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被爆70年の気迫こもる取組
7月第11回長崎原爆と戦争展
            若い世代へ働きかけ強め   2015年5月25日付

 長崎市中央公民館で24日、7月上旬に長崎市内で開催される第11回長崎「原爆と戦争展」の主催者会議がおこなわれた。長崎市内の被爆者をはじめ、被爆二世、遺族、退職教師など15人が参加し、被爆70年目を迎えるなかで開催される今年の原爆と戦争展の内容について論議した。同展を大成功させるとともに、現在アメリカの指示を受けた安倍政府のもとで着着と進められる戦時国家づくりに立ち向かう戦争阻止の大運動を被爆地から発信していく意気込みが語り合われ、世代をこえた行動意欲が響き合う気迫のこもる論議となった。
 
 7月上旬に市民会館で開催

 はじめに、原爆展を成功させる長崎の会を代表して高木昌章氏が挨拶し、「今年の原爆と戦争展は、ぜひ若い世代、小中学生にこれまで以上に働きかけを強めて若い世代にしっかりと受け継いでいく展示会にしたい。先日国会の党首討論で、安倍首相は“ポツダム宣言すら読んだことがない”といったが一国の首相とはいえない。戦争について基本的な知識すらなく、子どもたちに戦争と平和をどのように教えることができるのか。この展示会では戦争と戦後について若い人に的確に伝えるものにしたい」と強調した。
 続いて、共催する下関原爆被害者の会の大松妙子会長、原爆展を成功させる広島の会の高橋匡会長代行のメッセージが紹介された。
 大松氏は現在、安倍首相が、「先の戦争を反省するとは口先ばかりで、70年の平和を覆すアメリカの操り人形に成り下がって、アメリカの戦争のために自衛隊の命を盾にする」という卑劣な国づくりをしていることに触れ、「国の欺瞞を知るよしもなく、“お国のため”の言葉を信じ、未来ある若者の尊い命を奪った責任はどうするのか。戦争と原爆の体験者として、日本を担う若い方方に原爆と戦争展会場に足を運び真実を知ってほしい。二度と私たちのような、70年過ぎても脳裏から消えることのない恐怖、苦しみを若者にさせないために、みなさんとともに進みたい」と連帯の言葉を寄せた。
 高橋氏も、安倍政府が与党合意し、国会に提出された「安全保障関連法案」について、「やたら平和を強調した条文が目立つが、その内容はいつでも戦争ができる体制づくりそのものだ。自衛隊の活動範囲の地理的制約を取り払い、世界のどこへでも出かけて戦争することが可能となり、日本は戦争する国だと警戒されて攻撃される原因となる、まさに戦争法案だ。“気がついたら戦争になっていた”という戦前の轍を踏むことを防ぐために、私たちの原点である第二次大戦の経験を語り継ぐ最大の使命を果たすために奮斗しよう」と激励を送った。
 続いて、原爆展事務局が今年の原爆と戦争展の概況ととりくみの経過を報告した。
 現在までに昨年の原爆と戦争展賛同者のうち約200人に開催趣意書が送付され、すでに被爆者、戦争体験者、老人クラブ、僧侶、商店主、自治会長、医師など100人を越える市民から賛同の申し出が寄せられていること、また、毎週土日には下関原爆展事務局のメンバーが長崎市内でチラシ、ポスター掲示による宣伝活動を市民の協力のもとで実施していることを報告した。
 論議のなかでは、自らの体験や肉親から聞いてきた戦争の苦しみとともに、現在、安倍政府が進める戦時国家づくりに対する強い危機感と同展成功に向けた行動意欲が語り合われた。
 はじめて参加した80代の婦人は、毎年原爆と戦争展を訪れていることを明かし、「広島で被爆して家もすべて燃えた。原爆展パネルに母校の児童の詩が出ていることに感動し、当時を偲びながら昨年広島を訪れた。私自身、子どもにも一度も被爆当時のことを話したことはなく、ガイドをしていても原爆については前向きになれなかったが、今年80歳になり、戦後70年という節目の年にだれか少しでも伝えることができればと思い足を運んだ」と思いをのべた。
 戦争遺族の男性は、「昨年見学してすばらしい展示だと感心した。父は出征した南太平洋のタワラ島で5000人の邦人とともに玉砕し、伯母はグラマンで機銃掃射を受け、叔父はビルマで貫通弾を受けて帰ってきた。叔父は中国にいたときに上官の命令で現地民を殺さなければ自分が殺されていたことや、自分の身代わりになって亡くなった戦友のことを帰国後、その友の母親に語ることができなかった苦しみを亡くなる間際になってはじめて伯母に話した。父の妹も従軍看護婦として朝鮮半島につれていかれたまま帰ってこなかった。戦争の苦しみを死ぬまで抱え続けていた肉親の思いと重なる展示だった。この時期に悲惨な戦争の現実を伝える意味は大きく、自分もできる限り協力したい」と意気込みをのべた。
 婦人被爆者は、「数年前、若いスタッフの方が原爆展ポスターを貼りに来たが、“あなたたちのような若いものになにがわかるか!”と追い返したのが出会いのはじまりだ。その後、“なにか語らずにおれない”という思いで体験を語ったことをきっかけにしてこの会に入った。母は目覚町の防空壕の外で被爆し、全身が焼けただれ、焼け死んだ学生たちが溢れる防空壕の中から兄が引きずり出した。上空を米軍の偵察機が飛ぶなかで、毎晩野宿をしながら母を担架に乗せて大村へ連れて行ったが、最後は“アメリカを恨み殺してやる”との言葉を残して亡くなった。母の償いをするためにこれまでやってきたが、70年という節目の年に力を振り絞って自分の体験を伝えようと思っている」と気迫を込めて語った。
 被爆二世の婦人は、「昨年長崎に帰ってきて、今回母の親友に誘われて参加した。茂里町の三菱製鋼所で働いていた母は、友と3人歩いているときに原爆を受けて両脇の友が亡くなったことや、2日がかりで歩いて時津まで帰り、ドクダミ茶を煎じて飲んで生きながらえたことを語っていた。これを機に戦争について考えていきたい」と抱負をのべた。
 5歳で被爆した婦人は、父親がビルマに出征して帰国後、マラリアで亡くなったことに触れ、「それからは生活苦に耐えながら、戦争さえなければ…と思わない日はなかった。いまの政治を見ていると怒鳴り込みたいくらい腹が立つ。このように市民の心が通じ合う運動があるのがうれしい」とのべ、すでにポスターを貼るなどの宣伝活動をはじめていることを明かした。
 はじめて参加した50代の主婦は、「戦後生まれで戦争の実体験はないが、いまの世相を見ていると再び隣国とやり合うのではないかという不安を感じる。あれほどの犠牲者を生み、死ななくても済んだはずの人人が亡くなった戦争を、いまの若い人たちがなにもわからないまま体験するようなことが絶対にあってはいけない。日本がこれからも平和国家であり続けるために長崎の声を世界に訴えていくことが戦争を食い止める力になると信じている。母たちの思いを受け継いで私も行動に参加したい」と決意を語った。

 新しい戦争阻止の力に 世代越えた大交流を

 論議のなかでは、「新しい意見をどんどんとり入れて若い世代の関心を集める展示会にしたい」「今度戦争になれば核戦争だ。安倍首相は戦時中に商工大臣として満州で財をなした岸信介の孫であり、その好戦思想を受け継いでいる。60年代の安保改定も岸だった。米国議会での演説のように戦争体験者や被爆者の戦後の努力を水の泡にして、ますますアメリカに隷属した国にしようとしている。戦後70年にあたって、新しく感じられる戦争の萌芽を潰す運動にしなければいけない」(男性被爆者)、「辺野古への基地を強引に進めているが、沖縄県民は大反対しているのに聞く耳を持とうとしない。この沖縄の人たちの思いに連動した世論を起こしたい」(被爆二世)、「日本政府を追い詰める被爆地の運動をやらなければいけない。ただ当時を偲ぶだけでなく、現在の戦争を食い止めるという意識をみんなが持たないといけない」(男性被爆者)、「日本が背後で援助するという建前だが、現実には戦争の矢面に立たされるのではないか」(被爆二世婦人)など、過去と現在を繋げた旺盛な論議の場とすることが強調された。
 また、男性被爆者から「集団的自衛権が行使されるようになれば、25万人の自衛隊では足りなくなり、必ず徴兵制の時代がくる。戦時になれば反対も拒否も許されず、有無をいわさず戦争に動員される。若い母親たちにとっては、自分の子どもを戦争に送るのかどうかという問題であり、決して昔話ではない」との意見や、遺族の男性からは「いま中国との対立を深めているが、兵隊経験者の戦後の苦しみをわかっていない。叔父は負傷兵だがそれ以上に戦地で人を殺した苦悩を抱えて生きていた。再び中国と戦争をすればその数倍もの憎しみはすべて日本に返ってくる。これは何十年経っても解決できないものであり、日本の国益とはいえない」という意見が出た。戦争の反省にフタをする現在の戦争政治を追い詰める国民的規模の運動を起こす必要性が語り合われた。
 参加者からは、それぞれが居住する各地域で学校や児童館などへの参観の呼びかけ、宣伝活動を広げていくことなどアイデアや会期中は会場で旺盛に体験を語り継ぐ意欲が語り合われ、開幕に向けて総力を集め全市的なとりくみを発展させていくことを確認して散会した。

 第11回長崎「原爆と戦争展」の要項
 日時 7月1日(水)〜6日(月) 午前10時〜午後7時(最終日は5時)まで
 会場 長崎市民会館・展示ホール(地下1階)
 展示内容 パネル「第二次世界大戦の真実」「原爆と峠三吉の詩」「全国空襲の記録」「沖縄戦の真実」、長崎市内の被爆遺構と慰霊碑の紹介、長崎復興の記録、被爆資料、体験記、被爆・戦争体験を語るコーナー
 主催 原爆展を成功させる長崎の会 下関原爆展事務局(下関原爆被害者の会、原爆展を成功させる広島の会)
 後援 長崎県、長崎市
 入場無料

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