トップページへ戻る

  漁業のない国にするな
内海漁民が祝島に連帯
                上関原発撤回の共同斗争を    2009年10月7日付

 瀬戸内海の心臓部に位置する上関町に、中国電力が国内最大級137万`h2基の原子力発電所を建設しようとしている。現地では祝島漁民をはじめとした反対行動が続けられ、ニュースで様子を知った沿岸漁民のなかでは「漁業を守れ!」の熱い連帯の思いが語られている。漁業の疲弊度はひどく、これ以上上関に原発ができたら、瀬戸内海漁業は壊滅し、漁業のない県になってしまうのである。この上関原発は中国電力が進めるものだが、最大の推進者は国であり、平井元知事につづく二井関成知事である。「後は野となれ」で国土を廃虚にしかねない二井県政の暴挙に鉄槌を下し、上関原発計画を白紙撤回に追い込まなければならない。

 内海心臓部に位置する上関
 瀬戸内海の漁業者のなかでは、「上関原発を建設したら瀬戸内海は死んでしまう」という危機感が強烈に渦巻いている。「祝島や、上関だけの問題ではない。瀬戸内海の漁師みんなの生活がかかっている」「漁業をつぶしたら日本人は魚が食えなくなるではないか」「祝島の爺ちゃん婆ちゃんが身体を張っているのを見て涙が出そうだった。よろしく伝えてくれ」と思いが語られる。
 宇部岬の古老の漁師は、「ああやって海が奪われてきたんだ。宇部も同じで後悔しても取り返しがつかない。企業が好き勝手に開発した結果、海が死んだ。上関の周辺は瀬戸内海に残された最後の好漁場だ」と体験を重ねながら話していた。
 かつて宇部沿岸の良質な干潟が魚たちの産卵場や稚魚が成育する「ゆりかご」の役割を果たして、周防灘の海の幸をもたらしていた。豊かな漁場を求めて、広島や岡山などから漁師が移り住み、瀬戸内のすすんだ漁法を伝達して漁業が根付いたのだという。宇部岬の潜水漁業は、有明海の竹崎からやってきた潜水夫たちが漁法を伝えた。終戦後、だれも触らなかった海底に潜ってみると、ミル貝や高級二枚貝のタイラギがひしめきあうように立っていたという。それはまるで「竜宮城」のようだったと。
 ところが戦後の工業化、空港建設などによって漁場は奪われ、近年では産廃処分場の埋立が実施され、群生していた藻場や干潟は次次と姿を消していった。また、工業用水を確保するために建設した厚東川上流のダムが、川から海に流れこむ砂や栄養をせきとめて、魚は卵を産み付ける場所がなくなった。
 宇部岬では、貝類がほとんど獲れなくなり、浜の主力産業だったノリ養殖も40軒にまで減った。県内全体では昭和40年代に2400軒あったのが60分の1の60軒まで減ったというから、すさまじい衰退ぶりがわかる。ノリ養殖を営んでいる男性に聞くと「産廃処分場をつくって潮の流れが変わってしまった。獲れないうえに値が安いからたまらない。昭和40年代よりも、物価が上がっている現在の方がノリの値は安い。バカにした話だ」といった。
 ノリが獲れなくなった直接のきっかけは、県の産廃処分場建設によって沖合1600bまでのばした堤防が、厚東川からくる栄養塩の流れをノリ漁場の手前で遮断したことだった。昭和の全盛期には約30億〜40億円もの生産金額を誇っていたのが近年は一桁台前半にまで激減した。「全盛期には想像しえなかった事態だ。ノリだけじゃない。底引きがガザミ(渡りガニ)を獲ってきても、桶満杯にして3000円くらい。この時期だと1日で1万〜2万円程度にしかならない。料亭に持っていくと5万〜6万円はするものだ。市場が余りにも安く買い叩くから、長崎から業者がトラックで買い付けにくる。少しでも高い方がよいので、みなが殺到して出荷している。向こうに持ち帰れば“地元産”になるのだから皮肉だ。あと、“月待ちガニ”という名称があるが、むげに使うとコンベンション協会が名前の利用料金を払えといってくる。バカみたいだ」とベテラン漁師は話していた。

 沿岸開発で漁業に打撃 下関人工島でも
 沿岸開発で漁業が壊滅的な打撃を被る。それは瀬戸内海に限ったことではない。下関市垢田の沖合人工島も同じで、700億円突っ込んで完成した今になって「使い道がない」という事態に響灘の漁師たちはカンカンだ。良好な瀬を失ったこと、広大な埋立によって潮流が変化し、豊浦町にいたるまで影響が及んでいる。
 安岡地区で素潜りをしている漁業男性に聞くと、「ヘドロが堆積してワカメが育たず魚が寄ってこない。昔は宝庫だったのに…。今は潜っても汚れた川の底みたいになっている。少し海底を触ると前が見えないくらい濁る。補償金で1000万円もらったけれど、それくらいの金は3〜4年働いたら稼げる。失ったものが大きすぎる」といった。
 彦島海士郷の漁師は「カレイやオコゼなどがいなくなってエイが増えた。埋立地だけでなく、船が入れるようにといって15bの深さで浚渫している。そんな話は聞いてなかった。漁場が荒れるばかりだ。下関が栄えるのならばと泣く泣く協力したが、工事は北九州の業者ばかりで、しかも使い道がないという。怒りを通り越している」といった。
 そして荒れた響灘の漁場では砂取りが繰り返される。棒受け網漁をしている漁業男性は「蓋井島と吉母の間には、いつ行ってもイワシがいる海域があった。いまはまったくいない。おもしろいように大漁といえていたのは、平成5年まで。20年ほど前に砂取りをはじめたのが大きかった。内海で砂をとり尽くして社会問題になると、今度は外海に移ってきた。全国は禁止しているのに、山口県の水産行政は放置しているから、神戸など全国から下関の沖合に取りに来る。海底には恐ろしいほどのクレーターができて、ボコボコになっている。そこにヘドロが溜まる。元に戻るには何年かかるだろうか」といった。
 魚価が下がり漁獲量も落ち込むなかで、漁協経営を補足するように砂取りがおこなわれる。豊浦地域では、漁協職員の使い込みを補填するために、今年度は800万円を用立てなければならず、コッソリ砂取りの領域を増やしていたのも発覚した。「漁師も苦しい、漁協も苦しい、踏んだり蹴ったりの悪循環だ」と話されている。いくら放流しても魚が育つ条件が見あたらない。

 瀬戸内海では異変 十数年前から・エビや貝類獲れず
 瀬戸内海区では十数年まえから漁獲が著しく減少している。とくに、エビや貝類がめっきり獲れなくなっている。中国・四国山口統計情報センターの統計によると、20年前の1989年に3万4146dあった山口県瀬戸内海区の総漁獲量は、06年には1万1630dまで、66%も減少している。
 魚種別に見てみると、エビ類、貝類、かれい類の減少が著しい。エビ類は92年には9012dあったのが急激な下降線をたどって、06年には1296dにまで落ちた。86%減少である。貝類になると8000dだったのがわずか289dと96%減。壊滅といっても過言ではない。
 網がちぎれるほどのクラゲの異常発生や、サメが増えたこと、四国の太平洋側、足摺岬あたりの魚が入ってきたりすることや、マグロを追いかけた話、熱帯海域にいるはずの針千本や、トロピカルな風情の珍魚が網にかかるようになったと語られている。
 漁師たちは沿岸開発ともあわせて「海が変わった」という。異変のもっとも大きな特徴として、近年海水温がしだいに上昇していることがどの海域でも共通してあげられている。海水温の微妙な変化にも敏感なエビがまず姿を消した。底引き網漁が多い宇部などでは、アカエビが捕れなくなってカッパえびせんの加工業者も撤退した。
 山陽町や宇部・小野田地域の沿岸では、10年ほどまえから夏場になると、沿岸漁場にナルトビエイの群れが押し寄せて、干潟の貝類を食べ尽くしていくようになった。南方に生息するはずのナルトビエイが瀬戸内海に入りこんで、しだいに防府や上関海域まで領域を広げながら漁場を荒らしている。駆除しても減る様子がなく、そのうち行政が食べ方のコンテストを開きはじめる始末で、漁師はやるせない思いで眺めている。海水温の下がる冬場になると、火力発電所の温排水の排水口付近で冬眠している有様だ。ナルトビエイを駆除し、エチゼンクラゲを駆除するのには日当3万円が出るが、本業の漁がさっぱりで、土木など陸の仕事に上がっていく人も少なくない。「昔はエビが大漁にとれて網が上がらないほどだった。いまはエチゼンクラゲのおかげで網が上がらない時がある」と宇部新川の底引き網漁師たちは苦笑していた。

 原発の温排水倍増 94年に伊方3号機運転開始・同じ海域滞留
 海水温の上昇は、自然界での一般的な「温暖化」による変化があるにしても、この海域の最大の要因は火力発電所に取り囲まれた上に伊方原発の温排水が94年12月からそれまでの2倍に増えたことがある。伊方原発は77年に1号機(56・6万`h)が運転開始され、82年には同型の2号機が始動。プラスして94年からは89万`hある3号機が運転開始した。「海が変わりはじめた」と漁師たちが思いはじめたのが、ちょうどこの時期だ。夏場の底引きの主力であったエビが目立ってとれなくなった。内海側の漁獲が94年を境に急激な下降線をたどりはじめたのはデータからも浮き彫りになる。
 伊方原発の対岸に位置する上関原発は、計画では137万`h2基。伊方よりもはるかに多量の温排水と塩素をまき散らす。7度上昇した温排水の量は、1秒間に190立方b、年間にすると水深30bとして14`四方分という膨大な量になる。伊方ではその7割の分量が94年以後だけ見ても15年間つづいている。水深30bで150`四方分となる。周防灘、伊予灘全域の海水量を超える量となる。
 瀬戸内海の潮流は、いったん外海から流れ込むと外に出るのは200年かかるといわれている。外海のようにずっと流れるのでなく、同じ海域をいったりきたりして滞留している。原発予定地の海域は局所的に深いところで80bほどで、沖合で40b。周防灘は30bから20bとひじょうに浅い。ここに夏場の太陽熱とあわせて温排水が混じり合うとどうなるか。
 これで海水温が上がらないはずがない。現状の伊方原発の温排水の上に、その1・5倍の上関原発の温排水が出るとどうなるか。内海漁業が壊滅するのは明らかである。山口県内海漁業だけではなく、瀬戸内海全域の漁業がつぶれることは明らかである。電力のため、電力会社の営利のため、ないしはアメリカのエネルギー戦略、原子力戦略のために、漁業のない国にする暴挙だといわなければならない。

 漁業破壊進めた県 信漁連問題テコに・他県よりも衰退
 最近、山口県など関係機関がおこなった調査で、山口県内で漁業に従事している人の数が、わずか5年で17%も減少し過去最小の6723人(昨年11月時点)になったことが明らかになった。
 ピークだった昭和43年に2万1862人いたのと比較すると、7割も減少している。そのうち65歳以上が占める割合が49・5%で、高齢化率は全国平均よりも15・3も高い。三方を海に囲まれた「水産県」でありながら、漁業がもっとも破壊されている県となっている。
 これは、平井県政につづく二井県政が、漁業破壊政治をしゃにむに進めてきたことを示している。90年代初めの、山口県信漁連の200億円を超える欠損金の発覚と、その再建として県が支援する代償といって、「県がやる公共的な事業に協力すること」という条件を付けた。漁協が反対しないようにさせて、岩国基地拡張の沖合埋め立て、下関の人工島、上関原発、宇部の産廃処分場の埋め立てなどを受け入れさせてきた。
 ちなみに県の「支援金」といっていたのは、その後「貸付金だったのだから返せ」といって返済させた。漁民をだまして、山口県の漁場に甚大な被害を与えただけであった。
 この信漁連の欠損金は、自民党林派の故・桝田市太郎県議によるマリンピアくろいで使い込んだり、証券投資で焦げ付かせたものであった。マリンピアは自民党水産部会長であった林義郎代議士がてこ入れしたもので、林氏が自民党総裁選に出た時期のことであった。
 岩国基地沖合拡張にともなってつぶされた広大な藻場・干潟の消滅海域は83万平方b。多くの魚類の産卵場、幼稚魚の成育場であり、水質浄化機能をはたしていた広大な藻場・干潟が消滅して、米軍基地を拡大させ、あげくには空母艦載機の厚木からの移転という米軍の倍増と米軍住宅のための愛宕山開発となってきた。前述の下関沖合人工島も、近海でもっとも豊かな瀬を奪い、潮流を激変させて深刻な漁場破壊となっている。前述の宇部産廃処分場も山口県のノリ養殖のメッカを壊滅に追いこんだ。
 林派が食いつぶした信漁連を、平井前知事と林派の二井知事が使って、軍事目的のため、原発のために、まさに漁業破壊に突っ走ってきたのである。山口県の漁業が他県より衰退しているのはそのためである。
 上関原発計画の最大の推進者は中電以上に平井県政、二井県政であった。上関原発計画は80年代にいったん頓挫したが、巻き返しをはかった90年代になると平井前知事が前面に乗り出して推進した。信漁連問題が発覚した時期の92年から、平井知事が何度も祝島に乗り込み、祝島の取り込みに動いた。そして94年の漁業権の書き換えで、四代田ノ浦に地先の共同漁業権の祝島に放棄させた。これが90年代以後現在までつづく推進の転換点となった。
 二井知事は、神社地の売却を拒否した四代正八幡宮の林宮司に敵対する、県神社庁、神社本庁を支援し、「原発は安全性に問題がある」と口で散散言いながら、行動では県として上関原発建設に同意を与えた。そして信漁連問題で散散に負担の転嫁をされた漁協の県一合併を強行し、祝島漁協を支店に変えて、経営困難として報奨金受けとりの策動をめぐらした。そして現在では埋め立てにともなう県の許認可を乱発している。

 共同斗争で白紙撤回へ 全県全国を結び
 上関原発問題は、岩国基地の核攻撃基地としての増強、すなわち核攻撃の標的になって国土を壊滅させる問題に加えて、漁業を壊滅させ、漁民生活が成り立たないだけではなく、日本人が魚を食えなくするというデタラメなものである。
 祝島の漁民の1月にわたる、埋め立て着工阻止行動は漁民全体を激励している。それは抗議行動は三日坊主で取引ばかりしてきた指導部を乗り越えて、下から島の婦人たち、農民、そして漁民という大衆主導の運動となってきたことを示している。
 これは補償金受けとりで祝島の運動をつぶして、全町のあきらめを誘うという作戦が破たんしたことを示している。
 ここで、愛宕山に星条旗を立てさせるな、空母艦載機移転を阻止せよ、と米軍岩国基地の撤去を求め日本の独立と平和を要求する岩国市民を中心とした運動、内海漁業を守り食料自給をはかれの内海全域の漁民のたたかい、そして被爆地広島の市民の運動など、全県全国を結んだ、共同の敵に対する共同のたたかいを強めることがもっとも求められている。
 その力を強めることが、祝島、上関町民の運動を質的に強いものにし、上関原発を本当に白紙撤回に追い込む力となることは間違いない。

トップページへ戻る