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福田正義没10周年を迎えて
業績の研究と大論議を訴え
                福田型政治勢力の結集へ     2011年12月28日付
 
 人民言論紙長周新聞の創刊者であり、日本共産党(左派)中央委員会議長であった福田正義本紙主幹が逝去して10年を迎えた。この10年の経験は、福田正義が戦前、戦後をつうじて実践した路線が、閉塞した現代を打開する新鮮な力となることを証明している。とりわけ戦後資本主義がガタガタに崩壊し、平和で豊かな新しい社会が切望されるなかで、それを担う幾千万大衆を結びつけ、導いていく新鮮な政治勢力は福田型でしかあり得ない。没後10年を迎えて、福田正義の業績の研究、論議を広く起こすことの意義はきわめて大きい。
 福田正義の戦後出発を代表するたたかいは、1950年8・6広島平和斗争であった。アメリカ占領軍は平和と民主主義の勢力であり、原爆投下は戦争を終結するためにやむを得なかったとする宣伝が支配するなかで、戦後はじめて原爆投下の犯罪を真正面から暴露し、原爆反対のたたかいを組織した。それはたちまち全国に広がり、世界的な平和運動となった。
 福田正義は1999年、下関で原爆展がはじまったことをひじょうに喜び、2001年11月の第1回広島旧日銀原爆展の成功を見届けて永眠した。この運動は各地で語られた戦争体験を加えて「原爆と戦争展」となり、10年の活動を総括し典型化した劇団はぐるま座の『原爆展物語』の劇となって衝撃的な影響を広げている。50年8・6斗争の路線を継承する峠三吉の原爆展と8・6原水禁運動は、名実ともに広島、長崎の全市を代表する存在感を持つにいたり、全国、全世界に大きな影響を及ぼす運動となった。
 ァメリカの犯罪を糾弾する原爆反対の運動は、50年代の米軍基地反対のたたかいから60年安保改定阻止の大政治斗争に発展していったが、現在もこの原爆展・原水禁運動は沖縄や岩国の基地撤去のたたかいを激励し、教育運動、文化運動など独立、平和、民主、繁栄を目指す各層人民の世論と運動を激励している。
 福田正義の戦後出発における最大の問題意識は、あの広い中国でたちまちにして人民を解放していったのに、日本ではなぜ第二次大戦というもっとも重要な時期に共産党が解体し、苦難のなかにある人民の手助けができなかったのかということであった。それは中国では、言葉の言い回しというものではなく実際行動で、人民に奉仕する精神が徹底していたこと、そして大衆に学び、大衆を導いて大衆とともにすすんだことだと強調していた。その問題意識を日本で具体化して組織したのが50年8・6斗争であり、長周新聞の創刊であった。
 福田路線はまさに戦争の苛烈ななかで、それに立ち向かって勝利する路線である。50年8・6斗争は、アメリカが日本を出撃基地にして朝鮮戦争をはじめ、広島が戒厳令のような弾圧体制におかれるなかで、それを突き破ってたたかわれた。平和時には左翼ぶった勢力があまたいるが、かれらはいざ社会が危機になり戦争になっていくというまさに勝負時になると戦争勢力の協力者になっていく。戦前もそうであったが、現在も同じである。大衆のなかでは、まさに世界大恐慌と戦争の危機のなかで、この社会の根本的な変革を願う世論は全国的に沸騰しているが、左翼勢力を自称してきた政治勢力は大衆とはまったく異質な存在となっている。
 共産党の看板を掲げた修正主義裏切り者集団がその典型である。かれらは大衆を見下し蔑視する傲慢な唯我独尊が特徴で、アメリカ民主主義を賛美し、北朝鮮への排外主義の先兵になって戦争挑発者になる。かれらは口の先でさまざまに人を欺瞞しつつ自分の損得第一をはかる個人主義が性根であり、ブルジョア政党にほかならない。かれらは福田正義と長周新聞を蛇蝎のごとく憎んできたが、福田路線はこのようなものとははじめからしまいまで根本的に異なっている。
 この閉塞した日本社会を突き破り、平和で豊かな社会を実現するには、文化・芸術、教育などイデオロギーの戦線から、人人の世論の転換から突破が求められる。長周新聞、福田正義とともにあった礒永秀雄の没35周年詩祭は戦争体験者から小中高校生までひじょうに熱気があふれ、平和な社会を実現する勇気と確信を与えるものとなった。劇団はぐるま座の『動けば雷電の如く』は福田正義の「高杉晋作に学ぶもの」に導かれて創作されたものであり、その芸術路線を学ぶなかで舞台が創造され、人人を社会進歩に向けて突き動かす力を発揮している。人人の生きる糧となり未来への生命力あふれる文化・芸術運動をまき起こすうえで福田正義が残した文芸論が大きな力を発揮することは疑いない。
 日本社会を立て直すには教育からである。山口県の教育運動は戦後全国的に突出した位置を占めてきたが、それは福田正義・長周新聞の役割と切り離すことはできない。戦後教育が新自由主義改革をへて学校が見るも無惨な崩壊をしているなかで、それを突き破って学年全員が逆上がりができるように鍛えて子どもたちを成長させる教育実践が、人民教育同盟の教師の努力によってあらわれてきた。未来を担う子どもたちを教育する上で福田正義の教育論を研究、論議する意義はひじょうに大きい。
 社会を変革する最大の力を持っているのは労働者であり、労働運動を再建しなければその展望はない。下関は戦後、福田正義・長周新聞と結びついて労働運動の拠点となった。61年の「私鉄の三池」といわれた苛烈な山電の斗争をはじめ、中電、大丸、タクシーなど強力な労働運動が組織されていた。この労働運動は企業内で物取りに終始する偏狭な組合主義ではなく、生産点を拠点にして労働者全体を団結させつつ、全人民的な政治課題を掲げて全地域、全国的な団結をめざしてたたかうというものであった。
 50年8・6平和斗争を担った主力は中国地方の労働者であったが、そこでは「日常主義・経済主義は誤りであり反戦反帝斗争こそ労働運動の第一義的な任務」という大論議をして、この全人民的な要求を代表する政治斗争を担い、広島市民全体を励まし、平和運動の様相を変え、朝鮮戦争における原爆の使用を押しとどめた。
 いま進行するTPPや米軍再編を阻止する課題など、農漁民や商工業者など人民各層の基本要求を代表して、その先頭に立ってたたかう労働運動の立て直しが切実に求められている。安保斗争を担う労働運動が切望されている。福田正義の労働運動に関する文献を研究し、論議することはこのような新鮮な労働運動を再建するために不可欠である。
 歴史を創造する原動力は人民大衆であり、社会を変革する主人公は人民大衆である。しかし大衆は個個バラバラでは、欺瞞宣伝や謀略や弾圧を持ってあらわれる戦争勢力に勝利することはできない。大衆の中にしっかり足を据えて、大衆の共通の利益はなにか、戦争勢力はどのように欺瞞し抑圧して大衆を攻撃しているか、だれと団結しだれとたたかうかの、進撃方向を不断に明らかにし、大衆の先頭に立ってたたかう組織がなければ勝利できない。福田正義の全経験はその豊富な教訓を教えている。
 福田正義が創刊した、いかなる権威に対しても書けない記事は一行もない人民言論紙・長周新聞を担う勤務員は、福田正義逝去後の10年を、福田正義の経験を真剣に学ぶことを通じて前進し、読者・支持者のみなさんの大きなご支援によってたたかいぬいてきた。10周年を期して、あらためて学び直し、全戦線分野にわたる新聞活動の飛躍を実現して、多くの読者・支持者の付託に応えなければならない。
 福田正義没10周年にあたり、戦争を押しとどめ、平和で豊かな日本を実現する人民の力を大結集するため、広く福田正義顕彰をする意義はひじょうに大きい。その集約として来春には福田正義没10周年の記念集会を開催することを訴えたい。

 

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