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萩市民に蘇る維新革命の誇り
『動けば雷電の如く』萩公演
              社会変える民衆の力に共感    2008年11月17日付

 劇団はぐるま座『動けば雷電の如く――高杉晋作と明治維新革命』の萩公演が、16日午後1時30分から、萩市民館大ホールでおこなわれ、約300人の市民が舞台に引き込まれた。萩市は毛利藩の本拠がおかれるとともに、吉田松陰が松下村塾を開き、高杉晋作ら幾多の維新革命の志士たちがそこで学んだゆかりの街である。
 この日に向け、萩市内各所に多数のポスターが貼り出され、商業者が「今の市政はハコモノばかりで、地元の商業を衰退させている。この現状をなんとかしたい」とチケットを預かってとりくんだり、市内の老人会が3カ所で『雷電』の紙芝居をおこなうなど、現代と結んだ明治維新論議が活発にされてきた。
 また幕末に、商人や町人を多く結集した市勇隊、僧侶を中心にした金剛隊、女性だけのバトロン隊などが組織されて四境戦争や戊辰戦争に参加したことが掘り起こされ、「萩で今まで光りが当たらなかった農民や町人の誇りある歴史が初めて明るみに出た」と喜ばれた。当日、会場には、市内唐樋の津田氏から提供された奇兵隊士の槍と陣笠、市内黒川の石田氏から提供された奇兵隊士への感謝状も展示された。
 公演に先立ち、実行委員を代表して幸島賢士朗氏が「今萩市でも商業者は不景気のもとで暗く苦しい状態にあるが、私は吉田松陰先生の数数の言葉を心の支えにして頑張ってきた。松陰先生の遺志を1番受けついだのが高杉だ。高杉が禁門の変以降の逆流に負けずに革命に転じていった元気! なにごとにも屈せずに近代日本に導いた精神。郷土が生んだ立派な先輩に学んで、くじけない心をぜひ持ち帰ってほしい」と力を込めて挨拶した。
 舞台の幕が開くと、観客は身を乗り出して、前田砲台の修復作業に働く農民や町人たちの生き生きとしたやりとりに見入り、京都出兵をめぐる論争や、功山寺決起前夜の論争に固唾をのんだ。とくに2幕2場、俗論討伐のため萩に攻めのぼることは、忠臣の父や親戚にも類を及ぼすことになると高杉が葛藤し、吉田松陰の「生きて大業の見込みあらばいつでも生くべし。死して不朽の見込みあらばいつでも死すべし」という教えを反芻しつつ、「みずから不忠不孝の人となり/国政をして維新たらしめんと欲す」と立ち上がっていく場面には、会場で涙をぬぐう姿があちこちで見られた。
 公演終了後、舞台の感動さめやらぬ観客が集まり合評会がおこなわれた。
 市内の住職は「まさにこの舞台は現代にぴったり。前作の『高杉晋作と奇兵隊』も見たが、今回の舞台は農民や町人を中心にした人民諸隊の姿と、高杉の指導路線が非常に鮮明になっていてよかった。背景の絵や音楽もよかった」とのべた。市内で松陰研究を続けている歴史研究者は「史実を忠実に深めた舞台だったし、それを役者さんが気合いのこもった誠実な言葉で伝え、心に響いた。維新の有名な人は知っていても、萩から奇兵隊に参加した農民や町人がいたことは知られていないし、こういう論議がもっと広がっていけばよいと思う」とのべた。
 高校生の息子と一緒に参加した父親は「明治維新が草莽崛起、つまり大衆の側からの変革だったことがよく描かれていた。幕府の開港のために米が30倍になったり、自由な経済活動が制限されていたりと、農民や商人の側から当時の状況が描かれていたし、高杉がそれをよくつかんでいたことが彼の優れたところだったと思う。外国人が新兵器できても、幕府が何万という兵力できても、みんなの心が1つになったら絶対に勝てる。それは今と一緒だ」と感動の面持ちで語った。原爆展をきっかけに参加したという80代の婦人は「この劇にもっと早く出会いたかった。若返りたいです」とのべたあと「こんないいものなら学生さんたち、若い人たちに見せたい。萩市長はこの場に来て挨拶をすべきだ。ぜひ萩でもう1度やってほしい」と期待を語った。

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