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平和の願い総結集する芸術祭典
第2回礒永詩祭実行委
              朗読や劇、絵の出品等多彩   2006年9月4日付

 10月8日に予定されている「没30周年記念・礒永秀雄詩祭」に向けての第2回実行委員会が3日、下関市の福田正義記念館3階でおこなわれた。実行委員会には前回を上回る約40人が参加。山口県をはじめ全国各地から礒永秀雄の詩の朗読、童話の紙芝居や童話劇などでの出演、絵や書、子どもの感想画などの出品の申し出があいついでいることが報告され、詩祭の基本的なプログラムが決定された。また、戦後61年たった日本の現状とあわせて礒永作品への思いが語られ、戦争の罪悪性を体験した世代として生涯真の平和を希求し続けた礒永秀雄の作品を今こそ広範な人人に届け、1000人の会場を一杯にして日本を変える出発点にしようと熱を込めて語りあわれた。

 ”会場を一杯に”と意気込み
 初めに礒永秀雄詩祭を呼びかけた13氏を代表して、下関詩を朗読する会「峡」の野村忠司氏が挨拶に立った。野村氏は「午前中私は、下関出身で社会主義運動に身を挺してとりくんだ山口孤剣の墓参をおこなった。豊前田の福田呉服屋が生家で、神田小の下に墓がある。そして午後はこの礒永秀雄没後30年のとりくみに参加していて、きょう私はとても興奮している。礒永秀雄30年を大事に、充実したものとして盛り上げたい」と語った。
 続いて事務局より経過報告がおこなわれた。そのなかでは、第1回実行委員会以降、ポスター1500枚が下関と山口県内を中心に自治会や商店、学校や市役所・公共施設などに貼り出され、チラシ2万5000枚、礒永作品を収録したリーフレット3000部が作成されて各地で宣伝活動が開始されていると報告された。
 また、前回の実行委員会で「詩祭を礒永秀雄の芸術にふさわしい大衆的なとりくみにし、礒永秀雄の世界を現出する総合的な芸術祭典を共同の事業でつくりあげよう」と確認された方向が共感を呼び、舞台出演や展示部門への出品の申し出があいついでおり、現在23人・団体の出演が予定されていると紹介された。
 現在、事務局で検討されている当日のプログラムの骨子は以下の通り。
 開会挨拶
 「礒永秀雄について」
 朗読「八月の審判」(宇部市・高山秀光)
 朗読「十年目の秋に」
 朗読「さて」(下関市民の会)
 「礒永秀雄の思い出」(旧駱駝同人・西村謙)
 紙芝居「鬼の子の角のお話」(小中高生平和の会)
 作曲した歌のメドレー(萩朗読の会)
 「礒永先生の思い出」(室積中時代の教え子)
 朗読「ゲンシュク」
 朗読「虎」
 大型ペープサート「アオイ貝のうた」(下関の会社員有志)
 朗読「ただいま臨終!」
 クラスの出し物(山口県の小学生)
 自作詩の朗読(下関市・川原孝雄)
 朗読(旧駱駝同人・小野静枝)
 朗読劇「四角い窓とまるい窓」(劇団はぐるま座)
 朗読「核をかついで去れ」(下関原爆被害者の会)
 自作詩の朗読(下関市・野村忠司)
 朗読「前へ」(長崎県諫早市・山口八郎)
 意見発表(福岡県・桑原嗣子)
 朗読「夜が明ける」(子ども全員)
 また展示部門では、絵の出品が美術グループあらくさ、土江良治(島根県、墨絵)、松本平三郎(熊本県、切り絵)の各氏。書の出品を道岡香雲、下関の書家とその結社、下関原爆被害者の会が、また子どもの感想画として山口県と福岡県の小学生や児童画グループが予定している。そのほか詩祭の賛同人が各地の詩人・文化人を中心に131人(2日現在)になっていることが紹介された。

 自作詩の発表や書の出品も・被爆者や文化人
 引き続く論議のなかでは各地のとりくみの状況が出しあわれ、詩祭が多彩なジャンルが交流する総合的な芸術祭典になりつつあることが浮き彫りになった。
 旧駱駝同人の西村謙氏は「防府で礒永作品に親しむ会を立ち上げ、2カ月に1回会合をおこなっている。礒永作品は多くの人に認められた客観的な価値があると確信している。礒永は笑顔に象徴されるものすごくきれいな男だった。彼の人間的なものにひかれながら、いつか彼に芸術家としての桂冠をかぶせたいと思い、今回のとりくみに全面的に賛成し協力していきたい」と語った。
 下関原爆被害者の会の吉本幸子氏は、「礒永さんの『核をかついで去れ』というのは私たち被爆者としての悲願であり、会としてこの詩を朗読させていただくことにした。そして礒永さんの童話作品への感動の気持ちを短歌にして出品することにした。子どもたちに対する礒永さんの呼びかけ、語りかけ、平和への願いややさしさ、また会としての気持ちを出させていただいた」とのべた。吉本氏の短歌を書で出品する被爆者の会の会員は「礒永さんが平和のために、子どもさんたちのために、やさしい童話を書かれた。私も何回も何回も読み返して感心している」とのべた。詩の朗読をする被爆者も「詩の朗読なんて初めてだが、何回も読んで練習してのぞみたい」と語った。
 下関市民の会は「さて」の朗読を準備しているが、会員の1人は「最近老人の孤独死が多いといわれる。昭和天皇が亡くなったときは偉い先生がたくさんついた。戦争責任者である天皇が手厚く保護されて、戦争で苦労した人たちが孤独死に追いやられている。私はあまりにも知らなすぎたと思う。最近、礒永さんの詩集を読んで『十年目の秋に』が自分の心に残った。“真実の道を掩(おお)う雑草をたんねんに抜きつづけることが私達の永遠の仕事”と書いてあるし、本当にそうしなければいけないと感じた」とのべた。
 礒永童話の絵本原画の出品を準備している画家は、「礒永童話の主人公は世間から排斥された者が多い。今“勝ち組”“負け組”といわれ社会が二極分化しているが、“負け組”の力はあなどれないぞと、そういう庶民の力を、作品に昇華できたらと考えている。当日は『おんのろ物語』『鬼の子の角のお話』『雪と鴉』の原画を出品し、みなさんの批評をあおぎたい」と語った。
 下関詩を朗読する会「峡」の川原孝雄氏は、「1人の詩人として反戦の詩を書いて訴えていくのがこれからの僕の仕事だと思っている。その第1歩が今回の詩祭となる。当日は、戦争を知らない世代の自分が、体験した世代へどれだけ世代を越えて思いが伝わるか、その挑戦としてやっていきたい。また、ポスターやチケットを活用し、少しでも礒永さんの作品が広がるようがんばりたい」とのべた。

 戦争の体験を重ね深く共鳴・小中高生や教師も
 小中高生平和の会の高校生は、「9月の平和教室で、参加した小・中・高校生で礒永秀雄の詩や童話を絵に描いて、当日出品したい。当日は礒永秀雄の『鬼の子の角のお話』を紙芝居にして発表したい」とのべた。平和の会の教師も「ある小学校の教師のなかで、学年の子どもたちに呼びかけて礒永童話の劇をしたいと話しあわれている。この学校では礒永童話を読んでの感想が父母を横につないでいったし、親子でとりくめたらと話されている」と報告した。
 萩市の小学校教師は「礒永作品は子どもたちを非常に励ましている。成績が悪く引っ込んでいる子が元気になっていくのがわかる。礒永作品を読むと場面が浮かんでくると子どもたちがいうし、クラスでとりくむとみんなの作品がすばらしく見える。礒永秀雄と子どもたちが響きあっていると思う」とのべた。各地の教師から、子どもの感想画をとりくみたいと意見が続いた。
 下関の会社員有志は、当日2bの大型ペープサートで「アオイ貝の歌」を披露する準備をしているとのべたあと、「詩祭で終わらせるのでなく、これをきっかけに礒永童話をみんなで読んだりするとりくみを始めたい」と抱負を語った。
 劇団はぐるま座からは、『天狗の火あぶり』公演で全国を回るなかで、詩祭が歓迎され出演者や参加者が次次に生まれている状況を紹介。礒永と同じ南の島に送られた体験を持つ宇部市の高山秀光氏(80代)が「八月の審判」を読むことを決意し、「まったくこの通り。当時の戦場を描いたものでこれ以上のものはない」と語っていることや、長崎県の山口八郎氏(80代)が20年来座右の詩としてきた「前へ」を朗読することを報告した。そのほか、礒永秀雄作詞の校歌など歌声をプログラムに入れることや、最後に会場に集まった子どもたち全員で日本の未来を告げるように「夜が明ける」を朗読することなどが話しあわれた。
 こうして詩祭の内容が明らかになるとともに、宣伝活動を通じて詩祭のポスターや「虎」の詩に戦争体験者をはじめ現役世代が強い反応を示し、あの戦争はなんだったのか、平和な社会をつくるために今なにをすべきかと論議が発展していることが報告された。「先日インパール作戦を生き残った体験者から、多くの兵隊が武器も食糧もなく見殺しにされていったことを聞いた。今また戦争の危機が高まっている。2度と繰り返させないために、礒永秀雄の“戦争で九死に一生を得て日本に帰ってきたとき、残された命を詩人に賭けようと思った”という思いを受け継いでいかないといけない」(小学校教師)、「戦後60年たって、アメリカ文化と日本の民族文化が激突している。そのなかで礒永作品が全国で大衆と切り結んでいる。今度の詩祭を、下関から日本を変えていく大きなきっかけにしよう」(退職労働者)と意見が交わされた。
 実行委員会は、残り1カ月の期間で詩祭の宣伝と論議を可能な限り押し広げること、文化団体をはじめ学校からの集団参加や老人会、遺族会、婦人会、PTA・子ども会、同窓会などからの集団的な参加を呼びかけること、各地区でも実行委員会をつくって貸し切りバスで集団で参加すること、こうして1000人の会場を埋める大成功を勝ちとることを確認し、お互いの奮斗を誓いあって終えた。

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