トップページへ戻る

広島の心全国に伝わっていく確信
原爆展成功させる広島の会が総会
               被爆体験現代に役立てる    2009年12月7日付

 「原爆と峠三吉の詩」原爆展を成功させる広島の会(重力敬三会長)は6日、広島市東区の総合福祉センターで今年度の総会をおこない、今年1年の活動の総括と来年度の活動方針について論議した。総会には、下関原爆被害者の会の被爆者たちも駆けつけ、被爆者、戦争体験者、主婦、労働者、学生など26人が参加。会員の精力的な活動によって全市的に広がってきた原爆展運動の力に確信を深めあい、日本を再び廃虚にする戦争策動を押しとどめ、若い世代と結びあいながら全国・世界へと「広島の本当の心」を広げていく決意を固めあう場となった。
 はじめに参加者全員で原爆死没者への黙祷を捧げたあと、重力敬三会長があいさつ。
 1年間の活動を締めくくり、総会を迎えることができたことに感謝をのべ、「広島の本当の声が全国、世界に広がり、核兵器廃絶、戦争反対の大きな世論にしていくことができる確信がますます強くなってきたことをみなさんと喜び合いたい」とのべた。
 さらに、「第8回広島原爆と戦争展は、広範な原爆展運動の基盤のうえに平和と独立を願う多くの市民の新たな戦争の危機への怒りと結びついて、大学生や現役の社会人など若い世代に影響を広げた。その後の総選挙の結果は、そのような市民の力がうねりとなって日本の政治を変える大きな原動力になったことを示すとともに、私たちが地道に続けてきた平和運動もまた、大きな力になりうる確信を与えた」と振り返った。
 そして、「伊方原発、新たな上関原発の建設計画、沖縄の米軍普天間基地、近くは岩国米軍基地の再編など、被爆地広島の私たちが座視できないものが目の前にある。これらは被爆地の面目にかけてどうしても排除しなければいけない。来年もみんなで力を合わせていきたい」と力強く呼びかけた。
 つづいて、来賓として3氏があいさつし、原爆展を成功させる長崎の会からのメッセージも紹介された。
 下関原爆被害者の会の伊東秀夫会長は、「会の結成以来、地道に訴えてきた被爆者、戦争体験者の痛切な体験と平和への強い願いが若い世代に広がっており、皆さんのなんら私利私欲のない、ただひたすら原爆や戦争のない平和な社会をつくるためにその実相を語り継ぐ姿が広範な支持を得ていると思う。私たちも皆さんの献身的な活動に学び、全力を挙げて奮斗したい」と連帯の思いをのべた。
 長周新聞社の竹下一氏は、「10年前、“被爆体験は風化している”“語り部の会の解散が相次いでいる”という報道がまことしやかに飛び交うなかを一軒一軒戸を叩いて市民の中に入り、その思いを学び、市民のみなさんとともに展示パネルを作成してきた。ともに進めてきた10年来の運動によって、原爆資料館が“加害責任”論の全面見直しに踏み切るなど広島の様相は一変してきた。それは米軍再編、上関原発に立ち向かう全国の世論を根底で支え、励ます運動にもなっている」とのべた。
 また、劇団はぐるま座が『峠三吉・原爆展物語』を舞台化し、3月の下関初演を皮切りに全国公演することに触れ、「新しい原爆展パネルも増刷され、全国に広がることになる。長周新聞創刊55五周年記念事業としてとりくみ、第二次大戦とその後の戦後社会はなんであったのか、今日どうしてこのような植民地的な荒廃した社会になったのか、全国的な戦後総括論議を巻き起こし、独立した平和な日本社会のたしかな展望を示すものにしていきたい」と決意をのべた。
 劇団はぐるま座の宇田川純氏は、新作『原爆展物語』の舞台化にあたり、「多くの人から体験と心の底の思いをきかせていただき、総力をあげて製作にかかっている。この運動を全国に広げるうえで役に立つ舞台をつくりあげていきたい」と抱負をのべた。

 体験の継承へ強い意気込み 全国・世界へ発信

 続いて、事務局の犬塚善五氏から今年の活動について報告され、広島市(第8回)、五日市、北広島町、呉市(第4回)、県立広島大学、広島大学、広島修道大学での原爆と戦争展、28回に及ぶ小中学生、大学生、社会人への被爆体験の継承活動(修学旅行は山口県、大阪市、岐阜県など9校)、毎月おこなってきた被爆体験に学ぶ交流会(36回)など精力的な活動の歩みを振り返った。
 70代の男性被爆者は、「会に参加して7年目になる。はじめは自分の体験を語ることで精一杯だったが、ともに行動を重ねるなかで、昔話ではなく現代につながる問題として話していかなければ伝わらないことも学んだ。たくさんの学校や修学旅行生たちに話してきたが、何年も続けている学校の校長先生も“皆さんが何年もかけて学校に来てくれたことで子どもが育っている”と感謝された。夏には外国人の訪問も増えるなか、学生たちが通訳してくれ、一人の力ではできないことも会員の協力と多くの人の援助ではじめて達成できることを教えてくれた」と教訓を語り、「若い人たちとともに戦争のない日本の将来と、核兵器の廃絶に向けてどのように行動していくか、ともに学び、行動していく思いを新たにした1年だった」と感慨深くのべた。
 社会人の40代男性は、地元の地域や学校で取り組んだ原爆と戦争展の様子を伝え、「開催後、地域からは予想以上の反応で“継続して欲しい”という要望も出ている。広島の会に参加し、卒業後に九州に就職した学生も地元での原爆展に参加してがんばっている。はぐるま座の“原爆展物語”が各地でおこなわれることになれば、広島、下関、北九州、長崎など、これまで広がってきた拠点を繋ぎ、全国的な動きをつくっていくことができると非常に期待している」とのべた。
 今年はじめて参加した婦人被爆者は、「母と弟を原爆で亡くし、あまりに悲惨な体験だったので胸の内にしまったままあの世にいくつもりだった。この会で手足を震わせながら証言したが、胸にしまっていてはダメだと思いはじめた。回を重ねるごとに、力一杯語ってこよう、若い人のエネルギーをもらってがんばろうと力がわいている。命ある限り一生懸命がんばりたい」と厳粛に思いをのべた。
 呉市在住で特殊潜航艇体験者の男性は、「原爆展に参加する中で、これまで原爆についての認識が甘かったと感じている。太平洋戦争のなかでの原爆投下が持つ意味は、非常に大きなものであったと今更ながら感じている。戦争体験者として、この原爆投下は日本人として絶対に忘れてはいけないこととして力のつづく限り語っていきたい」とのべた。
 女子大学生は、来年1月に大学内で被爆者を招いて交流会を開くことを明かし、「友だちや先生に呼びかけるととても関心が強く、人から人へと宣伝が広がっている。4、50人を上回るのではないかと期待している」と報告した。
 事務局からは、来年度の方針として、来年2月の廿日市を皮切りに原爆と戦争展の取り組みを地域、大学、職場に広げるほか、「広島被爆体験集」の第2集の発行、体験記の英語版の発行をめざす、劇団はぐるま座の新作『峠三吉・原爆展物語』の台本普及と広島をはじめ全国公演の成功に尽力することが提案された。
 また、中国電力が進める上関原発建設計画について「被爆地広島として座視できぬ問題」と論議され、「被爆地広島の目の前である上関町に原発をつくるという無謀な計画が国策と称して進められている。だが、若い人のなかでは放射能について頭でわかっていても、被爆者の方たちが受けた本当の苦しみは知らされていない現状がある。原爆を受けた広島の人間として、子どもたちの将来のためにもゆるがせにはできないことであり、広島でも行動していきたい」(40代・男性)と提起された。
 マスコミや被爆地として核廃絶を唱えている秋葉・広島市長も上関原発問題に対してなんらの発言もしないこと、市民に甚大な影響があるにもかかわらず事態が知らされていない実態についても論議され、広島市民の世論を喚起し、上関原発阻止に向けて具体的な行動をしていくことも確認された。
 最後に、全員の拍手で議案が採択され、今年1年の活動の発展に確信をもち、戦争へ向かう流れを阻止する強大な運動を全国、世界へ広げていく決意を固めあった。

トップページへ戻る