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被害者から建設者に転換し確信
福田没10周年第3回実行委
                 福田型の運動全国発信へ      2012年6月11日付

 5月20日に開催された福田正義没10周年記念集会の大成功をへて、その教訓と今後の方向を論議する第3回実行委員会が10日、下関市の福田正義記念館で開かれた。実行委員約40人が参加し、この5年間で路線を転換し急速に発展してきたそれぞれの運動への確信とともに、福田精神にもとづく運動を日本全国に発信し、広げていく意気込みが大いに語りあわれた。
 
 勢いよく発展する文化、教育、市民運動

 最初に実行委員長の柳田明氏の「記念集会に対するみなさんの感想に励まされている。それぞれの持ち場で前向きに進んでいこう」とのメッセージが紹介されたのち、実行委員会事務局より運動の成果と課題について報告がおこなわれた。その後の論議では記念集会参加者の感想や今後の運動の方向などが活発に出しあわれた。
 沖縄の実行委員からはメッセージが寄せられ、「参加したメンバーは深い感動とともに、福田路線が体現した人民運動の発展に一層確信を強めた」こと、記念集会を特集した長周新聞に大きな反響があったことを報告。近く復帰斗争の体験を学ぶ会をおこない、復帰斗争の経験を収録した「復帰40年 米軍統治下の沖縄を若い世代に語り継ぐ」(第一集)の冊子を発行すると明らかにした。
 劇団はぐるま座の団員は、記念集会に『雷電』や『原爆展物語』全国公演のなかで結びついた若い世代から89歳までが参加し、非常に喜ばれていることを報告。“地域をつぶす流れをせき止めたい”との思いで『雷電』公演をとりくんだ岡山県の参加者が、「人民に奉仕する」の精神が貫かれていたことに共鳴し、「これで多くの人と一緒になっていけば動かしていける確信を強めた」と語り、広島の青年が「いろんな人たちが同じ思いで、日本を変えようと頑張っているものを共有することができ、非常にうれしかった。自分たちも頑張りたい」と語ったことなどを紹介した。

 組合主義と決別し展望 教師が次次と発言

 宇部市の小学校教師は、一緒に参加した教師たちが、どの発言にも福田さんの人民に奉仕するという思想が脈脈と流れて発展しており、その一つとして教育の分野で発言できたことに感動していたこと、「福田路線でいけば子どもたちは成長するし、日本は変えていけると思った」と確信を語っていたと紹介した。
 また「この路線を理性化し、どう発展させていくか」として、この間の鉄棒実践の教訓と今後の方向について発言。鉄棒実践がたんに鉄棒や体育にとどまるものではなく、教師の側が勤労人民が社会発展の原動力であることに確信を持って、狭い学校の枠から飛び出して勤労人民に学び、社会的視野を広げ、勤労人民に子どもを育てる力があるんだという確信を握ったことが大きかった。広島への修学旅行、小中高生平和の旅や平和教室、学校や地域での原爆と戦争展などを通じて、子どもたちが被爆者や戦争体験者、勤労人民に学び困難に負けない力をつけ、地域や父母のなかに「勤労人民の後継ぎを育てていく」という教育の方向を支持する基盤ができたとのべた。
 そして「平和の会の路線を学校教育に直結させていったことが大きな要因」とのべ、「被爆者や戦争体験者に学びながら子どもたちを立ち上がらせていくことが重要だ。震災以後の“力を合わせてみんなのためにやっていく”という子どもたちの意識に働きかけ、子ども不在や組合主義、被害者同盟をうち破って建設する方向でやったとき、同僚の教師とも結束していけた」とのべた。
 北九州の小学校教師は、同学年の教師からも上宇部小学校の発言などに共感が寄せられており、「それを自分たちもやり遂げようと踏み出す力になっている」とのべた。1年生の学年全体で朝週3日、鉄棒と登り棒をとりくみ始めたことを喜びを持って報告し、「“仕方がない”と諦めないで広がっていく運動を実感している。広げていきたい」と語った。
 集会で発言した北九州の小学校教師は「“頑張らなくていい、指導しなくていい”という教育が、子どもと教師のあいだに万里の長城のような溝をつくってきた。“仕方がない、自分は一生懸命やっている”というのがあったが、記念集会で諦めずに困難のなかを切り開いていくという発言を聞き、励まされた」とのべた。地域での原爆と戦争展のとりくみのなかで、昨年と状況が様変わりし、新たな人人が登場していることにふれ、「地域の人たちと力をあわせ、学校の中と外を結びつけながら教育していくことが確信となった集会だった」と語った。
 小中高生平和の会の教師は、「集会で平和の会の卒業生が発言したが、被爆体験や人人の生きた実際を学んだことが彼らの生きる指針となって、心の奥底にあるということを示してくれた」とのべた。実際に広島の修学旅行に同行し、平和の会の方向が初対面の教師たちに非常に感動を持って受け入れられたことを語り、「被爆者にじかに学んで子どもたちを成長させる教育が多くの人たちから求められているし、あたりまえのようにやられることに驚いた。平和の会をもっと基礎固めしながら発展させていけば、全国の教育運動を変えることができるという確信を得た」とのべた。
 平和の会のリーダーの女子高校生は、「記念集会で年齢を問わずたくさんの人たちが日本を変えようとしていることにびっくりし、励まされた。平和の会も平和の担い手になるというとりくみをもっと向上させたい」とのべた。リーダーの男子高校生も、12年間の活動の積み重ねのなかで旅のカンパ活動や平和の子の像前での平和集会への多くの人の支持があるとのべ8月5、6日の平和の旅に向けて奮斗する決意を語った。
 下関原爆被害者の会の婦人被爆者は、「今の日本を変えるのは平和の会の子どもたちを育てている先生方と子どもたち。原爆展や市民の会も下関から発展しているが、平和の会も全国に広げて、今から担っていく子どもたちを教育していったら日本も変わっていくのではないか。“ゆとり教育”をうち破っている筋金入りの先生たちに期待している」と語った。
 男性被爆者は、劇団はぐるま座の声明にふれ「山口で苦労されて下関に来られたことを初めて知った。少しでも力になれたらと思う。これからも頑張ってほしい」と期待を語った。

 “皆の為に”の運動が力 市民運動からも

 下関市民の会の80代の男性は「世の中が行き詰まって、日本でも東北の震災、原発事故、ヨーロッパの財政赤字など、大きな変わり目になっている」と語り、そういう情勢のなかで劇団はぐるま座や人民教育同盟が「自分たち自身の手で大きな脱皮をし」運動が発展していることにふれ、日本を変えるために役立つ組織はそれぞれの持ち場で自己を改革することが重要だとのべた。
 市民の会の婦人は「いろんな分野で日本を変えていこうという運動がやられていることを集会で実感し、“変えていくことができる”という勇気を得た」とのべた。そして「長周新聞を読むことで変わっていく。新聞を1人でも多くの人に読んでもらうために努力していこうと思う」と語った。
 本池妙子市議は、「“30万市民のために”でやってきたことが正しかったと確信になったし、それは福田さんの人民に奉仕する思想と重なるものだ。教育同盟やはぐるま座、被爆者の会が同じように葛藤を経て、みんなのためにと道を定めながらやってきている。力を合わせたら世の中変えられるという思いだ。一層この方向で市政をめぐっても頑張っていこうと思う」と決意を語った。
 PTA関係者は、充実したプログラムやパネル展示で盛り上がったことに喜びを語った。上宇部小学校の鉄棒実践は下関の教育界でも反響が大きく、「昔はあたりまえにできたことができなくなった」「なにか一つ目標を達成できることで、次の物事につなげていくことが、今からの教育界にも必要だ」と論議されていることを紹介した。また『雷電』門司公演を観劇したが、想像以上の迫力であったこと、「今後下関を拠点に活動されるので応援していきたい」とのべた。
 岩国基地拡張反対連絡会議の男性は、集会からの帰りの車で年配の参加者が「今年の8・6集会にはみなで参加しよう」と呼びかけたことを紹介。集会が参加者を激励しており、直後の第13回岩国「原爆と戦争展」はこれまで以上に内容の鋭いものとなったことを報告した。
 元山電労働者の男性は、「全国から予想以上に参加して大成功だった。発言者が誠実に実践したことをいきいきと発言したことが大きい感動を与えている。まさに戦争前夜の情勢のもとで、被爆者が命ある限り奮斗する決意をのべられた。教師が自己を変え、集団的な運動につながって子どもたちを変えたのはすごいことだ。はぐるま座も大斗争をして、全国の人人を結びつける役割を果たしている」「福田さんは労働運動は“経済主義、改良主義、組合主義とは根本的に異なる社会変革の運動”“政治と真正面からたたかう運動”といわれている。そこから60年、70年安保斗争という斗争ができた。そこをしっかり握り直すことが重要だと今回改めて感じた。集会をへてさらに日本を変える力を発揮する段階に来ている」と話した。
 宇部市の退職教師も、「参加した人が福田さんの考える方向で一本に結ばれて、顔も知らない人なのに感情的に同志のような気がした。これを地域、学校から行動に移していけば全国的に大きな力になっていくのではないか」と確信を語った。
 長周新聞社からは、没5周年からの5年間で劇団はぐるま座を筆頭に、人民教育同盟や下関市民の会などが福田型に路線を転換したことで運動が発展し始めたことが強調された。そして福田主幹が「長周新聞は偏っているという人がいるが、国の独立、平和、民主主義、繁栄というのはみんなが要求していることだ」と書いていることにふれ、「いわゆる活動家のなかには、偏ったことをするのが組合だという考え方がある。経済主義、改良主義で、自分の損得ばかりで人はどうでもいいというのはそれこそ偏っているからみなから嫌われる。しかし全人民的利益を代表して“日米安保”とたたかい、国全体をどうするかという労働運動をしたらみなから支持される」とのべ、この五年間でその転換が大きく進んだこと、いまから五年奮斗すればさらに大きな発展が勝ち取れるとのべ、そのために奮斗する決意が語られた。
 劇団はぐるま座の団員も、「5年前から再建をはじめ、小集団の利益ではなく、多くの人たちが願っている方向に役立つ文化・芸術を創造していこうということで、『雷電』下関公演を突破口にやってきた。劇団内の斗争によって純化してきたし、山口市民からも強い支持が寄せられている。秋には下関で創立60周年記念集会を予定している。『雷電』の再演も検討したい」とのべ、参加者から期待を込めた大きな拍手が送られた。
 最後に事務局からの基調提案と財政報告を拍手で承認し、福田正義没15周年に向けてこの運動を全国に広げることを確認して散会した。

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