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人殺し作るネット世界規制を
「ライン」巡るいじめ、不登校深刻
               「皆の為」で平和の担い手に    2013年7月17日付

 山口県や福岡県の学校現場で、子どもたちがスマートフォンなどの無料通信アプリ「LINE(ライン)」(一対一でなく複数でやりとりできる)を使って、友だちを誹謗中傷して不登校に追い込むなどの陰湿ないじめが広がっていることが、解決すべき問題として論議になっている。最近、広島県呉市の山中に同級生の遺体を遺棄したとして一六歳の女子が逮捕されたが、この女子も「ラインで悪口をいわれて腹が立った」といっているという。親や教師の目がとどかないバーチャルな世界が蔓延し、子どもたちのなかに自分の思い通りにならなければ相手を抹殺するという凶暴な個人主義が広がっており、それが子どもの生き死ににもかかわり、日本の将来にかかわる問題として危惧(ぐ)されている。この問題について、父母や教師が語る子どもの実情をもとに、その背景と打開方向について考えてみたい。
 
 「どこでも起こりうる」と危惧

 下関市内のいくつかの中学校で、突然不登校になった生徒について原因を調べてみると、クラスのなかで誹謗中傷のメールを送り続けられていたことがわかった。ある学校では、同級生にいたずらをする動画が2、30人の生徒の携帯に流され、教師が一軒一軒家庭訪問し削除して回るということもあった。同時に、「プライバシー保護」といわれ、把握が難しい面もある。
 下関市のある中学校教師は、「ラインの問題は表面には見えにくい。突然親が学校に相談に来て知るが、ネットの世界のことでなにが本当かわからないこともある。しかし、けっして小さな問題ではない」として、次のようにのべた。
 「一人の生徒がライン上である生徒に対して“みんなで一緒にはぶりましょう(無視して仲間はずれにすること)”という誹謗中傷のメールを流して、それを見た他の生徒が便乗してどんどん書き込むということがあった。また、女子同士では、学校では表面は友だちを装い、相手に面と向かって気持ちをぶつけることはしないで、ネット上に“消えてくれ”“マジうざい”などと書き込み、“昨日の友は今日の敵”になる。“相手を陥れたりするなど、ネット上での書き込みは卑怯で最低だ”と子どもたちにいい聞かせている。人間関係の希薄さをスマホや携帯が助長している。このようにして自分中心で、嫌な他人は平気で排斥するという人間が育つと、今後の日本はどうなるのかと本当に心配になる」と語っている。
 別の中学校教師は、「相手の顔が見えないため、思ったことをそのまま書き込むが、友だちがどう思うかには心が及ばない。そこからはウザイ、ムカツク、カワイイといった短絡的な思考しか生まれない。それがきっかけでケンカになったりする。小学生から化粧品や携帯を持ち始めて、勉強や学校生活に集中できない。だが、どんな時代になっても“世のため、人のために生きる”という価値観は大切で、そういう人間になれと子どもに教えたいと思っている」とのべた。
 どの学校現場でも似通った問題が渦巻いており、全国どこで起きてもおかしくないものとなっている。
 中学生と高校生の子どもをもつある母親は、「子どもがスマホ依存症になっている。暗黙のルールで“○分以内に必ず返信しないといけない”“○分以上遅れたら友人関係をやめる”などがあり、右手にハシ、左手にスマホを持って食事をしたり、風呂にもスマホを持ち込んでいる。見えない世界で陰湿なやりとりが交わされる一方で、お互いの表情を見ながら話すことをせず、生身の人間同士の深い関係が結べなくなっている」と心配していた。
 それを助長するのが最近のテレビや映画、ゲームなどで、「自分以外はすべて敵」「相手を殺して自分だけが生き残る」という短絡的思考を煽るものがあふれている。
 4月から放映された『35歳の高校生』(日本テレビ)や『家族ゲーム』(フジテレビ)、『幽かな彼女』(フジテレビ)などは、いずれも子ども同士の陰湿ないじめや暴力を扱ったものだが、親のなかでは「“いじめはいけない”“暴力はいけない”とあれほど騒いでおきながら、テレビでいじめの方法を教えてどうするのか」と話題になり、子どもにはできるだけ見せないようにしていたという。
 またバラエティー番組も、人の失敗を笑いのネタにしたり、相手をはめて罰ゲームをさせるなどで、健全な笑いがないと批判は強い。
 最近、中学生から大人までのあいだで流行しているゲームの一つは、ゲームに臨む自分が一人の兵士になって銃を持ち、インターネットでつながる全国、全世界の人と対戦するというもの。戦争ゲームは年年リアルさを増しており、見たこともない相手と対戦するスリルを味わいつつゲーム感覚で相手を殺していく。
 アメリカでは、アフガニスタンの戦場を飛ぶ無人機のコントローラーを、若い兵士がなじみやすいように人気ゲーム機のそれに似たデザインに変え、「手元を見なくても指先が動く。ゲーム機と同じ形にすることで習得がさらに早くなった」という。米陸軍はテロリストとの戦斗ゲームを公費で開発し、氏名や住所などの個人情報を登録すれば無料でダウンロードできるシステムをつくって、それを新兵の募集に利用している。
 IT企業やメディアは子どもをもうけの対象として食いものにし、子どもの将来にはまったく責任を負わないだけでなく、そのうえ自己中心主義や動物的な攻撃性を煽り、それが戦争への動員と結びついていることを問題にしないわけにはいかない。

 人殺しを煽る「表現の自由」 意図的な政策が動く

 下関市内のある母親は、「スマホでいじめが助長されるのなら、スマホの販売を規制すればいいが、それはまったくしない。一部の企業の“営業の自由”のために、子どもがターゲットにされている」とのべている。
 この20年来、凶悪な青少年犯罪が起きるたびに、その背景に殺人ビデオや映画、マンガなど悪質なメディアの影響があったことは、くり返し指摘されてきた。しかし親や地域がそれをやめさせようとすれば、そのたびに「営業の自由」「表現の自由」という抑圧が加わってきた。それには「革新陣営」や「進歩的文化人」も加担してきた。
 しかし、この「営業の自由」「表現の自由」は、「人殺しの自由」を煽るものにほかならない。ある一私企業の「金もうけの自由」のために、大多数が友だち関係を破壊され、果てはいつ殺されるかもわからない不自由な抑圧のなかにおかれる。IT企業やメディアが、まだ十分な判断力も持たない子どもたちの精神を日日蝕む自由はあるが、全国の親や地域がこうした反社会的なものを批判し追放する自由はない。この「表現の自由」は大インチキである。
 一方、安倍政府は「いじめをさせない」というが、学校でいじめはまったくめずらしいものではないし、ますますエスカレートしている。文科省の進めてきた教育改革そのものが子どもたちを差別・選別の残酷な環境に投げ込んでいる。子どもの親たちは非正規雇用が増え、大企業のもうけのために簡単に首を切られ一家が路頭に迷わされるなど、苛酷な生活を送っている。今の社会自体がいじめだらけで、社会を支配するいじめ構造が子どもたちの意識に反映しているのであり、その構造をなくさなければいじめはなくなるわけがない。
 また現実に直面する社会が過酷になるなかで、団結して現状変革を求める機運は高まっており「みんなのために」という働く父母のまっとうな思想が、これまで以上に強く反映している。したがって教師が勤労父母の側に立ち、子どもに愛情を持って、不正・腐敗とはたたかい、子どもが集団のなかで本来の力を伸ばすよう真正面から指導すれば、めざましく成長するという経験が明らかになっている。
 だがこの間、「個性重視」「体罰禁止」「鍛えてはいけない」といって、教師がまともに教育することを抑圧する力が働いてきた。
 先月、安倍内閣が成立させた「いじめ防止対策推進法」は、「子どもの人権」を掲げて、いじめを「犯罪」とみなし、いじめをした生徒を出席停止するなど隔離すること、警察への通報などを義務づけている。集団生活のなかで子どもたちが自己を鍛え、不正とはたたかい、仲間とともに次代の担い手として成長していくよう導く教育の否定である。
 子どもたちのまわりを俗悪な内容のテレビ、映画、マンガ、小説や携帯・スマホなどがとり囲み子どもたちに直接襲いかかっている。さらに子どもたちをまともに育てようとする教師や親、地域の努力は大きな力によって抑えられる。そこに、子どもたちの人民的で健全な思想を破壊して平気で人殺しをするような人間にしていく、意図的な政策が動いている事実を見ないわけにはいかない。
 アメリカでは、ニューヨーク・テロ事件直後に教育改革法(落ちこぼれゼロ法)がつくられた。それによって全国一斉学力テストが義務化され、子どもたちは点数による自由競争とランク付けの残酷な環境に投げ込まれた。成績の悪い学校の教師は首になり、その学校は廃校にするという政策が実行された。そして、その法律のなかに「すべての高校は生徒の個人情報を軍のリクルーターに提出する」という内容が盛り込まれた。それによって生活が貧しく、成績も悪く、将来の見通しが暗い生徒たちが兵士となり、アフガンやイラクの戦場に送られている。
 安倍政府の憲法改悪、国防軍の創設、自衛隊の海兵隊化、そして教育再生実行会議の進める教育改革は、アメリカの指示であり、日本がアメリカの植民地的な隷属の下におかれていることを示している。日本では、戦前は「天皇のため」という軍国主義教育で、将来のある幾多の青少年が戦場に送られ、二度と帰ってこなかった。現在の軍国主義教育は、アメリカの掲げる「自由」「民主」「人権」のイデオロギーに貫かれている。残酷な差別・選別教育で、たくさんの子どもたちを九九や漢字がわからないまま放置し、授業で暴れれば即警察に突き出して将来を奪い、いずれ日本の青少年をアメリカの下請戦争の肉弾にしようとしていることを、黙って見ていることはできない。

 子供達の積極面全面開花へ 自己中心と斗い成長

 今年、広島・長崎の修学旅行の場や各地の「原爆と戦争展」のなかで、被爆体験を受けとめる子どもたちの真剣さは目を見張るものがある。子どもたちは普段の授業では見せない集中力で被爆者の話を聞き感想文のなかで、「原爆で亡くなった人の思いを受け継いで、二度と原爆や戦争で苦しむ人が出ないように頑張りたい」「好き嫌いをしたり、ぜいたくでわがままな生活をあらためて、みんなで力をあわせて戦争のない平和な世界にしていきたい」と決意をつづっている。
 また、上宇部小学校の教師集団から始まった鉄棒逆上がり全員達成の体育実践は、学年が大きな目標で一致団結し、「自分さえよければ」の考えをうち破り、友だちの成功がみずからの喜びになる「みんなのために」の思想を発揚し、他の学校に急速に広がっている。途中であきらめず最後までやりきるなかで鍛えられた身体と精神力は、他の教科の学習や生活面にも大きな変化をもたらしている。
 子どもたちが本来持っている積極面を全面的に開花させ、より発展した社会の担い手に育てる教育運動を発展させることが、戦争を阻止する確かな力になる。
 同時に教師や父母、地域が結束して、子どもをターゲットにするIT企業や悪質なメディアに対して、嫌悪感で終わらせるのでなく、それを規制する全地域的な運動を巻き起こさなければならない。

 

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