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広島の真実伝える高い意気込み
第10回「原爆と戦争展」主催者会議
            全国の鋭い関心に応え7月末から開催  2011年6月13日付

 広島市東区の尾長集会所で11日、第10回広島「原爆と戦争展」(主催/原爆展を成功させる広島の会、下関原爆被害者の会、原爆展を成功させる長崎の会)の主催者会議が開かれた。会議には、広島市内の被爆者、戦争体験者、主婦、被爆二世、学生、留学生をはじめ、下関原爆被害者の会、下関原爆展事務局など約30人が出席。東日本大震災や福島第一原発の事故を受けて、被爆地の経験への関心とともに戦後社会を根本から見直す世論が高まるなか7月下旬からはじまる原爆と戦争展の成功に向けて熱のこもった意見が交わされた。
 
 若い世代の協力者も広がる

 はじめに広島の会の重力敬三会長があいさつし、「また暑い夏がやってくる。そして、思い出したくない八月六日が近づいてきた」と前置きし、「原爆と戦争展開催にあたり、みなさんの要望やご意見を遠慮なく発言いただき、よりよい展示会を開催したい」と呼びかけた。
 次に、下関原爆被害者の会の伊東秀夫会長のメッセージを同会の小西好美氏が代読。
 伊東氏は「広島や長崎での原爆の悲惨な体験がありながら、安全性の神話を振りかざして国策として原発建設を促進」してきたこと、福島原発事故後は復興が遅遅として進まないことにふれ「政党は住民不在で政争に明け暮れている」と指摘。山口県内では、なおも上関原発建設計画をやめず、下関市では被爆体験を語ることにも行政が待ったをかける異常さにも触れ、「妨害に屈することなく、被爆体験を語り継ぐ活動を推し進めていく」と連帯の決意をのべた。
 劇団はぐるま座の山宮綾氏は、原爆展運動10年を描いた『峠三吉・原爆展物語』公演の全国各地での反響とともに、昨年に引き続き8月4日(木)に広島市のアステールプラザにて再演することを報告。
 震災以来同公演の各地での反響は鋭さを増しており、「原爆と原発は同じだ」「広島がここまで復興してきたのだから福島ができないはずはない」と熱心な感想が寄せられていることにふれ「公演を通じて現在の日本を根本から変えていく力を全国隅隅に広げていきたい」とのべた。
 次に、広島の会事務局がとりくみの概況を報告。昨年秋以来の各地での展示会のなかで、新たに原爆展運動への賛同協力者が若い世代を中心に120人におよび、地元広島の小・中学校での証言活動や、大学での原爆と戦争展などのとりくみが広範囲に広がってきたこと、とくに今年は、東日本大震災と福島第一原発事故が日本の国づくりを根幹から揺るがす大被害となっており、「放射能による苦しみをだれよりも知っている広島市民がその実体験を語り継ぎ、原爆の廃虚のなかから復興させてきた教訓を伝えることは、日本復興の大きな力になる」と確認した。
 意見交換では、福島第1原発事故をめぐる思いや、全国的に広島の被爆体験、戦後復興の経験に強い関心が高まっていると語られ、被爆地から精力的に語り継ぐ必要性が論議された。
 70代の男性被爆者は、「原発事故と東日本大震災が起こったことで、学校でも子どもたちと一緒に先生方も体験談を聞いたり、姿勢がこれまでと違う。“原爆や戦争は昔話ではない”といってきた通り現実の問題になっている。原発推進を国策としてやってきた自民党もそれを引き継いだ現政府も、原発は安全でクリーンで低コストだといって世論を誘導してきた」とのべ、「これまでのあり方を根本的に見直し、国民の安全第一を基準にした政治について、多くの人たちと論議していきたい」と意欲をのべた。
 別の男性被爆者は、大学や小学校でも放射能についての関心が高いことに触れ、「原爆投下後は、放射能の存在など知らされることもなく、われわれは水を飲み、野菜、魚を食べて生きてきた。そして、忌まわしい放射能障害によって髪が抜け、斑点、出血をともなって多くの人たちが苦しみながら死んでいき、今回の事故とは比べものにならない悲惨さだった。今は○○シーベルトという数字に踊らされている格好だが、今こそ広島で実際に経験した真実と、原爆を使えばどれほどの被害かを知らせるべきだ」とのべた。
 被爆二世の婦人は、「原爆展には毎年大勢の外国人が来るので、世界中の関心に対応できるものにしてほしい」と語った。
 学生たちも発言し、「広島大学の原爆展のなかで、はじめて直接被爆者の話を聞いた。他の学生たちに一人でも多く話を聞かせたい」(女子医学生)、「教師を目指す者として、教壇から平和の大切さを伝えていきたい。戦争に関しては、中国も日本ももっとも被害を受けるのは市民だ。当時の支配者に戦争の責任があり、残酷に人人を殺した。今の若い世代は平和の大切さを重く受け止めるべきだと思う」(中国人留学生)など意欲をのべ、英語や中国語での通訳としても協力していく意気込みが語られた。
 修道大学の男子学生は、今月27日から同大学で原爆と戦争展を開催し、被爆者を招いて「広島の被爆体験から原発事故を考える」交流会を企画していると紹介した。
 論議のなかでは、「どこが何シーベルトだとか、どこの野菜が出荷停止だとか現状が示されるばかりで、原発が今後どうなるのか、事故現場が収束できた場合や、最悪の事態はどうなのかについて全く明らかにされない。はじめは大丈夫といっておいて、急に“避難しなさい”といわれ現地住民はたまったものではない。政府が別の思惑で事実を隠している」(男性被爆者)と出された。
 また、「遅遅として復興が進まない背景には、被災地を復興ビジネスの餌にするという別目的が働いている。沖縄県民は、“沖縄戦で米軍の収容所に隔離され、帰ってみると故郷は金網にかこまれて基地にされていた”という経験と重ねている。“まさか…”ということをやるのがアメリカであり、原爆投下はまさにその象徴的な経験だ」「全国の関心は、原爆や放射能にも負けずに立ちあがってきた広島、長崎の市民の経験や思いだ。ありのままの経験を思い切って語り継いで欲しい」との意見も出た。
 それを踏まえて、今回の展示には、東日本大震災・福島原発事故特集としてパネルを追加し、福島第一原発事故の概要や被害規模、広島、長崎市民の放射能被害とその後の復興の経験、原爆を開発するマンハッタン計画の途上で開発された原発がどのように日本に導入されたのかの経緯、また、五四基もの原発が林立する日本列島では地震の活性期に入っていることなど広く伝えることが確認された。
 今後は、市内での宣伝活動を広げ、広島修道大学(6月27日〜7月1日)、廿日市市のフジグランナタリー(7月16〜18日)での原爆と戦争展でも賛同者を募り、全市的なとりくみとして世論喚起することで一致。66年目の8・6に向け、全国的な平和の力を結集する意気込み高まるなかで会を閉じた。

 広島「原爆と戦争展」要項

 日時 7月30日(土)〜8月7日(日)午前10時〜午後7時(8月5、6日は午前9時半〜午後9時、最終日は5時まで)
 会場 広島市まちづくり市民交流プラザ4Fギャラリー(中区袋町、袋町小学校となり)
 展示内容 パネル「第二次世界大戦の真実」「原爆と峠三吉の詩」「全国空襲の記録」「沖縄戦の真実」「広島周辺を核攻撃基地にする屈辱」「在日米軍再編をめぐる全国の動き」、(関連企画)東日本大震災・福島原発事故特集など。被爆・戦争体験を語るコーナー
 後援 広島市教育委員会
 入場無料

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