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広島から世界動かす力に
原水禁運動の到達と展望
              若い世代が行動始める    2008年8月22日付

 今年の8月6日を頂点とした、原水爆禁止の広島行動は、広島・長崎市民の支持を基盤にして、「原水爆禁止広島集会」、「原爆と戦争展」、平和公園での街頭キャラバン展示、小中高生平和の旅、被爆者交流会、青年交流会などがとりくまれた。被爆市民の気迫に満ちた行動が学生や現役労働者などの若い世代と響きあい、原水爆戦争を阻止する国民的な運動の展望を全国・世界に向かって力強く発信するものとなった。本紙では、これを取り組んだ原水禁全国実行委員会、全国キャラバン隊メンバーに集まってもらい、今年の運動の到達点と今後の展望などについて語り合ってもらった。

 現代の問題と戦争体験結び
 司会 今年の運動の経過から見てみたい。
  3月末に全国実行委員会を開き、2月の岩国市長選や全国で展開してきた原爆と戦争展の反響を総括し、今年さらに力強く発展している大衆の世論をどう見るか論議した。アメリカが原爆投下によって日本を占領支配し、いまや農漁業は壊滅し、労働者は食べていけなくなり、政治、経済、文化、教育にいたるまで日本社会全体を荒廃させてきたこと、日本支配の根幹が核兵器であり、日本をさんざん食いものにした上に、もういっぺん日本を核戦争の戦場にしようとしている。したがって原水爆禁止運動は、日本を原水爆の火の海に投げ込むことに反対し、あらゆる植民地的支配に反対する全人民的な第一級の政治課題であることを確認した。
 とくに、労働者が自分たちだけの経済的利害、目前の改良だけを求める傾向を打破し、日本の独立と平和の課題を真正面から掲げた運動を起こすことが重要であること、原水禁実行委員会の構成員が「小集団の自己主張」ではなく、それぞれの地域全体を代表する立場に立って、圧倒的大多数を結集する情勢であることを論議した。
  全国で「原爆と戦争展」と街頭展示をおこなってきたが、どこでも戦争体験者が黙ってきた体験をほとばしるように語りはじめ、日本の荒廃がアメリカ支配によってもたらされたことへの怒りと、もはや独立と社会変革しかないという声となってあらわれた。山口県では岩国市長選につづいて、衆院山口2区補選では岩国市内や周辺でも街頭展示をおこない、基地問題をはじめ後期高齢者問題など現代の問題と、被爆・戦争体験が結びついて、「アメリカにはいつくばっていけば日本はつぶれていく」と語りあわれた。これは2区の衆院補選で自民党を大敗させた根底の世論を励ますものとなった。

 気迫こもる取組に 広島でも長崎でも・若い世代が共鳴
  6月末には第4回長崎「原爆と戦争展」が、「独立と平和のために語り継ぐ」というスローガンでおこなわれた。被爆者たちは気迫があり、宣伝活動にも被爆者や若い世代などの市民が積極的に参加した。伊藤前市長が銃殺され、「原爆はしょうがなかった」という久間元防衛相を辞任させた昨年からさらに高揚した市民世論があらわれていた。
  長崎での宣伝行動で、被爆者の迫力が昨年の比ではないと感じた。市民のなかでも「長崎のものがやらねば」と協力姿勢も様変わりしていて、自治会や商店街などであっという間にチラシやポスターがなくなった。それだけの地元の人の立ち上がりに対して、こちらの側がそれ以上の迫力をもって働きかけたかどうかが問われた。
 広島の宣伝活動では、若い人への働きかけを意識的におこなった。若い人が多い中心繁華街のテナントやオフィス街はこれまでなら素通りしていたが、働きかけたら若い店主たちが積極的に協力に応じてくれた。いまのデタラメな社会への怒りとともに、「戦後を支えてきた年寄りを大事にすべきだ」とか、自分だけのことではなく他人を思いやるという意識が若い世代のなかですごく強まっていると感じた。
  「原爆と戦争展」は広島が7回目、長崎が4回目となるが、被爆者や若い人が利害ではなく、私心のない使命感に燃えてやっているし「生きる目的ができた」と喜びをもってやっている。これまでアメリカに対して本音がいえなかったところから、原爆展運動に参加して人生が変わったという感動がある。
 長崎市内でのキャラバン行動には被爆者が駆けつけて、帽子もかぶらず炎天下でビラまきをし、まるで旧知の間柄のように道行く人を信頼して働きかけていた。理解してくれるかどうか警戒して関わるのではなく、不特定多数の人にどんどん語りかけていく迫力はすごかった。広島でも、70、80代の被爆者たちが連日、朝9時半から長いときには夜9時まで12時間くらい会場で体験を語った。しかも、それを苦にするのではなく、喜びとしてやっている姿は胸を打つものがある。運動の主人公として誰も止められない迫力だ。
 秋に修学旅行を控えて、事前の打ち合わせにきた学校がいくつかあったが、先生たちが真剣に被爆者を囲んで語り合っている姿が印象的だった。日本社会を変えていくためには青少年をどう育てるのかが決定的だという意識をもって広島に来ているし、原爆展がその発信源になっている。平和公園のキャラバン展示も「毎年見ている」という常連さんがいっぱいいて、運動が着実に定着してきたと感じた。

 人生観変える 学生や労働者
  今年は、労働者が圧倒的に多かったし、失業者も驚くほど多かった。「なぜ真面目に働いてきたものが失業しなければいけないのか」と語られるし、社会を変革するためにはどうするべきかという問題意識をもっている。広島に来れば、その答えが見えるのではないかと期待して集まって来て、「原爆と戦争展」に来て「ここに求めていたものがあった」と非常に喜んでいく。世界各国から来た外国人も展示に鈴なりになって、英訳を手にとって親子や同僚と大いに論議しながら見ていた。「よくこんな展示をしてくれた!」と短く感動をつづっていく人もいて、全世界に広がっていくことを確信させた。
  戦争を阻止する実際の力をつくっているという実感があった。学生たちの感動は、思い出すのもつらい体験だが、自分のためではなく、ものいえぬまま亡くなった犠牲者や若い人たちのために語り継ごうとする被爆者の並並ならぬ気迫だ。それに触れて、「自分の将来しか考えていなかったが、みんなのために行動したい」とか「こういう生き方をしていきたい」と人生観を変えている。
 現代社会がデタラメになっているが、それはアメリカが原爆を落とし、いまだに武力で支配してやりたい放題していることが原因だと、理屈ではなく人人の体験に根ざした真理、真実を代表していく、このような運動なら一緒にやりたいという。東京の学生が、原水協の国際会議では「日共」の関係者ばかりの閉鎖的なものだったが、「この運動は実際の体験者や広島市民に根ざしている。これが本物だ」と感動して、最後の片づけまで手伝った。
 9日の長崎キャラバン行動でも「原爆と戦争展」に集団参観した中学生が被爆者にお礼をいってカンパをしていったり、大学生が「これから一緒にやっていきましょう」とその場で連絡先を書いていく。被爆者たちは命がけだし、自分たちの思いを受け止める若者がいるのなら惜しみなく献身する。この大きな響き合いが世界の人人にも「これが広島・長崎か」と映ったし、アンケートでも外国人から「公正な事実」「真理真実を描いている」と支持が寄せられた。世界を動かす運動がすっきりと見えてきたという印象だ。
  被爆者たちは悲惨な経験を語ると同時に未来への展望を示している。肉親や多くの学友を奪われた経験が原点だが広島を基盤にした平和運動が全国、世界を動かすことができるし、アメリカの指導層まで動かすことができるんだという被爆者の確信に若い世代が衝撃を受けている。「いろんな活動に参加しても核廃絶など無理だと思っていたが、できることがわかった」と目が覚めたような感動を語る青年が何人もいた。この数年間の実践をもとに展望を語るからすごく説得力がある。
  8月からは、広島市内で「日本を核戦争の戦場にするな」の宣伝カーを出したが、駅前や中心商店街の百貨店の前でも数日間やり、集まった署名・カンパもかつてないものだった。
  9日には長崎に8・6集会のアピールの報告宣伝に出向いたが、観光通商店街や住吉商店街などでビラの受けとりがとてもいいのに驚いた。「アメリカの核戦争の戦場にするな」というビラの表題が注目されていた。商店街では、「今年は街頭原爆展はやらないのか」と待ち望まれていた。
 編集部 今年の諸潮流の基調は、キッシンジャー元米国務長官などが核軍縮を提唱したことに飛びつくようなものでまったく精彩を欠いていた。一昨年は、朝日が「反核を反米にすり替えるな」というシンポジウムを開いたが、今年になると市民世論に対抗する力がもっと弱かった。ここ数年のこちらの宣伝内容を振り返っても、一昨年は北朝鮮ミサイル問題があって「暴支膺懲の失敗を繰り返すな」とやり、昨年は伊藤市長銃殺、久間発言のなかで「アメリカは核を持って帰れ」とやった。今年は受け身型というのではなく、独立・平和の主張を真正面からやってスッと受け入れられるという状況だった。敵側のキャンペーンは迫力を欠いたが、それは広島、長崎の被爆市民の世論に逆らって勝手なことは出来ないということだ。被爆市民と結びついたわれわれの運動が全国と世界を動かしてきたのだと確信すべきだと思う。
  長崎は平和宣言では、永井隆を持ち上げたが、広島・長崎で発展してきたアメリカに謝罪を要求する市民世論に対して、おかしなことはいわれないという雰囲気になっている。

 現状変革求め論議 原爆と戦争展の参観者・失業や貧困重ね
  「第2次大戦の真実」パネルを見た若い世代、現役世代からは現代の格差社会について語られた。富が一極集中して圧倒的多数が貧乏になっていく、それが戦争にいくという。「その富を取り上げてみんなに平等に分配しなければいけない」と子どもを連れた母親がいっていた。労働者にとってはまさに現実問題だし、この社会を変革する要求が充満している。
  平和公園でも労働者が圧倒的に多かった。非正規雇用の契約、派遣労働者をはじめ、正社員の状況もかなり劣悪化している。パネルに、「人間は1銭5厘で兵隊に連れて行かれ、馬が800円」とあるが、これとまったく同じだ。駒のように扱われ、同じ職場で競争を煽られて協力関係を崩しておいて、その結果については責任はとらないというのは戦争当時とまったく同じではないか」という響き方だった。
 現場の労働者が、「コンピューターをいじくって右から左に金を動かすマネーゲームで儲けている人間が上にいると考えただけで腹が立つ。そういう奴が好き放題やって戦争までもっていくんだ」と怒っていた。
 小林多喜二の『蟹工船』を読んでいる人も多く、「京都あたりではタコ部屋に失業青年を泊まらせて日雇い派遣に送り出しているところもあるが、蟹工船と同じだ」と話していた。秋葉原事件みたいな無差別殺人が日常茶飯事になるなど資本主義がもはや人間まで破壊しているし、この社会を根本から変えなければいけないという論議が沸騰した。
 編集部 「みんな貧乏になって戦争になっていった」というパネルにかなりの反響が集まったが、大衆のなかでの「戦争反対」は、失業や貧乏を基本とした問題として語られた。戦争反対が残酷な搾取制度を変える問題として論議されていることは重要だ。
  以前あったような、「戦争よりも平和が好き」という他人事みたいなものではなくなっている。人が人として扱われない社会の仕組みが戦争をひき起こすし、これから国民を戦場に引っ張り出すものだという。戦争をくい止めるにはこの現実社会の変革に向かわないといけないと意識が発展している。現役世代は、この1年でその意識が強くなったし、それが被爆者たちの気迫とつながって響き合いはじめた。

 国際連帯が広がる 米国の戦争目的を暴露・外国人が共感
 編集部 国際的に見ても、「加害責任を反省しないと世界から認められない」というのがあった。東南アジアや韓国、中国、シンガポールとかにいくと、加害責任を反省しないと日本人は認められないぞというものがはびこっていた。だが、原爆と戦争展パネルを外国人が見ると、強い共感となり、国際連帯となる。中国人や「韓国」人などにも響いていた。
  外国人は「パネルは公正であり真実だ」と口をそろえていっていた。歴史的な事実にもとづいて、アメリカの戦争目的をはっきりさせ、アメリカという共通の敵にたいして世界中の人人が団結するという関係だ。
  日本に来て2カ月くらいの中国人留学生が、「八路軍がいっていた、日本の軍国主義と日本の人民とは区別するというのが正しい」といい、「今の中国の近代化はアメリカによって計画されたもので、そのおかげで国内では民族間の矛盾や格差が拡大して大混乱している。アヘン戦争や日清戦争を記念するために中国国家は、“国力が弱かったから負けたのだ”、と盛んにいっているが、人民は友好親善を願っているし、アジア人民の連帯が核心の問題だ」といっていた。「みんなそう思っているのか」と聞くと「そうだ」といっていた。
  パネルを見たヨーロッパの歴史学教授が「非常に高い視点での第2次大戦評価だ」と感服していた。ヨーロッパの平和運動では、ドイツ軍と戦ったソ連軍と米軍がエルベ川で遭遇し、友好を誓い合ったという「エルベの誓い」がシンボルになったりしてきた。つまり、第2次大戦は日独伊ファシズムに反対する戦争であり、「米英仏は民主勢力であり、平和勢力だ」という定説があった。米英仏側がそう宣伝したし、対するソ連の指導部、世界の共産党の修正主義勢力のなかでそれが定説のようにされてきた。それが日本人民の具体的な体験として、アメリカの戦争目的や実際の残虐さを明らかにすることで深い共感となっている。ヨーロッパでは現在の生活実感から反米が圧倒的であり、それが日本の経験として描かれた第2次大戦の真実とふれて共感になっている。
 編集部 第2次大戦におけるアメリカの戦争目的の暴露は、世界を変える内容をもっている。今日の社会をズタズタにしている根源が、第2次大戦におけるアメリカの戦争目的から来ているという関係だ。また戦後のソ連指導部が代表するわけだが、そのアメリカを美化し屈服してきた共犯者の正体を明らかにすることと結びついている。
  今年の広島の特徴を見ても、2年後にある国連のNPT再検討会議に向けてニューヨークで誓願デモをやるとか、平和市長会議を増やすなど、8月6日のマスコミ各社の社説はすべてこれで統率されていた。高校生1万人署名運動なども、キリスト教仕込みの反核運動のマネごとだ。世界的にも反米が主流になり、日本でも広島・長崎を中心に圧倒しているなかで、それらはまったく精彩を欠いていた。
  デモも市民を代表するものだし、沿道の市民からは親しみ深く会釈をしてきたり、「写真を撮らせてください」という人も多くいた。
  「アメリカのおかげで戦後の日本がある」という論調には、被爆者はかなり神経を尖らせている。アメリカ評価をめぐって生き死にがかかった問題だといわれる。被爆者たちの「死んでも死に切れぬ」という怒りの深さは理屈ではない。全人生を通じた感情世界が体中からほとばしっている。献身的に語っている被爆者の思いを共有し、そこに力があることが理解できなければ市民からは相手にされないと思う。

 核戦争阻止する力が表面化
 編集部 情勢全体が、去年の参議院選から以後、様変わりになっている。小泉、安倍に至る市場原理改革や対米従属の戦争コースにたいして、反撃する力がグーッと表面化してきた。戦争問題にしても、極端な貧富の格差問題、日本の独立問題など日本社会の現実のありようとの関係で非常に鋭くなっている。農漁業にしても、農漁民の生活問題だけではなく日本人の食料がなくなる、国益の問題という意識になっているし、年寄りが生きていけない、若い者が子供を作れない、ホリエモンのような者がピンハネして働く者が食べていけないとか、そんな社会の根本問題についての問題意識が結びついている。被爆者、戦争体験者のなかでも、デタラメな日本になったこととともに、「日本をまた原水爆の戦場にする」というのでは黙っておくわけにはいかないという必死の思いだ。
  多民族国家の問題もすごく論議になった。今でさえ医療・介護業界には言葉もわからない外国人がどんどん入っている。自民党は50年後に1000万人の移民を受け入れようとしている。自民党政府が大規模に日本を潰していこうとしているという問題はかなり注目された。原爆を落とした日本を無茶苦茶な社会にして、もう1度核戦争の戦場にしようとしている。それと大衆の対決という様相だ。
  青年交流会で男性被爆者が、「安保斗争のようなたたかいをしないといけない」と若者に呼びかけていたが、労働者への期待は強い。NTTの労働者も、「連合」系の平和フォーラムに出たが、「体制側からの宣伝としか思えず、このまま式典で黙祷して帰ることに納得できなかった。ここに来て本当の運動に出会えた」とすごく喜んでいた。
 編集部 50年8・6斗争では、目先の経済要求だけやる労働運動は誤りであり、反帝反戦斗争と国際連帯が主な任務だということを明確にした。戦争反対のたたかいの中心に労働者が役割を果たさないといけないということで、全中国地方の労働者が献身的に働いたが、今やそういう感覚が大衆的に広がっている。

 私心ない運動共感 運動作る側の教訓・党利党略は嫌悪
 司会 広範な大衆の世論と行動はめざましいものがあるのと、それを代表する勢力の運動という面の教訓はどうだろうか。
  小集団の党利党略、私利私欲というのは完全に市民から見放される。私心のない勢力が大衆を代表して真向からアメリカとたたかうというのが無条件に共鳴される。8・56集会がこれを体現したことへの感動があるし、これなら誰でも参加できるという安心感があった。
  広島や長崎の会の被爆者たちは私心がないし、遠慮会釈なく真実を主張するというのが確固としている。自己主張をやって自分の仲間を集めていくというものではないから強い。そのあたりが、旧来の政治勢力とは違う。いつも、派をなして派閥抗争をしているようなものではない。
  今年、学生たちの胎動が非常に大きかったが、昔あったようないろいろ批判はするが人を信頼できないし、自己主張だけといったタイプではない。今の学生たちの中から出てきているのは、人から学んだり人のために労苦を惜しまないという質だ。こういう青年が育っていけば孤立する運動ではないし、社会を変革する力強い運動がつくれると確信した。
  炎天下のなかを女子学生が撒いているチラシを受け取った被爆者が、戦争を知らないのに汗だくになって若い世代がビラを撒いている必死さに心を打たれたといっていた。自分のためではなく、みんなのためにというのが口先ではなく、行動を通じて支持される。
  学生の一人は、「被爆者の方が若い人からパワーをもらったといわれるが、私たちは被爆者からパワーをもらった」といっていたし、「暑い日差しも被爆者が受けた熱線を思えば負けられないという思いでがんばれた」という。被爆者の体験を、自分の生き方として受け止めている。
 その後も、祖父母の体験を学び直そうと正面から戦争体験を聞いてみたら、「本当は戦争に反対だったが、もののいえる社会ではなかった。戦争ではなく、アジアと仲良くしないといけないんだ」という思いを初めて聞いて感動し、祖父母への見方を変えている。
 編集部 現社会に対する幻想がなくなっていることが大きい。自分だけ抜け駆けして良くなろうというのではなく、社会を良くすることによって自分たちも良くなるというのがスーッと行動になる。青年運動が革命的かどうかは唯一、労農大衆と結びつくかどうかといわれていたが、そういう新しい質だと思う。
  欺瞞が通用しないから真実性で勝負していくしかない。現実社会に立脚してものを考えているから、浮ついた空中遊泳の口先だけで理屈をいってもはじき飛ばされる。被爆者も、若い世代もそこが共通している。古い政治勢力が崩壊しているのは、そういう大衆の意識の高まりがある。
  今年は8・6の広島でもビラまきをする団体が少なかった。それぞれ勝手な自己主張をやる諸雑派も現実からはじき飛ばされた。長崎では、高校生署名グループがテレビカメラが回っている時間だけやってサッと引き揚げ、市民から不評を買っていた。

 リアリズムで統率 パネルや政治漫画・外国人も共感
  8・6集会に出た学生が、峠三吉の「墓標」の朗読や、デモ行進に参加したことにすごく感動していた。広島に来たばかりなのに被爆者をはじめ献身的に働く多くの人たちと出会えたことが大きな喜びだった。また、仮面劇「岩国売国物語」のパネルを見た女学生が、「みんなが思っていることを赤裸裸に書いてあってとてもいい」といっていた。リアリズムを追求すればすごい共感が広がると感じた。
  政治マンガも張り出したが、「あの福田首相の目つきを見ているとうちの上司を思い出した」というサラリーマンもいた。言葉が通じなくても、感情が共有できる視覚芸術の強みだ。
  美術グループのなかでも実際の斗争に積極的に関わって、その役に立つ作品をつくるという追求がはじまった。体験を持っていない世代が、原爆を絵にするということは勇気のいることだが、実際の必要にどう応えていくかということで挑戦して、8・6集会に掲げる幟旗もできた。もっと意識的にやっていかないといけない。
  東京で現代美術をやっている青年が「こういう運動に役立ちたいが、なにをすればいいのか」といって、政治マンガや戦争体験の紙芝居などを見せるとすごい刺激を受けていた。被爆体験の朗読をはじめたという大阪の劇団の女優も、峠のパネルを見て現実に立脚した芸術の力にすごく興味を持っていた。身につけた技術を戦争反対の役に立てたいという文化人、知識人はかなりいる。
  米兵に女装の福田首相がすり寄る『米兵が好き』というマンガにはオーストラリアやニュージーランド人が笑いながら「うちの政府と同じだ」と共感していた。現実に岩国市民は日本の女の子が米兵にまとわりつく光景に眉をひそめている。そこにある欺瞞を取り払って日米関係として描くと外国人からも共感を呼ぶ。形はいろいろあるが、欺瞞のベールを引きはがして、あるがままの実際を遠慮なく浮き彫りにするリアリズムで統一された政治勢力はすごい力を発揮すると思う。
  国際的にも、集会でアメリカ人青年が、原爆展のように自国の歴史を学ぶ大切さや、アメリカ国内でも格差が拡大し、国民の変革世論が盛り上がっていると強調していた。これまで、アメリカでは原爆正当化論がまん延しているとか、中国でも同じだと伝えられてきたが、実際はそうではない。日本国内にある真実を提起すれば、真実性が発揚されて合流してくる流れは世界的に充満している。

 大衆の体験集中した指導力
 編集部 大衆の体験を集中しているから、大衆を指導する力を持てる。指導性と大衆性を分離して対立させるから、自己主張や説教をやるか、果てしなく迎合していくことになる。アメリカの戦争目的について、実際にあれだけ日本人を殺した事実の上に立って、なんのために殺したのかというみんなの疑問を理論化したのが、パネルにある第2次大戦評価だ。頭の中でしか考えないものは、外国の権威が「アメリカは反ファシズムの友だ」といえばそれに流される。なんの目的でこれだけの人を殺したのか―その日本人民の体験から出発すれば原爆も、沖縄も、戦地体験もつながって描いていける。そういう大衆のなかから大衆のなかへのリアリズムの活動をしていけば勝っていける。
 そのためには、人民が歴史を創造する原動力であり、したがって人民に奉仕する思想に徹するということだ。大衆の生活と斗争を学び、それを集中して、敵味方の矛盾、進歩と反動の関係として問題を整理・分析して、高めて返していくという活動をずっとやっていくことだ。原爆展パネルそのものがそのようにして発展してきたし、原水禁運動もそうして発展してきたと思う。

 労働運動を中心に 迫力ある運動に・平和・独立めざす
 編集部 原爆展運動を10年やってすごい力をつくってきたと思う。ここまできて労働運動の手応えが出てきた。第2次大戦はどんな戦争であったのか、それによって出来た戦後社会の基本構造はどういうものか。結局アメリカとそれに隷属する一握りの独占資本集団が支配して、みんながさんざんに難儀する関係になっている。そういう、戦後社会の根本矛盾の解決を目指した労働運動こそが展望があるということだ。アメリカの原爆による日本と世界の支配に反対して、働くものが自由になる貧困も戦争もない社会をつくるという展望だ。
  活動家のなかには、被爆者などの役割を軽視して、頭の中の理屈でいく流れがある。被爆者、体験者の新鮮な怒りを共有するのが出発点だ。子どもたちがそれには敏感だ。大学生がそれを見て率直に反省していた。
  労働運動が原水爆禁止運動に関わるとき、「かわいそうな被爆者を助けてあげましょう」とか、「かわいそうな外国の人たちを援助しましょう」といって、他人事みたいなところがある。パネルを見た労働者や学生の実感はそんな他人事ではない。
  原爆展には、親子連れが多かったが、みな労働者一家だ。被爆者が語り出すといくつも家族の人垣ができて「よくあんな辛い体験を語ってくれた」と涙を流しながら聞いている。仕事を聞いてみると自動車部品組み立てとかIT関連とか幅広い業界の労働者たちだ。子どもが親を連れて来るというのも特徴だったが、親世代の意識の変化も大きい。
  50代の人たちは、自分は大手企業にいるが子どもは就職先が見つからずに先行きが見えないとか、親が高齢者になり、その介護の問題を抱えている。三菱の期間工で働いている労働者は、「選挙では企業票として自民党に投票させられてきたが、自分の親が病院のベッドから追い出されるかどうかの瀬戸際だ。民主党が良いわけではないが、自民党にお灸を据えなければいけない。私たち団塊の世代が総反乱を起こせば自民党は吹っ飛ぶ」と話していた。
 安定していると思っていたが、自分たちこそ社会的な切り捨てのターゲットなのだとなっている。

 50年8・6斗争で突破した課題
 編集部 50年8・6斗争は、アメリカの占領下の朝鮮戦争のさなか、レッドパージが吹き荒れるなかで突破している。GHQがつくった総評は朝鮮戦争を支持し、共産党は分裂していた。「たたかっても無駄だ」という敗北主義が漂うなかで、アメリカという敵を鮮明にして大衆に依拠して、原爆反対の斗争を突破した。この路線を極めることが必要だ。
  被爆者が語り出す契機というのは、「原爆投下は戦争終結のためには必要がなかった」というパネルだ。戦争の勝敗は早くから決しており、アメリカが単独で日本を占領支配する目的のためだったということだ。それが第二次大戦の全体像を描くことで非常に鮮明になってきた。原爆と戦争体験は区別されるというのがつくられた仕掛けだった。これが共通の経験として描き上げられることでみんなが団結していった。
  長崎でも第2次大戦全体を加えたことが支持された。市民のなかで、被爆者も空襲も戦地体験者も同じだという連帯感はものすごく新鮮だった。同じ一家のなかに、戦争から帰ってきたら一家は原爆で死んでいたというのが大衆の経験であり、そもそも切り離すことのできないものだ。それが意図的に切り離されてきただけであって、その欺瞞を取り払えば違和感なく団結できる。
  原爆展に共感する層も中小企業家や公務員、中堅サラリーマンなどが目立った。中小企業でも儲かっているところはほとんどないし、非正規雇用と同じだという。トラック業界も農漁業者でも、「燃料代補填などの対応策も必要だが、私利私欲がまかり通って歯止めのかからなくなった社会構造を根本的に変えないといけない」という意識になっている。
  格差社会というが、一方は安倍晋三とかホリエモンなどの連中と大多数の人民との完全格差だ。ほとんどの人はホリエモンの側にはいないし、二極分化といっても特権的に好き勝手できる富裕層は、ほんの一部になってしまった。
  あまりにも世の中に金が余りすぎて、その結果物価が上がり、みんながますます貧乏になっている。物価高騰で農漁業や輸送はやっていけないし、労働者の実質賃金は一気に目減りだ。幕末でも特権商人が米の買い占めをして打ち壊しにあったが、現代の特権商人も人間が生きていくのに欠かせない燃料や食料まで投機の道具にするというとんでもない世の中になっている。
 編集部 日本社会が崩壊しつつあるなかで大衆の独立と平和の要求が高まっている。原水禁運動は、戦争反対となり、戦争の根源である搾取、貧困、失業の解決を求める迫力ある運動になりつつある。つまり平和と独立という全人民的政治課題を自らの使命としてたたかう労働者が中心になった原水禁運動だ。
 司会 今日はこのへんで。

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