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ギャンブル奨励する末期的社会
“一攫千金”の誘惑と罠
                世界に例ない賭博地獄     2014年7月16日付

 パチンコ、競馬、競艇、競輪、宝くじ、ロト、サッカーくじ等等、これでもかといわんばかりに世間にはギャンブルが溢れている。どの街にも駅前や道路沿いにパチンコ屋が軒を連ね、量販店や集客施設、高速道路のサービスエリアにまで宝くじ販売所がもうけられ、一攫千金にかられた人人が吸い込まれていく。1発当てたら2匹目のドジョウを狙ってのめり込んでいくのが常で、貧乏人の懐はますますスッカラカンにされ、あげくの果てに借金苦、家庭崩壊、パチンコ屋トイレでの自殺といった悲劇が後を絶たない。ギャンブル=賭博は刑法で禁じられているにもかかわらず、ますます解禁されていく趨勢で、2020年の東京オリンピックに向けてカジノ誘致までが叫ばれ始めている。昔から「働かざる者食うべからず」といって、ギャンブル狂いのような一攫千金行為は恥ずかしく、みっともないことと見なされ、また人人からカネを巻き上げていく賭場についても規制が加えられてきた。ところが金融博打が世界経済全体を支配する世の中になってきたのを反映して、恥ずかしげもなくギャンブルが奨励されている。
 
 貧乏人から身ぐるみ剥ぎ取る

 下関市で電気工事関係の仕事をしている40代の男性は、以前パチンコに狂っていた時期があったが、友人や家族から怒られ、最終的に妻に捨てられそうになって正気に戻った経験がある。僅か1日にして20万円近く「勝った」(もうかった)興奮が忘れられず、ついつい期待を抱いて足を運ぶようになっていた。
 「はまると際限がない。最近はそこまで勝てるようなシステムではないようだが、それでもドカーンとくると5万〜6万円はいくようだ。“今回は勝てる”と誰もが変に自信を持っている。パチンコ狂いが集まると、勝った自慢話や店舗ごとの癖、どこの店は最近よく出るといった話が大半で自分もそのなかの一員だった。休日になると毎週のように出かけていたし、平日でも暇さえあれば仕事合間にパチンコに行っていた。1万〜2万円など1時間もあればすぐに飛んでいく」といった。「負け」を取り戻すためにさらにギャンブルに走り、パチンコ店の隣に設置されたサラ金のATMに駆け込む人人も少なくない。サラ金の親玉は銀行である。
 やめるきっかけになったのは、通っていたパチンコ店のトイレで、知り合いの常連だった女性が首つり自殺していたことも大きな要因だった。仕事をしていてもパチンコのことが頭をよぎり、みずからを規制できない感覚に危うさを感じていた矢先の出来事だった。自殺した女性は家族が知らぬ間にパチンコ仲間にもカネを借りて注ぎ込み、負けるとその日勝った男性についていくような真似をくり返していた。自身も通算してみると大幅な負け越しで貯金は貯まらず、サラ金に手をつけかねない勢いだった。最終的に奥さんから子どもがいる目の前で三行半を突きつけられて「やめる」と改心した。もう何年も行っていないが、「今考えたら恐いよね」と何度も口にした。
 同じく下関市内に住んでいる50代の男性は、同僚がミニロトを当てて1200万円が転がり込み、一気に金銭感覚が狂っていったのが忘れられない。幾つかの数字を選んで1枚200円の券を購入し、その数字が週1回発表される数字と同じだったら200円が1000万円以上に化けるというしかけで、みずほ銀行が運営している宝くじの一種として知られている。
 たまたま購入していたのが1200万円になり、心が大きくなった同僚は借金返済に充てたり、高価なモノを次次と購入し始めた。それだけでなく以前よりも熱心に宝くじを買うようになり、ロトに費やす金額も普通ではない数字を口にし始めた。「次はロト6を攻略する」などといっていた。仕事の合間に足を運んだ量販店にくじ券売場を見つけると、迷わず足を運んで1回200〜300円のスクラッチ(削って当たりが出ると5万〜6万円もらえる)を2000〜3000円単位で買って一生懸命削っていたり、ちょっと見ていられない状態がエスカレートした。「トータルでは勝ってるんだ」が口癖で、本人のなかでなんとか辻褄を合わせている様子だった。
 「金銭感覚がいったん狂うと、人間はなかなか元に戻れない。その同僚は結局、会社のカネを使い込んで首になった。宝くじは社会福祉に還元するという名目で野放しになっているが、彼のような悲劇をつくり出す。愛は地球を救う24時間テレビを見ると、そいつの顔が思い浮かんでいけない。宝くじ号の福祉車両を見てもなんともいえない気分になる。ギャンブル依存症になっている人は大概、“勝っている”と自慢したがる。勝ち負けでもうかっているかもうかっていないかを表現する。パチンコにしてももうからない人が多いから、長者番付にパチンコ大手の経営者ばかりが名前を連ねる。冷静に考えればわかることなんだが…」といった。

 日本独特のパチンコ 年間19兆円も吸上げる

 日本社会は相対的貧困率が30%をこえ、加盟国(先進国)のなかで世界第2位に躍進したことを最近になってOECDが発表した。年収300万円未満の労働者が全雇用者の50%以上を占め、単身女性の3人に1人が「貧困状態」にあり、貯蓄ゼロ世帯は3割にも及ぶなど、国内の貧困化はすさまじい。世の中確かにカネがなければ生きていけず、食べること一つとっても無料なのはホームレスの炊き出しくらいしかない。
 そんななかで、「カネが欲しい」という欲をくすぐられて一攫千金を夢見て、「今度こそは」と思っているうちに、すっかり身ぐるみ剥がされるギャンブル社会が口を開けて待っている。
 新聞折り込みのチラシといえばパチンコだらけで、深夜にテレビをつければパチンコ奨励番組が流れ、競馬になるとヒーローの馬がテレビニュースの主人公になる。しまいには政府がカジノ誘致を叫び始める始末である。貧乏人から巻き上げるだけでなく、金持ちや小金持ちからも巻き上げる賭博社会が到来しようとしている。
 賭博=ギャンブルは法律で一応禁じられている。ところが抜け道だらけで体を為していない。パチンコに行けば、場外に換金窓口がもうけられ、ギャンブルであるのに「遊技」として扱われ、取り締まりの対象にはなっていない。警察公認というか、むしろ警察官僚たちが退職後に養われている関係すら過去に取り沙汰された。パチンコ産業は今や年間19兆円市場といわれ、消費税(14兆円)を国民から巻き上げるよりも、法人税(7兆8000億円)や所得税(13兆5000億円)を巻き上げるよりも、はるかにでかい金額を国民生活から吸い上げている。
 フォーブスが発表した「日本の大富豪」によると、パチンコ大手SANKYO創業者である毒島邦雄の総資産は5000億円、マルハン会長の韓昌祐は3300億円、アルゼや三洋物産などの大手経営者もみな個人資産1000億円ごえで名を連ねている。さらに「政治はカネ」で、カネのあるところには目がないのが政治家である。安倍首相といっても親の代からパチンコ業界にたいへん世話になっている関係は、下関の人間なら大概の者が知っている。駅前の一等地にパチンコ屋が軒を構えられたのも政治力のおかげだと見なされている。
 パチンコは日本独特のギャンブルシステムで、世界の他の国には例がない。年間19兆円市場という規模からわかることは、それだけ「負け」て泣きを見ている者が多く、ギャンブルといっても胴元はしっかりもうかるシステムであること、依存症になっている人人の「オレは勝っている」自慢とは裏腹に、みなが懐をすってんてんにされている実態を浮き彫りにしている。
 競馬、競艇、競輪など政府が賭博の例外として認め、自治体が公設して収入を得て、財源にする仕組みもある。政府や行政からしてギャンブルに依存し、税収奪システムとは別の収奪システムを構築している。そして舟券売場や場外売場を市街地の各所につくり、住民の借金苦や生活破綻を奨励し、さもしい荒んだ根性を培養しているのだから、世も末といわなければならない。厚労省がおこなった調査結果では、病的賭博すなわちギャンブル依存症の推定有病率は成人男性のおよそ10%に及び、成人女性は1〜2%前後とされている。10人に1人の男たちがギャンブルに狂っている国はよそにはなく、先進国でも2〜3%が平均的な数値とされている。ギャンブル大国として抜きんでた存在感を放っている。

 不幸量産の根源 博打に昂じる金融市場

 大企業がみな海外移転して国内産業が空洞化するなかで、「今度は観光立国だ!」と首相が叫び始め、そこで出てきたのがカジノ解禁だった。また、自民党内で検討され始めたのが「パチンコ税」の導入である。賭博を奨励する社会、上から下まで賭博によって国民から資産を剥ぎ取っていく社会の姿を暴露している。
 もっとも、パチンコやカジノなどが可愛く思えるほど大博打に熱を上げているのが金融市場である。サブプライムローンのようないかさま証券をつくり出して世界中に販売し、一つの国が破綻するとあればCDS(クレジット・デフォルト・スワップ)のような保険証券を売買してボロもうけをはかる。
 証券を売った買ったの行為には何の生産性もないのに、社会の富をみな吸い上げていく構造になった。各国中央銀行に膨大なマネーを供給させて、それを元手に博打に昂じ、「勝った」「負けた」のダマしあいを日日やっている。そして利益はみな金融資本やヘッジファンド、投資家のもので、不利益は各国政府なり人民に転嫁している。
 金融資本の投機に産業資本が隷属し、世界中が剥き出しの市場原理にさらされている。それこそもうかりさえすれば何でもありの人騙しが何ら規制されることなく、世の中を大混乱させるまでになった。カジノ経済と露骨なギャンブル社会が到来している。
 貧乏でカネがないことほど困ることはない。給料は減らされ、年金も減額で、所得控除は廃止され、医療機関に行けば受益者負担が増大し、介護にかかるにも膨大なカネが必要になる。子どもを学校にやれば飛ぶように財布からお札が出ていく。消費税は8%から10%にされるというし、下下の生活は破綻寸前である。そうしてふっと一攫千金の欲求にかられて行った先のパチンコや競艇で、父ちゃんがますます胴元のカモにされて、家計は火の車である。行き詰まって自殺する人間も数知れない。
 博打打ちが社会の最上段に君臨しているような状況を転換しなければ、不幸が量産されること、金融資本主義そのものが末期的な段階に来ていることをあらわしている。

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