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広島市内で8・6集会大宣伝
チラシや宣伝カーで訴え
              アピールが大反響巻き起こす    2004年8月3日付
 
 1950年8・6平和斗争の原点に立ち返り、力ある原水禁運動の再建をめざして、毎年8月6日に広島で全国集会を開催してきた原水爆禁止全国実行委員会(倉崎繁実行委員長)は7月31日、8月1日の両日、広島市内で、宣伝カー3台をくり出して、8・6広島集会への参加を訴えたアピール(本紙前号紹介)の大宣伝活動を展開し、大きな反響を巻き起こした。
 この統一行動には山口県下から下関、宇部、山口、萩、岩国さらに北九州、岡山から、教師、労働者など活動者が2日間でのべ50人参加した。午前中広島にかけつけた活動者は、うち合わせで、「どこもこの1年原爆展を展開し、多くの人人の支持を得てきた。多くの人人の共感は、現在の原水爆戦争の危険性への問題意識であり、とりわけどうすれば平和の力を結集できるかである」ことを確認。真に原水爆戦争を阻止しうる平和勢力を結集する姿勢を強めることを確認。とくに広島市民のなかで、集会アピールの内容を訴えて参加と支援を求めること、その内容こそ広島市民の願いを代表していることとあわせて全国、外国から多く広島に来ている人人に訴えることは、平和の力を全国に、世界に強めるうえできわめて有意義であることを確認して、宣伝活動に入った。
 宣伝カーは、「集会へのアピール」を市内で読みあげて回り、あわせて峠三吉の詩「八月六日」も朗読。さらに街頭と戸別訪問で「平和勢力の全国的な大結集を」訴えた同「アピール」チラシを配布した。八丁堀、広島駅前の街頭で訴えたほか、吉島町、加古町、千田町、平野町などでは戸別訪問で集会参加を訴えて回った。2日間で署名800人、カンパ8万円が寄せられるなど絶大な支持と共感となった。
 吉島地域では署名を持って回るのとあわせて、その周辺地域を宣伝カーで回った。「峠三吉の時期の…」と聞くと外へ出てくる住民、辻に止めて宣伝しているとじっくりと聞き入り、運転手と目を合わせると深深と頭を下げる光景も見られた。またどこでも「集会の案内に来たのははじめてだ」「このような運動をやっていただいてありがたい」と語られた。とくに真正面からアメリカの犯罪性を暴露し、「平和」の仮面をかぶって、被爆した市民に反省を求めアメリカの謝罪すら求めず、広島市民の信頼を亡くしている既存の運動体、またインチキな平和教育の犯罪性にふれ、真に市民が参加する集会、勢力を結集する訴えが広島市民の深い共感を呼んだ。
 とくに、「原爆投下は平和のためではなかった」「アメリカが日本を単独で占領するという利己的な目的のためにむごたらしい殺りくをやった」ことを宣伝カーで大大的に訴えることが市民の共感を呼んだ。
 夫人が被爆者という家庭では、「最近六日に集会をやるということを聞いたことがない。こうした運動が影を潜めた」と語り、「アメリカに謝罪させることを本気でやらないといけない。日本は戦争に負けたとはいえ、60年もたってなぜアメリカのいうことばかりを聞くのか、最近の政治はデタラメだ。謝罪させるなら原爆だけでなく、アメリカそのものを日本から出て行くようにせんといかん」と語り、集会参加を約束した。
 18歳のときに三次から入市した婦人は、「禁、協がいけない。権力を持ったらぜんぜんダメになる」と語り、街頭宣伝のなかでも「禁、協というのはどうなっているのか」「選挙運動に利用してぐちゃぐちゃにし、バラバラにされているのが悔しい。原爆を落とされ日本の民族性がなくなったのが一番いけない。自由というがそれは違う。日本の民族性というのがたいせつだ」と訴えていく人もいた。
 10年まえに広島に来たという婦人は、ほんとうは広島のものがやらないといけないと語り、「アメリカの属国のようになり、日日の生活が戦争のようになっている。自分のちっぽけな利益のためにやるのがいけない。もっと大きなことを考えないといけない」「このような地道な活動が平和の力になっていくと思う」と署名した。
 南千田町で食堂を営む40代婦人は、「イラクの問題や憲法の問題はわたしたちもどうにかならないかと思っている。そのことはみんな思っていることではないですか。でも政治家がダメだからといって、国民の声が一つにまとまるところがないのが一番いけない」と語り、「商売で集会には参加できないが呼びかけてみよう」と署名とカンパをした。
 スポーツ用品店で働く40代の男性は、「海外に行くと従軍慰安婦の問題がいわれるが、最近になって原爆投下の目的、アメリカの犯罪がハッキリされるようになった。59年もたって遅いことではあるが、たいせつなことだと思う」とのべた。そして既存の原水禁運動を批判し、「こういうことはもっと大きな形になって運動にならないといけない」と語った。
 広島駅前の街頭宣伝のなかでは、1950年代にとりくまれたストックホルムアピールをとりくんだという元教師が署名し、「これは人人の心に訴える運動をやっている。いまは禁も協も両方ともダメだ。あなたたちが当時の運動を受けついで心に響く運動をやってください」と期待をこめて激励していった。
 原水爆禁止全国実行委員会では、広島における宣伝を強めること、各地で同様の訴えを強め8・6広島集会への参加を組織すること、その力を広島に来ている全国、各国の人人に示すことがきわめて重要だと、奮起している。

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