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激しい怒り語る長崎市民
観光通りで原爆と戦争展
              「勇気出し行動する時だ」    2007年5月11日付

 原爆展全国キャラバン隊は5月10日、長崎市の観光通りで街頭における「原爆と戦争展」をおこなった。長崎での原爆展も3年目に入り、多くの被爆市民が「また今年も来たのかね」「ごくろうさん」と親しみ深く声をかけることが多く、被爆者・戦争体験者をはじめ会社員、青年、主婦などが足を止めてパネルに見入っていた。とりわけ今回から展示した「第2次世界大戦の真実」のパネルへの反響は激しく、伊藤市長殺害事件の直後ということもあって、平和の敵アメリカの正体とそれにつき従う安倍売国政治が国民をどこへもっていこうとしているのか、人人の鋭い怒りと重なって歓迎された。

 「真実を語らねば」と口口に
 3歳のときに、竹の久保で被爆したという60代の男性は、パネルを見るなり激しく語りはじめた。「日本は、アメリカに負けたからといってなんでアメリカに占領されていいなりにならんばいかんのか! 日米同盟などといわれるが自分さえよければ他はどうでもいいという国が本当に日本を守ってくれるわけがない。それなのに安倍も小泉もアメリカにべったりで、アメリカのために戦争ができる憲法にしてしまおうとしている。国民はおとなしすぎる! みんなで勇気を出して“アメリカのいいなりになるな”と声を大音量であげていかんば」と、憤懣(まん)やるかたない思いをぶつけるように語った。
 14歳で終戦を迎えたという70代の男性は、「日本が負けるというのは昭和18年には完全にわかっていたんだ。開戦前からわかっていたという話もあるが、負けるとわかっていてなぜやめなかったのかが1番問題だ。国民は皆“お国のため”といって国に殺された。天皇はアメリカに日本を占領してくれとお願いしたんだ! それは共産主義が怖くてアメリカに自分を守ってもらうためだった。これは通常では考えられないことだが本当に頭にくる」といって、アメリカ政府に原爆投下の謝罪を求めるアピール署名にすすんで記名した。
 元特攻隊員の82歳の男性は、「第2次世界大戦の真実」パネルを見てほとばしるように自らの戦争体験を語りはじめた。「昭和18年に志願して鹿屋から3回飛び立って帰ってきた。自分の任務は親海隊といって特攻機の護衛だったので、特攻機が無事敵艦めがけて突っ込んでいくのを見届け、写真に収めて司令部に報告する役目だったが、1番年下は14歳の子どももいて本当にかわいそうだった。自分は商船学校を出ていたのですぐに士官になったが、戦後C級戦犯に引っかかってしばらく公職にはつけなかった。本当の戦争犯罪者は天皇をはじめほんの数人だ。上官はいつも“人間1人の命より飛行機の油が惜しい”といっていた! それなのに自分たちのような者が戦争協力者のような扱いを受けてきた」。そして、「これまで戦争の話はあまりに辛い体験で語れずにきていたが、今、アメリカのおかげで日本の若者たちが本当に骨抜きの人間にされてしまっているのを見て、自分たちが真実を語らんばいかんと思っている」と切切と語り、仲間に呼びかけようと、6月に行われる長崎「原爆と戦争展」のチラシを10枚持ち帰った。
 長崎に原爆が投下された8月9日に入市被爆したという70代の婦人は、「9日はちょうど兄の誕生日でせめてものお祝いで握り飯を届けてやろうと思ったら、諫早で列車が止まってしまい歩いて長崎に入ってきた。あちこちで死体が散乱して、それはこの世の地獄のような惨状だった。姉は気が強かったからゲートルを撒いている死体を見ては、1つ1つひっくり返して兄を捜した。兄は誕生日ということでその日だけ動員をサボって寮に残っていたので幸い生きていたのだが、自分だけ生き残って申し訳ないと、死ぬまで原爆手帳をとらなかった。どんなに辛く悔しい思いだったかと思う」と語って絶句した。そして、「今また危ない戦争の方へ日本が向かっているが、兄の分まで絶対に止めないといけない。アメリカは原爆を落としたことが正しかったというが冗談じゃありません! どうしてアメリカにペコペコしなくちゃんならないのか、腹が立って腹が立って仕方がない」といって署名した。

 行動を求める若い世代
 真剣な眼差しでパネルに見入っていた30代の男性は、「自分は元自衛官でイラクへも派遣された。政府はイラク派遣を“安全だ”といっているが国民の前に報道されるのは表面ばかりで、実際には激しい戦斗の中に送り込まれている。弾の飛び交うなかで流れ弾にあたって負傷した仲間もいるが、そういう事は一切封じ込められて真実は伝えられていない。北朝鮮の問題や中国とのこともすべてアメリカとの関係から来ていると思うし、伊藤市長の殺害にしても自民党が市長を殺させたと皆話している。安倍政府のいうイラク派遣がどういう内実なのか、自分たちの知らないところで次次に法案をつくって国民をどうしても戦争に連れていこうとしていることをもっと知らせないといけない。今の政治家にはまったく信用がないが、戦争反対を叫ぶ新しい運動を作っていきたい」と熱心に語り協力者となった。
 「わからないことがある」と語りかけてきた25歳の男性は、パネルを指さして「どうして天皇はルメイに勲章を与えたのか? 日本人が殺されたほうが良かったということか? 人の命を奪ってでも自分の身を守るというのは許せない。小学校のときからいろいろと勉強してきたが、今日は初めて知ることが多く本当に勉強になった」と真実への衝撃をストレートに語った。
 「あんたは長周新聞の人か?」と語りかけてきた60代の男性は、配布していた長周新聞号外を見て、「この前駅前でこの号外をもらって読んだが、こんなに本当のことをあからさまに書いてくれているのはこの新聞だけだ! だいたいアメリカのおかげで日本が豊かになったとかいうもんがおるが、そんなのはウソだ。アメリカは自分たちの国の国債を買ってもらって戦争で儲けたいから、アメリカにたてつく人間は邪魔になって、伊藤市長も殺されたんだ! 国民はこういう事についてもっと怒らんばいかん! がんばってくれ」とカンパを寄せ、書籍を買い求めた。
 その他、「伊藤市長さんもあんな風に殺されて、アメリカは絶対に許せんね!」といいながら多額のカンパを寄せる91歳の婦人や、何もいわずにポケットの小銭を全部カンパ箱に入れていく男性、市民原爆展のポスターを見て「今年も楽しみにしているよ」と声をかけていく人など、多くの人人のなかで歓迎され行動への要求が求められていることがますます鮮明になっていった。