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軍学共同反対が会場を圧倒
日本学術会議の公開討論
            譲れぬ科学者の社会的使命   2017年2月8日付
 
 安倍政府の安全保障技術研究推進制度に端を発してデュアルユース(軍民両用研究)の是非について議論が高まるなか、日本学術会議は4日、「安全保障と学術の関係日本学術会議の立場」と題する公開フォーラムを日本学術会議講堂(東京)で開催した。学術会議では、安倍政府の動きと連動して「自衛目的の軍事研究は許容される」という持論を振りまく大西隆会長(豊橋技術科学大学学長)が、「戦争を目的とする科学研究には絶対従わない決意の声明」(1950年)の見直しを求めて検討委員会を設置しており、4月に公式見解を発表する。初めて開かれた公開議論には、関心の高さを反映して応募制限がかかるほど参加希望者が殺到し、市民や学者など340人が議場を埋めた。
 
 戦争の惨禍の反省から 軍事研究拒否の声明堅持を

 フォーラムは、大西会長らの思惑とは裏腹に、深刻な戦争の反省から軍事研究を拒否してきた学術会議声明の立場を改めて堅持すべきとの意見が大勢を占め、「科学者の社会的責任と使命」について迫力をもった論議が展開された。
 はじめに防衛省がうち出す軍学共同をめぐって5人の研究者が講演した。うち4人が軍事研究反対の立場をとり、推進側は元三菱重工社員としてミサイル開発に携わった研究者を呼び寄せた。
 「学術がたどった歴史から学ぶ」として講演した兵藤友博・立命館大経営学部教授は、原爆製造を進めたマンハッタン計画を例に挙げ、「為政者は原子兵器の即時実戦使用にこだわり、科学者のなかでは人道的立場から実戦使用の回避、即時無警告投下反対の署名が広がった」こと、この戦争の反省のうえに「科学者憲章では、科学者の任務と社会的責任を明確にすることを掲げ、日本学術会議では平和研究の促進を勧告してきた」と確認した。
 「ここ10年は“国家競争力”が叫ばれ、産業経済再興の下で学術はその手段にされてきた。だが、文科省の科学技術・学術政策研究所が“日本の科学研究力の現状と課題”を発表したが、論文数は伸び悩み、日本は先進国のなかで相対的に劣位にあると認めている。それは科学技術基本計画を中心とした重点政策が影響していると見られ、なお軍事研究へと傾斜すればいっそう厳しい事態を迎えるだろう。福島事故後はエネルギー安全保障といい、宇宙基本法にも安全保障の言葉が入り、海洋、サイバー分野でも軍事的色彩が否めない。第2次世界大戦の悲惨な災禍に立ち、日本学術会議は、憲法の戦争放棄と戦力不保持に並ぶ、“軍事研究に応じない”声明を決議した。この先進性があればこそ学術はここまで発展してきた。防衛装備庁の制度では、他者に対して“技術的優位”の確保を掲げており、それは際限のない競争を招く。研究が国に管理されれば、科学の健全な発展を推進する学術会議の役割はなし崩しになる」と提起した。
 さらに、「学術会議は福島原発事故の後、“特定の権威や組織の利害から独立して、みずからの専門的な判断により真理を探究する”と行動規範を改訂した。同じような反省をまたやっていいのか。すべてはそこに尽きる」と力強く訴えた。
 須藤靖・東京大学大学院理学系研究科教授は、「学術会議は、“わが国の平和的復興、人類社会の福祉に貢献し、世界の学界と連携して学術の進歩に寄与することを使命とする”組織であり、少なくとも第一義的に日本の安全保障をどうすべきかに関して何らかの責任を持つべき組織ではない」「安全保障のためではなく、“学術研究のために”という態度を優先して対応するべきである」「声明を堅持する結論を出すにせよ、それに至る本質的な議論はくり返し共有しなければならない」と声明の意義継承を強調した。
 軍学共同に同意できない理由として、「そもそも基礎研究と軍事研究の線引きは不可能である。防衛研究に限定して認めればいいではないかという意見もあるが、その不可能性は第2次大戦中に実証されている。当時、アインシュタインのE=mc2という非常に原理的なものが軍事に結びつくと誰も考えられなかったが、原爆製造につながった。基礎研究と軍事研究が分けられないのに、まして防衛と軍事が分けられるわけがない。それができない以上、研究資金提供元がどこであるかということを定義として採用すべきであり、軍事予算ではなく、基礎研究に最低限の研究費が行き渡る状況を実現するよう努力するほうが、はるかに生産的である」とのべた。
 「防衛装備庁がどんどんお金を増やし、気がついたら研究者がみんなもらっているという状態になったとき、学術の自立性が保たれるとは思えない。恣意的に“安全保障と学術研究”という限定的な問題設定にせず、日本の学術研究はどうあるべきかという視点で捉え直すべきだ。基礎研究に対して大学の基盤的経費が著しく削減され、一方で特定の競争的資金に過度に依存している。この状態こそが基礎研究の不振を招き、研究不正の横行、若い研究者が近視眼的な研究しかしないという問題と繋がっている」とのべ、「防衛省の推進制度に応募しないことを声明に明記すべきだ」と結論づけた。

 哲学のない技術は凶器 原爆や原発の経験

 医師である福島雅典・財団法人先端医療振興財団臨床研究情報センター長(京都大学名誉教授)は、「現在問われているのは、何のための学術研究か。科学とはなにか。科学者、大学のあり方だ。軍学共同は今新たに起きた問題ではなく、歴史において論点はすべて出尽くしている」とのべ、「科学者の使命と責任」について熱情を込めて以下のようにのべた。
 現在、医療分野ではアカデミア発の医療機器や新薬の開発によって100歳現役、寝たきりゼロ社会の実現がすぐそこまできている。一方で、これらの技術のなかには軍事利用可能技術、軍事物資となりうるものは少なくない。例えば、筑波大学が開発したロボットスーツHALは、神経難病患者の運動機能改善のためにも役立つが、健常者が装着すれば線路のレールが持ち上げられるほど驚異的に運動能力を増大させる。すでにドイツでは労災による脊損リハビリに保険適用で提供されているものだ。
 「すべての特許は公開される」―― それが日本の常識だが、別の世界がある。米国政府には秘密特許制度がある。秘密命令が出された出願は公開されない。米国特許庁はすべての出願に対して国家安全保障の観点からスクリーニングする。日本では1948年に秘密特許制度を廃止している。だが、日米間には防衛特許協定があり、技術が米国から提供された場合、かかる特許は秘密保持しなければならない。しかし元来、科学に国境などはない。科学の世界に国境をつくってはならない。
 純粋に民生用として研究された技術に軍事利用可能なものも多い以上、研究者は自分自身の発見、発明の技術的価値を考え抜く責任がある。最近、医学界でも鳥インフルエンザの研究論文をめぐり、「ワクチン開発に繋がるため出版すべき」「テロに悪用されたらどうするのか」という大論争が起きた。科学それ自体には善も悪もない。だが、哲学のない科学・技術は凶器である。原爆はその理論から生まれた。そして福島原発の後を見るまでもなく、そのときよかれと思った技術も将来人人にとり返しのつかない災厄を引き起こす。人間の知恵は未熟であることを自覚しなければならない。
 軍事では、F35五世代戦闘機の国内配備に続き、ドローン分野では無人偵察機グローバルホークの三沢基地配備が決まっており、わが国は国産の対潜哨戒機P1の輸出交渉中だ。より高機能の強力な防衛装備の開発は、果てしない軍拡競争を招く。これが安全保障のジレンマだ。
 論語には「過ちて改めざる、これぞ過ち」とある。アインシュタインは原爆をナチスに先んじて開発することをルーズベルトに進言した。それによって世界は変わり、彼は苦悩の戦後を送った。今われわれ一人一人に科学者としての責任が問われている。「科学者は時代の要請に応えるべき」というのなら、この戦時の現実にわが身を置いたとき科学者としてなにをすることになるか考えるべきだ。湯川博士も署名している1955年のラッセル=アインシュタイン宣言には、「あなたがたの人間性を心に止め、そして、その他のことを忘れよ」とある。世界科学者連盟の科学者憲章にも科学者の責任が明記されている。
 そしてなによりも日本学術会議の「戦争を目的とする科学の研究には絶対に従わない決意の声明」「軍事目的のための科学研究をおこなわない声明」を、われわれ一人一人が朝日に匂う桜の如く心に蘇らせようではないか。歴史から学ばぬものに未来はない。過去を記憶できないものは、過去をくり返すことが運命づけられている。今われわれは未曾有の科学技術革命の時代に生きている。思想・哲学の大転換点に立っており、すべての科学者はその使命と責任に目覚めねばならない。
 デュアルユース   なんと邪悪でおぞましい策謀だろうか。私たち科学者は人類の未来にコミット(積極的に関与)しているのであり、現実にフラフラと漂流して考えるべきではない。今こそ私たち科学者は団結し、そのような軍事関連研究には一切かかわらないことをここで改めて誓いたい。われわれの声明を全世界に徹底普及する運動を日本学術会議が率先して主導しようではないか。今私はここにそれを提案する。
 かつて哲学者オルテガはいった。「大学は科学によって生きねばならない。人は時代の高さに、なかんずく、時代の理念の高さに生きなければならない」。先人の偉大な言葉にもう一度耳を傾け心新たにするときだ。

 大西会長の態度を迫る 4月見解発表に注目

 科学者の威信をかけて熱弁する各論者の発言に満場の拍手が沸いた。
 その後、理事者からの招待で登壇した公益財団法人未来工学研究所の西山淳一研究参与は、三菱重工名古屋航空機製作所の社員として40年あまりミサイル製造に携わっていたことを明かし、「弾道ミサイルと宇宙ロケットも技術は同じで、載せるものが爆弾か、人工衛星かの違いだけだ。GPSやインターネットなど米軍から開放された技術も民生に役立っている。AI(人工知能)では日本が軍事か民生かとこだわっているうちに世界に遅れをとっている」と、軍事研究解禁を要求した。
 講演を受けた総合討論では、参加した研究者や市民から、推進を唱える大西会長や小松利光委員(九州大学名誉教授)への質問や批判意見が飛び交った。検討委員会が示した「中間とりまとめ」の妥協的な余地にも言及する厳しい指摘が続き、軍学共同推進の側からの意見は皆無であった。
 男性研究者は「学術会議で反対しながら、個人としての軍事研究を容認するような態度ではいけない。科学者コミュニティとして対応を決めるべきだ。とくに大学では、研究者個人の意志として応募するというだけでなく、若い学生や、未来の科学者である院生も巻き込む。個人ならいいという姿勢であるべきでない」と指摘した。「あの学術会議声明を撤回したり、修正するということは、世界各国から日本そのものが信用を失う。玉虫色ではダメだ。先人がなぜ猛省してあのような声明を出したのか考えよ。修正主義は受け入れられない!」と理事者への抗議の声も飛んだ。
 また、軍学共同推進を唱える小松委員(議事進行役)の「自衛を含めた軍事研究をやらないという場合、誰がその研究をやるのか。防災でも戦争でも結果がすべて。想定外という言葉は使えない。長期的には平和が第一だが、短期的には備えが必要だ。周囲にはキチガイのような国もある…」との発言に対して、列席研究者から「日本の地政学的リスクが高まっているときに…という捉え方自体が間違っている。“あらゆる紛争については平和的手段を見いだすように勧告するべき”(ラッセル=アインシュタイン宣言)であり、“戦争の原因をとことん究明し、それを防止することを研究すべき”(科学者憲章)だ。あれだけの戦争の惨禍を受けた原点をもう一度読むべきだ!」「想像すればわかることだ。福島原発事故では、物理学をかじっていればメルトダウンが起きていることは誰でも分かっていた。だがその事実を認めなかったではないか。想像力があまりに貧困だ」と真っ向から反論が飛んだ。
 男性研究者は、「日本周辺で乱暴な国家がある云云…というが、かつてナチスのゲーリングも“周辺が攻めてくる。平和主義者が国を危うくしている”といった。その主張と通じている。大西会長は、“戦争目的の研究をやらない”との声明を堅持するといいながら、実質これを無視して自分の大学では防衛省の資金提供を受けている。いかなる理由で“戦争目的性はゼロ”と判断して学長として判を押したのか。昨年の総会では“軍事利用と民生利用の両面があり、学術会議の方針とは切り離して考えている”と発言していたが、会長みずからこの声明に違反している以上、成り立たない論理だ」と追及した。
 また、「大西会長はくり返しマスコミにおいて軍事研究容認の説明をしている。会長権限を使って抜け道をつくろうという姿勢が見えてならない。参加している傍聴者も会員も反対の声が圧倒的だ。にもかかわらず、政府の総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)の論議でも、軍事研究推進に賛成した。その側から設置された議論の場は独立性を保っているといえるのか。会長には、学術会議の大多数の意見を裏切らないことをここで明言願いたい。100年、200年後の教科書に今年の学術会議の判断がどのように書かれるか想像するべきだ。勇気と良心は個人に属するものであり、会員は学術会議全体の良識を示してもらいたい」と訴えた。
 単独行動で学術会議の方針を歪曲する大西会長への批判はその後もあいつぎ、「会長意見と学術会議の多数の意見は食い違っている。CSTIに日本学術会議会長という資格で出席しているというのなら、私見ではなく学術会議の意見を貫くべきではないか」(元日本物理学会会長・小沼通二氏)、「大西会長は“声明の意味を新しい環境のなかで捉え直すべきだ”とのべている。どのような新しい環境か。国家レベルで民生技術の軍事への横どりをやろうとし、秘密性を高めて米軍が軍事的優位性をとり入れる。それに自衛隊が一体化して、民間企業の技術を差し出していくというものだ。その証拠に、人工知能などのアメリカの重点施策と防衛省の方針は同じだ。戦闘型無人機を開発し、アフリカなど紛争地域で運用するということも書き込んでいる。自衛隊を南スーダンに派遣し、武器輸出反対決議にすら反対している。両者はともに他国の人人を殺傷するためだ。今やるべきなのはこれを学術会議としていかに防ぐかだ。大西会長は自大学で防衛省制度の資金提供を受けており、その利害関係者がなぜ検討委員会の委員をしているのか。利益相反であり、委員会の信頼性を著しく損ねている」と辞任を要求する発言もあった。
 これに対して、大西会長は「本職は豊橋技術科学大学の学長であり、その知見から判断している。学術会議の委員会でも一人分以上の力を行使しているわけではない。軍民両用研究に賛成はしているが、この枠組みが広がることには否定的だ」とのべたり、小松委員も「防衛はリスクマネジメントで、車に乗るときに事故に備えるのと同じ。それを国民的に考えなければいけないときに大学を温室にする必要はない」と政府方針を追認する側から歯切れの悪い答弁に終始した。
 議論全体を通じて、「軍事研究解禁」や「声明の見直し」派が学術会議や科学界を「二分」しているといえるものではなく、学術会議全体において極めて少数派であり、孤立している実態を浮き彫りにした。
 当日は会場前で、軍学共同反対連絡会などが呼びかけた抗議行動もおこなわれた。四月に発表する学術会議の公式見解は、本フォーラムの内容を反映した2、3月の検討委員会で結論が出るとみられている。
 学術会議の結束を分断し、大学への経済制裁を強めながら軍事研究への誘導を進める安倍政府に対して、学術界全体の問題意識と反撃機運が強まっている。

 

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