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箱物暴走の中尾市政1年
              下関 市民生活の困窮に拍車    2010年3月3日付

 下関市では安倍代理の江島市政を打倒し、中尾市長が誕生した市長選から1年がたった。ところが「あの市長選は何だったのか?」というほど公約破棄のオンパレードで、江島政治を丸ごとひき継いだ箱物・暴走劇が繰り広げられている。新庁舎建設その他に200億円を使う箱物プランが動きはじめ、150億円を投じる下関駅にぎわいプロジェクトも本格始動。大不況で市民生活が窮乏化しているおりに、残り250億円の合併特例債(平成26年度まで)を使って、政治家や銀行がハコモノ三昧に明け暮れている。下関市政をめぐる1年と現状を振り返ってみた。
 3月議会がはじまり、中尾市長が「元気・実行!下関」とネーミングした来年度予算案が発表された。「建て替えない」と叫んでいたはずの市庁舎整備に着手するほか、「下関駅にぎわいプロジェクト」に来年度だけで25億円が盛り込まれた。開発ビルや新たな南口開発をはじめる。江島―疋田コンビのもとで下関の箱物事業を食い荒らしてきたパシフィックコンサルタンツ社の関与が疑われる乃木浜総合公園のソフトボール球場整備等の事業には5億円、人工島関連には9億8100万円。ほとんど姿を見ないが、路上喫煙禁止で警察上がり3人の雇用確保として1000万円。満珠荘は民間経営の別物施設に改修するために総額5億4100万円を見込み、そのうち来年度は6700万円を見込んだ。
 サンデン交通への補助金も大判振る舞い。教育分野では社会教育複合施設の管理運営業務に3億8000万円。幡生ヤードに教育センターを建設する費用も計上され、新博物館の建築や展示基本設計には9100万円が計上された。長府功山寺前に建設する新博物館は、山口銀行の子会社である三友株式会社から3億円で用地を買収して建てるといい、3月議会にはその支出を求める議案が出された。イズミを誘致した川中の区画整理事業には14億3000万円がついた。江島政治の続行宣言となった。

 新庁舎整備に約200億円 公約次次と投げ捨て

 多くの市民を驚かせたのは、2月中旬に新庁舎建設その他の施設整備に総額で約200億円を投じる案をブチ上げたことだ。「庁舎は建て替えない!」「このご時世に借金をして社屋を建て替える経営者がどこにいますか!」「不要不急の箱物よりも市民生活が第一。私は市民起点です!」と叫んでいたのから1年。「大嘘をついてごめんなさい」と謝るのかと思ったら「やみくもに“建て替えない”と言っていたのではない。私は公約違反と思っていない」と怒り出す始末。
 現在の本庁舎(8階建・床面積8800平方b)は耐震補強・改修を30億円かけて実施し、1階フロアや議会棟は解体すること、教育委員会棟、保健所棟を解体した場所に、新たに9階建ての「市民サービスセンター」(9階建・1万9000平方b)を67億円かけて建設する壮大な計画だ。人口減少率が全国の同規模自治体のなかで5本の指に入る自治体が、2倍の市役所をつくる。玄関前の広場にはサンデンバスが入れるスペースも設けるという。
 消防庁舎は唐戸市場に隣接する旧第四港湾建設局跡地に30億円かけて新設。消防跡地には350台収容の立体駐車場を16億円かけて建設するとした。教育委員会は旧図書館へ4000万円かけて引っ越し、仮住まいした後に、幡生ヤードに建設する「教育センター」へ本拠を構える。勝山公民館も建て替え、新たに複合施設として保健センターを併設することも発表した。
 現庁舎の耐震補強・改修、市民サービスセンター、立体駐車場、消防庁舎の建設費用だけで143億円。保健センター、教育センター、菊川総合支所、豊田総合支所、豊北総合支所の建て替えに55億5000万円かけるとした。総額で199億円もの巨大プロジェクトである。江島市政が打ち出した203億円の箱物プランと同規模になった。このままいくと、現庁舎を補修する30億円はムダ扱いとなり、「プラスして67億円でサービス棟を建てるぐらいなら、現庁舎は解体して、100億円かけて新庁舎を建設した方が得ではないか」と展開していく伏線まで見え隠れしている。
 まぎれもない公約破棄なのに、「そうは思わない」と開き直りをして突っ走る。後援会員には、選挙後も会費2000円を払えと振込用紙が送りつけられたりしているが「金ばかり欲しがって、やっている事は公約破棄ではないか」と激怒している人人も多い。就任1年にして早くも「大嘘つき」の烙印が押され、愚弄された有権者のなかでは「公約を守る気がないなら辞めろ」の声が強まるばかりである。
 就任後、あるかぽーと開発も「白紙撤回」を含む代替案を蹴って江島案を選択。「芝生公園にします!」といっていたのが何だったのかと思ったら、ペンギン御殿の横にできた犬猫侵入禁止の芝生部分であった。行き詰まっているものの、大和リースが商業施設と高級ホテルを建設するプランをそっくりひき継いだ。
 「老人休養ホームとしての早期再開」を公約にしていた満珠荘は、江島市長が連れてきた建築会社に随意契約で5億4000万円で受注させ、完成後は海峡ビューの付帯施設として民間経営者が参画する予定。これも当初の予定通りに江島案をひき継いだ。唐突に総合支所の機構改革(一四課削減)を打ち出したり、公共事業を前倒しする公約など、次次と投げ捨てがはじまった。
 そして、退場するはずだった江島氏は選挙を応援した見返りの一つとして海響館の運営母体である海洋アカデミーの理事長、観光コンベンション協会の会長ポストを確保し、道筋をつけてきた利権事業も“見直し”とはならなかった。新しい市長がバトンを受け、なんのためらいもなく江島市政の踏襲で走りはじめる、すなわち自民党安倍派・林派の代理人として機能しはじめたことに、みなが怒りを感じはじめることとなった。

 「市民派」議員も与党面 飼い猫の市議会

 これにたいして市議会がどうなっているかというと、議員の劣化もひどく、当選したら自分のことばかりで飼い猫とネーミングされて久しい。市長選後は「新庁舎を建て替えろ!」の大合唱をして、まるで市長と議会がもめているような素振りをしていたが実はサル芝居で、同時進行で「中尾を全面支援する」を決定し、両者は円満に手を握っていた。まさに公約破棄のエスコート役をこなしただけであった。
 最近の特徴では、保守系会派のなかでも「中尾市長を支える会派」を自称する関政クラブが上り調子で、3月議会では「日共」議員団、JR西日本、三菱、神戸製鋼など労組ダラ幹クラブの市民連合などと組んで、各常任委員会の委員長ポストを確保した出来事があった。中尾陣営で旗を振った松村正剛議員は、選挙後に自民党与党会派の仲間入りをはたし、今回念願かなって経済委員長のイスに座った。建設委員長には異儀田議員、文教厚生委員長には山下議員(市民連合)が就いた。文教厚生委員会の副委員長ポストには田辺よしこ議員。建設委員会の副委員長には「日共」大田議員がつくなどした。
 副議長選挙でも「関政クラブが15分前になって協力できないとハシゴを外した」とかで、裏切られた志誠会がてんやわんやしている隙に、林真一郎議員(関政クラブ)がポストを得た。保守系二軍会派とバカにされていたのが、モノ欲しさの革新系を取り込んで躍進し、これらが引き続きハコモノ行政の補佐役をこなしはじめた。
 「江島批判派」の仮面をかぶって市民運動潰しばかりやっていた連中がこらえきれず、正真正銘の与党面をして同じ事をやるのである。これに広告料でお世話になっている新聞社や、会費一万円で議会や執行部と飲み会をしている商業マスメディアなどがテコ入れする関係になっている。
 さらに、市長選で「市民派」顔してまぶりついた汚れ選対の連中が、公約を守らせるのではなく、破棄し続けることを支持するというインチキもあらわれた。自分が行政ポストに就いたり、市関連の役職その他をもらえば満足とか、「ワシの市長」といって口利きの特権を得ようとしたり、勘違いも進行中。大きくは安倍・林代理の体制をひき継ぎ、その端っこで中尾与党勢力が「江島の取り巻きがイイ事するのは許せないが、ワシらなら良い」と私物化していくデタラメさも評判になっている。

 縛るのは市民運動の力 箱物暴走やめよ

 下関市政を巡っては、箱物三昧だった安倍代理の江島前市長が打倒され、「市民派」の装いで登場した中尾市長へのチェンジを余儀なくされた。その4年前の市長選では、自民党幹事長をやったり、上り調子だった安倍代議士が、死に体の江島氏を強引に丸抱えして得票率19%でごり押ししたが、今回は衆議院選が直後に控え、市民の運動がかつてなく盛り上がるなかで実施され、4期14年をへた江島市政は幕切れとなった。
 それにしても下関では嘘つきが市長になって、へっちゃらで市民を裏切るのがパターン化している。その先がけが江島前市長で、95年当時、日本新党から「市民党」を標榜して登場。反自民といって票を集め、その実態は元から安倍派が正体で、反自民票と自民票の両方を集めて当選するというテクニックを見せた。「国民健康保険料の値下げ」「沖合人工島を考え直す」などの公約も反古。信義とか公約とかを大事にするものと考えていたら大間違いで、嘘でも何でも票をたくさん集めれば勝利、だまされた人間の自己責任という調子で安倍代理が市長ポストを手に入れた。
 下関の人間がこれを新型人間と驚いていたら、その後は世界ではオバマが「チェンジ!」とうそぶいて大統領になり、民主党は「国民の生活が第一」と大嘘をついて与党ポストをとり、下関では中尾市長のような人物が出てくる。選挙は嘘つき大会であり、ホラ吹きの見本市かと思わせる。時代の10年先を行く、市場原理選挙の先駆けであった。
 そして江島市政の14年で下関はさんざんに疲弊してしまった。安倍氏が総理大臣になって、下関は栄えるどころか、不可解な箱物事業が増大し、外部業者ばかりが受注。市民生活の窮乏化がすさまじい街へと変貌した。自由競争というが、地元中小企業はダンピング競争をやらせて、大型箱物は神鋼とかの安倍・江島グループ、政治ブローカーの疋田善丸氏の関わりが取り沙汰される市外大手が満額で奪ってきた。
 街の窮乏化は少子高齢化や人口減少率、さらに生活保護世帯の数や児童手当の受給率が全国でもダントツであることが証明している。人人が貧しくなるのと対照的に観光や都市開発ばかりに熱を上げたのも特徴だ。「一将功なりて、万骨枯れる」というが、「一将功なり損なって、万骨だけ枯れた」であり、ハコモノ栄えて街は廃れた。
 恐怖政治・聞く耳持たぬ強権政治で、親分が北朝鮮問題で経済制裁と叫んでいる間に経済制裁をやられたのは下関市民の方だった。労組の連合から公明、経済界をはじめ市役所から警察、暴力団までを配下において絶対的支配を保つ構造で、江島市長が市民からいくら嫌われても安倍派に認められたら市長になれるという神話ができてきた。
 しかし市民の怒りと運動によってこの力が崩壊し、最後まで執念を見せていた江島前市長は引退。中尾市長登場の原動力になった。
 1年前、市民は安倍・林代理の江島市政が体現してきた新自由主義市政による下関破壊をひっくり返すたたかいとして燃えた。全国先端でさんざん破壊したのにたいし、郷土愛と公共性に立った市政を打ち立て、下関を再建するために複雑怪奇な選挙をたたかった。
 200億円もかけるような無駄遣いをやめ、市民生活に役立つものに予算配分を優先的につけること、就労の場をつくり、子どもを産み育てる環境が整って定着するようにすること。わざわざ市外大手が持ち逃げするようなカネの使い方をやめ市内業者に仕事を回すこと、大型箱物ばかりに注ぎ込んで中小業者ができるような仕事の量が減ってきた関係を改めること。観光依存ではどうにもならず、歴史的蓄積がある水産など含め、物作りそのもの、市民生活と直結する産業自体を振興して地域経済の活性化につなげること、郡部は総合支所などはもっと権限を持たせる形で、農漁村を中心にした地域全体を責任もって振興できるような施策をすることなど、様様な要求を突きつけ候補に約束させた。
 さっそく安倍・林代理、山口銀行など背後勢力の代理人として暴走をはじめた中尾市政にたいして、市民の運動を一段と強いものにし、縛り付けて政策を実行させることが求められている。下からの市民運動の力が決定的となっている。

 

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