トップページへ戻る

広島原爆展の重要さ確認
市民原爆展主催者会議
             “米国は核持って帰れ”を要求  2006年7月24日付

 広島市東区の二葉公民館で23日、第5回広島市民原爆展の主催者会議が開かれた。「原爆展を成功させる広島の会」の会員をはじめ、広島市内各地での原爆展や、昨年からはじまった「被爆体験を学ぶ交流会」に参加してきた戦争体験者、現役労働者、また、下関原爆被害者の会の被爆者、下関原爆展事務局など24人が参加。「北朝鮮ミサイル問題」を契機にした政府の攻撃的対応、マスコミの大騒ぎ、在日米軍再編など、原水爆をめぐる情勢が日本を基点に緊迫するなか、全国・世界から広島を訪れる人人が増えている。このなかで被爆地・広島の本当の声を伝え、戦争をおしとどめる強力な運動を全国に発信していくとりくみとして市民原爆展を大成功させることが語り合われた。

 戦争阻止の強力な運動発信
 はじめに、広島の会代表世話人の重力敬三氏、下関原爆被害者の会副会長の石川幸子氏があいさつ。重力氏は、「広島での継続した運動が大切。今年の原爆展を昨年に勝る充実したものになるようがんばりましょう」とのべた。
 つづいて、広島の会事務局の犬塚善五氏が、この間のとりくみと市民原爆展の内容を報告した。
 報告では、広島の会として先月、広島大学中央図書館(東広島市)で原爆展をおこない、学生、教職員など350人が参観したこと、「戦後60年を振り返って展示パネルへの共感と原爆投下者への怒り、平和のための行動への意欲」が語られ、50人をこえる協力者が生まれたことなど若い世代の行動意欲が増していると強調した。
 市民原爆展のとりくみでは、155人(22日現在)の賛同者が集まり、賛同・協力者や、下関原爆展事務局の毎週の宣伝行動で、全市の小・中学校、公立保育園や病院、福祉施設をはじめ市内各地にポスター2200枚、チラシ11万枚が掲示・配布されるなど「市民の手による原爆展」として定着してきたことを報告。「会場で体験を語ることができるという被爆者や、原爆展に協力しようという若い人が増えている」とのべた。 ●1A2
 また、岩国をはじめとする米軍基地の増強や、北朝鮮ミサイル騒動をめぐって「あらためてアメリカの原爆投下への新鮮な怒りが呼び起こされ、2度と戦争をしてはならない、アジアの近隣諸国との友好を大切にしなければならないという声が強まって」おり、会員や賛同者の手によってすすめてきた「アメリカ政府に原爆投下の謝罪を求め、原水爆の禁止を訴える」署名が1000人を超えて広がっていることなどを報告した。
 こうしたなかで今年の原爆展は、昨年までの原爆展パネルに「下関空襲」「全国空襲」「戦地の体験」「きけわだつみの声」「米軍再編をめぐる岩国市民の声」「広島の会の活動経過」などのパネル、市民から新たに寄せられた被爆資料も追加。すべての戦争体験者の体験や思いを結びつけ、「全国から集まってきた若い世代との交流」「全国に運動を広げていくための働きかけをこれまでにも増して強めること」、さらに、場内に貼り出すスローガンに、「アメリカは核をかついで帰れ!」を加えることが提案された。

 盛上がる市内の空気口口に意欲示す被爆者
 論議に移り、今年に入って五日市、宮島、廿日市、広島大学などの、地域原爆展、地元小学校、全国からの修学旅行生などに体験を語り継いできた経験から、活動への確信や今年の市民原爆展へ意欲に満ちた発言が活発に出された。
 毎回欠かさず原爆展に足を運んできた70代の男性被爆者は、「昨年の60周年で終わりにしてはいけないと思って活動してきたが、修学旅行生や市内の小学校で語り継ぐとりくみが昨年から格段に広がってきたことがうれしい」と発言。「先月の広島大学原爆展では学生の真剣な姿勢に手ごたえを感じた。とくに、将来教師になろうという学生は教育者としてどのように子どもたちに伝えていけばよいか質問してくるなどとても熱心だった。廿日市原爆展に来た女学院大の学生は学んだことを朗読劇として発表するなど、若い人とのつながりが広がってきた。市民原爆展はそれらの総仕上げの原爆展として、会員が手分けをして成功させたい。若い人、世界の人からも関心が集まっている。8日間を全力でがんばりたい」と語った。
 会のメンバーである80代の男性被爆者は、「広大では1行、1行たんねんにパネルを見ていく学生が印象的だった」と語り、「次の世代の人をどう集めて、先の限られている私たちの後を継いで語り継いでいってもらうかが課題だ」と語った。
 五日市の被爆婦人は、修学旅行に来た小学生が学校に帰ってから広島で学んだことを下学年に伝えるという運動が今年はほとんどの学校でやられたことへの感激を語り、「先生たちの熱心なとりくみが広がっていると感じた。わたしたちも、前が開けたような気がし、力になっている」と喜びを語った。
 広島大学での原爆展に尽力した男性教授は、「高度成長期に育ったわたしたちに比べ、厳しい現在を生きている子どもたちはいろんな問題の解答を探っており、被爆者から語られる人生をくぐった体験談はとても響いていた。とくに迫力をもって、“原爆投下はぜったいにダメなんだ”という訴えは学生に強い衝撃を与えていた。これをもっと広げていきたい」と語った。
 広島での宣伝行動や、土日の平和公園での原爆展にスタッフとして参加している公務員の男性は、今日も午前中に街頭原爆展をおこない、全国からたくさんの参観者が来ていることを生き生きと報告。「観光目的ばかりかと思っていたが、話をすると原爆を学ぶために訪れている。昨今のきなくささのなかで戦争への危機感を感じている人が多く、何かすることを求めて広島に集まっている。このなかで真実を伝える原爆展はとても大切だと思う」と語り、「とくに女性の方が強い危機感をもっている。社会的に弱い人たちから犠牲になっていくからだと思う。なぜ、そうなっているのかということを考え、将来に光が見えてくるような活動につなげていきたい」と語った。
 下関原爆展事務局からは、「原爆と下関空襲展」のとりくみのなかで、被爆者と空襲体験者、引き揚げ者、兵隊経験者などとの交流が広がり、「アメリカは自分の力を見せ付けるため敗戦がわかりきっている日本に原爆や空襲をした」「日本の指導者もアメリカに従ってわざと国民を殺させた」など、すべての体験がひとつにつながったことが報告された。また、7月はじめからの広島市内の宣伝行動では、北朝鮮問題をめぐる政府・マスコミの大騒ぎを批判した本紙号外も配布し、「市民からは、危険な状況になっているという切迫感と、“アメリカが戦争を挑発している”“よその国のことよりデタラメになった日本を立て直すべき”“戦争当時と同じことを繰り返すな”などの反響が返ってきている。被爆市民、国民として明確な意志を示していこうという機運が高まっている」ことが報告された。
 また、ミサイル騒動のどさくさのなかで米軍再編をすすめ「再度、広島湾を核基地にするという屈辱的な動きがあり、これを打ち破る全国的な運動をつくることが広島をはじめ、全国の願いになっている。原爆パネルを使った運動が全国各地でおこなわれるよう働きかけ、促すことが現実的な課題になっている」ことも提起された。

 日本の進路も語りあう場に 原爆から現在つなぎ
 論議は、このような情勢をふまえ、どのような原爆展にするのかという内容にすすんだ。
 中区在住の被爆男性は、「最近は、年寄りが増えても若い人が面倒見れない問題や、いままででは考えられないような子どもの犯罪が起きている。このことは、原爆とつながる問題だと思う。これからの日本の行き方も含めて原爆展で論議していきたい」とのべた。
 昨年から「被爆体験に学ぶ交流会」に参加してきた30代の男性は、「北朝鮮問題にしても、イランやレバノン侵攻の問題にしても、アメリカが武力で徹底的に脅し、文句を言わせぬやり方で世界制覇をしようとしている。今年はこういう問題を真剣に考えるべき年だと思う」と語った。
 70代の男性被爆者は、「ただ体験を語るだけではなく、現実の活動のなかで感じたこと、学んだことを語ることが大事だ。3年間の活動のなかでいろんな声を聞いてきたが、いまの情勢を含めて、原爆は60年前の昔話ではない、これから起きる問題としてみんなで考えないといけないと訴えてきた。そのことが若い人たちの心に入っていっている」と経験にもとづいた確信を語り、だれはばかることなく堂堂と被爆市民の願いを訴えていくことが全国から来る人人の願いに応えていくことになることを強調した。
 最後に、下関原爆展事務局から、新しいパネルすべてに英訳をつけ、海外からの参観者の要求にこたえること、また、広島、長崎、下関を中心にした全国被爆体験交流会を8月5日、原爆展会場前ロビーで開くことが呼びかけられた。原爆展会期中、毎日の受付や、被爆体験を語るため会場につく当番を参加者みんなでやり、全員の力で原爆展を成功させることを確認しあった。

トップページへ戻る