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破産した上関原発推進策動
本紙記者座談会
             民族絶滅の象徴断念せよ    2010年8月25日付

 中国電力の上関原発計画は昨年9月に田名埠頭(平生町)で祝島住民らがブイ搬出阻止行動に決起してから丸1年が経過しようとしている。「原発はできるのだからあきらめろ!」と中電は1昨年から大がかりな工事着工パフォーマンスにとりかかり、懸案だった祝島崩し、すなわち漁業権問題の決着に乗り出したが失敗に終わっている。1昨年秋に二井知事が出した埋め立て許可はフライングの無効であることが暴露された。さらに全国の立地点に前例がないほど点在する未買収地の問題も残したまま、飯場建設や取水口工事など一連の「工事」は完全にストップした状態が続いている。自民党売国政府が退場したのちの民主党政府は引き続き原発推進で突っ走るが、上関原発の推進は二十数年前の振り出しに戻り、破産している。町内はもちろん、全県、全国の世論を結集して原発断念に追いこむところへ来ている。記者座談会をもって論議した。
  この間、頓挫している最大の要因は祝島の漁業補償金問題だ。5月の「供託金没収」をめぐる対決がヤマを越してからというもの、あれほど祝島にプレッシャーをかけていた県漁協も二井県政も中電も、どこに姿をくらましたのかと思うほど存在感がない。それまで全力投入で元県農林水産部の審議監が出てきて恫喝したり、県漁協幹部や瀬戸内海区調整委員長の大西氏(上関)あたりが執拗に祝島介入を試みていた。ところが崩せなかった。業を煮やした中電からも偉い人が祝島に出向いて「お願いします」とやったが上陸阻止され、五月以後はパッタリと動きが止んだ。
  中ノ浦地区にたいして「3月に建設する」といっていた飯場計画も5月に延期になり、その後は「7月に延ばす」といい始め、もうじき9月になるというのに音沙汰ない。祝島の様子を見ながらといった感じだ。2月の町議選で「推進派が圧勝した」というが、何の意味もなかった。
  押しよせていた町外業者も「だまされた…」と恨み節を漏らしながら退散していった。町内でも山谷議長の民宿に調査員が宿泊しているくらいで、あまり見かけなくなった。中電の原発工事をあてにして公共工事からシフト替えしていたといわれる井森工業(柳井市)は、おかげで見こんでいた受注量が激減して21年度決算は大変だったとか話題だ。平郡島でケーソンをつくっていたのもストップしたと話になっている。下関辺りから下請で入っていた業者も、わざわざ出向いて足止めをくらっただけでブツブツいいながら地元に戻ってきた。1年前に「原発はもうできる!」と大騒ぎしていたのが何だったのかと思うほど、おとなしくなっている。
  原子炉設置許可申請を出したといって「準備工事をはじめます」といって、さも手続きが進展しているかのような大芝居を打った。二井知事が埋め立て許可を出し、中電が補償金の残金を支払い、最高裁も祝島は管理委員会の多数決に拘束されるという判決で祝島の漁業権はなくなったような振舞をした。それは「祝島は原発はできるのだからあきらめて補償金を受けとりなさい」という大芝居だった。中電としては祝島をだまして落とし、「祝島が崩れた!」といって地権者をあきらめさせるという手順だった。
  中電は祝島との関係では、28年間まったくお願いにも行っていない。交渉のテーブルにもついていない。祝島の籠絡は平井前知事、二井知事の役目だった。その中心は、漁業権放棄だ。漁業権の問題は県の行政権力を使わなければ手も足も出ない。そして漁業交渉も、祝島の漁協総会で3分の2の議決をどうとるかからはじめるのではなく、補償金を出してとるかとらないかからはじめた。補償金をとって、そのあと漁業権放棄の総会をやるという逆の手順だった。金を出せば落ちるという漁民を蔑視したやり方だった。
 
 工事止まったまま 生きている漁業権に確信深める祝島

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 二井知事の埋め立て許可から1年たっても工事が進まなかったら無効になるというので中電が夜陰に紛れたブイ設置をやったのが1年前だ。それから1年たっても工事は進まない。中電は「カヤック隊の妨害のためだ」といってきた。しかし祝島の漁業権が生きているからだというのが全町の世論になっている。中電としては「祝島の漁業権は共同管理委員会の契約でなくなっている、だから祝島はあきらめろ」というスタンスでやってきた。祝島の漁業権が解決していないからというと、ウソをいって踊らせたということになり、祝島を活気づかせることになる。
 下請の町連協も「外部の環境保護団体が原発工事を邪魔する」「カヌーのせいだ」といっていた。推進派も反対派も祝島の漁業権問題には一言も触れずタブーになっていた。しかし一番の要因は漁業権問題なのだ。海上保安庁の職員が「祝島が漁業権を手放していないのだから、警察や海保が“妨害排除”などと手出しできる代物ではない」といっていたというが当たり前だ。
  祝島の島民のなかでは「漁業補償金を受けとらなかったら原発はできない」の確信が深まっている。昨年九月のブイ搬出で、婦人たちが中心になって下から粘り強い阻止行動を起こしていった。それが突破口になって補償金受けとりも拒み、現実に原発工事をまひさせた。28年頑張ってきて、いまさら二束三文の補償金で負けてたまるか、という思いは島民全体のなかで圧倒している。それが長島側の反対住民にも呼応しているし激励してきた。
 C 祝島には総額で10億8000万円の漁業補償金があてられたが、漁業権放棄に応じておらず、交渉のテーブルにもついていない。それを107共同漁業権管理委員会の多数決といってゴリ押ししたツケが、5月の供託金没収というタイムリミットが迫るなかで噴き出した。国庫への没収期限が迫っているのに慌てたのが二井県政や山口県漁協で、一昨年から大騒動して「受けとれ!」と恫喝してきた。いまにも工事がはじまるような素振りとセットだった。
  直接の契機になったのは08年11月。2000年から争われていた『漁業補償契約無効確認訴訟』について、最高裁が広島高裁判決の「(祝島の)組合員は管理委員会の決議に基づく契約に拘束される」という表現の判決を踏襲して上告請求を棄却した時期からだった。判決は祝島の漁業権がなくなったとはいっていないのに、「祝島の敗訴」といって騒ぎ、祝島の漁業権はなくなり、原発はできると騒いだのが中電、二井県政だった。「条件は整った」といって埋め立て許可を出したのが二井県政で、おかげで「埋め立て許可から半年以内に残り半金支払い」の約束をしていた中電も、09年の夏頃には七漁協の組合員にたいして、“鼻先ニンジン”していた残りの漁業補償金を支払ってしまった。
 しかし祝島が屈服せず「受けとらない」と二度も議決を上げて拒否した。漁業権の変更をできるのは二井知事でも最高裁でもできない。それができるのは漁協総会だけだ。だから推進の7漁協もそれぞれ総会をやって漁業権変更を決議した。祝島の漁業権は、祝島の総会で3分の2の議決を上げる以外には変更できない。二井知事は埋め立て許可を出せば逆らえないとタカをくくってやったが、それが大変なドジとなった。
  供託金没収の期限となった5月に県漁協本店が祝島支店の議決を無視して、供託金を引き出すという超法規行為に及んで今日に至っている。一連の過程でもっとも慌てたのが二井県政で、埋め立て許可(知事認可)無効が決定づけられること、没収になれば県水産部が下請してきた漁業補償交渉は振り出しに戻ることから、なりふりかまわず県漁協を使って引き出した格好だ。漁業権問題は中電というより二井県政が「ワシの担当」として請け負っていたが、二井知事のおかげで30年近い上関原発推進の県の努力を水の泡にしてしまった。県民から見れば「あっぱれなドジ」ということだ。
 C 県漁協は所有権が確定しない補償金を県漁協の所得として計上し、法人税として3億7800万円を納めて祝島に負担させると脅し、一方では「受けとりを議決して個人配分をすれば修正して応分を還付できる」「税金の修正可能な期間が1年間、減免措置が適用されるのも1年以内(来年3月)」といって延長線に持ち込んでいる。
 
 28年騒動し進まず 諦め待つだけの中電・県 推進離れ急速

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平井、二井知事と中電は漁業権は共同管理委員会の多数決でよいという立場を長年貫いてきた。そして7漁協には補償金を配分してしまった。しかし、祝島の漁業権は未解決のままで、埋め立て工事はできないのだ。8年騒動して、祝島は崩れないし、当初と同じままであり、何も進展しなかったわけだ。二井知事と中電は、祝島を崩すためにあと何十年もかけるつもりか、断念するかというところへ来ている。
 B 祝島では漁協支店の運営委員不在の状態が続いている。漁協合併後、「合併によって山戸氏は運営委員になってはならないと約束したのだ」と県水産部が指導し、そのもとで発足した運営委員会が推進派に乗っとられ、「漁業補償受けとり」騒ぎにまで発展したことに島民の警戒感は強い。県漁協が「盆以後に運営委員を選出する」と動きを見せていること、それに対する対応も注目されている。
  いずれにしても祝島の漁業権を放棄できるのは組合員の総会だけで、総会による3分の2の議決と契約の印鑑、さらに補償金を受けとった事実がなければ漁業権交渉成立とはならない。海上で抗議行動をすれば1日500万円支払えと裁判に訴えたり、証拠写真を撮って祝島住民らに4800万円支払えとやったり、最近では陸上行動もするなと提訴したり裁判ラッシュで恫喝しながら、あきらめるのを待つしかないのが中電だ。
  町内推進派のなかでも、「工事が止まったのはカヌーのせいだ!」が通用しなくなっている。「やはり祝島の漁業権が一番の問題だ」と話されている。そして「柏原(町長)は祝島との融和を掲げて出てきたのに、何もできていないじゃないか」と柏原町長に不満をぶつける流れもある。
  推進派は2000年代に入って片山元町長が引っ込んで柏原町政に移行し、原発計画をもってきた加納派が主役に躍り出た。かれらは主には祝島崩しの使命を課せられていた。これが使い物にならなかったという結果だ。5月の攻防の際、推進派が1000人集会を開いて柏原町長がすごい形相で怒鳴っていたが、そういう心境のあらわれだろう。
 C 推進派も町連協は解体したも等しい状況で、組織が瓦解している。事業協同組合をつくって中電から仕事をもらおうといっていたが、相手にされず町外業者ばかりが分捕っていったのも1年前の事だ。工事に地元業者が孫請で入ったものの、叩かれてもうけにならないと嘆いていたが、それどころかストップがかかって仕事がない。入札までして下請孫請まで決まって、そのための投資もしているのに、いまでは中電は何の説明もしないし、振り回されるだけだと頭に来ている。推進派にたいして中電が冷ややかな対応になっていると話されている。補償金をもらった漁業者の推進離れも急速だ。
  計画浮上から28年たって原発終結が問われている。昨年末に中電は無理を押して原子炉設置許可申請を出したが、祝島は漁業補償金受けとりを拒否し、土地問題も山積したままで工事は頓挫。完璧に立ち往生している。
  土地問題にしても、山戸氏が柏原町長の親戚のお婆さんを引き取って得た土地などは、本人の単独所有以外にも清水町議に分けていたり数十人に分割していたりで、そのなかには祝島住民や広島の秋葉市長など様様な地権者がいる。一坪地主以外にも売却に応じていない地権者はいる。それらの行き詰まりを隠蔽しながら、推進派も反対派も争点をぼかした「対決」をしてきた。原発が止められるところまできているのに、誰もそのことを言わないし、行き詰まると商業マスメディアも巻き込んで「スナメリ」「カンムリウミスズメ」「ナメクジ」とかの稀少生物が登場して、空中戦で暇つぶしをしている期間だけでも10年たつ。
 
 日本社会潰す象徴 背後には米国のエネルギー戦略

  原発は国策として国主導でやっている。アメリカのエネルギー戦略に従ってやっている関係だ。オバマが「グリーン・ニューディール」といい、石油産業利権から原発利権にシフトして大不況の起爆剤にしようといった調子だ。自民党が倒れたら、今度は民主党が原発推進の旗を振り始めた。最近では世界中の科学者に大ウソだと断定されている「地球温暖化」を騒ぎ、何でもかんでもエコだというが、放射能が炭酸ガスよりクリーンなエネルギーだと、被爆国の日本で平気な顔をしていう。
  28年間の上関をみてもわかるように、原発というのは、いったん爆発したら国土は壊滅する、後は野となれの亡国政治の象徴的なものだ。それは農業や漁業をつぶし、製造業まで海外に移転してつぶし、次代を担う若者には職がなく、職があっても妻子を養えないようにし、教育も学問も文化もガタガタで、医療や社会保障や年金もあてにならない。まさに日本社会をつぶしてしまうという、アメリカが第二次大戦でやってきた、日本民族絶滅作戦の一環といっていい。
 原発はまさにヘッジファンドのような強欲資本が自分のもうけだけを徹底的に追求するような政治のシンボルだ。原発1基でだいたい4000億円規模の金が動くとされているが、もろもろの費用を含めればもっと膨らむ。いまやっているのは、サブプライム破綻後の原発利権というだけだ。さらに、ミサイルの標的になる原水爆戦争のシンボルでもあり、地方破壊のシンボルでもある。売国・亡国政治のシンボルだ。
 E 原発は国策だ。推進しているのは町内の推進派だけでも、中電だけでもなく、県が前面に立つ形で、国策として進められてきた。あらゆる金力、権力、マスコミ、政治勢力までフル動員だ。だから祝島のなかや、上関町内のなかで喧嘩をしたり、狭い範囲で運動しただけでは勝てない。全県、全国レベルで考えたら、原発反対が圧倒的に強い。
 県内では岩国に空母艦載機部隊を移転して極東最大の米軍基地を置き、日本をアメリカの盾にする最前線基地にしようとしている。その庭先に位置している上関にミサイルの標的をつくるのだから起爆装置みたいなものだ。
  岩国では中電より遙かに強い米軍を相手に住民たちがたたかっている。漁業を守れでたたかう全県漁民も上関に熱い眼差しを注いでいる。上関原発は祝島なり上関町民が住めなくなるだけにとどまらない。都会では30代のホームレスが増え、田舎も戦後からこの方の農漁業破壊。原発は山口県、日本中を廃墟にし、インディアンと同じような日本民族絶滅作戦の象徴だ。
  追いつめられているのは中電、国、県の側だ。祝島の漁業補償金の受け取りを断固拒否するなら上関原発計画は終焉となる。権力、金力総動員の攻撃に対して、それをうち破る力は全県、全国の共同斗争だ。上関原発はいまや決着をつけるところへきている。「おもしろきこともなき世をおもしろく」は高杉晋作だが、上関原発破綻となると、日本中を明るくさせることになる。

 

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