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貧困がもたらす犯罪が激増
              窃盗や詐欺が刑法犯の大半    2008年4月7日付

 悲しい親殺し子殺しが連日のように報道され、世の中を震撼させるような猟奇的な殺人事件があとを絶たない。社会の貧困化を背景にした精神世界の崩壊を反映しており、絶望から自虐的殺人に走ったり、それを真似する模倣犯罪が起きたりしている。自殺者の数も交通事故死の数よりはるかに多い。いまや個人の心がけの範ちゅうを超えた社会現象になっており、問題の根源を社会的に解決せざるをえないものとなっている。

 絶望から親殺しや子殺しも
 3月初旬、山口県長門市油谷向津具で、71歳の男性が特別養護老人ホームに勤めていた事務長男性の自宅に行き、その妻ともども殺傷する事件が起きた。殺害された男性は利用者の介護や相談、ケアプランの作成などの仕事をこなし施設の中心的な存在だった。その翌日、容疑者の男性も近くの山中で首をくくって死んでいる姿が発見された。
 近くに住んでいる人人の話では、刺した70代男性は無職で、特別養護老人ホームに入れていた母親の年金を頼りに暮らしていた。ところが母親が死亡して「年金を全部出せ」といわれ、それでは生活ができないということで事務長ともめていたという。「最近は葬式までその施設でするので、費用を請求されたのではないか。周囲は、このままではなにかが起こると心配していた。そうしたら案の定、事件が起きた。やけくそになっていたのだと思う」とも話されている。
 東京都では3月28日、42歳の男性が両親と妻の胸や腹を刺して死亡させ、小学2年の長男と幼稚園児の二男も重傷を負うという事件が起きた。寝ているところを襲い、男性自身も自殺を図っていた。74歳の父親は心臓を患って身体が不自由だった。家族経営の製本会社を営んでおり、大黒柱だった男性は、6人家族を養うために午後9時過ぎまで働いていることもざらだったという。一家にとって致命的だったのは、得意先が他県に移転する計画を進めていたことで、それならばと作業場ごと移すことを検討したものの、「家賃が高くて移転できない」と周囲に漏らしていた。明るくまじめな性格で、町内会の活動もがんばっていたと周囲は見ていた。
 千葉県では40歳の母親が9歳の長男の首を絞めて殺し、自身も睡眠薬や解熱剤を大量に服用して自殺を図っていた。子育てや暮らしがままならないことに絶望しての無理心中だった。2月中旬、大阪府寝屋川では、6歳の女児が母親(29歳)と同居していた男性(21歳)に暴行されて死亡する事件があった。1月末には川崎市で39歳の会社員男性が16歳の息子を殴って死なせた。都内の私立高校を退学した息子は無職で、生活態度をめぐってもめていた。5人家族だった。同じ日には、宮城県仙台市で空調会社を経営している男性(53歳)が家族を斬り殺す事件があった。妻は刃物で切られたうえネクタイを首に巻かれた状態で、中学3年の次女も刃物で切られて死亡した。長女や長男は顔や腕、背中を切られながらも逃げて助かった。父親は家に火を付けて、みずからも自宅近くの調整池で心中を図っていた。1月中旬、埼玉県では会社員男性(31歳)が1歳児の息子に暴行を加えて意識不明の重体にする事件もあった。
 親が子を殺し、子が親を殺す。本来、子どもを授かって希望と幸福に輝いているであろう若い親たち、あるいは拠り所となるはずの家族が虐待や撲殺、刺殺をする。灰色にうち続く生活の苦悩と憂鬱のなかで、将来を絶望の目でながめ、死をもって解決する事態がますます増えている。自殺者が年間3万人を超えていることも、そのあらわれとなっている。3万人という数字は、交通事故で亡くなる人の数字の3倍以上である。

 猟奇的な殺人事件頻発
 ハリウッド映画かなにかを丸写ししたかのような、不気味さと凶暴さを特徴とした事件も相次いでいる。社会への不満を募らせた通り魔事件も相次いでおり猟奇的な模倣犯を誘発している。
 3月末、茨城県土浦市のJR荒川沖駅周辺で、24歳の男があたり構わず8人を殺傷するというおぞましい事件が起きた。その前段では、通りがかりの玄関先にいた72歳の老人を文化包丁で刺し殺して逃走。母親には「おれが犯人だ。犠牲者が増えるよ」とメールを送っていた。逃亡先の東京で丸刈りにし、秋葉原で発売間もない格斗ゲームソフトを購入。110番通報して「早く捕まえてごらん」と警察を挑発したりしていた。変装した格好で地元駅に戻り、あっという間に犯行に及んだ。パニックで出払っていた無人の交番に進入し、不在転送電話を使って「私が犯人です。捕まえてください」と連絡して逮捕された。
 父親は外務省勤務で4人兄弟の長男。少年時代から物静かで優しいと周囲からは見られていたが、進路が迫られる高校3年の夏以後荒れ始め、卒業後は定職に就かず、自宅に引きこもってゲームにのめり込んでいたとされている。逮捕後、「最初の計画では、妹を殺して、出身中学や高校、以前住んでいた横浜でも人を殺し、ネットオークションで名前を知った京都の人も殺害するつもりだった」と供述。殺害の対象については「誰でもよかった」といった。1月に東京都で起きた18歳の少年による通り魔事件の模倣でもあった。
 岡山市のJR岡山駅では、3月25日、38歳の男性がホームに突き落とされ、電車に跳ねられて死亡する事件が起きた。逮捕された18歳の少年は、「誰か人を刺してやろう」と思い、大阪府の自宅からナイフを持って家出していた。岡山駅にたどりついても決心がつかず躊躇していたが、最後はニュースで見た知識から突き落としを思いつき、見も知らぬ男性を背後から無言で突き飛ばしたとされている。少年は、成績優秀で進学希望を持っていたが、経済的な事情で断念。「1、2年働いて、お金を貯めて大学に行きたい」と周囲に漏らしていたが、就職先も決まらないまま卒業。精神的な拠り所がなく、がんばっても報われない現実に直面して行き場を失い、荒んでいた。3年間で欠席は2日だけで、2月末におこなわれた卒業式では精勤賞を受けていた。一家は阪神大震災で被災して大阪府に転居。少年は新しい学校にも馴染めず、いじめられていたという。
 青森県八戸市では1月中旬、アパート火災の現場から母子3人の遺体が見つかった。殺された母親(43歳)の腹部は切り裂かれ、人形一体が詰められていた。中学3年の次男、中学1年の長女も出血多量で死亡。家庭内暴力を振るっていた長男(18歳)が殺害と放火を認めた。ナイフや軍グッズ収集に異様な執着を見せていたという。
 昨年12月には、長崎県佐世保市で米大学乱射を模倣したかのような乱射事件が起きて世の中を震撼させた。
 通り魔事件が相次いでいるのも特徴で、下関市では3月初旬、JR下関駅に近い路上で、店舗経営をしていた男性が殺害された。刺し傷は胸や背中など10数カ所にものぼるなど、恨みの犯行だった。
 福岡市城南区の路上でも30代の女性が刃物で刺されて重傷を負った。男に「お金」といわれて、抵抗する間もなく腹や首などを刺された。今年だけ振り返っても、つぎつぎと痛ましい殺人が起きている。

 金に関する犯罪が急増
 犯罪件数は認知されているものだけでも、戦後からこの方上昇傾向をたどっている。刑法犯の認知件数は、1980年代までは年間150万件前後を推移していたのが、ジワジワと増え始めて2000年代に入ってからは350万件(2002年)を突破するなど異常な伸びを見せている。その5〜6割を占めるのが窃盗だ。2006年度の刑法犯認知件数は287万7000件で、そのうち窃盗が153万件、詐欺が7万5000件、横領が9万6000件と、お金にまつわる犯罪がほかの分野と比べてもダントツに多い。窃盗件数は、交通関連(違反など)の82万件よりも2倍近く発生していることになる。殺人は1309件、強盗は5108件、傷害・暴行があわせて6万5000件だった。
 また犯罪者のうち60歳以上の年齢層の占める割合が上昇している。犯罪白書では、1977年には全犯罪者のうち2・9%だったのが、2006年には17・5%にまでなった。
 窃盗関連では、農業用の防霜ファンの銅線が大量に盗まれたり、ガソリンスタンドや運送会社からは貯蔵タンクの油が丸ごと盗まれるなどの事件も起きている。北九州市では住宅の駐車場などから相次いで金属製門扉が持ち去られるという出来事も起きている。“オレオレ詐欺”や悪質なマルチ商法なども目立っている。
 家庭内暴力の件数は、被害届が出された件数だけでも昨年は2万件を超え、近年はうなぎ登りで数値が推移している。そのうち8割が、現役世代である20〜40代のなかで起きている。
 ちなみに警察絡みを見てみると性犯罪者がなんと多いことか。最近では福岡県警の警部(48歳)が捜査に協力していた27歳の女性を強姦しようとして逮捕。その前日には同県警本部捜査二課の巡査長(31歳)が団地の自宅隣室ベランダに進入して女性を覗き見していた。さらにその2日前には、同県警に採用が決まっていた未来の警察2人(25歳)が、知人女性に睡眠薬を飲ませて乱暴し、準強姦容疑で逮捕された。山口県警では、下関署の巡査部長が少女売春をやっていたことが明るみに出た。女性を襲うことばかり考えているのか、やたら警察官の変態的な性犯罪者が多いのが特徴だ。
 ただ生きていくことすら困難ななかで、希望とか満たされた精神世界とは真反対の荒廃した凶暴犯罪が相次ぎ、他人を巻き添えにした突発的で動物的な殺人や、精神崩壊、暮らしの不安定さを基盤にした家庭崩壊・一家無理心中が後を絶たない。お金がないために、年配者の窃盗も増えるばかりとなっている。そして世界的にも群を抜く自殺者数である。それらの根底にあるのは絶対的な貧困で、まさに犯罪国家アメリカを追いかけるような事態が進行している。“カネ”は社会の一片の道具にしかすぎないのに、生命を奪い、人格を抹消し、おびただしい罪悪の根幹にすらなる。
 世の中で、大きいものであれ、小さくささやかなものであれ、“生き甲斐”もなく生きている人間はいない。未来への希望が泡沫のようにもろく崩れたとき、哀しい悲劇が繰り返されている。自分本位で果てしもなく身勝手なイデオロギーが浸透していることも特徴になっている。これに抗して、労働者のイデオロギーを勝利させること、貧困に立ち向かって労働の解放をめざす労働者の運動が切実に求められている。

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