トップページへ戻る

働く者をつぶすピンハネ政治
江島市長の規制緩和
            中小は競争、大手は談合  2005年3月5日付

 下関市長選を迎えるなかで、「働く市民が食っていける下関にせよ」という要求は切実であり、市民が食っていけないようにすることを手柄にする江島市長への怒りが渦巻いている。労働をして生産し、富を生み出すものが、仕事がなくて失業か半失業のようになり、仕事があっても妻子を養えないような状態にある。江島市長は、「自由競争」「効率化」をかかげて、全国の先頭を切ってダンピング入札政策を導入し、地元業者をさんざんなたたきあいにおとしいれ、その一方で大規模な事業は神戸製鋼所などの大企業が競争なしで奪い、実際の建設作業はまるまる下請にやらせて、リベートだけをとり、下請は孫請、またその下請となって、ピンハネの重層構造がつくられ、実際に建設をするところは、経営は成り立たず、労働者は妻子も養えないホームレス労働状態となっている。江島市長が実行するグローバル化、規制緩和、市場原理主義というのは、時代の先端などというものではなく、大きな企業が小さな企業を食い物にし、労働を好き勝手にしぼりとる意味であり、道義も信義もない詐欺、略奪のような野蛮時代の再現であることを教えている。
  
 昼は建設、夜は生産ラインの労働者
 市内のある土木現場の火の気一つない事務所で、20〜30代の建設労働者がこごえながら弁当をほおばり、仕事や家族のことなど話していた。「Aも生活がやっていけないから下関から出ていった。Bは家族と離れて、県外の方が仕事があるといって九州に流れていった」と、妻子とも離別して行方がわからない同僚の話、別の業種にかえたもののうまくいかない友だちのことなど、苦労話は尽きることがない。
 若手の一人は、「鉄骨工事も五年まえはトン当り1万5000円の単価はあったが、いまは1万2000円で2割安くなっている。5年まえより休みがないくらい忙しいのに、給料は下がりつづけている」と話し、働いて富をつくり出しているものがなぜ食っていけないのかと怒りをぶつける。
 高校を卒業してすぐ、道路舗装の下請会社に飛びこんだという24歳の若者は、「日給月給の8000円で、雨が降れば仕事はない。いまは年度末だからまだいい方。給料が少なすぎてやっていけないから、両親といっしょに住んでいる。先輩の1人は必死で子どもを育てているが、もう1人は離婚した」と、職を手にしているものの家庭を養う自信が持てない。
 アスファルトの油で顔や手を真黒にした40代の熟練労働者は、長年つちかってきた技術と労働があるからこそ、いい道路ができると誇りを持ってきた。「それなのになぜ、ボーナスはカットされて給料は半分近くまでへらされるのか」と語る。給料のことで家ではかあちゃんとケンカにもなり、はらわたが煮えくりかえる思いをしている。
 昼間の建設現場が不安定なため、夜は派遣会社から食品加工や生産ラインに入る人たちがふえている。どこの職場でも失業、半失業の「食っていくことができない」というギリギリのところに立たされている。

 地元商店街にも大打撃 金回らず自殺や倒産も
 それは倒産や自殺者があいついでいる商店主も共通している。大多数の労働者の賃金がカットされ、生活破壊がおこなわれることから、購買力がない。そのうえに、郊外型大型店が乱立することとなり、地元商店街には金が回らなくなった。
 大型店の上位・35店(増床予定も含む)だけで合計20万平方bと、1%の大型店が全店舗面積の7割を占有している。旧市内の小売業商店はピーク時の1979年には4667店あったものが、2002年には2949店と1718店も減少し、茶山など商店街の3分の1が消滅してなくなった。さらに江島市長は「あるかぽーと」に、税金を使って複合型商業施設を誘致している。
 大型店の乱立は、直接には商店街を淘汰(とうた)させるが、それだけではなく水産物、農産物の市場を成り立たなくさせ、農漁民、製造業者を買いたたきで成り立たなくさせている。水産加工で働く労働者などは、派遣労働なる人入れ業で、重労働で体を酷使しながら、大型店のピンハネで苦しんでいる。
   
 ダンピングに拍車 電子入札を導入
 下関市では江島市政が、2002年8月から条件付き一般競争入札と電子入札を導入して、ダンピング入札政策をとった。電子入札は、「構造改革」をとなえた小泉首相が登場して、地元の横須賀市でスタートさせたのにつづいて、安倍官房副長官(当時)の地元で江島潔市長がまねたものである。さらに昨年六月からはダンピングのボーダーラインとなっていた最低制限価格をとりはらい、地元業者のあいだでは底なしのダンピング競争がはじまった。
 これは1990年の日米構造協議で、日本の建設業界がやり玉のターゲットにされてはじまった動きでもある。公共事業では明治政府から100年にわたり、指名競争入札がとられていた。これがグローバル化にそぐわないと決めつけて、米国流の一般競争入札にやりかえて、大企業やゼネコンだけが一人勝ちするシステムに変えた。アメリカとのあいだで内需拡大のために今後10年間に430兆円(のち630兆円に引き上げ)の公共投資をおこなうこととあわせ、“不透明な公共事業入札を是正する”との約束がおこなわれた。不良債権をかかえたゼネコンと金融機関から、日本の税金をアメリカが吸い上げるためのものであった。

 大手が地方の仕事奪う 地元業者潰す制度
 規制緩和によりゼネコンと地元大手、中小零細業者と分けられていた公共事業の垣根がとりはらわれ、地方の小さな仕事にまでゼネコンが食いこんでくるようになった。東京のゼネコン本社から、全国どこにでも電子入札で参加できるようになった。国内だけでなく米国資本でもインターネットによる国際入札で参加可能なものである。江島市長の電子入札は、地元から嫌われるがアメリカ資本や大企業からはほめられるものであった。
 下関市に電子入札が導入されて1年後の2003年4月から8月まで5カ月に、市が発注した2000万円以上の公共事業を見てみると、そのすさまじさがよくわかる。54件(総額・53億5000万円)のうち、ゼネコンや大企業が落札した2億円以上の発注は7件で、金額ベースで見ると33億3000万円(62%)を占めていた。ゼネコン、大企業の7件の平均落札率は96・9%となっており、電子入札が導入されても談合をつづけていることがわかる。全国の建設業者・57万社のうち、スーパーゼネコン、中堅ゼネコンといわれる50数社が、日本の40兆円といわれる公共事業の90%前後をぶんどってきた。
 これにたいして下関市内の中堅業者が入っている2000万円以上〜5000万円未満の工事は、件数では32件と6割を占めているが、金額ベースで見ると12%(6億4000万円)しかなかった。32件の平均落札率は77・1%で、最低制限価格である75%台のものが27件にのぼった。12%の狭い予算枠に、多いときは1件の入札に38社が殺到して、たたきあいをしていた。建設業者は旧市内だけでも1000社以上もあるうえに、2003年10月には下関建設倶楽部も解散となり、ダンピング競争が激しくなった。地元業者をぶっつぶしたうえで大企業とゼネコンだけが生き残り、失業保険、雇用保険もない失業、半失業の建設労働者をこき使おうというものである。
   
 事業独占する神鋼 下請たたき丸儲け
 下関の業者、労働者はどんなピンハネ構造におかれているのか。下関市では2000年5月の奥山工場ごみ焼却炉を皮切りに、神戸製鋼所九州支社が公共事業をひとりじめにしてきた。奥山工場ごみ焼却炉110億円、リサイクルプラザ60億円、奥山工場管理運営費4億円、リサイクルプラザ運営費2億円、そのほか終末処理場や下水関係など神鋼グループが落札した公共事業は、5年間で200億円をこえる。これらの巨大公共事業の現場ではおぞましいピンハネの実態がある。
 奥山工場ごみ焼却炉やリサイクルプラザは、江島市長の側近といわれる疋田善丸・私設秘書が、安倍事務所の警察上がりの元秘書と組んで、利権事業をすすめてきたといわれる。しかし神鋼は実績がなく、自分ではつくれず、受注しただけで20〜30%をピンハネするといわれる。下請の西松建設へ丸投げするが、そこでやられた孫請、ひ孫請にたいする仕打ちは、略奪や詐欺に等しく、地元経済界を驚がくさせるものだった。
 建築用鉄骨としては中堅のD建工は、西松建設九州支店と約3億円の工事契約を結んで、奥山工場ごみ焼却施設に下請として入った。それから2年ほどしてD建工は倒産した。大きな受注で経営は安定するとうらやましがられていただけに、「そんなバカな」とショックが広がった。わかった事実は、西松建設九州支店から同施設の本契約とは別に受けていた、追加工事分の1億円近くを払ってもらえずに、行きづまったというだまし討ちのようなものだった。
 関係者によると工事の完了は1カ月後に迫っていたが、未払い分は2002年6月初旬で8900万円にものぼっていた。D建工の経営者が資金繰りに困窮して、西松建設に何度も陳情したが、西松建設の所長からは「内容協議のうえ精算をおこなう」と、走り書きの紙切れ一枚が返ってきただけだった。結局払われることはなく「つぎのリサイクルプラザの下請に入れるから、そこでとり返してくれ」と踏み倒された。
 矢のようにくる金融機関の返済や、資材店や孫請から支払い請求は待ったなし。経営者は詐欺まがいの不払いにあっていることを、市議などに訴えて回った。しかし怖くて動けなかったのか、解決のために腰を上げるものはいなかった。とうとうD建工は倒産した。
 関係者によるとゼネコンが引っかけるのは、本契約以外の追加工事ややりなおしの工事で、もし裁判になっても契約書をかわしていないため、下請の中小業者が泣き寝入りせざるをえないケースが多い。ヤクザの手口にも似た、はじめは金を出して安心させて、深入りさせてしまえばあとはただ働きさせて、踏み倒してしまうというものである。地元に根付いて関連会社や下請とも協力しあうことで、信頼をつちかってきた中小業者にとって、詐欺以外のなにものでもないやり方と受けとめられている。

 詐欺隠す為地元を排除 横行するただ働き
 奥山工場やリサイクルプラザの建築や土木にかかわった業者からも「リサイクルプラザのときも西松建設から追加工事をやらされ、トラブルになると担当者がかえられた。かわりに九州から連れてこられた人が“そんな話は聞いていない”と、まるで話にならなかった」「追加工事をやらないと拒否した小さな業者のなかには、暴力団風の人たちから監禁されてボコボコにされたという人もいる」など、およそ自由競争などとは縁もゆかりもない、力ずくのただ働き労働が横行することとなった。
 地元業者ではなくよその業者を選ぶのは、リベートをぬきとってもばれにくいからというのが常識といわれている。地元業者と労働者を食い物にして得た巨額なピンハネから、江島市長の側に流れたという話は何度も流れたが、国税も山口県警も動く気配すらなかった。
 そしてできた奥山工場ごみ焼却炉はトラブルつづきで使い勝手が悪く、いまだに破砕機は旧炉のものを使うありさま。リサイクルプラザも紙をためるストックヤードが使われずに、別に長府の港湾用地にスペースをもうけなければならなかった。効率化どころか、役に立たないものができていく。
 神戸製鋼所は予定価格に近い金額で落札しているうえに、ピンハネの略奪のような下請たたきで、ぬれ手に粟の丸もうけとなった。神戸製鋼所は2002年に売上高約1兆円だったが、2004年は約1兆2000億円と急速に伸びている。その間に株価は、50円から190円と四倍近くなった。グローバル化の市場原理により、規制がとりはらわれたといわれているが、その中身は以上のようなものであった。
 生産するものが食べていけない社会は、歴史的に見て成り立ったことはない。江島市長のはアメリカ式のグローバル化、市場原理、自由競争こそ時代の先端という調子であるが、その中身は、大資本の詐欺、略奪の自由、中小業者の自殺の自由、労働者のつぎの世代を養うこともふくめた生存費にも満たない搾取である。
 歴史上のどの社会も、いかなる搾取者も生産者がいなければ成り立たない。生産活動、人人の労働が社会の富をつくり出し、社会を発展させる原動力であり、時代の先端であることは自明のことである。この生産を破壊し、生産者を食えないようにして、好き勝手な金もうけがはびこる社会は度はずれた時代遅れにほかならない。下関の市長選は、江島市長の労働者ピンハネ政治が鋭く問われることになる。

トップページへ戻る