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広島から被爆の真実全国へ発信
広島・主催者会議
              8月に「原爆と戦争展」準備    2013年6月10日付

 広島市東区の若草集会所で8日、8月初旬に開催される第12回広島「原爆と戦争展」(主催/原爆展を成功させる広島の会、下関原爆被害者の会、原爆展を成功させる長崎の会)の主催者会議がおこなわれた。広島市内や廿日市市、呉市、東広島市の被爆者、被爆2世、公務員、会社員、学生をはじめ、下関原爆被害者の会や下関原爆展事務局スタッフ、劇団はぐるま座団員など35人が参加。戦後68年目の夏を迎えるなか、アベノミクスで浮かれる安倍政府が、東北復興そっちのけの原発再稼働や輸出、オスプレイ配備、TPP参加などと対米従属で暴走し、凄惨な第二次大戦の経験とその歴史的教訓を根底から覆す憲法改悪や自衛隊の国防軍化まで明言するなかで、全国的に高まる独立と平和の世論を束ね、全広島市民の願いを発信していく意欲みなぎる会議となった。
 はじめに広島の会の重力敬三会長が挨拶した後、共催する下関原爆被害者の会の大松妙子会長のメッセージを同会の平野兵一氏が代読、原爆展運動を描いた『原爆展物語』の全国公演をおこなっている劇団はぐるま座の岡田真由美氏が挨拶した。
 大松氏は、「安倍内閣となって6カ月たったが、いまだに復興の道さえ見えないなか、総理自身が原発の売り人となっている。原爆も原発も同じだ。事故が起これば総理は腹を切る覚悟があるのか。おろかな戦争と原爆の恐怖と悲惨さを身をもって経験した者しかわからない真実がある。犠牲者への供養、未来を担う大切な子どもたちのためにも、生かされた者の使命として手を携えて若い世代に語り継ぐ活動を頑張っていきたい」と連帯の意志を伝えた。
 岡田氏は、今年も『原爆展物語』を8月5日に広島県民文化センターで上演することをのべ、「5月の岡山県内公演では、高校生が100人規模で訪れて、初めて第2次世界大戦の真実を知ったことへの驚きと、“自分たちもスタッフのように人のために生きたい”“平和のために行動したい”と感想を語り、教師も使命感を強くするなど若い世代のめざましい意識の躍動を感じている。公演の過程で市民の思いをしっかり学び、結びつけ、ともに原爆反対、戦争阻止の大きな力を作っていきたい」とのべた。
 続いて、広島の会事務局から今年の「原爆と戦争展」の概要ととりくみ計画について報告された。昨年の秋以降、市内外の地域や大学での「原爆と戦争展」のなかで新たに100人が運動への賛同者に加わり、山口県や大阪、滋賀、兵庫などからの修学旅行生、地元広島の小・中学校、大学での授業で被爆体験を語るなど活動の枠が大きく広がっていくなかで、「広島と長崎の絆をいっそう強め、原子雲の下から被爆市民の本当の声を全国に広げ、平和で豊かな日本社会の実現のために世代を超えた大交流の場」とするため、同展への期待が高まっていることを報告。昨年の賛同者500人へ協力願いを郵送したところ、すでに100人をこえる市民から賛同を得ていることを明かした。
 第12回目となる今年の展示会は、8月1日から6日まで原爆ドームに近い広島県民文化センターでおこなうことが提起され、国民生活の貧困化と震災からの復興、福島原発事故の収束が進まないなかでの原発再稼働、TPP参加、憲法改定など戦争の動きに対して「独立と平和を願う全国的規模の力を結集する交流の場」として成功させることが呼びかけられた。

 体験者の意欲みなぎる 再び戦争させぬ使命

 参加者からは、みずからの戦争、被爆体験と重ねながら、憲法改定や原発の再稼働・輸出、米軍再編にいたるまで、聞こえのいいうたい文句とは裏腹に再び核戦争へ国民を動員する政治の動きへの強い危惧とともに、広島全市民を代表した世論を若い世代、全国、世界へ発信していく使命感が語られた。
 精力的に証言活動に尽力してきた80代の男性被爆者は、「最近の情勢を見るとますますきな臭い動きになっている。表向きは景気のよい話ばかりぶち上げているが、実体経済や市民生活がよくなるのか不明確のままだ。そのなかで68年目の夏を迎える。被爆者には残された時間が少なく、今のうちに可能な限り被爆の実態を語り継いでいく必要がある。この運動を次世代にいかに継承するのかが急を要する課題だ」と切迫する思いをのべた。
 別の男性被爆者は、3月から五日市、呉、県立広島大、修道大、広島大など精力的に活動してきた今年の「原爆と戦争展」を振り返り、「できるだけ多くの人に体験を語って、被爆者の思いを受け止め、引き継いでもらう輪を広げていきたい。憲法改定問題も子どもから大人まで関心が高まっており、今年は非常に大切な年になる。平和公園での街頭展示活動、はぐるま座の公演をはじめ各地でのつながりを生かして協力者を広げ、広島から全国、世界に発信できるようこれまで以上の覚悟をもって望んでいきたい」と強い意欲をのべた。
 婦人被爆者は、憲法改定問題に触れて、「憲法9条をなくすという動きをたいへん心配している。私は九歳のとき、原爆によって父が5人の家族を残して他界した。被爆後、少しのケガだけで帰ってきた父は、道ばたで瀕死のヤケドを負って倒れ込んだ女学生たちを介抱し、翌日、その遺体をムシロにくるんで山上の焼き場まで運んで火葬した。その後、食糧難のなかで黒い雨に打たれながら畑のトマトやキュウリを食べて過ごしてきた。父は2週間後から歯茎が溶け、髪が抜け、食べ物がのどを通らなくなって、私たちに“いい子にしろよ”と言い残して死んだ。それからが家族の苦しみの始まりだった」と語り、「戦争だけは絶対にやってはいけない。私たちのような子どもを作ってもらいたくないと伝えていきたい」と痛切な思いをのべた。
 元看護婦の被爆者は、「私たちが小学校のころに日中戦争が始まり、国にとって大事な戦争なのだと教えられるままに信じていたし、女であっても“お国のために尽くす”という一心で看護婦を志した。たくさんの先輩が戦地へ赴き、原爆では日赤病院でも多くの患者さんが一夜にしてものいえぬ姿となり、私たちがそれを火葬して氏名もわからぬまま箱に収めていった。今も何百体という骨が供養塔に眠っている。私も生き残った者として残りの人生をかけて、この運動の役に立っていきたい」と厳粛な思いをのべた。
 80代の婦人被爆者は、「今年になってマイナンバー制度が国会で成立したが、またあの戦争当時のような統制が始まるのかと思うと身震いする思いだ。徴兵制の復活とまでいい出しかねない雰囲気を感じている。私たち一人一人が力を合わせて、戦争反対と核兵器廃絶の思いを伝えていきましょう」と呼びかけた。
 原爆で両親を失った87歳の婦人被爆者は、夏が近づくなかで市内や修学旅行の児童たちに連日のように体験を語りに出向いてきたことに触れ、爆心直下の家の下敷きになって焼死した母や、被爆から5日後に紫の斑点ができて亡くなった父親を河畔の草むらで火葬した当時のことがますます鮮明に蘇るとのべ、「つらく悲しい経験だが、亡くなった両親の思いを背負いながら語り歩いている気持ちになり、きっと両親も喜んでくれていると感じている。その思いを胸に前向きに頑張りたい」と明るく語った。

 大学生も意気込み語る 「次世代に伝える」と

 体験者の熱こもる発言を受けて、大学内での原爆と戦争展に参加した学生たちも厳粛な表情でそれに聞き入り、被爆者とともに活動する強い意気込みが語られた。
 女子学生は、「私たちの世代は戦争の経験はないが、平和があたりまえというなかで育ってきたからこそ戦争への危機感も薄い面があると思う。戦争は遠い昔のことと思うのでなく、平和な世の中にするためにどうしていけばいいのか考えていきたい」とのべた。
 文学部の女子学生は、「インターン研修の一環でマレーシアやケニアの学生と交流したとき、平和教育をテーマにして発表したが、原爆投下によってなにが起こり、人人がどのような経験をしたのか、広島出身でありながら理解できていないことを痛感した。日本国内を見ても認識のギャップは大きい。私たちに体験はないが、それを知り、伝える機会を作ることはできると思う」とのべた。
 広島出身で英文学科の女子学生は、「小学校から平和教育を受けてきたが原爆について知った気持ちになっている面があり、原爆や戦争関連の資料などを見るたびに無知を痛感した。自分たちが真実を吸収し、全国や海外の人たちに伝えていきたい」と意欲をのべた。
 他の学生からも「大震災による原発事故もあり、原発についての関心を持つようになった」(女子学生)、「ボランティア論の授業で被爆者の方から体験を学び衝撃を受けた。戦争は絶対にいけないと次の世代に伝えていけるようになりたい」(女子学生)など次次に語られた。
 東広島から参加した社会人男性は、「今の政治のあり方がおかしい。国際会議の場で七〇カ国以上が賛同した核不使用を訴える署名に、被爆国の日本政府はアメリカの核戦略におもねって応じなかった。それをまともに報じる全国紙も見当たらない。原発についても、あれほどの事故を起こしながら、再稼働するだけでなく、単なる金もうけのために総理みずから輸出に踏み出すという信じがたいことをやっている。なぜあんな人物が首相になっているのか! と恥ずかしい思いだ。上の方がおかしくても、市民が力を合わせて戦争の動きに立ち向かっていきたい」とのべた。
 公務員の男性は、「維新の会の橋下大阪市長はオスプレイを八尾市に誘致するといいはじめているが、私たち公務員も国民保護法に基づいて戦争になれば、市民や法人を戦争に動員しなければならない立場に置かれている。安倍、橋下、東京都知事にも伝わるくらいの迫力で運動をやらなければいけない」と語気を強めて語った。
 8月6日を頂点として、平和公園での街頭展示、『原爆展物語』公演、小中高生平和の旅、全国交流会など重層的な行事への参加や、6月半ばから始まる市内での宣伝行動や平和公園での街頭展示スタッフなどへの参加も呼びかけられ、学生たちもスタッフ参加を申し出るなど全広島市民と切り結んで行動を広げていく意欲がしめされた。被爆者から学生まで一致団結して成功させることを確認して散会した。

 第12回広島原爆と戦争展の要項

 日時 8月1日(木)〜6日(火)/午前10時〜午後7時(5、6日は午前9時から。5日は午後9時まで。最終日は5時まで)
 会場 広島県民文化センター第2・3展示室(地下1階)
 展示内容 パネル「第二次世界大戦の真実」「原爆と峠三吉の詩」「全国空襲の記録」「沖縄戦の真実」など180枚、被爆資料、体験記、地図、写真など
(関連企画)東日本大震災・福島原発事故特集、被爆・戦争体験を語るコーナー
 後援 広島市、広島市教育委員会
 入場無料


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