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強欲自由主義の下関潰し転換へ
下関市議選巡る記者座談会
             汚れ議員退場で議会回復を   2010年9月3日付

 来年1月30日投開票の下関市議選をめぐって、市民の論議が広がっている。安倍、林事務所をバックに、市場原理市政を全国に先駆けて実行してきた江島・中尾と続く市政は、市民生活をさんざんに食いつぶし、市民に聞く耳のないデタラメ暴走政治を続けてきた。議員報酬1000万円など特権に浸った議員は、飼い猫のように承認機関となりはてて、市民の代表という意識はなく、市民に横柄きわまりない態度をとってきた。市議選は単に各候補の地縁・血縁や人気投票といったものでは満足できない。下関市政の現状と合わせて、閉塞した状況をどう打開して活力ある街をつくっていくか、市政を市民の手にとり戻す展望について論議してみた。

 放置すれば街潰れる経済情勢

  市議選が5カ月後に迫っているが、市内全般の情勢、今度の選挙の大きな争点はどういうところにあるか、大衆世論はどうなっているか、から論議したい。8月末にはシモカネが40億円近い負債を抱えて倒産するなど、連鎖倒産の恐怖が走っている。経済情勢はひじょうに厳しいものがある。
  どの業界を回っても「下関がぶっつぶれていく」「何とかしなければ」という危機意識が強い。リーマン・ショック以後はとりわけ中小企業が次次に倒産して雇用の場がなくなっている。だから生活ができない。若者は出ていくし人口も減る趨勢に拍車がかかっている。中小企業の奥さんが「倒産が他人事ではない。息子たちも下関には残らないだろうし、この街は爺さん婆さんの街になってしまうのではないか」と不安を抱いていた。
  唐戸商店街で店主が話していたが、今年に入ってから一回も黒字の月がないという。「とくに盆明け以後はパッタリと物が売れない」と嘆いていた。「このままなら赤字が膨らむばかりでこの先どうやって生きていこうかと思っている」と。
 B 盆休みも客は多かったのに買い物をしないと店主たちは特徴を話していた。ゆめシティも店舗がつぶれては出店して、入れ替わりが激しい。子ども連れがおもちゃを触れるといって、遊ばせて涼んで帰っていくという。そして安売りのトライアルだけ大繁盛。カネがないから買わない。大丸に勤めているお姉さんがいっていたが、売上げゼロの日もあるという。メーカー側も配置する店員を一人にしぼるから、昼ご飯を食べるために抜けたりもできない。売上げゼロは報告できないから、隣の店舗の同僚に「買って」とお願いしたり、互いに買いとったりして、給料をもらっても店に返しているような感じだと語っていた。購買力がなくなっている。
  放置していたら街はつぶれるという危機感が強い。会社がやっていけるかどうか、働けるかどうか綱渡りのような状況でみなが耐えている。ほとんどの市民が中小企業に勤めているが、銀行融資もきつくて、むしろ剥ぎ取っていくような状況だ。ここで行政なり議会が機能していないのが致命的だ。街がどうなるかに関心がないし、心配すらしていないとみなが怒っている。雇用対策など本気で心配するのが行政と思っていたら、のん気に箱物をやっている。

 行政のん気に大型箱物 市民の為に機能せず

  公共事業関連では入札改革もやって、10月から最低制限価格が85%になるという。ところが“おみくじ方式”を変えなければ何も解決しない。中尾市長が少しだけ地元発注に傾斜して地元大手に割り振っている印象はあるが、その他の圧倒的な中小企業には仕事は回っていない。「地元ができるような仕事でも相変わらず市外発注に流れているのも多い」と各業界で語られている。
 B 全国最先端で街が疲弊しているのはなぜかだ。シモカネがつぶれたが、兄弟企業のシモケンが倒れたらもっと金額としても太いはずだと取引業者がビクビクしている。戦戦恐恐で明日は我が身。中小零細企業では経営者に聞いても「給料が払えない…」と頭を抱えている。遅配などザラだ。建設業では、「コンビニのアルバイトの方が実入りがいい」と話す人もいた。ボーナスなしが当たり前で低賃金状態が蔓延している。中小企業で働いている20代の若い母親が「パート代の5万円がもらえず、やっと3万円だけ払ってもらった」と話していた。子どもを抱えた若者世帯は子育てどころではない。保育料といって3万〜5万円を持っていかれ、しかも今年から値上げだ。
  下関は300万円以下の収入の市民が大半をしめている。市民一人当りの市町民所得でも県内平均を下回って底辺に位置している。山口県内では、最も高額なのが光市の554万円で、県平均は298万円。それにたいして下関は272万円。岩国や美祢、柳井地域と並んで下位争いをしている。だから生活保護世帯がダントツに多いし、就学援助も全国平均の3倍近い受給率で推移してきた。北九州が21%なのにたいして下関は30%越えしている。
  その上に水道料金の値上げをやるといっている。「水」といったら命の源だ。これをいっきに平均二割値上げするという。庭先の花に水をやり、暑いから打ち水というのも、躊躇してしまう。水道局の水道料収入は昨年が53億円だった。新たに、10億円の収入アップにするつもりだ。長府の浄水場整備に資金が必要という説明であるが、高齢者世帯が増えて水道を使わないから水道料金の収入も減っているのだ。
 市税収入も去年だけで23億円減少だった。年収100万〜200万円の市民が増えて税収が減っている。そこで、保育料を上げたり税金滞納者への差押えをやりまくっている。追いはぎのようだ。「カネがない」といって市民負担を増やして、やっているのは150億円を投じる駅前開発や200億円規模の庁舎建設など、相変わらず大型箱物事業だ。
 B ある市職員が「生活保護世帯が増えていて保護費が大半を占めるようになったら、他の事業は何もできない。みんなが仕事ができて生活ができるようにならないと市政も良くなるわけがない。このままだと生活保護倒産だ」と指摘していた。生活保護費だけでも年間80億円。予算のかなりを占めている。
 D 閉塞した状況は日本全体に共通している。しかしそれにしても下関の疲弊の度合いはひどい。これは県外から下関の支店に移ってきた企業人たちも驚いている。どの業界をみても寡占化して現金を大都市に吸い上げていくシカケになっている。地方に現金が循環しない。合併特例債が450億円あったところで、それは東京や大都市のゼネコンがきっちり回収していく為のバラマキに過ぎず、地方の中小零細企業を潤わす性質になっていない。ゼネコンの息継ぎ費用みたいな位置付けだ。
 大型店やスーパーでもそうだ。殴り込み出店をしてきて、八百屋や魚屋、地元資本のスーパーをもなぎ倒して本社のある大都市に利益をかっさらっていく。大型店政策も野放しなのが下関だ。それが商店街の衰退や人口の分散など、惨憺たる結末を招いている。根本の問題として市民の購買力が落ちている。疲弊した結果、市の予算も税収も減って、差押えや市民負担を増やして剥ぎ取る。悪循環だ。

 一部の権力者の食い物 公益を意識的に潰す

 A とくに江島・中尾ときた16年あまりでひどくなってしまった。郷土愛とか従来あった公共性とか公益性といったものを考え方からひっくり返してきた。下関は典型的な新自由主義市政・民営化路線を実行してきた。市役所は地方自治体・地方公共団体という性格であるのを意識的にぶっ壊していった。要するに一部の権力者や寡占企業の食い物にした。市民のことや地域の発展など知ったことか、という新自由主義政治が現在の状態をもたらしている。
 市長としては江島、中尾と続いているが要するに安倍・林という代議士の存在がある。この2人がちょうど新自由主義が登場する80年代にアメリカ留学をしている。みなが知らない間にアメリカの最先端の強欲資本主義を習ってきたわけだ。愛国心とか郷土愛など知るか、分捕れ! なのだ。だからよそにも増して疲弊している。
 B 議員どもも公共性など吹っ飛んで自分の商売になっている。こうすれば市民生活が良くなると真剣に考える政治家が国政にも市政にも見あたらないし、お粗末極まりない。市民のことを心配するとか、下関の発展や将来を心配するという考え方そのものがない。企業から顧問料といって3万〜5万円の小遣いをせびり、市政の些末な問題を突っついて利権をねじ込んだり、たかり稼業ばかり熱を上げている。顧問企業を10社抱えているだけでも30万〜50万円の小遣いにはなるし、某社が副議長の飲み代を肩代わりしていたが、あまりに金額が膨らむから音を上げたとか、そんな話がゴロゴロしている。
  よそは地方公共団体的意識があるところがある。地元発注しない事一つをとっても下関は異常。地域の産業を育成してそこで働く市民の生活を第一に優先させるためだ。ところが逆で、入札残が出たら他の事業にカネが回せるといってダンピングを煽ってきたし、倒産したら「努力が足りないから」と切り捨てる。新自由主義そのものだ。経済的疲弊をもたらした政治を問題にしないわけにはいかない。郷土愛と公共性を回復しなければどうにもならない。
 A 全国的にもそうだ。安倍晋三が愛国心を掲げて教育改革をやったが、下関でやっていることはどうか。何が郷土愛かだ。日本全体もそうだが、この下関を立て直さないわけにはいかない。

 破壊深刻な旧4町 合併で切り捨て

  合併で切り捨てられた旧4町からは「いまからでも元に戻したい」という声をよく耳にする。バス路線にしても廃線になるばかりだし、金融機関やスーパー、病院の撤退などで生活は様変わりしてきた。中尾市長になって鳥獣被害対策をやりはじめたのは歓迎されているものの、一番の問題は役場が機能しなくなったことだ。人数も減らされて災害では十数人の担当職員が懸命に走り回っていたが限界があった。何か事が起きると手が回らないのだ。天災が人災に発展すると実情が語られている。
  議員が1人か2人しかいないし、本来ならば以前の町長のような役割を果たさなければならない立場なのに「あの人たちは何もしない」と話されている。確かに4町選出の議員たちは議会の一般質問でも委員会審議でもほとんど発言せずに座っているだけのが多い。座っているだけならまだしも頻繁に眠っている。「オマエら何しに来ているのか?」と不思議に思われている。
 そして夜だけ元気になって豊前田で遊んでいる。議会が開会すると決まって東横イン(駅前ホテル)暮らしになるのだ。夜に体力を使うから議会で寝るのだと呆れられている。そんなのが議会で口を開いたかと思ったら、「郡部から通うのは遠くて大変なのだから、宿泊費は公費で出ないのか!」「交通費が足りない!」という。厚かましいにも程がある。町民にとっては役に立たない連中なのだが、彼ら自身に役に立とうという意志がない。住民代表という意識がまるでないのが問題だ。
  合併以後は角島が典型的だが保育園を廃園にして一カ所に統合してしまったり、学校統廃合も大規模な計画を打ち出して怒りを買ったが、切り捨てを基本政策にして動いてきた。地域内分権を叫んだ中尾市政に期待もあったのだが、自由裁量にできる予算をつけたと思ったら、職員にいわせると「何も変わっていない」「今までと同じで、実は名目が違うだけなんだ」と明かす。“明元素”哲学は口先ばかりなので、職員もあきれている。
 
 金融立国の下関版 山口銀行だけ太る経済実需無視の暴走

 A 市政の基本的なスタンスが、「この時代にあっては、農業や漁業はつぶれるのだ。製造業もつぶれるのだ。あとは金融立国だ。つぶれるのだから助けても無意味ではないか」というのが流れている。国の政策そのものが金融立国でいくのだから製造業がつぶれるのは当然だと空洞化させてきた。
  下関でも神鋼は仕事がないから暇を持てあました労働者が掃除しているとか、地元下請けとの契約を打ち切った影響も出ている。三井金属系のMCSにしても大量に労働者が首切りされた。この影響も大きい。だからといって産業育成をどうするのか、市レベルでは何もない。リーマン・ショック以前に金融立国政策を進めていて、リーマン・ショックで経済が転げたのだから「仕方ない」といって街全体の地盤沈下に拍車がかかっている。
  金融立国すなわち証券化バブルのモデルとしてやっていたのが原弘産やプランハウス、その他不動産リートなどで急成長した安倍派企業だったが、もうけていたと思ったら大破綻を繰り返している。山口銀行も煽ったくせに逃げ足が早い。原弘産に天下っていた元取締役などは西信出身者に丸投げして一目散だった。破産したら周囲が債権をつかまされて、ひどい目にあう。そそのかされて証券化バブルにのめり込んだ安倍派の新興企業がパタパタして人に大迷惑をかけている。
 B この郊外型の不動産バブルが街づくりとも密接に関わってきた。市も莫大な費用をライフライン整備に注いできた。市街地の分散が進んだおかげで、バランスの崩れた地域形成が進行してしまった。中心市街地を見ても歴然で、若年層が郊外に出ていくから下関駅周辺の28地区の高齢化率は40・7%にもなっている。全国平均が22・7%、下関市全体が27・6%だから、いかにすごい数字か。そして副都心バブルをやった川中区画整理と椋野区画整理も結局食い物にしただけで破綻している。
  金融立国政治の下関バージョンだ。要するに山口銀行がもうかりさえすれば良いわけだ。さながら下関版“ゴールドマン・サックス”のようなポジションで、ワシだけもうければ良いのだという印象。中小零細の相手は西信や西京で、アメリカのサブプライム問題に例えるなら“フレディ・マック”あたりのポジションなのだろうか。行政の箱物事業など確実に回収できるところは山口銀行が牛耳っている。
  しかし山口銀行も恨まれている。本店が支店の営業マンたちに号令をかけて顧客に投資信託を売りさばいていた。これが焦げ付いて大騒動している。大切な顧客の虎の子を巻き上げられたから、みなは腹の虫がおさまらない。説明会を開催して回っているようだ。本業プラス投資信託の売買を休み返上で営業マンたちはして回った。中小企業の社長や資産家を捕まえて「資産を運用しませんか」と勧めて、その資産が目減りした。心を痛めた営業マンのなかには足が向かなくて頭がおかしくなるのも少なくないという。兵隊が憔悴しきっている、アフガンの米軍のようだ。日経新聞に出ていたが、投資信託でもうけていたファンドは八件だけという。その他はみな損している。銀行は信用事業というが、信用したらいけない事業になっている。山口銀行だけ肥え太る経済。そしてみんなは倒れる。
  実需を無視して暴走するから当然破綻する。マンションを山ほどつくったが住む者がいないからガラガラで、川中や椋野の区画整理をしたが家を建てるような財力を持った市民はほとんどおらず、野ざらしだ。駅前に150億円を投じても市民生活のためになるわけではないし、ただの箱物だ。購買力が高まるわけではない。ダイエーすら撤退するのに店舗拡大する意味がまるでない。なんだかんだいって生産振興でなければ解決しないのだ。農業・漁業・製造業、これが労働によって富をつくり出すし、現金収入が市内に循環しなければ活性化にはならない。困難であろうと、この生産振興をしないといけない。そうしなければつぶれる。

 道具になっている議会 儲けだけが判断基準

  民営化路線、自由競争といって公共性否定であるが、行政の任務放棄だ。もうかるかもうからないかと決まり文句のようにいう。そこを抜本的に変えないといけない。議会がその道具になっているのが問題だ。
  病院職員がいっていたが、決算書を見て議員が赤字か赤字でないかだけで突っ込んでくるという。そして民営化の方向に持って行かれると疑問を感じていた。中央病院が独立行政法人化になるが、市民にとって何が幸せなのかだ。満珠荘も赤字といって福祉行政を切り捨てたし、ゴミ袋でも高いものを買わせて「処理費が足りないのだ」という。しかし既に市民は税金を払っているではないか。税金は市役所のもので負担は市民のものと思っている。何の為に税金を払っているのか。
  人口20万人以上の都市ランキングで、ダントツの少子高齢化と人口減少率を誇っている。ならばどう産業を育成して若い世代が子どもを産み育てられる下関にするのかがいる。市民に仕事があって、生活できるようにすることが市を強くすることだ。しかし山口銀行なり安倍派がもうけることばかり優先して、足下を食いつぶして、彼らもつぶれている。安倍・江島市政の犯罪は大きい。
 
 市衰退させ軍港化 米軍や自衛隊の街に

 A 市全体が衰退して結局軍港化の流れだ。六連島テロ訓練が代表的だったが、毎年テロ訓練をしている。人工島は軍事利用しか使い道がない。目的もなく国が何百億円も投じるわけがない。愛宕山方式のように「経済的事情によりやむなく売却」「防衛省が買い取りましょう」とかが想定される。何かやるときは嘘ばかりで、とりわけ軍事問題になったら核持ち込みを筆頭に密約が当然と思っておかしくない。
 B 人工島周辺の巨大な道路群も異様で、「使い道がない」ものにあれほど投資するわけがない。幡生ヤードに物資輸送するのにも完璧なつくりで、しかし民間商港としての利用価値はない。軍港になれば下関は直接の標的になるということだ。経済的につぶされ、標的になってつぶされる。
 人が住めなくなったところに米軍や自衛隊がやって来る可能性もある。アングロサクソンの街になりかねない。自衛隊施設は米軍が自由に使用できるし、民間港湾も自由使用できる。安倍代議士の地元ならありうる話だ。「北朝鮮の潜水艦が上陸してきた」といって避難訓練する自治体など全国にも例がない。
  市議会議員も人工島については示し合わせたようにダンマリを決め込んでいる。タブーになっている。彦島のベテラン議員が何年か前に「彦島に核シェルターをつくれ」と一般質問で主張したことがあったが、本人は真顔で設計図まで持参していた。彼らのなかでは軍事利用についても相当に語られているし、安倍首相時代に下関を臨検港に指定したように軍事的要衝としての自覚がある。
 D 教育行政も突出している。文科省の課長が市の教育長に天下るというのも通常はありえない話だ。意図を持っている。案の定、高杉や明治維新の改ざんをやるし学校運営は文科省直結ではちゃめちゃになった。「生徒が暴れる」といって何でもかんでも警察に突き出すようになった。勉強についていけない子が暴れているのだが、教育でバカづくりを先行してやっている。その行き着く先は兵隊だ。自衛隊募集が盛んになって、中学校にも募集で顔を出すようになった。仕事はないし、兵隊供給地帯にもなりかねない。
 
 新人を多数出そう 市民各層の代表を下関変える力に

  中央政界直結でそういう政治が働いている。そこで議会なり各政党がみな飼い猫になっている現状がある。賛成マシーンでただの承認機関なら、議員など1人もいなくてよい。議会がないに等しく市民の代表という意識がないのだ。自分の生活のために議員をやっている。「日共」や公明党は市民が貧乏になればなるほど議席が安泰で、喜んでいる関係だ。生活保護の斡旋や公営住宅利権などの市場拡大が貧困とセットでホクホクしている。
  革新系がすべて安倍派になっているのが特徴だ。下関は早くからそうなっている。「日共」も完璧に与党で福祉予算など通じて当局に飼われている。満珠荘問題や市庁舎問題などでも、結局は市民の側に断念を働きかけた。市の予算に依拠して、生活保護や市営利権の斡旋をするのが商売になっている。当局の基本政策に協力することによって優先的に与えられるのだ。市営住宅でも公明“棟”、共産“棟”があって支部までつくっている。監査委員ポストを得るために保守系会派と手を組んで近藤栄次郎議員(日共)が長秀龍議員(公明)を出し抜いたり、必死のポスト争奪戦を展開したりが実態だ。
  金融立国路線で山口銀行を中心として安倍系新興企業が食い荒らしてむちゃをした。市政も公共性の否定で一部の連中が強欲に儲けて食い物にするだけ。民主主義を否定したのだ。だから郷土愛とか愛国心を取り払ってしまった。これを回復しなければいけない。新自由主義市政粉砕で、そういうものと対決して下関を変える大運動をしなければいけない。
  選挙でいえば、市民からみたら入れるのがいない。国政も同じで投票するところがない。議会制民主主義というのがまるきりなくなってなれの果ての状況だ。こういう現状を変えていく選挙になるかどうか。流れを変える展望をもって運動を強めることだ。
  4年前に市民運動で担ぎ上げた兵頭議員に期待が強かったが、裏切ったことへの市民の怒りは強烈にある。
 A この教訓は鮮明にしないといけない問題だ。大衆運動なり運動体が指導監督したが、これを頑強に拒否した。当選したら自分の手柄と見なしたし、議員になることで目標達成のような気になった。市民の側から見る目を失い、議会の側から市民を見るようになった。これも自分のための議員で市民のための議員という意識ではなかった。市民の目から見たら議員ほど汚れた人種はいない。その世界にとり込まれたということだ。市民の会としてはそれ以前から市議候補だったという経過があったが、長周新聞社としては人物評価を誤った。3000票も投じてくれた多くの協力者に迷惑をかけてしまった。
 今度はこの教訓を解決して望まなければならないということだ。根本問題として、弁が立つか理屈を知っているかなどではなく、市民を代表する立場がしっかりしているかどうか。汚れ議会を尊敬するようなことではどうにもならない。そして人の文句をいうばかり、反対、反対だけいっておれば満足というのはダメだ。どう下関の街を立て直すか、大多数の市民を代表して、どう建設するかの立場がないのはダメだ。
 その教訓にたって、市民の会が、ゴミ袋値下げ運動以来の市民運動を実務上の中心になって担ってきた本池妙子氏を出している。これは兵頭擁護潮流の攻撃をはねのけて市民の会が一致して出すことになった。後援会のしおりで共感をよんでいるのが、「裏方の縁の下の力持ちが表に登場して発言していく流れをつくるきっかけになりたい」という点だ。働く者、とくに婦人が目立たないけれども社会や家庭を支えている主力になっている。この実際の実力を持った裏方が、表に出て発言し行動する。それはとくに婦人の地位向上、婦人の政治参加の要求を発揚している。婦人に限らず、働く市民がそのように動いていったなら、強欲支配もふるえることになるだろう。
 D 市議選は現職も新人もほとんど動きがない。静まりかえっている。これは何を物語っているか。あと五カ月しかないのに選挙のしおりも見ない。騒がないで少人数選挙にもつれ込みたいようだ。新人がたくさん出てくるといって、一年前くらいから現職は誰が出てくるのか鵜の目鷹の目で眺めているのに、なぜ動かないのかだ。誰よりも先に選挙運動をしたいのが議員心理のはずだ。少数の選挙にすれば落ちるのは何人かだから、その範疇での競争に勝ち抜けるという談合があるとみて不思議ではない。
  世論が盛り上がって運動になっていく様相はある。大衆的な市民の運動をつくらないといけない。この運動が下関を変えていく力になる。この力を選挙のなかでどう結集するかが最大の課題だ。その力が結果として汚れ議員を退場させ、市民代表を送り出す力になる。選挙後は議会における抑圧構造に対抗して、市民代表議員を使って下関を変えていく力になる。
 現有議員をたくさん退場させて議会の様相を変えるために、市民各層を代表する新人をたくさん立てる必要がある。

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