トップページへ戻る

福田正義顕彰会が総会
現代に光放つ福田記念館
                全国から100人出席    2006年4月17日付
 
 福田正義顕彰会の総会が16日午後1時から、下関市の福田正義記念館で開かれた。総会には全国から各界各層の会員約100人が出席。福田記念館開館以後2年間の活用と実績をふまえ、多くの人が多面的な関心に応じて、気兼ねなく来館できるようにし、福田正義主幹と日本人民の生活と斗いの歴史についてみずからの体験と重ねて考えられる環境をつくり、福田顕彰運動を大きく飛躍させる方向が活発に論議された。今総会を機に、荒廃した日本の現状を打開する「平和と文化の砦」にふさわしい記念館へ充実発展させることを確認しあった
  
 平和と文化の砦に
 冒頭、福田顕彰会の黒川謙治会長が挨拶した。福田主幹が逝去して5周年を迎え、戦争に反対し平和な社会を求める運動が強まるなか「福田路線は過去のものでなく、これから光を放つ路線」と強調。「記念館の備えている厳粛さとともに多くの人が気楽に来館できるものにするよう忌憚のない意見を出してほしい」と呼びかけた。
 福田正義記念館館長の福田槐治氏は、記念館建設と顕彰運動の協力に感謝を表し「記念館は福田正義個人ではなく、福田正義とともに社会発展と人民解放をたたかってきた多くの人人の生活と斗争の歴史、その路線と業績を現代と未来に継承する趣旨が多くの賛同を得た」と語り、その期待にこたえ「今後もみなさんと発展させる」とのべた。
 つづいて福田正義記念館の運営を担当する長周新聞社の森谷浩章編集長が挨拶。福田記念館が文字通り大衆自身の事業として堂々とした歩みをはじめたとのべ「福田主幹の生涯かけた事業を顕彰することは幾千万人民大衆の事業を顕彰することであり、多くの人が自分のぬきさしならぬ人生をかさねて、総括し、展望を見いだす役割を果たし、現代に生き生きとした生命力を放つものとなった」と強調。戦後六一年をへた日本社会がアメリカの国益のために民族的な利益を売り飛ばすとんでもない状況にあると指摘し「福田主幹はかつての戦争の教訓をふまえて“殺されないための斗いを命をかけてやらなければならない”といい、“人民に奉仕する思想に徹して幾千万大衆とともにすすむならば必ず勝利する”という真理を全生涯をかけて証明した。福田記念館は平和で豊かな社会を実現する幾千万人民にとってその展望を示す決定的な役割を果たすものとなった」とのべた。「さらに広範な人人が参観できる拠点にすること、若い世代が福田主幹の事業を学び、その継承者を育成していくことに力を入れる」と話し「福田記念館が本格的に役割を果たすように努力し、その基本的な保証として現在の長周新聞の事業を福田主幹の事業を徹底的に学んで、より多くの大衆の役に立つよう発展させる」と結んだ。
 このあと竹下一事務局長が福田正義顕彰会総会への経過報告をした。それは@福田正義記念館の設立と顕彰会の方針、A記念館参観と活用状況、B資料の収集・整備、C福田正義顕彰会の活動、D財政・運営、の柱で報告。参観者が沖縄から北海道まで全国から5500人をこえ、開館時5000冊だった蔵書が2万2000冊に到達し、顕彰会員が400人をこえた、とのべ「経営面でも安定した展望を持てた」と報告した。そして「今年は福田正義没五周年を迎える。戦争を阻止して平和で豊かな社会を実現する機運の高まりにこたえ、総会を期して、福田顕彰運動を力強く促すことが期待される。適切な役員人事を定め、顕彰会の事務局実務の整頓をすすめたい」とのべ、顕彰会活動発展のために2年に1度総会をもつことを提案した。

  活動通じ力に確信 到達浮き彫りに
 討議は下関市の商店主が口火を切り「福田正義さんの人生をもっと知りたい。若いころのことなどを新聞に書いて知らせていけばもっと記念館にも愛着がわく。顕彰に力をいれよう」とのべた。ついで福田主幹ゆかりの男性が「福田さんとは長いつきあい。きょうは心に思っていることを気楽な気持ちでどんどん発表して、有意義な一日にしてほしい」と語った。うち解けた雰囲気のなかで記念館開館後の到達が浮き彫りにされていった。
 下関原爆被害者の会の伊東秀夫氏は1昨年の下関原爆展、昨年の「原爆と下関空襲展」を福田記念館で企画したことにふれ「広範な市民の関心を呼び起こし被爆者、空襲体験者、戦争体験者が一体となって反戦平和の運動をつくる展望を切り開くことができた。原爆展パネルが企画展示場に常設されたことはすばらしいと広島はじめ各地から感嘆と羨望の声が上がっている」とのべた。そして「広島や長崎、下関から体験集や資料が豊富に集められ、記念館が文字通り原水禁運動の拠点としての役割をはたしていることは被爆者にとって頼もしい限り。役員会議で活用させてもらっているが二年間で質量ともに充実しうれしい」と語った。
 広島から参加した原爆展を成功させる会の高橋匡氏は「ひじょうに充実した展示に感銘をうけている」と話し「原爆と峠三吉の詩のパネルの常設はずっとつづけてほしい」とのべた。また「ゆかりの人」で展示されている山下寛治氏と広島逓信局で関わりがあり、大切に保管していた書や写真を寄贈し、記念館で展示していることを紹介した。
 下関のPTA役員である海原三勇氏は「印象深いのはいろんな展示があり、峠三吉さんのコーナーがあること」と切り出した。そして「福田さんの本を学校関係者に紹介している。会員を増やしみなさんに愛されるようにしたい。新聞で紹介して頂くとありがたい」とのべ「小中高生に昔のことを忘れないためにも記念館で現実を見て貰うのが一番。そう呼びかけて末永く参観できることを望んでいる」と話した。
 小中高生平和の会代表の高校生・古川理郁さんは平和教室で参観・活用してきたことを報告。平和教室の活動を伝えるパネル展示の場、映画を見る場、戦争体験者や被爆者に体験を聞く場として活用するなかで、小学生も福田主幹に親しみを増しているとのべ「自分たちがどう生きていくかを学ぶ教室として大切にしていきたい」と語った。
 宇部市の新垣博氏は「よい映画を見る会」の活動にふれ「いい映画が多く、簡単に見ることができる。同じ映画を見て世代をこえて論議するとひじょうに楽しい。“こんな見方もあるのか”と発見がある。もっと多くの人が参加してほしい」とのべた。
 肥後容子氏(北九州・小学校教師)は小中高生平和の会で活用したとき、子どもたちが原爆展や沖縄戦の真実のパネルを目を輝かせて見ていたことにふれ「もっと同僚を誘って活用したい」と発言。「子どもたちのまわりには見るに堪えない文化が氾濫しているが、それと対置し、礒永秀雄の詩などの文化にふれさせるようにがんばっていきたい」とのべた。

  活発な活用に意欲 自らの人生重ね
 それぞれの直面する現実問題、人生とかかわった活用の経験もふくめて論議が深まっていった。
 長門市の小学校教師・江原美佐江氏は昨年末、自分の父がかかわっていた秋吉台斗争を長周新聞バックナンバーで学んだ経験を報告。「ふるさとの秋吉台が米軍基地になりそうなとき、地元の力とともに全県の力が地元をはげまして、基地を追い払ったすごい斗争だったと知った。いま岩国基地や上関原発の問題が動いており、記念館で学んだことが力になった。岩国や上関の斗いを支える力になっていきたい」と語った。
 池田義雄氏(山口市)は50年間の人生をふり返り自己充足にきっぱり別れをつけ「日本人としてどう生きるか」「人民運動の仕事の仕方」について学んだ経験を発言。「福田記念館はくめどもつきぬ人民運動の宝庫だ。テーマをもって学び、福田主幹が生涯かけて貫いた路線を学びたい」と熱っぽく語った。
 川崎市からかけつけた柳田明氏(医師)は「福田さんの精神はいまこそ生かされるべきだと思うのは山口県でも全国でも気持ちは一緒。しかし全国の人は簡単に記念館には行けない。それをどう考えたらいいかと思う。介護などを見ても遠くを見つめながら足元を解決できる福田さんのような見方が必要だ。福田路線を全国に広げることを考えたい」と語った。
 劇団はぐるま座の入江光司氏は記念館を全国で紹介し、維新ツアーをとりくみ強い反響があったことを報告。今後「地方現実への方向」などの学習を強め「文化の分野で役立っていけるようがんばりたい」とのべた。
 下関市民の会の兵頭典将氏は市民の会発足の原点に立ち返り、長周新聞バックナンバーを学びつつ市民運動をすすめてきたことを発言。「ゴミ袋値下げ署名から広がった、新博物館問題、給食の食器問題、唐戸の場外舟券売り場問題も、すべて白紙撤回となり、市民が市政を突き動かした」とのべ「福田さんが教えてくれたが、苦難の原因を調べ、大衆路線で人民を手助けするなら必ず勝利する」と強調した。
 萩、宇部、北九州の参加者からも地域で原爆展運動が広がり、戦争体験者が若い世代に語りはじめていることや記念館活用の経験が出された。
 岩国や沖縄から参加した会員は米軍基地問題、原水禁運動など現実に直面する問題を重ねて発言。「激動する情勢のいまこそ福田さんの路線を生かすとき」とのべ、全国で福田顕彰運動を強め平和運動を発展させていく決意を語った。
 要望・提案では「明治維新や労働運動などの研究会をもってはどうか」「よい映画を学校などで活用できる工夫をしたい」「青年や学生たちにアピールする企画をもってはどうか」「もっと広範に記念館を参観するような企画展示を工夫したい」などの意見が出された。
 発言の最後に福田正義主幹の家族を代表し高宗莉恵氏が挨拶。「記念館が建設され皆様の尽力により内容も充実されてきた。大衆運動の砦としてもっと活用されていくことを家族も願っている」と語った。

 適切な新役員の体制も決定
 こうした各階層の活用の経験と積極的で活発な論議ののち、新役員、顕彰会案内の改訂、経過報告などの議案を全会一致で承認した。
 新役員は会長が黒川謙治氏。顧問が頴原俊一、高田美智子、吉村慶元の三氏。役員は池田義雄、伊東秀夫、今田一恵、入江光司、海原三勇、大下ユキミ、奥野三男、篠原雲迹、新垣博、高橋匡、原田久子、肥後容子、兵頭典将、藤井日正、森脇政保、柳田明の16氏。事務局長は竹下一氏に決まった。
 最後に黒川会長より「日本社会がデタラメになるなかでどうすれば平和で豊かな社会が実現できるかということが求められている。このなかで会員を拡大して盤石の体制をつくり、若い世代に福田路線を継承していこう」との閉会挨拶をうけて散会した。


                黒川謙治顕彰会会長挨拶
 福田正義記念館は、各界各層の1000人以上の人人の拠金と資料提供によって、今から2年前の2004年5月16日、平和と文化の砦として開館した。
 顕彰会は記念館運営の大衆的母体組織として、同年2月に発足し、記念館の開館を準備し、運動を担当してきた。
 開館当時、みんなが心配していたことは、どうしたら会館の運営がみんなの要求に応えられるものになるかということであった。しかし、長周新聞社が会館に入ってくれたことで、記念館の管理運営、資料の収集・整理、企画などの各面で磐石の態勢が整い、この二年間に地元下関はもとより、全県・全国からのべ5500人の人人が訪れるなど、記念館建設の趣旨にそった活動が発展している。
 資料も、福田主幹の業績と同時代を生きた人人の業績が豊富な資料として寄せられている。また、書籍の収集の呼びかけにたいして、今日では貴重になっている社会科学の本を中心に2万2000冊をこえる蔵書数となり、ここでなければない書籍も多く存在するようになっている。
 今年は、福田主幹が逝去されて5周年を迎える。今日、戦争に反対し平和で豊かな社会を求める声と運動が強まっている。こうしたなかで、多くの人人がいわれているように、「福田路線は過去のものではなく、これからさらに光を放つ路線」であり、その業績と路線を顕彰することがますます重要な時期を迎えている。
 そのためには、この記念館の備えている厳粛さとともに、多くの人人が気楽に来館できるものにすることが求められている。
 本日の顕彰会総会は、この2年間の実績をおたがいに確認するとともに、さらに顕彰事業を発展させるためにみなさん方からの意見や要望を出していただくために開催した。みなさんの忌憚のないご意見をお願いして、挨拶とする。

   
                  総会への経過報告
 開館以後2年間の記念館の歩みと顕彰会の活動を報告し、その経験のうえに、今後の記念館の積極的な活用の方向、顕彰会活動の当面の方針を定め、今後の活動の飛躍につなげたい。

 一、記念館設立と顕彰会方針
 2002年6月、福田正義追悼集会で、福田正義顕彰運動を大衆的基盤をもって発展させるために、福田記念館の設立が提案された。その後、福田正義著作集13冊の全国1000図書館に寄贈する大衆的な運動の成果をふまえ、03年末、福田記念館建設呼びかけ人会による記念館建設の訴えが出された。
 呼びかけ人の訴えは福田正義記念館の目的を「福田氏の戦前戦後にわたる経歴・業績を一望のもとに展示し、また関連する資料を整備して閲覧できるようにして、その思想・精神をだれにでも、わかりやすく伝えることがきるようにする」こととし、「幾千万大衆とともに、社会進歩のために無私の精神で奮斗努力してきたその生涯を顕彰することは、戦前、戦後の日本人民の斗争の歴史を顕彰することであり、そのためには、福田氏とかかわってさまざまな分野で活動したおもだった人人についての記録も展示し、その顕彰をあわせてすすめる」ことを提起した。
 福田正義顕彰会は、記念館建設に向けては、メイン展示「福田正義の生涯」を中心に長周新聞などのバックナンバーや図書資料を展示、「福田正義ゆかりの人人」「礒永秀雄の世界」「道岡香雲長周新聞新年号の書」「明治維新発祥の地・戦前の下関」「原爆と峠三吉の詩」などの常設展示とともに、そのときどきの企画展の開催ができるようにした。さらに、世界と日本の革命の歴史資料の散逸を防ぎ、その収集・所蔵を進め、後世に継承するための図書資料館の機能も併設、これらの全体を通じて、福田正義の世界を描くこと、会合や学習のための研修室をもうけるとともに、各界の多くの人人の多面的な関心に応じて気軽に来館でき、交流できる多目的施設としての性格をあわせ持つものとする方向で追求した。
 1昨年5月16日の開館式では、「砂漠にあらわれたオアシス」「平和の砦」「心の古里」との声が出された。7月4日、開館祝賀会を開催、各界から300人が参加して、記念館を平和の推進者を輩出する砦とするよう本格的な活用へと踏み出すことを誓いあった。

 二、参観と活用 状況について
 開館から今日まで、福田記念館を訪れた人人は北海道から沖縄まで全国各地から、のべ5500人を数える。来館者はそれぞれの関心に応じて、メイン展示をみずからの人生と重ねて感慨深げに参観し、共通して「このような充実した記念館が下関にあったのか」「一度だけでは、見切れない。また来たい」と感動を語っている。2度、3度と訪れる人、友人、知人から紹介されて来観する人が日増しに増えている。
 福田正義のゆかりの遺族・知人、また峠三吉や礒永秀雄らとともに活動した詩人や文化関係者があいついで来観。みずから提供した資料をふくめて、充実した展示をたたえ、新たな資料の提供を申し出る人もある。
 地元下関では、豊関児童美術展をとりくんだ人人が児童画教育の研究のために訪れたのをはじめ、戦後の朝鮮人運動の研究のために何度も足を運ぶ在日朝鮮人研究者の姿が見られた。また美術館関係者が長周新聞文化面で展開された論議に関心を高め、研究の意欲を寄せている。書家・道岡香雲に師事した人人らが誘いあって参観し、書道界で論議となり、その権威を高めている。
 下関市民のあいだでは、研修室の利用、映画上映、企画展などで来館し、各種展示物に見入り、それを機にあらためて参観する人もいる。郷土史愛好者の資料の活用が活発になっている。
 全国各地の大学教授、草津や柏崎の市議団、公立図書館長、原爆被害者団体などの中心的な人人が来訪。記念館の存在に驚き賞賛するとともに、学んだことを郷里に伝え、同じような活動をすすめたいとの感想が寄せられている。広島の婦人団体、神奈川の医療関係者、維新ツアーなど、集団参観もあった。
 福田正義の平和運動、文化運動、労働運動、教育運動、婦人運動、福田型共産党建設などの業績と路線を学習するために熱心に何回も訪れ、長周新聞バックナンバーや関連資料を読み研究する活動家、泊まりこみでの資料研究と討議をつうじて福田正義の業績とその路線・精神への理解を深め、さらに学習の課題をもって系統的に記念館を活用することを計画しているグループもある。
 よい映画をみる会は昨年九月発足し、その後継続して活動を発展させてきた。会報(月刊)は現在、20号まで発行されている。今後月1回程度の計画で、土曜の午後7時から、夜の上映会をおこなう計画である。
 原爆被害者の会、下関市民の会、町内会などの各団体、グループ活動家の研修室を利用した会議が日常的におこなわれ、労働、婦人、教育などの分野の活動家の学習会が計画的に開催されている。
 記念館三階研修室前に、談話コーナーの整備などをすすめてきた。多くの人人が自分たちの記念館として気軽に訪れ交流しあえる場にするうえでは、さらに工夫が求められる。

  三、資料の収集 整備について
 開館以後、資料の本格的な収集に踏み出した。これまでに、戦前、戦後の貴重な資料が新たに発掘され、関係者から寄贈・寄託があいついでいる。
 峠三吉とともに活動した関係者らの協力によって、『平和戦線』『平和の斗士』『民族の星』『われらの詩』の欠号分の補完がすすみ、50年当時の広島の平和運動、文化運動の貴重な資料が多く提供された。
 礒永秀雄関連では、『駱駝』の創刊号から終刊までの、バックナンバーの欠号分が補完された。今年、礒永秀雄没30周年を迎え、礒永秀雄の顕彰、文芸創造上の教訓についての研究の深化が期待されるなか、充実した内容になった。
 2004年9月に社会科学や文学を中心にした、書籍の寄贈の訴えが発表された。これに応えて、多くの人人から長年愛読した貴重な蔵書が連日のように届けられた。開館時5000冊であった記念館の蔵書数は2万2000冊をこえている。
 書籍寄贈の訴えと同時に、大型書架の導入など四階図書資料館の整備と閲覧体制の準備に入った。図書資料館は今年4月から一般に公開され、受付を置き、閲覧ができるようになった。今後、大いに貸し出せる態勢にむけて、ひきつづき書籍の寄贈を呼びかけ、整備をすすめている。

  四、福田顕彰会活動について
 開館以後の実績は、福田正義記念館が当初の目的にそって力強く前進をはじめたことを示している。同時に、記念館の存在をもっと広く各界の人人に伝え、その本来の役割・機能をはたすうえで、2年間の実績と教訓に立って、運営をいっそう充実発展させることが求められる。それには、何よりも多くの人人にそれぞれの多面的な関心に応じて参観し、展示を見てもらうことに力を入れることである。さまざまな企画展示や創意的な催しを広げるなど、気兼ねなく記念館を訪れ、語りあえる場として、さらに発展させること、同時に、記念館に展示、所蔵されている豊富な資料を活用して、福田正義の業績、それと深く結びついた日本の人民の各分野での生活とたたかいの歴史について研究し、学習を深める活動を促していくことが求められている。
 戦後60年をへた今日の状況のもとで、長周新聞バックナンバーをはじめ諸資料を積極的に活用し、福田正義が平和、文化・教育、労働、市政、婦人、青年などのさまざまな分野で、運動を勝利に導いた路線、精神を研究・継承し、現在の運動を生命力をもって発展させる努力が始まっている。平和と文化の砦として、こうした方向を大きく発展させるうえで寄与できる記念館へとその内容、運営ともにさらに高めることは、当面の差し迫った課題といえる。
 福田正義の業績にかかわるさまざまな研究会、懇談会などを一段と活性化させること、とりわけ若い世代が福田正義の事業と人民の歴史を受けつぎ担っていけるように力をそそぐことが期待されている。

トップページへ戻る