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廃村か生産による地道な振興か
上関町議選・高まる町民世論
             祝島漁協の合併撤回に注目     2006年2月4日付

 中国電力の原発計画をかかえる上関町の町議選挙は7日告示、12日投票と迫っている。昨年12月、24年原発反対を貫いてきた祝島漁協が漁業権放棄を意味する県漁協への合併を決議、あわせて漁業裁判をとり下げることを決めた。二井県政と中電側がこれを機に町民の反対の意志をつぶすことを意図するなかでの選挙である。町民のなかでは、祝島でも、地権者が多い四代でも、反対派議員が推進派に寝返った室津でも、一時沈痛な空気がただよったが、推「反」候補連中の哀れな姿や、全町の強い力を確認しあうにつれて、いまや明るい空気に変わってきた。町議選は、推進派九、「反対派」五の実質無投票・談合選挙をしくんだが、そこに両組織の枠にとらわれない候補があらわれ、町民の強い共感を呼んでいる。「反対派」幹部の裏切りによって町民の反対の意志を崩し、漁業権、土地などの手続きをいっきにすすめるというのが中電の意図だが、24年たって廃村になりつつある現状への怒りは吹き上がっており、推進派、「反対派」の両方を使った売町政治を崩壊させ、全町民団結による生産を基礎とした地道な町の発展の方向に転換させなければならないという世論が形となってあらわれようとしている。

 推「反」候補に踊らぬ町民
 選挙戦は「反対派」陣営が早早に1人減の5人出馬を表明、推進派がそれにこたえて9人にしぼり、事実上の無投票で「反対派」議員の五議席を保証した。ここに戸津のふたば商店・田中早知氏が両方の組織に規制されない立場で立候補表明をし、「閉塞状態に風穴をあける勇気ある行動」と共感を広げている。
 今度の選挙では、推「反」の候補について町民が踊る空気がまるでないのが特徴。「自分の欲得ばかりで、町のために働くものがいない」「相手にするのもバカバカしい」というのは全町の実感。それは24年中電が乗りこんで、廃村の危機まできたが、なによりも町の指導的リーダーがつぶされた深刻さを実感させている。
 選挙違反で金をもらった何十人もが公民権停止になっているのに出ようという辞職町長、反対派議員をやめて推進派で出る人物、漁業権放棄という決定的な推進をやって反対派で出る人物など、ホリエモン・小泉劇場選挙のむこうをはるようなドラマぶり。議員のはなはだしいモラル崩壊である。
 町民のなかで深刻に語られていることは、上関町がこのままでは廃村になるという問題である。敗戦後、外地に出たり、都会に出ていた人人が、ふるさとの海と山を頼りに生きていくために帰って、そこから立ち上がっていった。そして、上関では最高時1万2000人余りが住んでいた。
 原発問題が起きた時期、人口は7000人ほどであった。それがいまでは3700人となった。若い者は出ていき、順番に死んでいく年寄りの数はへるわけではないので、いまの人口が半分になるのは早い。五年ほど先を考えたら、無人島になることが予想されるところもある。畑をつくり、木を植える楽しみも、子どもがふるさとに帰らないのならしかたないと年寄りは悲しむ。集落としての共同体機能がつぶれるのはまちがいなく、ふるさとから出ていったものは都会の難民になると心配する。いまや待ったなしのところにきているという思いは切実である。
 24年まえからずっと、中電は「原発をつくれば町がすばらしく繁栄する」といってきた。結果は逆であった。原発推進政治は町の売り飛ばしであり、町を人が住めないようにしてしまうものであった。
 上関町民は中電の世話になって生活してきたのではなく、漁業を中心にして、農業や海運、鉄工・造船、それと依存して商業など、父祖からつづく自分たちの労働によって生活してきた。「原発による雇用」は原発敷地の草刈り程度でしかなく、上関に固有の産業に変わることはできない。原発に依存して町民生活が成り立つわけはないのだ。
 上関町が廃村状況になってきたのは、全国的な農漁業の破壊、地方生活の圧迫の力がかかったが、それに原発推進一本槍できた町政が、漁協や商工会などの運営と合わさって、上関の漁業を破壊し、農業も商工業もほうり出し、町民生活にかかわる心配などしなくなったからである。町長も議会も漁協や商工会や区なども、中電の下請会社のようになって、原発を推進する目的のために使われてきた。原発推進政治は町の売り飛ばし政治であった。
 
 投機主義の一掃へ 金が入って寂れた上関町
 そして中電は、漁業補償金などの一時的な金をあてにさせる投機主義をあおってきた。補償金は常識的には60億円程度というところを125億円という破格の価格で買収した。現在は半額しか払わず、あとの半額は埋め立て着工後といわれている。祝島の漁業権裁判と共有地裁判、神社地裁判の決着がつけば、残りが入るといって、推進派には祝島の漁業権放棄に期待を寄せさせる関係となっている。
 漁業補償金は、1人当りの最高額で、四代では2500万円、上関では1500万円といわれている。祝島には5億円余りが供託されており、1人平均で500万円をこえる程度である。全額支払いになればその倍額、四代では5000万円、上関では3000万円となる。もちろんこれは最高額であり、漁協内の格差は大きい。上関などでは、払いつづけた賦金より少なかったという話もある。
 今回の祝島の合併・漁業権裁判のとり下げには、県の働きかけとともに、補償金の動きが関係してくる。中電から見れば、反対の拠点でもっとも被害を受ける祝島が、四代の五分の一、上関の三分の一という、無償譲渡に近い条件で漁業権を渡すように導いた二井県政とリーダーには最高の功労賞という関係になる。
 四代や上関の最高額をもらったような漁民にとって、中電が支払ったのは大きな額である。しかし中電がそれによって実際的に買いとったのは、上関全町であり、内海漁業全体である。町が廃村になり、しかもミサイル攻撃の標的になるようなことでは、なんの保障もない町民はたまったものではないが、最高額をもらった漁民も得をしたなどといってはおれない。祝島漁協が、24年の誇りを貫き、魚価は他の漁協の半値以下というような不明朗経営を解決して、漁協合併、漁業権放棄の決定を撤回することは、全町の命運がかかるとともに、全瀬戸内漁業、全国民的な死活の関心事である。
 漁業補償金がすでに数十億円入り、四代の土地も十数億円が入り、町には環境調査にともなう交付金が入ったが、町は寂れた。金がないから寂れたのではなく、金が入ったから寂れたのである。寂れさせるための金だったのだ。働く以外に町が栄える道はないのである。廃村の道を転換するには、この「金がすべて」の拝金主義・投機主義を一掃して、いかに困難でも漁民、町民団結による生産による地道な振興の道に転換する以外にない。
選挙において、推進派と反対派が何議席になるか以上に、町民が町の進路についての論議を強め、中電と国策による廃村を許さず、町を再建する世論を形で示すこと、それが祝島の裏切りの流れの撤回にも力を与えることなる。
 
 最先端の攻撃との斗い 全国の町村も共通
以上のような上関町の廃村の危機は、中電が町を乗っとり、町を売り飛ばす政治が実行されてきた結果である。廃村の危機は、全国の町村で共通するものであり、上関町は原発問題が絡んできわめて典型的な地方破壊となってあらわれている。したがって、これを押しとどめる力を発揮するなら、同じような境遇におかれる全国の農漁村をひじょうに激励することになる。原発計画のある上関だけが特別に程度が悪いところではなく、全国の縮図であり、先端の攻撃にたいするたたかいをしてきているのである。

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