犬猫の安楽死施設(11億円)、全市の反対を押し切って進めた川中中の教科教室型校舎(48億円)など、市民が要求するものと真反対のことに予算を投入してきた。
 現在、教育予算削減の最たるものとして、下関市内の77校の小・中学校を55校にする大規模な統廃合計画が進められようとしている。これまでさんざんに教育予算を削減してきたが、今度は学校そのものをなくす計画である。子どもの教育、下関の将来にかかわる重大な問題として、全地域的に江島市政を糾弾する声が渦巻いている。
 子どもをたくましく、豊かな心を持った人間に育てることは、親のつとめであるばかりでなく、国のつとめである。それは子どもたちが日本の将来を担う世代であるからだ。だからせめて義務教育だけは国の負担で無償にし、貧富の差にかかわりなく平等に教育を受けさせることは国や行政の責任であり、それは憲法でも定められている。
 それは戦後、実際にはさまざまにねじまげられてきたが、江島市政の14年間は「受益者負担」「自己責任」などといって、全国先端の新自由主義で義務教育無償の原則をほごにし、親の負担を増やし続けてきた。下関の子どもたちは外壁の落ちた校舎と壊れたトイレ、ボロボロの机やイスで毎日の授業を受けなければならない。市政をして無駄なハコモノをやめさせ、子どもの教育のためにまともに予算を回させるために、子どもの教育に責任を持つ教職員は父母や地域と力をあわせて、行動をおこさなければならない。

 深刻な旧豊浦郡部 部活遠征費等削減・合併後、教育切捨て
 下関市と合併した旧豊浦郡四町の学校現場の現状は、市場原理で教育を切り捨ててきた江島市政を典型的に物語っている。
 合併直前、旧郡部の中学校関係者のあいだで大きな問題になったのは、クラブ活動の選手派遣費だった。旧町各自治体では、クラブ活動も「教育活動の一環」としてとらえ、遠征費はすべて町が予算を組んで出していた。
 菊川町では年間150万円、豊北町でも年間150万円を当時あった4校で分けていたので、1校当り40万円近くの予算が配当されていた。そのうえに教師が引率するのに年間68万円ほどの予算がついていた。
 しかし、下関市は「受益者負担」を原則としており、中学校体育連盟から何割かの補助が出るだけで、県大会にかかわる費用を補うため選手権や秋季大会で参加する中学生1人当り200円ずつ徴収して補助金削減の穴埋めをしている。また全国大会に行くには1人当り2000円、1チーム当り2万円が親負担として徴収される。
 また部活に限らず、宿泊訓練のバス代の補助も全額カット、教師が集まって会合するための予算として4町でそれぞれ100万円あったのもカットされた。
 そうした予算削減のなかで、2006年5月11日、豊北中学校の男子生徒が自転車通学中に車と衝突し、亡くなる事故が起きた。4月に豊北町内に4校あった中学校を1校に統廃合した直後で、通学距離が6`以内の生徒はスクールバスも利用できず、通学費の補助も出ないため、自転車通学せざるを得ないなかでの事故だった。
 事故後、保護者から「2度とこんな事故を起こしてはいけない」「全地域でスクールバスを使えるようにしてほしい」「6`以内の生徒でも通学補助が出るように特例をもうけてほしい」などの要望が出されたが、市はなかなか動かず、4カ月後にやっと対応を発表した。
 旧町が地域と約束して進めていた事業が、市町村合併によってホゴにされる事例もあいついだ。菊川中学校の鉄筋校舎は昭和43〜44年にかけて建設されたもので、40年近く経過している。窓は木枠で、廊下の板がはずれたり、雨漏りもするため合併前に建て替えが計画され、設計図もできていた。
 それが下関市になってうやむやにされ、最終的には古くなった廊下が修理されただけで、建て替え計画は消えてしまった。「旧市内にはもっと古い校舎がたくさんある。そちらを建て替えるのが先だ」と市教委は主張している。
 豊北中学校でも、旧町内の4校の統合と市町村合併の時期が重なったため、新しい校舎の構想時には計画されていた屋内温水プールがない。豊北中PTAが市長に直接「早期完成」を要望したが、「あれは初期の計画段階の話だ」といっている。
 現在でも教育予算は毎年10%カットされ、県内でも気温の低い豊田町や豊北町では思うようにストーブもたけないなど、深刻な事態。さらに豊北町の保育園の統廃合計画や、各町でも小・中学校統廃合計画が進行しており、「市長選で江島を落として教育長をかえ、こんな教育行政をやめさせるのだ」との意気込みが語られている。

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