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貧困と独裁と戦争の滅亡する国に
敗戦記念日64年目を迎えて
               自民党売国奴政治の犯罪     2009年8月12日付

 総選挙を前にして、戦後64年目の8月15日敗戦記念日を迎えようとしている。人人は小泉・安倍自民党政府がアメリカに隷属した売国奴政治を強行し、日本社会をメチャクチャに破壊したことに激しい怒りを燃やしている。経済大国といっているあいだに貧困大国になり、平和国家といっているあいだに戦争をやる国家になり、主権在民国家といっているあいだに聞く耳のない独裁国家になった。この欺瞞的な売国政治は10年ほど前に始まったことではなく、敗戦につづく戦後からつづいている。敗戦記念日を迎えて、あの戦争につづく戦後日本社会はいかなるものであったか、そして貧困と反動と戦争の道をおしとどめて、独立した平和で豊かな社会を切り開く展望はどこにあるのか、記者座談会を持って論議した。
 
 労働力の再生産すらできず

  まず戦後64年たった日本社会の現状はどうなっているか、人人の世論はどうなっているか出し合ってみたい。国民生活がさんざんになったのは小泉・安倍内閣から段階を画しているが、第二次大戦によってつくられた戦後社会の到達だ。この現状をどう打開するかだ。
 B リーマン・ショック以後の大不況に直面して、労働者は非正規雇用を中心に路頭に放り出され、失業率がグングン上昇している。職に就いている人でも食っていけない状態が広がっている。職安で労働者に聞いてみると、1カ月に数日しか仕事がないとか、複数の仕事を掛け持ちしているなどザラだ。「なぜ働く者が生活できないのか」という怒りがうっ積している。ボロ儲けしてきた大企業は外需がしぼんだために生産調整で、へっちゃらで切っていく。そしてエコカー減税とかの在庫整理に補助金が注ぎ込まれ、救済されている。
  労働者のなかでは、「賃金をどう上げるか」というよりも「市場原理・規制緩和に根がある」と国の在り方に問題意識が迫っている。目先ではなく、抜本的な解決を求める声が強まっている。労働運動が壊滅状態にあるなかで、どう運動を起こしていくか、どうみんなの声を束ねて形にしていくか、展望が求められている。
  敗戦後は職がなく失業者が街に氾濫して、貧困、飢餓状態からスタートした。そこから共産党が最大の政治勢力になって、かなり戦斗的に労働運動がたたかわれた。代表的なのが占領下の広島でやられた50年8・6平和斗争だった。そして反米愛国の60年「安保」斗争まで押し上げていった。
 しかし60年「安保」斗争後、支配階級の側は、入念な攻撃をかけて運動を切り崩していった。「所得倍増」といって「高度経済成長」に進むなかで、企業の発展に依拠して配分を増やすという改良主義、経済主義をはびこらせていった。職場を基礎にした政治斗争の弾圧がやられていった。組合幹部をアメリカに留学させたりして、組合を分裂させ資本の隷属物にしていった。この組合主義、企業主義というのは、自分たちの利益ばかりが関心で「よそのことなど知ったことじゃない」という排外主義になった。
 原水禁運動の分裂も1962年だった。「あらゆる国の核兵器にも反対する」といって、アメリカの核恫喝を容認するものだった。労働組合の分裂も激しくやられた。「資本主義は永遠に発展する」「資本主義の発展によって労働者もよくなる」というイデオロギーがまき散らされて、ガタガタに労働運動を崩した。ところが戦後64年たった労働者の現状は、惨憺たるものになった。
  中曽根時代の国鉄民営化にはじまって労働法制を撤廃していった結果、1カ月十数万円ほどの非正規雇用が全就労者の3分の1を占めるまでになった。年収200万円未満の労働者が全就労者人口のおよそ2割にもなる。貯蓄ゼロ世帯は25%にも及んでいる。いずれも過去最悪を更新し続けている。正規雇用者も税金などの高負担でいいことはない。「労働者は奴隷扱いだ」「奴隷どころかモノ扱いだ」という実感が強い。
  若い世代はとりわけそういう実感が強い。「高度成長」など経験していないわけだが、幻想がない。自分たちの境遇からして、「会社にお世話になっている」という感覚はないし、企業との依存面がないのも特徴だ。こうした若者が工場のラインでは主力になって生産を担っているが、「雇用の調整弁」として虫けらのように切り捨てられる。
  第二次大戦で虫けらの如く殺されたのと一緒だ。たたかわなければ生活できないという真理が切実に迫っている。一方は儲けるだけ儲けて有り余る資金をもてあそび、一方は労働力の再生産すらできない時代。自分が食っていくのが精一杯で、「家族を養うなどもってのほか」という世の中だ。秋葉原事件のように絶望して人殺しに走るのもいるが、みんなは展望を求めている。
 D 広島原爆展で東京から参観しに来た男性が、「ハローワークに行っても非正規雇用すらなくて、3日間のアルバイトがあればいい方だ。生活費を浮かせるために四人でルームシェアリング(共同生活)をやっている」といっていた。「なんとかしなければ!」という思いは強くて、都議選では若年層の行動もすごかったようだ。別の高校の先生は「どうせ勉強しても仕事に就けない」とあきらめて荒れる子どもが増えたとか、「戦争をしたら儲かるのでは」といい始めるのが出てきたり、右翼化も指摘していた。また戦争になるか、まったく新しい社会をつくるかの分岐点なのではと問題意識を語っていた。

 食い物のない餓死する国に 農漁業は消滅の危機

 E 農漁業も64年たってどうなったかだ。終戦時期には基幹産業だったのが、今や消滅の淵に立たされている。戦後農民は1500万人いた。それが300万人まで減った。農家戸数は、600万戸あったのが200万戸になり、さらに40万戸まで減らすと自民党政府はいっている。国内の中山間地は荒れ放題になっているくせに、海外の土地で農業経営しようといい始める始末だ。そうして戦後78%あった食料自給率は40%まで落ち込んでいる。あと、今夏のように集中豪雨に襲われると、各地で山が崩落したりする。治山治水すら成り立たないまでに国土崩壊が進行している。農民が山を管理し、手を加えて守っていたが過疎高齢化で人がいなくなったからだ。
  食料自給を放棄したら日本人は食っていけず社会が成り立たない。世界的には食料難が叫ばれるなかで、輸入依存で食料安保を投げ捨てている。トヨタの自動車を輸出するために農漁業が犠牲になってきたが、あまりにもバカげている。アメリカの余剰農産物の消費市場にされて国内農業が潰されてきた。世界的にもこれほど食料自給率が低いのは日本と韓国くらいで、独立国とはいえない。
  戦後は「農地改革で民主化される」といって、地主の土地を分け与えられてみなが自作農になった。当時喜んだわけだが、六四年たってみるとその結果農村は大収奪されて影も形もないようにされた。その間、農村からみなが出ていった。高度成長というが、それは農業を収奪するということだった。農業を犠牲にして工業優先。これが資本主義の法則だ。農民は農地改革以来の戦後農政にたいして「ダマされた」の怒りになっている。
  農家の人たちと話すと、機械や肥料などの高額さが話題になる。農産物価格が安いなかで、そうした高機能の機械類を駆使しなければ競争から振るい落とされる。しかしいくら生産しても収入が見合わない。だから息子たちは都会の工業地帯に出ていく。アメリカの余剰生産物を押しつけられて輸入自由化で潰されていった。
  そして自治体合併と農協・漁協の合併が、農漁村切り捨ての露骨な攻撃となった。郵政民営化で郵便局すらなくなる。銀行は早くからATM化で窓口を撤去。バスも走らない。学校や保育園も統廃合で廃園。病院もなくなる。国土の大半を占める中山間地は人が住めない地域になろうとしている。
  農林中金が農漁民の預金を吸い上げて都市部に回してきたのだが、最近ではサブプライム証券のような投資に注ぎ込んで焦げ付かせている。住宅ローン債権だけでも5兆5000億円が実質パーになっているのだから凄い金額だ。全部アメリカに流れていく。農漁民のカネは返ってこないし、増資でさらに農協は吸い上げられている。信用事業や金融をやることで収奪される道具だったという姿だ。農林中金に巻き上げられたカネはハゲタカファンドどもが食い物にした。
  農協が地域に根ざしていた時代は、町ごとに農業指導など力が入っていた。ところが合併することで金融一本槍に変わっていった。カネを運用することで儲けを追い求めて、農業と関係のない団体になっていった。農林中金といっても農漁業の心配などしていない。最近では、農漁協から信用事業も奪いあげている。これでは農漁業の再生産は不可能だ。
  食い物のない餓死する国になっている。食い物がないのに戦争をしようというバカみたいなことだ。農業を潰してしまうことで、各地の祭りとか風俗・習慣・文化など土地に根ざしていた伝統が滅ぶ。そして百姓が支えていた治山治水の機能も喪失する。目に見えないけれど、農民の労働が支えていたわけだ。これをやめたら、国土崩壊で砂漠化する。
  耕作放棄地が増えている。山は荒れ放題で竹藪が浸食している。畑に行ったら先着のシカやイノシシが「おまえら何しに来たのか?」という顔をして見てくるのだと農家の爺ちゃんがいっていた。サルは恐くて、下手に手を出したら襲撃されるから、一人暮らしの婆ちゃんたちは役場から「猿が出たら家のなかでジッとしておくように」といわれている地域もある。農業は自然との共生なのだが、自然を食い物にして傲慢になった結果、しっぺ返しを受けている。

 商店や中小企業もなぎ倒す 年寄りは買物難民に

  商業分野では、下関市を例に見てみると、85年の商業統計から比較したら2007年には4分の1まで商店が減っている。わずか二十数年の間に様変わりしている。とりわけひどいのが生鮮食料品で、食肉店は110あったのが30軒。鮮魚店は205から78軒。青果店が163から53軒と激減している。この間の大型店の規制緩和が効いている。結果、市街地でも買い物難民が出ている。年寄りはタクシーで豆腐を買いに行ったりする。祭りをやっても商店街がないから寄付も集まらず地域に活気がない。
  60年代には「高度成長」で重化学工業化をすすめた。そこでできた過剰資本を流通部門に振り向け始めたのが70年代。下関ではシーモールが77年にできた。過剰資本が溜まって、それを生産に投入するのではなくて、流通部門の独占集中に向けた。いまや流通業界が市場価格を支配して、農漁民の生産価格まで支配してしまった。
 C 中小企業がどうかというと、下関の基幹産業である造船、鉄工も相当になくなった。漁業が先にやられて、内航船も規制緩和で用船料は下がるし経営難。新造船が減っているし、修理すらままならないような状況だ。それが中小の造船鉄工業者にはこたえている。全国的にも造船所が廃業に追いこまれている。
 A 中小企業の経営者たちのなかでは大きな企業にのし上がる意欲を語る人が多かった。しかし大資本から完璧に収奪されてしまった。工業部門では早くから下請化が進んできた。トヨタや輸出大企業からは理不尽な形で搾り上げられた。下関の土建業者を見ていても同じで、大型ハコモノ事業をやればゼネコンが受注し、二次下請、三次下請などで入っても叩き上げられて利益がほとんどない。最近ではよそから下請業者も連れてくる始末だ。中小企業家も首つりの事態になった。「自民党をどうにか懲らしめろ」となっている。
 
 教育分野 肉弾つくるため動物化 

  教育分野では「戦後民主化」の問題について考えないわけにはいかない。終戦直後から教え子を再び戦場に送るなと教育斗争が繰り広げられたが、60年安保の翌年には日教組中央が「教育斗争はやらず賃金斗争でいく」方向を打ち出して、崩れていく。とくに中曽根内閣が臨教審で個性重視を打ち出したこの20年で現場はむちゃくちゃになった。子どもたちは動物状態で、授業をやっても立ち歩くし奇声を発するし教育にならない。
  「戦後民主化」したといっていたら、今のようなハチャメチャ状態になってしまった。日教組が個性重視の先頭に立っていた。戦後アメリカ民主主義を歓迎・崇拝した流れが、個性重視、自由、民主、人権のゆとり教育賛成になった。その結果、教師の指導性が奪われ、学校は“子ども天国”の動物化。一部のエリートを囲いながら意図的なバカづくりがやられている。思考力のない安価な労働力、戦争の肉弾づくりだ。
  医療福祉は「高度経済成長」の時期には「資本主義を改良して医療福祉が充実した社会にする」といっていた。国民皆保険ができたのが1961年だ。国民健康保険は今や崩壊している。出発の時点では加入者は自営業と農漁民がほとんどだったのだが、現在では無職者が56%を超えている。その2割が無収入。人民収奪のすさまじさを物語っている。自営業者の加入者は全体の14%程度。保険証をとられて医療を受けられない世帯が36万世帯もいる。窓口で全額負担といっても、高額すぎて病院など行けない。手遅れになって死んでいく人もいる。生存権を保証されない世の中になった。
 中曽根内閣以後の「小さな政府」つまり新自由主義政策で医療費を削っていったのだが、まずやられたのが老人医療無料化の廃止だった。小泉改革以後は、医者不足、医療難民など危機的な状況が社会問題になっている。救急医療でも過疎地からは病院が廃止され、長距離搬送で救急になっていない。致死率も高まる。都市部でも医者不足で搬送を断られたりするケースが増えている。小児科では日本は幼児死亡率が先進国で最大だ。赤ちゃんで産まれてくる時はいいが、1〜4歳までの幼児死亡率が最悪なのだ。小児科医の不足と、小児救急体制の不備からそうなっている。産婦人科の危機もすごい。医師配置すらままならない。新しい生命を産むことも難しいし、老人は「いずれ死ぬ」と明記した後期高齢者医療制度。医療を制限するもので、「枯れ木(高齢者)に水をやる必要はない」と厚生官僚が平然と発言する始末だ。保険の面からも医療体制の面からも破壊されている。新自由主義の犯罪は大きい。
 D 「日本は福祉国家なのだから、わざわざ社会主義にしなくても充実している」などと、かつてはいっていた。70年代の「老人医療無料化」キャンペーンは凄かった。「福祉国家」「スウェーデンにも負けない」とかいっていた。ところが二極構造が崩壊して新自由主義が登場すると、ブチ切っていった。社会主義国が崩壊したら、福祉どころか「自己責任で死になさい」となった。

 独占資本は寡占化を進める 内部留保は120兆円

  独占企業は大もうけしているわけだが少数になってきた。かつて6大グループといわれていたのが三井住友、三菱UFJ、みずほの3大銀行に再編されてしまった。財閥系同士も合併した。独占資本はあらゆる資本を食い潰し収奪しながら寡占化してきた。それで大衆課税ばかり増やして法人税をまけさせている。独占企業集団の傘下には内部留保が120兆円蓄積されている。投資先はなく、カネは余りすぎて困っている。
  寡占化の進行とあわせて外資が入ってきて、国内株式市場は売買シェアの六割を外資が握るほどになった。低金利で巻き上げたカネで日本企業を買うのだからふざけている。大企業といってもキヤノンを筆頭に外資そのものになってきた。
 「高度成長」過程でもアメリカに技術料、原材料から、輸出先まで依存してバンバン吸い取られていた。今や金融資産そのものに手をつけられ、根こそぎ持っていかれている。1400兆円ほど国民の金融資産があるが、すでに500兆円以上をアメリカに持ち逃げされている。それに郵貯・簡保の340兆円が今からどうなっていくのかだ。米国債を買わされたりサブプライムのような金融派生商品をつかまされたカネは返ってこない。みなの預貯金が焦げ付いて、不払いになるということだ。農林中金が典型的だが、郵便貯金もその目にあわせようとしている。だから小泉が郵政民営化をゴリ押ししたらウォール街が歓喜した。証券化商品のインチキで巻き上げられ、アメリカの再建過程でもう一段巻き上げられる。米国債を買わされても紙屑だ。

 全て米国の代理人 深刻な政治家の劣化

 A 政治家の劣化がひどい。小泉、安倍、福田、麻生とつづいてきて、今や政治家らしい政治家がいない。独自の外交路線がなく、みなアメリカの使い走りばかりしているからだ。だから外国に相手にされない。安倍晋三がNATOに出て行って「日本も軍隊を出すのだ!」といってドイツかどこかにたしなめられた。全てアメリカの代理人だったというのが国際的にもバレているし、小泉以後は隠しもしなくなった。
 年次改革要望書で出されたものを「ハイ、ハイ」といって実行するだけで、内政干渉も当然だというのが国内政治家だ。アメリカの側は干渉とも思っていなくて、「もともとアメリカがぶんどった国だ」といった調子だ。
  戦後から振り返っても、岸信介などは東条内閣の商工大臣でA級戦犯として巣鴨拘置所に入れられていた人物だ。本人は絞首刑になると思って親類縁者を集めて水杯を交わして巣鴨に向かったという。ところがアメリカに見込まれて檻から出てきて首相に上り詰めた。最近、公文書で明らかになっていたが、緒方竹虎(吉田茂後継の首相候補)にしてもCIAがカネを使って取り立てた。日本人民を無謀な戦争に駆り立て、お先棒を担いだ連中が、戦後はCIAの力で属国の代理人として取り立てられていった。そのなれの果てが現在の自民党中枢にいる孫たちだ。
  戦後一貫して、アメリカに逆らうことを発言したら粛正されるのも特徴になっている。田中角栄はアメリカから証拠を突きつけられてロッキード事件で抹殺された。鈴木善幸もしかり。橋本龍太郎も「米国債を売りたいという衝動にかられることもある」といっただけで、コテンと転げた。田中真紀子もアメリカの文句をいったら一発でやられ、最近は小沢一郎が「駐留米軍は第七艦隊で十分」といったら西松建設問題がポンと出てくるハメになった。長崎市長だった伊藤一長が「アメリカけしからん!」と公然と発言していたが、全国市長会の会長選に出ようかという時に殺害された。原爆問題でもアメリカ批判をしていたが、大型店の出店に反対したりする、ああいったタイプが消される。広島の秋葉市長は慌てて警備をつけて今年などはオバマジョリティーといって大賛美する始末だ。うかうか逆らっていたら粛正されるというのが流れている。検察、警察もアメリカルートがうごめくのだ。
  政治勢力では労働運動を分裂させた社会党などの労働組合幹部は60年「安保」斗争後、意識的にアメリカ留学で手なずけられて、彼らが労働運動を破壊していった。学者もフルブライト留学でアメリカに渡らせ、代理人をこしらえて日本支配にあたらせてきた。「日共」の修正主義集団は戦後出発は「米占領軍は解放軍」という規定からはじまっている。それが今オバマ万歳になっている。与野党ともに政治勢力はアメリカびいきの手下になっている。

 民主主義どころか独裁国家 国民に聞く耳なし

  日本は民主主義どころか独裁国家だ。アメリカと大企業が好き勝手に権力を振り回し、国民には聞く耳のない独裁国家だ。隣の北朝鮮をヤーヤーいうことはない。野党といっても茶番のお手伝いをしているだけ。そしてマスコミもアメリカのコントロールで嘘ばかりという評価が定着している。何か政策がやられるときは煽り上げて反抗しにくい雰囲気をつくって推進していく。
 湾岸戦争あたりになると、アメリカの報道をすべて真似して、汚染された海鳥を映し出したりする。国際報道はみなアメリカのコピー。自分の足で取材するのでなく、ペンタゴン発表にもとづいて世論操作をやるのが当たり前になっている。戦後からそれは一貫している。CIAが見込んでいた緒方竹虎の朝日新聞がそうであるし、正力松太郎の読売新聞もしかり。CIAは戦後「心理作戦のために必要なのだ」といってマスコミ管理は重視していた。
 B 自衛隊も米軍直結だ。防衛省が統括していると思ったら大間違いで、機能的にも米軍の下請軍隊だ。制海権、制空権も米軍が握っている。幕僚長で騒がせた田母神も英語ペラペラの航空自衛隊出身だ。反米のような発言をするが、口ばかりで、行動はアメリカ崇拝だ。
 F 三権分立の建前すら吹っ飛んでいる。ひどい独裁国家だ。検察庁の特捜部も、アメリカ直結。官僚機構もアメリカ直結。旧大蔵省、財務省などは代表的で米国財務長官が直接乗りこんできて指示したりといった関係。アメリカ大使館が動くことなども暴露されている。松川事件のような構造がずっと続いている。
  平和な国・日本というのもだましだった。いつ戦争が始まってもおかしくない。アメリカの国益のための戦争であるし、アメリカ本土防衛の盾になって、日本が自発的に自らの意志であるかのような体裁をとって参戦する性質を帯びている。米軍あたりが日本海から日本に向かってミサイルを撃ったら、「北朝鮮が攻めてきた!」などと日本が戦争を始めるような真似でもしかねない。哀れ惨憺たる結末だ。

 アメリカの完全なる属国に 戦後の日本社会

  第二次大戦後の日本社会の基本構図をみなが実感している。日本は帝国主義国であるがアメリカの完全なる属国だ。高度に資本主義が発達した植民地。先進資本主義国が植民地になっているのは歴史上も例がない。日本の独占資本やその代理人たる政治家であれ、官僚であれ、日本の支配機構を使って植民地支配してきた。この支配階級の売国性がすごい。アメリカに身も心も売り飛ばして、日本の民族的利益を根こそぎ売り飛ばした。ブッシュは「日本支配がイラク占領のモデルだ」と公然と主張したが、そういうことだ。
 日中戦争で満州を支配するのに、関東軍は60万人配置されていた。ピーク時には100万人だった。外国を占領しようと思ったらそれほどの人員を要した。日本国内に駐留している米軍は4万〜5万人。それなのにどうして支配できるのかというと、日本の支配機構を使っているからだ。大新聞も戦争を煽り上げた反省もなく、戦後は廃刊にもならず、そのまま何もなかったかのように発行しはじめた。同じ敗戦国のドイツは新聞はみな廃刊になった。日本は廃刊になったところは一社もなく、そのまま機能しはじめた。天皇制もしかり。財閥もそう。
 D ドイツの場合は独立性を持っている。日本はまるきり隷属。この違いは何か。ドイツは連合支配だった。日本は単独占領だ。そのための原爆投下だった。ドイツはアメリカもいるがソ連もいるし、フランスやイギリスなど欧州の国国もいるなかで共同管理になった。一国がなにもかも隷属させることはできなかった。日本はアメリカの思う通りに戦後の大改革がやられた。単独占領は原爆によってもたらされたものだ。
 A 戦後64年たった日本の現状を、死んだ320万人の霊は何と思うかと、年寄りは語っている。「何たる様か」「顔向けできない」と。戦時中の日本人の苦難を思うと、まさに人間が虫けら同然だったわけだが、今も虫けらだ。誰が虫けらとして扱っているかというと、アメリカであるし日本の支配階級だ。あれほど全国空襲で焼き払って、戦地で餓死させた連中が、引き続き労働者はまともな生活ができないモノ扱い。年寄りが長生きしたら国賊扱いをする。
 C ただ「大変な世の中になった」とはいうものの、戦時中、終戦時期に比べたらまだマシだと年寄りはいっている。戦争体験者たちが原爆展で語っていくように、虫けらの極限が戦争だった。しかしまたそこへ持っていこうとしている。「日本はこのままではなくなってしまう」という実感を年寄りは語る。「アメリカに潰されてしまう」と。この道は戦争と破滅の道だ。
  「経済大国」といっていたのが今や貧困大国であるし、「平和国家」といっていたのが戦争国家、「民主主義国家」といっていたのが独裁国家になっている。そして属国だ。矛盾は極点まできている。ここでどうすればこのような日本を、平和で豊かで民主主義の独立国家にできるかという問題だ。敵と友の関係を鮮明にしなければならない。日本社会をアメリカが侵略支配し、独占資本集団がその目下の同盟者になって人民を抑圧搾取して侵略している。米日反動勢力と人民の矛盾が日本社会の主要な矛盾だ。この矛盾を解決しないとどうにもならない。

 労働運動再建に日本の展望 社会支える労働者

  日本の展望を開こうとするには労働運動の再建が中心だ。支配勢力も戦争をやろうにも労働者が協力しなければできない。労働者は資本家がいなくてもやっていけるが、労働者がいなければブルジョアジーはやっていけない。社会全体を支えているし最大の政治的な力を持っているのが労働者だ。それがバラバラにされている状態を解決し、全国的に団結していくならこの社会を揺り動かし、社会を変えていくことができる。独立、民主、平和、繁栄の日本社会をつくる力を持っているし、その自覚を促す運動が求められている。そして労働者勢力が中心にたって人民各層を結びつけた統一戦線をつくること、それが日本を変える力だ。
 A 強欲資本主義で自分が儲けるために社会性、公共性を攻撃して暴れ回るようなのは社会を維持できない。市場原理主義は破綻して、社会の現実からしっぺ返しをくらった。自分中心の弱肉強食ではなく社会化要求のイデオロギーを強めることが重要だ。全社会の利益を優先してやるというものだ。個人主義イデオロギーを撲滅して、世のため、人のため、真の国益を代表していくことがいる。資本主義の無政府性のおかげで労働者は食っていけないし、年寄りは生きていけない。社会が食いつぶされていく。これは計画経済にすればよいことだ。農漁業もそれしか道がない。医療福祉もしかり。社会化しなければどうにもならない。そのためにはアメリカの支配から脱却しなければならず、国がどうなろうと知ったことではないという強欲な独占企業は国有化した方がよいというのは、今ではみんなが考えていることだ。
 衆院選は全国民的な怒りの世論が爆発することは疑いない。それは自民党を大惨敗させよという強い声になってあらわれている。大事なことは、戦後日本社会における敵と友との関係をはっきりさせ、独立、民主、平和、繁栄の日本を建設するための、全国的な大衆的な論議と運動を起こすことだ。それが自民党を大惨敗させ、民主党ほか各政党を縛り上げることになる。

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