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豪華建物で教育の中身を破壊
下関・川中中教科教室問題
                 「子供の為」に立ち返れ     2007年10月19日付

 下関市立川中中学校で、江島潔市長や松田雅昭教育長が、今年6月再びクラスをなくす教科教室型校舎を建設すると持ち出した。この問題をめぐって、父母と地域、教師の強い危惧(ぐ)が噴き上がり、市議会では継続審議の状態にある。ことは校舎建設の問題だが、この間の顛末であらわれているのは、現場の教師にはものをいわせず、父母の意見には聞く耳がなく、とりわけ今の川中中の子どもの現状はどうなっているのか、それをどうよくするのかはまったくない教育委員会の姿である。市長が建設ありきで号令をかけ、小役人教育長が突っ走って教育を破壊しているという現実である。これは川中中の不幸であるばかりでなく、下関の教育全体の不幸である。この問題は下関の子どもたちの教育をどうするのかという問題として全市的な論議を広げなければならない。

 教育どうするか全市的論議を
 川中中の教科教室型校舎問題をめぐっては、「ホームルームのある従来型の学校にしてほしい」「教科重視の点取り虫教育でなく、人間関係をつくることのできる教育を」という父母や地域の世論が圧倒するところとなっている。教科教室型の白紙撤回を求める署名は1万人をこえたが、市議会に提出された「従来型教室を求める」請願は継続審議となっている。
 川中中学校の移転にともなう教科教室型の計画が動き出したのは5年前の2002(平成14)年にさかのぼる。翌年の03(平成15)年度に入ると川中中の教員は、突然上からおろされた「教科教室」型校舎の研修に連日駆り立てられた。当時は子どもの教育のために時間がとれず、放課後の部活指導もままならない状態だったと語られている。
 同校の教師は、全国に視察に行った経験から「川中中のような大規模校では生徒指導上むずかしい」「子どものためにはホームルームが必要」「校舎に死角が多すぎる」という意見を出した。ところが市教委はこれにとりあわず、「保護者や地域に知らせるべきではないか」という強い意見にも、かん口令を敷き極秘事項として進めた。
 04(平成16)年度の人事では、これまで長年地域とのパイプを築いてきた教員を、教科教室に異を唱えたというふくみで1度に異動させ、子どもや地域との関係を希薄にさせた。
 続いて同年4月には、川中中のクラブ指導に熱心な教師をやり玉にあげて『毎日』や『朝日』が「体罰事件」と騒ぎ、教師を袋だたきにしてものがいえなくさせ、教師の生徒に対する指導性を破壊する騒ぎを起こした。
 そうした経過のなかで翌05(平成17)年4月、女子生徒が校内で自殺するという痛ましい事件が起こった。この不幸な事件に対しても、県教委はカウンセラーを派遣し、「なにごともなかったかのようにするのが子どもたちの心のケアになる」といって、現場の教師たちが学校を立て直すことを抑圧した。また『読売』が執ように「いじめの犯人捜し」「教師の責任」を煽りたて、教師がものをいえないようにした。松田教育長は、教科教室型校舎の強要から始まり、「体罰」報道で教育現場が崩壊するのを放置したうえに、この事件でも、無責任と現場への責任転嫁を決めこんで、現場をますます混乱させた。女生徒の遺書は読んだかの質問に、眼鏡がなかったので見てないなどといったとぼけた態度に、教育長失格の非難を浴びていた。
 この間、用地取得の未解決などで教科教室計画は頓挫していたが、今年に入って再び急浮上してきた。それが父母や地域住民の前に初めて明らかにされたのは今年6月の地元説明会だった。現場では学校を立て直す努力をしている真最中であった。

 荒れた学校に強い危惧 川中中の現状
 こうした経過を経て川中中の現状は、ある親が「参観日に行ってみると、授業中に他のクラスの生徒が入ってきて妨害するのでびっくりした」という状況や、地域の人は昼間に近所のスーパーにたむろしている生徒を目にして心配している状態にある。欠席者が1学年で20人ぐらいいて、遅刻も多く、親に連絡しようと思ってもとれないとか1時間目のあとや午後から来る生徒、給食を食べに来るだけの生徒もいる。
 そして、親たちのなかでは「教師が子どもにぶつかっていくという覇気がなくなり、子どもになめられているようだ」「今の子どもへの対処が十分できないようだ」と心配する状況にある。
 すでに全国に視察に行った教師は異動によってほとんど残っておらず、当時を知る父母も子どもが卒業してほとんどいなくなっていた。帰属するクラスがなくなり全校生徒700人が毎時間学校中を大移動するという教科教室型の計画を、「平成14年に決まった」といって押しつけようとする市教委に対して、寝耳に水だった父母たちが驚き、聞く耳を持たない態度に怒りが爆発したのも当然であった。
 その後川中校区の親たちは、「川中中学校の教科教室型の計画白紙撤回を求める署名」1万人分を短期間で集め、松田教育長と関谷博市議会議長に提出した。9月市議会には「従来型教室を求める」請願書を提出し、継続審議となっている。
 地元説明会や校区の説明会、市教委との話し合いのなかで親たち(そのなかには親である教師も多数いる)からは、「勉強ができることにこしたことはないが、それよりも社会に出て生きていく力、人間関係をつくっていける力を身につけさせてほしい。教科教室で1番心配なのはそこだ」「集団のなかで個性が芽生えていくものであり、人間関係を構築していくうえで学級集団というのはとても大事だ」「豊北中でもホームルームがある。子どもの居場所が必要だ」「現在の川中中学校を立て直す方が先だ。クラスの団結、学年の団結を強めていこうという方向がいる」などの意見があいついだ。
 とくに、父母たちが不信を抱いたのは、父母の意見はなにも聞かず、現場教師にも発言させず、すでに決まったといって教科教室型校舎の建設をなにがなんでもやるという強権的な態度であった。議会ではなんの審議もないまま平成14年に決まったと強弁し、要するに江島市長がやると決めたから決まったのだという、まったく教育の外側から教育をふり回す姿勢であった。そこには川中中の子どもの教育をよくしようという考えなどなく、子どもたちを育てている現場の教師、父母、地域の住民の協力など必要ないという驚くべき非教育の姿であった。
 説明会で父母が川中中の子どもの現状をたずねるが、市教委はひとことも答えることができない。父母が不安や疑問をぶつけるが、教育とは無関係な事務職役人である総務課長や教育次長が教育の問題にしゃしゃり出て、「いい教育になる」と偉そうなことをいう。1万人の署名を前に「脅して署名を書かせたのではないか」とか、「反対は1部のものだけ」といいはる。9月の説明会に参加した自治会長のなかでも「市教委はどんな箱をつくるかしかなく、どんな教育をするかがない。親はそれを説明してほしいといっているのに、まるで答えていない。トイレをいくつにするかなどいうだけで、バカじゃないか」と話されている。市教委に川中中の子どもの教育をよくするという姿勢が、初めからないのである。

 教育の外側からの介入 出世道具にする意図
 かつての戦争の痛ましい反省から、戦後、「教育は不当な支配に服することなく、国民全体に対して直接責任を負っておこなわれるべきものである」「教育行政の役割は、教育行政の目的を遂行するに必要な諸条件の整備にかぎる」(教育基本法)と定められた。江島市長や松田ヒラメ教育長が教育現場に介入し、教科教室型を強行するようなことを厳に戒めているのである。再生会議は教育委員会の権限を首長に委譲することを論議しているが、まだ法律で決まってもいないこうしたことを先行実施することが、教育を窒息させている。
 教育委員会は、市長の道具ではなく、教育委員がいてそこで物事が決まるというたてまえになっている。市教委にも教育委員がいるが、自他共に飾りだと認めている状態である。下関市教育委員会の教育委員は、松田教育長のほかに、中丸輝顕、水木誠子、志満順三、久保和宏の各氏が名を連ねている。これらの下関の教育に責任を持つ諸氏は川中問題をどう考えているのか、市民の前で見解を明らかにしなければならない。
 教科教室型校舎でどういう教育にしようとしているのか、この間にあらわれたことが物語っている。第1に教育の外側から教育を引き回すということである。明らかに教育現場から教育をよくするために持ち出されたものではない。江島市長の強い意志であり、教育再生会議のような国の方向を全国に先立って実施し、江島市長が手柄にするという意図から持ち出されていることである。下関の子どもが、江島市長の出世の道具にされているのである。第2に現場の教師に自由にものをいわせない学校である。第3に、子どもの親たちの意見にも聞く耳がない学校である。これが、現在の学校の荒廃を解決してよくするどころか悪くすることだけは明らかである。
 教科教室は、安倍前内閣・教育再生会議が打ち出した「ゆとりから学力向上へ」という方向にそって、「伸びる子は伸ばし、理解に時間のかかる子はそれなりに指導する」という、差別・選別の教育改革の一環である。それは点取り虫教育に拍車をかけ、安倍や江島のような人の気持ちが理解できない一握りの冷酷なエリートを生み出すとともに、大多数の子どもは切り捨てる方向である。
 実際にクラスをなくし、子どもと子どもとの関係、子どもと教師との関係をバラバラにすれば、今でも困難な学校現場を今以上に荒れさせることは火を見るより明らかである。自殺どころでない事件すら起きかねないが、江島市長とともに松田教育長はその責任をとる覚悟などないことも明らかである。

 人間育てる教育回復を 全市の学校でも共通
 教科教室のようなものをごり押しする教育委員会の方向は、川中だけの問題ではなく市内のすべての学校に共通する問題であるし下関の子どもたちをどう育てるかの大きな問題である。ある教師は「先生が思いきり指導できなくなったことが大きな問題だ。今、生徒指導上で問題のない学校はない。市内のどこでも同じ問題をかかえている」という。この10数年のあいだ、文科省の「個性重視」「興味関心第1」を叫び、マスコミはその提灯持ちになって教師を社会的に攻撃し、そして教師の指導性が否定され、学校は子ども天国となり、子どもに社会性が身につかず自己中心主義が強まって荒れてきたことは、今どこでもさめざめとした反省をともなって話されている。教科教室は、そのような教育破壊をもっとひどいものにするというもの以外にはない。
 校舎の老朽化は下関全体の問題である。ところが校舎建て替えといったら、50億円もかけて豪華な教科教室型をやり、全市の老朽校舎は放置する。校舎を建て替えるのは必要なことであるが、法外な高い予算でなく、その半分以下でできる従来型でやればよいことである。設計図は長成中などの既存の設計図に手を加えたら簡単にできると業者はいっている。どっちにしても、建物をよくしただけで教育がよくなるわけではない。
 子どもの教育を立て直すためには、子どもたちの精神を解放することに力を注ぐべきであり、そのためには教師が自由にものがいえるようにすることが第1ある。その教育は地域、勤労父母たちと連携し、一緒になって育てていくことである。知育偏重の点取り虫が陰惨な事件を起こしているが、勤労人民として人人と協力し団結して正しい関係を切り結ぶことができる徳育が不可欠である。その障害になっている教育委員会の小役人体質による教育破壊姿勢は抜本的に改めさせなければならない。
 下関の子どもの未来のために、全市的な世論を喚起することが切望されている。そして全市的な市民の力で、市会議員や市長、さらに教育委員の見解を求めなければならない。

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