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広島市民原爆展にむけ始動
             第一回主催者会議 長崎の広がり確信に  2005年6月25日付

 「原爆と峠三吉の詩」原爆展を成功させる広島の会と下関原爆被害者の会の共催で被爆60年の夏に開催する「広島市民原爆展」の第1回目の主催者会議が22日、東区の若草町公民館でおこなわれた。主催者会議には同会の被爆者をはじめ、下関原爆被害者の会と下関原爆展事務局の代表をふくめ20人が参加した。今年の原爆展は、長崎原爆展のとりくみのなかで、沈黙を破って怒りの思いを語りはじめた長崎の被爆市民と連携を強め、世界で唯一原爆を投げつけられた広島、長崎の地からほんとうの声を伝えていくこと、そのために地元広島がその役割をはたしていくことが確認された。
   
 被爆市民として使命果たす
 はじめに広島の会の代表世話人の重力敬三氏が、長崎原爆展の主催者会議に広島から参加した代表の人たちの労をねぎらい、「原爆展が長崎へもいき平和運動が広がっていくと思う。今年も原爆展が盛大に開催できるようにしたい」と意気ごみを語った。
 下関原爆被害者の会の伊東秀夫会長は、広島の会の被爆体験集発行に喜びをあらわした。そして原爆を投下したアメリカが小型核兵器を開発し、先制攻撃を公言しているなかで、「広島の会が精力的に活動していることに下関も励まされている。広島、長崎と協力してもっと被爆体験を語りついでいきたい」とのべた。
 つづいて広島の会の事務局の犬塚氏が活動経過、とりくみ基調などの提案をおこない、参加者の交流に移った。
 はじめに先日長崎原爆展にむけておこなわれた賛同者の集いに参加した被爆者らが感想もふくめ思いを語った。

 長崎の賛同者の集いに参加
 男性被爆者は、広島も下関の力を借りてやってきたこと、地元がもっとがんばろうといって、最近では学校でも語れるようになったことを報告したとのべた。そして「長崎の被爆者の気持ちは“祈り”のようにいわれてきたが、個人個人の思いは広島と長崎は同じ気持ちで、長崎と連携してやっていかないといけないと思う。長崎の人たちもその気持ちを持っておられ、この原爆展を契機に会を立ち上げていこうとなっていた」と話した。
 いっしょに参加した婦人被爆者は、今年は各学校へ被爆体験を語る活動が広がり充実した日日を送っていることをうれしそうに話した。そして「長崎はお寺さんも多く、お寺さんが原爆で亡くなった人人をお世話しているのに、表面は教会にとられている感じでした。お寺さんと協力して成功すれば…」と期待の思いを語った。
 会員の婦人は、「広島と長崎は親せき同士のようでした。いくら60年たっても戦争は終わっていないなという感じを受けました。広島と長崎が協力していけば平和の力になっていくと思う」「子どもたちの教育にとっても広島と長崎の声を上げることがいいと思う」と地元小学校での被爆体験学習にもふれながら話した。
 下関原爆展事務局からは、長崎原爆展を通じて長崎市民のなかで峠三吉、広島の原点を広め、「祈りの長崎」といって語れないようにさせられてきた長崎の運動を転換していくとのべた。そしてキリスト教が少数派であるのにマスコミや権力を通じて長崎の代表者のように描いてきていると指摘した。
 さらに長崎には慰霊碑や被爆体験集が少なく、原爆の存在が広島に比べてもひじょうに薄いとのべ、広島の体験集などの資料を紹介し、「広島と長崎のきずなを強めていけるようにしたい」「広島市民原爆展に長崎の被爆者が来て交流できるようにもしたい」との展望が語られると、広島の会の被爆者らも喜びの表情を見せた。長崎原爆展では広島の会の活動を紹介するパネルを2枚展示すること、パネルを縮小した写真パネルが参加者に回された。
 被爆婦人は、「広島、長崎を忘れてほしくない。これをむかし話にしてほしくない」と話し、別の婦人は、「長崎との交流をぜひ実現したい」と期待をのべた。

 会期の案内に積極的に参加
 今年の市民原爆展では地元被爆者でどう担っていくかについても活発に意見が出された。被爆者の一人は、「できるだけ多くの人に体験を聞いてもらえるようにしたい。会の人が多くの人に声をかけて語っていけるようにしたい」とのべた。
 昨年の市民原爆展で全国からの参観者が集団で参観して体験を聞きたいと申し出があったり、体験を話しているとそのまわりを囲むようにして聞く姿も多かったことが出された。そして「体験を聞きたい」と申し出があれば、会場を準備することや、「被爆者の体験が聞けます」との札を下げてはどうかなど積極的な発言があいつぎ、全国から問題意識を持って参観してくる人の期待にこたえ、会期中は分担して会場につめることも確認した。
 下関の事務局からは、原爆展全国キャラバン隊の活動のなかで明らかになってきた『沖縄戦の真実』を、体験者の体験に即したパネルを作成したこと、「沖縄戦せずとも戦争は終わっていた」なかで、なぜこれほどまでに多くの人人が殺されなければならなかったかを明らかにすること、同時に東京大空襲のパネルも同じように展示するとのべた。
 さらに「NPT再検討会議が決裂し、アメリカの核独占が強まり、日本を戦場にした原水爆戦争の問題が現実味を帯びるなかで、全国的な力を結集していく必要がある」とのべた。

 被爆六〇年重要な取組
 参加者からは、今年に入って学校での被爆体験証言の活動が広がっていることともかかわって意見がかわされ、「被爆者と同じレベルで子どもたちが理解するのはむつかしい。話すことによって少しでもその気持ちが伝わればいいのではないか」「いままで語らずに来た人たちが、ここ数年語りはじめている。やはり“語り残さないといけない”との思いが強まっていることはいいことだ」などと話された。被爆者の話を聞いて理解し行動できる現役の親世代に語り伝えていく重要性も出されていた。
 修学旅行や学校で体験を語ってきた被爆男性は、「“世界平和”という言葉で感想を書いてくるのもうれしいが、話した内容についてそれぞれの生徒が自分自分で感じたことを素直に書いていると“伝わったんだな”と思う。そのような学校がもっとふえていけばと思う」と語った。
 広島市民原爆展では、ここ数年峠三吉の原爆展運動が発展し、広島の地で地元の子どもたちに語る運動が広がってきたことを反映させ、長崎で展示する広島の会のパネルや子どもたちが書いた感想文なども展示し、今後さらに長崎との連携を強めてもっとその声を広げて大きな力にしていく市民原爆展にしていくことが確認された。

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