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人を人間扱いせぬJR西日本
広成建設下請社長が失踪
              殺人労働と安全切り捨て    2007年10月10日付

 国鉄が民営化され、JRが発足して今年で20年を迎えた。「急げ」「稼げ」「隠せ」といわれる猛烈な利潤追求の経営によって人員が削減され、現場では下請丸投げや労働者を過酷な殺人労働に駆り立てており、1昨年にはついにJR宝塚線脱線事故(死者106人)を引き起こすまでになった。安全輸送が脅かされているが、反省してあこぎな営利主義を改める方向には動いておらず、乗客や労働者を人間と見なしていない体質をあらわにしている。下関では最近、鉄道の生命線といわれる保線業務をめぐって、専属で請け負っていた下請会社の社長が行方不明になるという事態が起きている。民営化JRのもとで、鉄道の現場でなにが起きているのか見てみた。

 労災事故もことごとく隠蔽

 下関市内を走るJR鉄道の保線業務のほとんどは、JR西日本が発注したものを広成建設が受注して、同社下関保線作業所が監督業務をするもとで、特定の下請会社がおこなっている。現場では7〜8人で構成されたチームが、丸投げされた仕事を請け負っている状態だ。
 10月一1日、そのうち1社の新工建設の能方伝社長(47歳)が突然行方不明になった。当日の現場は幡生―新下関駅間だった。能方氏は朝早く福岡県内の自宅を出て、従業員1人とともに午前6時前には集合場所に到着。7時からの作業開始まで時間があったことから、一緒に来ていた労働者が休んでいた数10分の間に姿が消えた。
 予定の時刻になっても現れず、労働者たちは捜しに行こうかと気になって仕方がなかった。社長も含めた7人は、同じように汗を流して働く仲間だった。しかし、広成建設下関保線作業所から来た現場監督が「作業をやるように!」指示。仕事も手につかない心境のなか、ようやく保線作業所長から「やめて帰ってくるように」との連絡が入って、作業打ち切りになった。
 同日の昼頃、体調を壊して帰途についていた従業員の1人が、唐戸方面から貴船方向に向かって歩いている社長を見つけ、不思議に思って後を追い、下関職安に入っていくところまでは目撃している。しかし連絡はとれずその後どこへ行ったのかはわかっていない。家族や従業員は安否を気遣って必死に捜している。黒のポロシャツに紺色の作業ズボンといういでたちだった。
 同社は山陽本線の彦島江の浦―埴生区間の保線を担っており、広成建設は能方氏が行方不明のもとでも作業を継続するように要求しているが、従業員らは「社長の行方も安否もわからないもとでは仕事が手につかない」と拒否している。

 広成の労務管理下で炎天下で12時間労働も
 関係する人人の話では、仕事でノイローゼになるほど肉体的にも精神的にも追い込まれていたといわれており、周囲はみんな心配していた。広成建設担当者によるイジメが繰り返され、下請にたいするものいわせぬ抑圧の関係が尋常ではなかったこと、「なにが起こってもおかしくない極限状態だった」「ほんとうによく辛抱していた」と指摘されている。
 広成建設下関保線作業所の軌道工事管理者である真田利光氏を通じた独特の労務管理、威圧的で下請労働者を人として見なさぬような陰湿なイジメは、「とくに社長である能方さんにはひどかった。作業員みんなを黙って従わせるためだろう」と誰もが感じていた。そして「なにかいわれると断れない性格で、穏和な人だったから、ずっと辛抱していた。自分から逃れる以外になかったのではないかと思う」と語られている。
 労働者の1人は、「夜勤が終わって道具を徳山の保線作業所に返しに行くようなこともあったが、私らが“行こうか?”といっても自分が返しに行ったりしていた。現場の肉体仕事をこなしたあと、社長の会議に出席するようなこともあった。そこから福岡の自宅まで帰って、現場にすぐ出てくるといったことも。眠る時間がないのではないかと心配していた」と語った。何度となく「残業してうち(新工建設)が残業手当を出したら赤字になる」と経営を心配していたこと、ギリギリの採算での仕事だったことを労働者たちは肌身に感じていた。
 仕事を采配していたのは広成建設から送られてきた現場監督。JRとの打ち合わせで「終了予定時刻」があっても無関係。夜10時から翌朝5時までぶっ続けで働くこともあった。極端な時には、12時間働く。過酷な肉体労働であり、とても身体が持たない。9月には灼熱の太陽が照りつけるなか、午前5時から午後5時まで、小月沿線の草刈りをやった。みんなが倒れる寸前でヘトヘトになっていたものの、お伺いを立てた末に続行となった。売り上げを伸ばすためには、広成建設の現場監督が「これでは儲けにならん!」といってJRに電話連絡して仕事を追加することもあった。

 反社会的な営利優先線 路閉鎖もせずに仕事
 利潤追求のためには安全を確保するためのルールなども一線を踏みこえた。二五bのレール間隔を調整するためにはレールとまくら木を締結している装置をすべて緩めて移動させる。本来なら列車の運転が予定されていない時間帯であっても「線路閉鎖(その区間に列車を進入させない措置)」の手続きが必要だが、作業量を増やすために手続きなしで仕事を敢行することもあった。また、始業点呼のときに終了予定時刻に合わせた列車ダイヤを列車見張り員に渡すが、作業時間が大幅にのびてダイヤがなくなったときは、急きょ事務所に連絡して次の列車ダイヤを取り寄せることになる。しかしあえて列車ダイヤなしに「現物確認」で作業を継続させることもあった。
 まるで下請奴隷のような労働環境のもとで、労災事故もことごとく隠蔽されてきた。主なものだけでも古レール整理中に作業員負傷(01年12月18日)、くら木交換で作業員が指欠損(03年10月22日)、草刈機使用中の負傷(05年9月17日)、夜勤作業終了後帰社中に大型トラックと衝突(06年1月24日)、草刈機使用中の負傷(06年7月31日)、古レール整理中の作業員骨折(06年11月23日)など頻発している。こうした災害の多くは、労災隠しで社会保険を利用した個人責任対応となった。今年には熱中症で倒れたり、夜勤あとの広報活動や機械の運搬中に車両が大破する事故が2件連続して発生した。
 「広成建設から強いられる仕事は、JRの規定やルール違反などなんでもありだった。とにかく売り上げ第1であったし、JR西日本広島支社や広成建設上層部が(下関保線作業所の)現場監督を“優秀な軌道工事管理者”として破格の扱いをしていたから、誰も口を挟めない存在」といわれた。加えて、JR西日本は若手の幹部候補者を下関保線作業所に出向させ、「下関地域鉄道部長表彰」をするような関係であったことが、よけいにものいえぬ状況を助長した。
 しかしながら「利益を上げてなんぼ」の世界でやられてきたことはすでに容認できる範疇(ちゅう)をこえた反社会的なものであり、なにより下請の労働者たちは、人間扱いしないようなやり方に心の底から怒っている。
 JR西日本下関施設管理センターに、下請社長の行方不明や一連の保線業務の実態について見解を求めたところ「JRが発注した業務を広成建設が受注し、そのもとでおこなわれており、詳しくは存じ上げない。作業については短期集中でやっているので(少人数過密労働については)わりと早く終わっていると思っている。新工建設さんが請け負っている業務がストップしているのは知っているが、緊急の作業については、他社に割り振るなどされていると聞いており、安全上の問題はないと考えている」という対応。要するに、広成建設にやらせており、JRは直接の責任を負わない体制になっている。
 広成建設山口支店に九日取材したところ、「線路部長は休みで線路課長は徳山に出張しております。支店長・副支店長・総務課長も探したが、見あたらないので対応できない」ということだった。

 民営化以後大矛盾に 安全輸送無視の姿露骨
 民営化以後、JR内部ではコスト削減が叫ばれ、社員がどんどん減らされている。1987年当時のJR西日本の社員数は5万1530人だったのが07年には3万350人まで、4割以上もの削減をおこなっている。その影響をまともに受けているのが、運転の現場であったり、作業が下請に丸投げされる保線現場といわれている。保線作業は全て協力会社や下請に丸投げし、JRはコンピューターで管理・入力をするだけ。外注化に拍車がかかって、安全確保のための保守、設備部門にJR本体がほとんどタッチしないようにもなっているのだと、JR西日本の労働者は内部のすう勢を指摘していた。こうした安全無視と儲け本位の「合理化」・効率化による労働強化が末端にしわ寄せを押しつけ、他県では、下請の保線作業員が列車にはねられて死亡する事故まで引き起こしている。
 JRはもともと国民の財産であった鉄道を食いものにした私企業であるが、多数の乗客・利用者の生命と物資を安全に輸送するという社会的責任がある。この鉄道の安全輸送を支えているのは末端の労働者であり、彼らなしに列車は動かない。労働者を抑圧し搾り上げる体制が、信楽事故や宝塚線事故にあらわれたような、乗客もダイヤ編成も「稼ぐ」道具としか見なさず、人間扱いしないことと共通の基盤をもっている。
 道路公団も民営化で、コスト削減の人員削減。航空会社も人員整理や整備部門の子会社化、外注化を進め、空の安全が脅かされる。トラックもタクシーも規制緩和で労働者は人間扱いされない。郵便局も10月から民営化になって大騒ぎになっている。JRに限らず、そうした合理化で労働者を人間扱いしない奴隷労働にさせ、「史上空前の利益!」などと大企業がバカ騒ぎし、社会的な安全性をもぶちこわしていくこととの矛盾が社会全般で鋭く衝突している。
 そして労働者が就業を拒否すると、もっともあわてるのは資本側である。生産を担う側がもっとも力を持っている。その力がふき上がっていくことは必至である。

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