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平和と社会変革の力に確信
広島「原爆と戦争展」主催者会議
               生き方にかかわる感動共有     2008年9月1日付

 広島市東区総合福祉センターで8月31日、8月初旬に広島市まちづくり市民交流プラザで開かれた第7回広島「原爆と戦争展」(主催/原爆展を成功させる広島の会、下関原爆被害者の会、原爆展を成功させる長崎の会)の主催者会議がおこなわれた。広島の会の被爆者、戦争体験者や主婦、労働者、学生、下関原爆展事務局のメンバーなど30人が参加。体験や世代の違いを超えて、「日本をふたたび原水爆戦争の戦場にさせぬ」という共通の使命で団結し、全国から集まった若い世代と響き合った成果を確認しあい、広島からさらに力強い平和運動を発信していく意気ごみに満ちた論議となった。

 核戦争阻止の使命感で団結
 はじめに広島の会の重力敬三会長が、「今年の原爆と戦争展は、各年齢層の人人2000人が参観し、熱気あふれる展示会となった。みなさまのご支援、御協力にお礼を申し上げたい。成果を喜び合い、反省点や今後の運動方向について検討しましょう」とあいさつ。下関原爆被害者の会の伊東秀夫会長からのメッセージも紹介された。
 つづいて、広島の会事務局の犬塚善五氏が概況を報告。
 全体の賛同者は488人となり、参観者は「大学生や中高校生、20〜40代の現役労働者、教師、子どもを連れた親など若い世代が大半を占めた」こと、体験者と広島市内や関東や東海、九州などから来た大学生、労働者たち約60人による交流会が2日にわたっておこなわれるなど、「全国の日本社会の現状変革と平和を求める若い世代に影響を広げるものとなった」とのべた。
 討議は、今年はじめて参加した被爆者たちから口火が切られた。
 腕に生生しいケロイドが残る被爆婦人は、「子どもたちがとても真剣に聞いてくれ、今までの胸のつかえがとれたような気がする。感想を読んで涙が出た」とのべ、これまでどんなに暑くても長袖を着て手や足のケロイドが目立たぬようにして生きてきたが、「こういう場なら半袖を着て、堂堂と見てもらえる。半身ヤケドをしながら生き残っている人は少ないが、一生懸命生きてきてよかった」と深い感動をこめて語った。
 原爆で母親を失った70代の被爆婦人は、「今年はじめて体験を話してきたが、高校生から小さい子どもも涙して聞いてくれた。私の体験を通して戦争の悲惨さや、平和がいかに大切かということを学んでくれたと思っている。聞いてくれる人たちがいる限り、体験を語って平和運動に貢献していく使命を感じた」と意気高く語った。
 スタッフとして献身した学生たちからは、被爆者たちの気迫に満ちた思いと響き合いながら感想が語られた。
 はじめて参加した女子大学院生は、「原爆と戦争展の活動をするなかで、これまで聞くことができなかった祖父の戦争体験を聞くことができた。祖父が苦しい体験に耐えて自分に命をつないでくれたことを知り、どんな苦労も乗り越えていく勇気を得た」とのべ、「会の被爆者たちの、人との接し方や人間関係に触れることで自分自身の生き方の勉強になった」と感謝の思いを伝えた。
 他の大学生からも「まだ広島に来たばかりなのに貴重な体験をさせてもらい、すごくうれしい。被爆者の方が“若い世代に”と繰り返しいわれているが、みなさんが安心できるよう体験を聞いた若者の手で活動を広げていきたい」(男子学生)、「集会後の市中行進の中で、他県から来た子どもたちの熱心さに驚き、こういう子どもたちが大人になったら世界を築ける人たちになると思った。私もこれから勉強を深めたい」(女子学生)と語られた。
 被爆者や現役世代からは、みずから進んで体験を学び行動を求める若い世代への新鮮な感動と、「これまで辛抱、辛抱で生きてきたが、はじめて自分の体験を語れる場所ができた」「原爆で親を殺された家族の代表としてがんばれと兄弟から送り出されている」など人生をくぐった思いが語られ、全広島市民を代表した運動としてさらに尽力していく強い使命感が語りあわれた。
 60代の婦人は、被爆者と行動をともにするなかで人生が変わったことを感慨深くふり返り、「被爆者の方から将来を託されることはうれしいが、家族がみんな被爆者であっても本当に被爆者の心をつかむことは簡単ではないと感じている。中間世代として若い人たちと被爆者の思いをつないでいくためには、学ぶことは責任だと思って日日勉強している。みなさんも広島にいることを誇りにして被爆者に学び、広げていきましょう」と元気よく呼びかけた。
 会場で連日体験を語ってきた男性被爆者は、「自分の体験は変わることはないが、6年間にわたる広島の会の活動を通じて感じたことや、現代の社会情勢について思うことを語ることで若い人の反応が変わってきた。一方的な物語ではなく、今の時代に通じる問題として話し、一緒に考えてもらえるように訴えていけばしっかり受け止めてくれる」と現代の戦争情勢とつなげて語っていく重要さを強調した。
 40代の男性は、職場で被爆者を招いて学習会をおこない、「被爆者の方方の“2度と戦争をしてはいけない”という強い意志を感じて心を動かされている。辛い体験を語ってくれたことに対して、“私たちも受け継ぎ、真の平和を築けるよう勇気をもって生きていきたい”と真剣な思いが語られている」と同僚の感想を紹介。
 「平和の旅で短期間のなかでバラバラの子どもたちが急速に成長していったのも、被爆者の願いに学んでいくことで旅全体が統一していたからだと思う。大学生など、若い世代の成長もあり、自分自身もがんばる力をもらった」と感動をこめて語り、今後も職場や地域で活動を広げていく決意をのべた。
 また、40代の女性からも、同世代の母親が広島の平和教育は「恨みつらみで悲惨」という印象しかなかったが、「被爆者の現代の社会に対する危機感や今だからこそ伝えなければいけないという思いに触れて感動していた」ことも語られ、現役世代に運動を広げていく可能性も活発に論議された。
 80歳の男性被爆者は、「日本がアメリカと戦争をしたことすら信じられないという若い人が増えている。これまで被爆者が口を開かない時代が何十年もあり、聞かさねばならない人が聞き遅れている現状があり、隔世の感は拭えないが、語らなければ伝わらない。後世のために知恵をしぼって真実を語っていこう」と決意を込めて呼びかけた。
 最後に、修学旅行生への語りや青年・学生交流会を継続すること、10月には県立広島大学(広島市南区)、広島大学中央図書館(東広島市)で連続的に原爆と戦争展を開くことも確認され、反響の広がりを力に変えてさらに奮斗していくことを誓い合った。

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