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平和独立世論のうねり8・6へ
原水禁全国実行委員会
            戦争情勢と立ち向かう力   2016年7月4日付

 峠三吉の時期の原水爆禁止運動を継承する原水爆禁止全国実行委員会は3日、下関市内で全国会議を開き、今年の8・6に向けた情勢と活動方針を確認した。各地でとりくまれてきた原爆と戦争展運動のかつてない盛り上がりとともに、昨年の安保法制の施行につづき、オバマ広島訪問や沖縄の米軍女性暴行殺害事件を機に歴史的な高揚をみせる平和と独立の全国民的な世論に応え、今年の八・六を原水爆廃絶と戦争阻止、植民地的支配からの脱却をめざす壮大なものに発展させ、平和勢力を大結集することをめざして奮斗することで一致した。
 
 対米従属打開の全国的機運

 はじめに川村なおみ事務局長が基調報告を提起した。
 提起では、4月以降の情勢の主な特徴として、初めて広島を訪問したオバマ大統領が「市民を排除し、核攻撃の発射装置を携え、一片の謝罪もなく“死が空から降ってきた”と他人事のような演説をした」という一連の訪問内容が波紋を呼び、「核廃絶」を標榜しながら最新鋭の核兵器の開発に着手する欺瞞が市民から見透かされ、商業メディア総動員の演出にもかかわらず全国的な反発を強めたことを指摘した。
 また沖縄では、元海兵隊員による20歳の女性暴行殺害事件が引き起こされ、アメリカの植民地支配への歴史的な怒りをともなって米軍基地の撤去と安保条約破棄の激しい世論が島ぐるみで巻き起こっていることを強調。6万5000人が結集した県民大会では「海兵隊の全面撤退」が決議され、県民の4人に1人におよぶ20万人を殺戮した沖縄戦から「いまにいたるまで米軍は強姦でも殺人でも無罪放免という屈辱的な植民地支配」は、日本社会の縮図であり、米軍基地は日本を守るためではなく、侵略戦争を意図するアメリカの核攻撃基地であり、ふたたび日本全土を戦場に叩き込むものであることが広範に暴露されているとのべた。沖縄県民の世論は、「本土国民は第二の加害者」といって分断を煽るのではなく、日本全国の共通課題として米軍基地撤去に向けた団結であり、それは「沖縄県下で配布された長周新聞号外『語れなかった東京大空襲の真実』3万枚が県民の強い歓迎を受けたことにも示された」とのべた。
 緊迫する情勢下で、今年も全国各地で「原爆と戦争展」が旺盛に展開されてきた。被爆者や戦争体験者の熱意は増し、青年や学生が学ぶ意欲を高めて積極的に行動に加わるなど昨年に増した反響が広がっている。また、広範な市民のなかに入って真実の声を引き出し、展示物を作成し、市民のなかで旺盛に宣伝していくなど、継続的に活動を担っている勢力への関心と期待も高く、自己主張ばかりし、根底ではアメリカ民主主義を崇拝して戦争体験者を「加害者」といって敵視するような既存潮流とは一線を画した勢力としての深い信頼となっていることを強調した。そこでは体験者は誰憚ることなく真実を語り、誰もが安心して参加できる運動と認知されており、あらゆる欺瞞や圧力に動じない大衆自身の平和運動として発展していることを確信した。占領下の広島で原水爆禁止運動の端緒を切り開いた1950年8・6平和斗争の路線を明確にして活動するなら、国民的基盤をもった平和運動が急速に発展しうる情勢にあることを確認した。
 論議では、各地の活動家から、原爆と戦争展の反響や特徴が活発に報告された。

 戦争展軸に広がる連帯 広島・長崎・沖縄

 広島の活動家は、4月以降の地域や大学での開催を通じて3520人が参観し、新たに280人が賛同者として加わっていること、特に学生や若い母親が行動意欲を高め、スタッフとして積極的に参加している特徴をのべた。
 「約20名の学生が今月からはじまる広島市内での宣伝活動や平和公園での街頭展示に参加する。原爆と戦争展にもかなりの学生が連続的に参加する。パネルの内容に衝撃を受け、被爆者の話を聞いて“もっと学びたい”と共通して語っている。また18歳選挙権ともかかわって、“現実の体験者や市民から学んで、よりよい社会を作るために自分の意見がもてるようになりたい”など意欲が高い。子を持つ親世代や30~40代の現役世代も“願うだけではなく行動しないといけない”“一人一人が声を上げて戦争をしない国にしなければいけない”という問題意識でスタッフ参加を申し出ている。8・6に向けた一連の活動で若い世代が市民や参観者から学び、問題意識を高めて大きな盛り上がりをつくれるよう努力していきたい」とのべた。
 長崎からは、6月中旬に開催された第12回長崎「原爆と戦争展」の反響として、「被爆者や戦争体験者がこれまで以上の熱情をこめてみずからの体験を語り、“伝えていかなければ”という使命感がかつてなく高まっている。原爆投下だけでなく、沖縄戦や新たにパネルになった東京大空襲の真実に触れ、敗戦を知りながら無差別に市民を殺傷する一方で、皇居や三菱などの財閥、軍中枢などは攻撃しなかったアメリカの本当の戦争目的と、戦後も地位を保障されながら国民をふたたびアメリカの戦争に動員しようとする現在の安倍政府の姿がいかに醜悪なものであるかがどの体験者からも共通して語られた。オバマの広島訪問も、“核を懐に忍ばせて叫ぶ核廃絶であり、口先と行動が真逆だ。国民世論でしばりあげなければいけない”と論議された」とのべた。
 学生たちも体験者の意見に学びながら献身的に活動を担ったことや、カナダからきた大学教授も現在のアメリカ国内の格差や貧困の拡大と重ねて、「原爆投下だけでなく全国空襲もまったく知られておらず、世界に向かって伝えるべき内容だ。アメリカが敵視するナチスのホロコーストと同罪ではないか。戦後の言論弾圧も民主主義とはいえない」と激しく共感して運動を世界に広げる意義を強調していったことを報告した。
 沖縄の活動家は、八重山や那覇での展示活動のなかで、新たな賛同協力者は320人を超える規模になったと報告。全国的な安保法制反対運動と連動して沖縄では辺野古への基地建設阻止の運動が強まり、基地工事は一時中断に追い込まれた。石垣・宮古島への陸自配備計画についても「島民を戦争の盾にするな!」「尖閣を戦争の火種にするな!」「国境の島だからこそ平和友好関係を!」の世論が急速に盛り上がり、石垣市議会の最大多数の与党も推進の旗を降ろして条件付き反対に回り、推進決議が否決される事態になっていることをのべた。
 さらに「女性暴行殺害事件が引き起こされ、県民の積もり積もった民族的な怒りが噴出している。辺野古にとどまらず、すべての米軍基地撤去を求める世論と運動はさらに発展するすう勢にある。沖縄と全国の団結は強まり、基地を県外へ持って行けという論調は影を潜め、“核も基地もアメリカ本国に持って帰れ!”が大きな流れになっている」と強調した。
 沖縄県内の原爆と戦争展では、これまで表に出ることのなかった県立第一中学校の動員学徒「鉄血勤皇隊」の体験者が公に体験を語ったのをはじめ、被爆者、激戦地沖縄南部での体験者、沖縄北部や離島での体験者、尖閣列島遭難事件の体験者、戦争遺族、サイパン戦、フィリピン戦線、ひめゆり同窓生の従軍学徒など、広範な体験者が堰を切ったように体験を語ったことを明かした。
 「とくに鉄血勤皇隊、通信隊の学徒たちが語る内容は、沖縄戦の真実に迫るものだった。通信隊員だった人は、激戦地の西原町で一家が全滅し、本人は敗戦を知らぬまま10月半ばまで壕の中に潜伏していたという。米軍の艦砲射撃や無差別爆撃、火炎放射器などの攻撃に反撃する能力は日本軍にははじめからなかった。兵隊も住民も逃げ惑うしかなかった。従来の定説では沖縄戦を“日米最後の決戦”といってきたが、“そんなものではない。生き延びたのは運、奇跡というほかない”という。通信隊はいまの中学2年生で編成されたが、当時日本軍は無線を持たず、すべて有線だったため線が切れるたびにかれらが線を繋ぐ役目だった。はじめから勝負にならず、砲弾の雨の中に送り出された通信隊の犠牲者がもっとも多いという。戦車も米軍の鋼鉄製に対して、日本軍はブリキのような戦車であり、当初から戦争とはいえないほど一方的に殺されるものだったと語られた」とのべた。
 また、南方戦線を経験した将校が「これは大義のない戦争であり、敗戦は必至だ」と訴えて学徒たちを救うために除隊させていた事実も明かされ、「日本軍中枢はなぜこれほど無謀な戦争をやったのか。もっと早く終結すればあれほどの死者を出すことはなかった」と底深い憤りが語られていることを紹介した。「日米支配層が合作で仕組んだ日米戦争の真実が明らかになるなかで本土から来た遺族たちとの連帯意識も生まれ、“被爆者と戦争体験者は団結しよう”のスローガンが歓迎されている」とのべた。
 これまで沖縄と本土を分断するために流布されてきた日本軍悪玉論、沖縄差別論、本土加害者論がいかに沖縄戦の真実をねじまげて体験者を抑圧し、日米政府の思惑に利用されてきたかが浮き彫りになっている。原爆と戦争展の内容で全国の連帯を作り出すことはもっとも重要な課題だと確信している」とのべた。
 岩国の活動家は、オバマ広島訪問と重なる5月中旬に第17回目の原爆と戦争展を市民会館で開催し、「国際情勢をみているとじっとしているわけにはいかない」「米軍基地を日本からすべて撤去するべきだ」「なにか行動したい」という申し出や手紙が多数寄せられたことを報告した。
 周南市でも開催の準備が進んでおり、徳山、下松、光での空襲体験を掘り起こしながら運動を広げていく意欲をのべた。

 体験者の怒り各層共有 平和な社会求め行動

 愛知県の活動家は、展示に訪れた遺族たちが、父親の遺品や戦艦「赤城」の乗員だった兄が残した檄文を携えて訪れたことに触れ、「戦争で亡くなった肉親に対する強烈な思い入れがいまも渦巻いている。それは、これまで戦没者がどこにもまともに扱われなかったからだ。2600人が殺された豊川空襲が語り継がれず、学徒たちの遺体が6年間も穴に埋めたまま放置されてきたこととも重なる。パネルを見て、戦死者を戦争協力者や加害者とみなす偏狭な勢力ではないことに安心して、肉親たちの生きた証と意味を語りかけてくるのだと思う」とのべた。
 参院選の東京選挙区で無名の若い新人候補者の訴えが新鮮な支持を集めていることにも触れ、「戦争体験が根底になって世論を動かしている。改憲についても、戦争体験者が反対しているから反対だとスパッというから支持が集まる。野党共斗は非常にわかりにくい。広範な戦争体験者の思いを結びつけ、表面化させていくこの運動が政治的に大きく作用していることを確信しなければいけない」とのべた。
 山口県の小学校教師は、8月5、6日の広島に学ぶ平和の旅のとりくみのなかで、「街頭カンパ活動をすると、子どもたちが被爆者に学ぶこと、自分のためだけでなく、みんなのためにやっている姿に支持が集まる」とのべた。同時に、継続している教師交流会にも系統的に若い教師が参加しており、PTA役員やスポーツ少年団指導者などを交えて論議が発展していることを明かした。「地域の人人は“組体操禁止などの圧力に負けるな。子どもの力がぞんぶんに発揮できる学校にしてくれ”と口口に期待を語る。教師が学校の中だけで汲汲とするのではなく、地域の願いと常に切り結んでいくことが平和の担い手を作る教育運動にとって不可欠だ」とのべ、8月に向けて父母や地域と団結して奮斗する決意をのべた。
 劇団はぐるま座団員は、広島市内で『原爆展物語』公演のとりくみが例年以上に市民の強い反響を呼びながら進んでいることをのべ、「オバマ訪問についても“たった10分でなにがわかるのか”と確固とした思いが語られる。原爆展を支える賛同者や市民の意識の高さに学びながらみずからを改造し、8・6の一翼を担っていきたい」と抱負をのべた。
 各地で人人の行動意欲の高まりとつながりながら発展する原爆展運動の反響が報告されるなかで、この全国的に沸き立つ平和と独立を求める世論を八・六広島に思い切って結集していくうえでの路線的な教訓について論議は進んだ。
 富山県の活動家は、原爆展のとりくみをサイパンや輸送船に乗って南洋で沈められた戦没者の遺児たちが担っていることをのべ、「現在の安倍政府がすすめる安保法制について“自衛隊にアメリカの戦争の手伝いをさせるなど、戦争を知らぬものがなにをやっているのか!”と怒りをもって語られる。ずっと自民党でやってきたある男性遺族は“もう自民党はやめて無党派になる”とみなの前で宣言していた。“戦争を知らぬ者が!”という言葉のなかには、単純に戦地に行ったかどうかではなく、父親を奪われ、母親や親戚に預けられて育てられた戦後の並並ならぬ遺族、遺児たちの苦労がある。同時にかれらは、農林業を担う生産者でもあり、国の農林業政策のもとで農林業が潰され、田畑も山も荒れ放題になって雨が降れば必ず土砂災害を引き起こすことへの憤りが常に語られる。戦争政策への怒りは、生産活動を潰し、国土を根幹から破壊することへの怒りと繋がっている。学校の校長からも“戦争体験者の話を子どもに聞かせたい”との要望が寄せられている。大衆の幅広い問題意識に学ぶことの大切さを実感している」と強調した。
 大阪の高校教師は、原爆と戦争展のなかで「大阪空襲は焼夷弾だけでなく、艦載機の機銃掃射で1000人近くが撃ち殺されたが、東京と同様に占領軍の命令で慰霊碑が作れず“千人塚”という墓碑が建てられている。敗戦前日の京橋空襲では1㌧爆弾が投下され、600人近い市民が殺害されたことも体験者が語っていた。いかに地域の歴史を知らないかを実感したし、地域の人人の経験と結びついて運動を発展させたい」とのべた。
 昨年とは段階を画して原水爆禁止、戦争阻止の強大な世論が行動を求めて渦巻いており、8・6広島集会を基点とした広島行動を圧倒的な市民とともに成功させ、全国の新鮮な平和勢力を大結集することを確認して会を閉じた。

 

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