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ほとばしる東京空襲の経験
原爆と戦争展全国キャラバン
                 死体の山の中皇居は無傷       2010年9月15日付

 原爆と戦争展全国キャラバン隊(劇団はぐるま座団員で構成、長周新聞社後援)は13日、東京都墨田区の錦糸町駅前の広場で展示をおこなった。買い物客や学生など若い世代も熱心に参観し、夕方からは会社帰りのサラリーマンが仲間と連れだって参観する姿も目立った。また14日には中央区の築地川公園と明治座の横にある浜町公園で展示をおこなった。両日とも戦争体験世代からは、全国各地での空襲体験、3月10日の東京大空襲での語り尽くせぬ体験や、現代の社会に対する思いが溢れるように語られた。
 展示をおこなった墨田区や周辺の江東区、台東区は民家が密集する下町で東京大空襲でも多くの住民が焼き殺された地域である。体験者からは「箱崎で空襲にあい、火の海のなかを逃げ回った。随分長いこと永代橋のところには潮が満ちてくるたびに遺体が流れ着いていた。あれだけの犠牲が出たのに、若い人たちに伝えられていない。こういうことを通じてぜひ伝えてほしい」「四歳のときに東京空襲にあい6年生の兄と母親に連れられ、3人で江東区にある東陽小学校の講堂に必死で逃げた。人がたくさん避難してきたが、炎が燃え移り、みんながいっせいに入口に向かったので、兄は押しつぶされて亡くなった。講堂から逃げ遅れた人はなかで焼け死んだ」など、パネルを見て涙を押さえながらスタッフに体験を語る姿が相次いだ。
 浜町公園には、東京大空襲のとき「“明治座は鉄筋だから安全だ”と聞いたたくさんの人が逃げ込んだが、中身は木造で焼け落ち、門には死体が山積みされていた」ことを偲び、多くの人の冥福を祈って昭和25年に観音堂が建立されている。現在でも明治座の職員が毎朝扉を開けて線香をあげ、毎年3月10日前後には明治座で慰霊祭をおこなっているという。また、地域の住民もお参りに訪れたり、掃除をしながら守り続けている。
 「姉が明治座のなかにいたが、逃げ出し、小便小僧の所で足袋に水を染みこませて口元を押さえながら逃げたので助かった」と語り始めた70代の女性は、「自分も中学1年のときに浅草で東京大空襲にあった。アスファルトが溶けて、踏むとずるっと埋まる状況だった。町はすべて焼けてしまい浅草から明治座のあたりまで見えた。言問橋の所では川に逃げ込んだ人たちが流されないよう前の人に捕まって連なっていたが、前の人が深みにはまり流されると、みんなそれに連なって溺れ死んだと聞いた」と当時を思い出しながら語った。
 そして「私たち以上に沖縄の人たちはもっと大変だったのではないか。いまだに基地を置いているがアメリカは自分のことしか考えない利己主義のかたまりだ。戦後、日本に上陸してきたのも最初は黒人で、白人はなにをされるか分からないので後から上陸してきた。そんな卑怯な国だ」と話した。
 また「なぜ早く戦争を終わらせなかったのか」という意見とともに「軍や三菱が無傷だった」「皇居は狙われなかった」というパネルは、特に強い反響を呼び、そこからつながる現代の切実な問題意識が語られた。
 東京大空襲を体験した70代の女性は、「千駄ヶ谷に住んでいて夜中に空襲警報が鳴り、飛び起きて防空壕に入ったが人が多すぎて、これは危ないと父が連れて行ったところが宮内省の管理する新宿御苑という一般の人は入れない公園だった。父が菊の印のついた門を破って公園のなかに入り夜を明かし助かった。翌朝出てみると一面焼け野原で、考えられないほどの死体が転がっていた。しかし皇居や新宿御苑だけは焼かれていなかった。初めに自分たちが入ろうとしていた防空壕のなかではたくさんの人が蒸し焼きになっていた。父は菊の門を破ったということで後日憲兵からひどい目にあった。あれだけのたくさんの人が亡くなったのに天皇だけが狙われなかったのはおかしい」と語った。
 北海道出身で当時札幌の無線の専門学校に行っていた81歳の女性は、「札幌空襲では、通っていた学校は無線や電気設備などもすべてととのっていて狙われなかったが、戦後その校舎は設備もあって新しいということでアメリカに全部とられ、専門学校は山奥の古い学校に移された。アメリカがチョコレートなどを配ったりするところや、アメリカの後を夜の女がくっついているみじめな姿を見た」と体験を語り、「厚生年金に入ってずっと働いてきたが結婚後、姓が変わると国民年金だといわれ、月3万円では生活できないので今でもビル清掃の仕事で働いている。叫びたくなるようなくやしいことがいっぱいあった」と強い口調で語った。

 米国の公共事業は戦争 現在重ね鋭い意識

 10歳のときに東京空襲を体験した靴職人の男性は、「アメリカの公共事業は戦争だ。だからいつでも戦争をしている。“テロだテロだ”といっているが、アメリカが一番のテロだ。その大元を隠して他にテロの国があると煽っているが、騙されちゃいけない。“拉致だ拉致だ”といっているが、バカいっちゃいけない。アメリカが一番の拉致国家だ。アフリカから黒人を拉致してこき使い、インディアンを皆殺しにして、比較にならない。日本もいまだに基地をあちこち置かれて、沖縄なんて丸ごと占領されている。しかも日本人の税金だ。基地があるから雇用があるなんて大ウソ。あの広大な土地を戻したらいくらだって働く場所はできる。真実はなにかを見ていないと騙される」と激しく語った。
 さらに「このままいけば日本は金融破たんする。ギリシャよりもっと借金があるのに政府は“自国で金を回しているから大丈夫”とかいっているが、それも国民の金だ。つい最近、日本振興銀行が破たんしたが、六五年前、銀行があちこち倒産して預金が差し押さえられた。そのうち配給切符になったのと同じような時代になってきている。一番はアメリカ国債を売ればいいが、それができないから問題で、どんどん紙切れになっている。このままいけば日本が潰れる。もっとこういうことをみんなが堂堂と語っていかないといけない」と語った。
 昨年まで三井化学に勤務していたという六四歳の男性は「こういうことはなかなか知れない。政府はこういうことを隠しているから、真実を知っておかないといけない」「政府は戦争をしないといっているが、日本もいつ“戦争だ”となるかわからない状態にあると思う。会社も下請などの派遣社員の首切りをかなりしたが、これ以上働く人がいなくなったら会社も運営できない状況まできている。製造業が潰れたら日本は終わりだ」と話し、アメリカに謝罪を要求する署名に名を連ね、パネル冊子を購入した。
 50代の会社員の男性は、「父親が東京大空襲を体験し、戦争体験や戦時中の生活のことを聞いてきたが、今は体験者も高齢化し、直接話を聞くことは難しくなっている。最近の若者は戦争について知らないし、自分さえよければいいという考えの人が増えている。自分の会社の若者でも与えられた仕事をやるだけで、五時きっかりに会社を出て、会社の仲間と協力するということを知らない。小さい頃から戦争もののゲームをやって、殺したり死んだりしても、リセットボタンを押すと生き返る。そんなゲームばかりしているからゲームの世界と現実の世界が一緒になり、おかしくなる。若者が現実の戦争からどんどん離れているので、若い人に知らせていってほしい」と話した。
 また若い世代もパネルを見終わり、真剣に話し込む姿が目立った。20代の男性は、「アメリカは日本が負けるのがわかっていて、実験のように平気で原爆を落としてこんなにひどい状況をつくったことに怒りを感じる。アメリカがいいという人は戦後アメリカの恩恵を受けて洗脳された人だ。大学生も安保斗争のころは先頭に立って国のために頑張ったが、今は自分のことしか頭にない。韓国の学生のようにどうして怒らないのか。共産党もアメリカに正正堂堂とものをいうことがなくなり、共産党ではなくなっていて本当に腹が立つ」と話した。
 また「若者は今、本当に職がなくてにっちもさっちも行かない状況に置かれている。自分もホテルに就職が決まり、入社した途端に解雇になった。それから仕事を探しているがないので派遣でつないでいる状況だ。こんな社会はだれが見てもおかしいし、根本的に変えないとどうしようもないところにある。米軍基地のある沖縄の人たちも悔しい思いをしていると思うが、国民がもっと怒らないといけないと思う」と問題意識を語った。

 

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