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被爆・戦争体験の継承促す劇
『原爆展物語』公開舞台稽古
             10年の運動発展の必然性   2010年2月15日付

 劇団はぐるま座の『峠三吉・原爆展物語』(2幕6場)の公開舞台稽古が13、14日、山口県山陽小野田市市民会館でおこなわれた。広島、長崎現地での稽古をへて、舞台美術、照明、音楽なども含めたはじめての公開稽古となり、山口県内を中心に戦争体験者、被爆者、現役労働者、教師、主婦など2日間で約100人が観劇に訪れた。全国各地での原爆展で語られた被爆市民、戦争体験者の真実の声を通じて、デタラメになった今日の社会の根源と、社会変革の確かな力を描いた内容に強い期待が寄せられ、各世代ごとに感想が語り合われた。
 幕が上がると同時に、舞台一杯に描かれた広島平和公園の鮮やかな緑が客席を舞台の世界へと導いていった。また、旧日本銀行広島支店、沖縄南部の市場、下関市の福田正義記念館、長崎中央橋、長崎西洋館、広島市市民交流プラザなど、原爆展の舞台となってきた全国各地の風景がリアルに描かれた背景幕は、会場全体に臨場感を漂わせた。「原爆許すまじ」「戦友」など戦中戦後にうたわれてきたなじみ深い曲を使った音楽も各場面を盛り上げた。
 一幕では、「原爆」を利用した様様なインチキが張り巡らされている広島で、市民から叱責を受けたスタッフたちが「自分の側からではなく、市民の側から自分たちを見てみよう」「峠三吉の時期の私心のない運動の精神に立ち返って、市民の中に入って話をよく聞いて回ろう」と語り合いながら準備する過程をへて、旧日銀広島原爆展は4000人の市民が訪れて大成功となる。
 つづいて、大阪、名古屋、横浜、仙台など黒山の人だかりとなった原爆展全国キャラバンの様子とともに、各地の空襲写真がスクリーンに映し出され、空襲体験者たちが口口に空襲の実態を語る。また、この絨毯爆撃を指揮したルメイ少将の写真が浮かび上がり、「民家はみんな軍需工場であり、焼き払って何が悪いか」と語るシーンは、客席の怒りをかき立てた。
 基地問題で揺れる沖縄では、日本軍悪玉論とともに振りまかれてきたアメリカ軍を民主主義の軍隊と見なす欺まんのなかで語られてこなかった沖縄戦の真実が語られるとともに、沖縄県民の積年の怒りが爆発したコザ暴動が誇り高く回想される。
 二幕は、満州や南方戦線で武器も食料もなく戦地に送り出され、「日本に帰りたい」「見殺しにする気か」といいながら死んでいった兵士たちの悲痛な告発からはじまる。
 そして、原爆と戦争展会場で、生き残った自責の念を抱えながらも「戦争加害者」として語ることを抑えつけられてきた戦地体験者たちが、日本単独支配を目的とした米軍の対日参戦と、自らの地位保全のために米英と結託して国民を殺すに任せた日本支配層の関係が明らかになるなかで「だから戦後の日本社会はデタラメになったのだ」「日中戦争で日本軍が叩き出されたように、日本でもその気になればアメリカを叩き出せる」と底深い胸の内を語りはじめる。
 はじめて峠の原爆展が持ち込まれた長崎では、「祈り」の欺まんのなかで語れなかった市民の悲しみと原爆投下者への激しい怒り、戦後の占領政策によって隠されてきた明治維新の誇りがつながり、くんちのシャギリの音とともに力強い長崎町衆の姿が浮き彫りにされる。
 全国の人人が大結集した八月の広島では、労働者や教師などが被爆者、戦争体験者との論議のなかで「貧乏になって戦争になるというが、今がそうだ」「人間をモノ扱いするデタラメな社会の根源は原爆投下からはじまっている」「いまの社会は労働者で成り立っている。労働者が力を合わせれば戦争も止められる」とお互いの使命感で響き合い、体験者の思いを受け継いで行動する意欲が高まっていく。
 エピローグでは、スタッフたちが10年間の原爆展運動を振り返りながら「大衆はすごい力をもっている。覆われた欺まんを取り除けば本当の思いが表に出てくる」「大衆の中にある一つ一つの松明を集めて、大きな灯台にしていく。そんな集団が全国的に結集していけば日本は変わる」と確信を語り合い、私心を捨てて人民に奉仕する自分たちの役割を確認。峠三吉の「墓標」の朗読とともに、被爆者やスタッフたちが新しい社会を切り開いてゆく、互いの力を喜び合いながら幕が下りる。
 客席からは大きな拍手が送られ、口口に感想意見が語られた。

 現代を重ねて深い感動 感想を交流

 下関の満珠荘の会の男性は、「楽しく、いい劇に仕上がっている。特に最後のこれからの日本の進路について語りながら、多くの市民、国民と一緒にやっていこうという終わり方に感銘を受けた。市民が真実を語ることが歴史を動かしていくということはその通りだ。本や教科書ではなく、経験者が語られる事実が本当の歴史であり、それが芝居で表現されていた。日本の絨毯爆撃を指揮したルメイ将軍が出てきたときには、日本人として許せない感情をもっと表現できないかと感じた。全体を通じてわれわれがやらなければならないことを上手にまとめてくれたことをうれしく思う」と感謝の思いをのべた。
 下関原爆被害者の会の男性は、「この10年間、下関からはじまった原爆展運動が体現されており、多くの人に見てもらいたい。沖縄場面の印象が深く涙が出た。この劇は必ず多くの人を感動させると思う」と感動をのべた。
 被爆者たちからは、「私たち経験者の思いそのものが盛り込まれている。小学生から中学生までの世代に見せてあげたい」「グラマンに機銃掃射を受けて、死ぬ思いをしたことを思い出した」「一言一言が深く感じることができた。広島、長崎、沖縄を舞台にしていることは今の時代とても意義深いものだ。戦争を知らない若い世代にこの劇を見てもらうことを心から願っている」と期待が語られた。
 下関市からきた20代の母親は、「小学校の修学旅行で広島にいったが、そのときは戦争がどんなものか理解していなかった。原爆展がなぜ10年も続いてきたのかという流れと、戦争によって日本がどうなったのか、若い世代が戦争のない平和な社会をつくるためにはどうすればよいかよくわかった」と衝撃をこめて語った。
 宇部市の女性教師は、「新しく知ることが多く、広島、長崎、沖縄、戦地のそれぞれの違いとともに、長年語ることができなかった思いについてはじめて知った。二幕では、一つ一つが結びつくことによって大きな力になるということがわかり、個人主義がはびこっている教育現場も同じように集団の力が大切であると感じた。また、外国人のアンケートもよく、国籍に関係なく正しいことは正しいと主張していくことの大切さを感じた」とのべた。
 退職教師の婦人は、「10年間を思い浮かべながら、一言一言が胸に染みてきた。語ることは苦しく、辛いことだが、それを掘り起こして表に出していけば社会を変える大きな力になることが確信できた。私自身戦地から復員してきた父の話をまともに聞いてこなかったことが悔やまれ、もっと戦争体験者の思いを学びたい。重いテーマだが、音楽も元気がよく、全体に明るいのがよかった」とのべた。
 戦争体験のある退職教師の男性は、「原爆によって戦争が終わり、新しい国がつくられるといわれてきたが、ずっと騙されて今日に至っている。全国空襲を指揮した米軍将校に天皇が勲章を授けたことなど具体的に暴かれていることが非常によい。戦争の問題が戦後もうやむやにされてずっと引きずっている。キャラバン隊が全国を歩いた真実がよく伝えられている」と語った。
 劇団はぐるま座からは、広島、長崎の被爆者をはじめ多くの人人の意見に学んで劇を創造してきたこと、「これからも実際に人人の中に入って演技も磨き、全国初演にむけて劇をさらに向上させていきたい」と決意が語られた。

 

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