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『広島被爆体験集』を全国へ
原爆展成功させる広島の会編集
              「力あわせて平和な日本建設を」     2005年6月2日付

 「原爆と峠三吉の詩」原爆展を成功させる広島の会が編集した被爆体験集『60年目に語る被爆市民の心――広島被爆体験集』がこのほど長周新聞社から発行された。
 原爆展を成功させる広島の会は2001年、旧日本銀行広島支店で開催された「原爆と峠三吉の詩」広島原爆展のさい、下関原爆展事務局と協力して成功させるために被爆市民の手で発足した。その後も、地域、学校、百貨店などで原爆展をつづけ、平和な未来の担い手として子どもたちが成長することを願い、平和の力を大きくすることを願って、純粋に被爆体験を若い世代に語りつぐ活動を発展させてきた。
 被爆60年を期に発刊されたこの体験集には、被爆当時10代から20代の小学生・中学生であり、若い母親であり、教師であり、兵士であった22人の体験が収められている。いずれも、これまで地域原爆展や学校で子どもたちに、平和公園の修学旅行生に語ってきた内容をもとに、確かな記録として後世に伝え残すために書かれたものである。簡潔ではあるが、新しい時代を建設する若い世代への熱い期待がこめられた文章は、60年まえの広島の原子雲の下で直接体験し目にした惨状を曇りなくいきいきと伝え、若い世代が平和の担い手としてたくましく成長するように力強く訴えるものである。
 この体験集をとおして、勤労動員や建物疎開で、郵便局、兵器廠、学校でいつものようにさまざまな生活を営んでいた無辜(こ)の市民の頭上に、原子爆弾が閃光一下投下され、その一瞬から地獄図と化した広島の惨状がどのようなものであったのかが、臨場感をもってなまなましく伝えられる。みずからやけどや傷を負って火の中を逃げまどい、その後も原爆症や傷痕に苦しんだ体験。苦しみながら息をひきとる肉親をみとり、荼毘(だび)に付した悲しみ。崩れた建物の下敷きになって助けを求める人を助けることができなかった悔恨の思い。はぐれた肉親との出会いや手厚い治療のおかげで助かった喜び。窮乏を強いられた生活のなかでのこうした心情や誠実な生き方が、ひしひしと伝えられる。
 これらの体験の多くは、これまで胸に秘めて語れずに来た被爆市民がはじめて明らかにした真実である。執筆者は共通して、戦後60年たった今日の世相を危惧(ぐ)し、みずから体験したようなことが2度とあってはならないという思いを募らせ、地下に眠る肉親、知人をはじめ多くの犠牲者の魂を思い、生き残ったものとして、ほんとうのことを語らねばならぬという使命感に突き動かされて勇気を奮い起こして語りはじめたことを明らかにしている。
 そして、「被爆体験国家の国民として、若い人は被爆体験者の話を参考に核兵器廃絶、世界平和の主張を永久につづけ、力をあわせて平和な日本の国づくりに協力してもらいたい」「これからの日本をになう若い人たちが、私たちの体験を語りついで、アメリカの原爆投下についても悪いことは悪いときっぱりいってほしいし、歴史を正しく伝える人になってほしい」など、なによりも若い世代が広島のほんとうの心を学び、それを継承し力を結集して平和な日本を建設するために立ち上がるよう、熱情をこめて訴えている。
 体験集には、峠三吉の詩「八月六日」を掲載。「原子雲の下より」の子どもの原爆体験詩、被爆市民が提供した写真や絵、被爆資料も紹介され、視覚にも訴えるように構成されている。また、体験記の内容が理解しやすいように、それぞれの被爆地点が地図で示され、当時の用語についての説明もある。
 教科書サイズの装丁で、子どもたちの平和教育の教材としてすぐれており、全国の学校現場、家庭に広く普及されることが期待される。
 原爆展を成功させる広島の会の代表世話人である重力敬三氏は、この体験集を「もう一歩前進した平和運動を展開し、若い世代に訴えつづけて、広島の被爆者のほんとうの痛ましい声が、アメリカをはじめ世界各地に広がること」(発刊にあたって)を強く願っている。全国的に広がる原爆展運動のなかで、また原水爆禁止、平和運動の力を強めるうえでの大量の普及が求められている。

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