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福田正義記念館で平和教室
小中高生平和の会
           映画(チャップリン)と被爆者の話   2004年6月1日付

 小中高生平和の会(代表・今田一恵/中高生代表・小林さつき、古閑歩、伊藤晃広)は5月30日、16日に開館したばかりの福田正義記念館で第24回平和教室をおこない、午前中は記念館3階で、チャップリン映画「キッド」を鑑賞し、午後からは、下関原爆被害者の会の被爆者6人に被爆体験を学んだ。また福田記念館の「戦前の下関」の展示やメイン展示、原爆展なども参観し戦中の下関の様子や下関に残る高杉晋作関連の写真にもふれ、内容の深い充実した1日となった。この日は、下関、宇部、萩、山口、防府、大津、北九州から小・中・高校生64人と父母、教師2人あわせて85人が参加し、今回はじめて参加した小学生も多かった。
   
 親をふくめ85人参加
 いまにも雨が降り出しそうな空模様のなかで、福田正義記念館前の田中公園に10時に集合して班をつくり、平和の会の目的とめあてを全員で読んで確認した。リーダーの小林さつきさんが「記念館では、絶対に走り回らないこと、展示物にさわらない」など注意を促してから記念館に入場した。子どもたちは、昨年平和教室で学んだ「高杉晋作」の写真や桜山神社の招魂場の写真など階段の「戦前の下関」の展示を見て思い返しながら三階にむかった。
 3階の「原爆と峠三吉の詩」原爆展パネルが展示されている企画展示ホールで、今回の平和教室のために準備されたスクリーンでチャップリン映画「キッド」を鑑賞した。「声が出ない、映像だけで見る映画ははじめて」という小・中学生も多かったが、母親に捨てられた子どもをチャーリーが愛情をこめて育てるという映像と音楽のユーモアあふれる50分間の映画に入りこんで、ときにはケラケラ笑い声が起きたり、最後はホッとしたりと子どもたちにも内容が伝わって有意義な時間となった。
 その後、班ごとに3階の原爆展パネルと平和の会の4年間の活動をまとめた展示をじっくりと参観した。平和の会の展示を見ながら、「自分が描いた金子みすゞの絵がはってある」「ぼくの写真がのっている」「このときにわたしははじめて参加したんよ」と友だち同士で語りあいながらふり返る姿が見られた。つづけて2階のメイン展示「福田正義の生涯」なども参観して回った。ある小学六年の男子は、メイン展示のなかの第2次世界大戦の赤間、唐戸地域の空襲の写真を見て、「この写真が下関! なんにもなくなっている」と驚き、すぐそばに展示されたガダルカナル島で死んだ兵隊の写真を見て衝撃を受けていた。長周新聞の輪転機の鉛版をめずらしそうに見ていく子も多かった。中学1年の男子は、「福田正義さんってだれですか」と質問し、「戦争が終わって平和のためにがんばった人で、長周新聞をつくった人」と説明すると、創刊当時の長周新聞社屋の写真を興味深く見るなど、短時間の参観のなかで、子どもたちは思い思いの関心のある写真や展示物に見入っていた。
 記念館の前の公園で楽しく昼食をとったあと、「鬼ごっこするよー」とリーダーの声がかかり、狭い公園のなかを大きい子から小さい子まで汗だくになってかけ回っていた。はじめて平和教室に参加した小学生もすっかりとけこんでいた。午後から子どもたちに被爆体験を語るために訪れた被爆者も元気に遊ぶ子どもたちの姿を見て喜んでいた。
   
 6人から体験学ぶ 心動かす小中高生
 午後1時30分からは、下関原爆被害者の会の被爆者6人に体験を学んだ。広島や長崎で体験したみずからの経験とともに、人間として大事なものはなんなのか、どんな人間になってほしいかなど、被爆者は平和の会の子どもたちに期待をこめて思いを語った。
 下関原爆被害者の会の前会長の吉本幸子氏(八八歳)は、28歳のときに幼い子どもをかかえ広島で被爆し、原爆で妹を亡くした経験を語り、当時昭和19年に家族全員で撮ったという貴重な写真や、とうもろこしや小麦をもらっていた配給の券などを子どもたちに見せながら語った。「日本が戦争に負けた国だからといってものがいえなくさせられてきた。アメリカのいいなりになり、アメリカに抑えつけられて原爆によって被害を受けた人人をモルモットのようにして、これは屈辱です」と怒りを内に秘めた静かな口調で語った。
 戦後50年間みずからも口をとざし、10年まえにはじめて被爆体験を語ったこと、「死んだ人はなにもいわずに目が飛び出したりして死んでいった。だからいわないといけないと思うようになった」「これまで広島は圧力がひどかったので、語りたいのに語れないというなかから、1昨年旧日銀で原爆展をおこない、昨年は福屋デパートで原爆展をやり、いまでは呉や廿日市などでも広島の会と共催で原爆展がやられています。この小さな下関の町から原爆展や平和の会なども広がっていったことがうれしいです」と子どもたちを前にして万感の思いを語った。真剣に吉本氏の話を聞く子どもたちに「原爆は日本人として忘れてはいけない、2度とあってはならないことです。自分たちの国ですからみんなが助けあって、自分さえよければよいという自分中心の考えでなく、立派な国をつくれるように相手のことを考えられる人間になってくださいね」と愛情をこめて語りかけた。宇部市と大津郡の2人の教師から修学旅行で広島や呉の被爆者から体験を学ぶ計画が話され運動の広がりが伝えられた。
  
 もっと勉強したい 映画にも感動 
 3時30分から感想交流会がおこなわれ、6人の被爆者も子どもたちの感想に耳を傾けた。子どもたちもほかの班の体験や感想に真剣に聞き入った。はじめて参加した小学2年の女子は、吉本氏の体験を聞いて「戦争はこんなにひどいものなんだということがわかってうれしい。これからもいっぱい平和のことを勉強していきたいと思います」と発表し、小学五年の女子は、「昔は、おかしがいもだったのは知らなかった。いまは昔と違うことがいっぱいで、とてもぜいたくだと思った。物を大事にしていきたい」とのべた。中学3年の女子は、「自分は悪いことをしてないけど、助けてあげられなかった人のことを思い出して悲しくなるのでほんとうはあまり語りたくないけど、わたしたちのために語ってくれたことがうれしい」と感想を語った。
 はじめて下関の平和教室に参加した父親は、「原爆体験者と差別を受けた吉本さんがそれをバネにして、50年間封印されていた思いを、亡くなった人の分まで平和のたいせつさを子どもたちに強く主張されている姿に心うたれました」と感動の面もちで語った。
 高校1年の女子は、「吉本さんは、平和教室ができたことがうれしいといっていた。自分たちがやっていることは、すごいことだと思ったし、もっとがんばりたい」と被爆者の思いを受けついでいく決意ものべていた。つらい経験を乗りこえて明るくたくましくまた、人の気持ちを思いやって生きてきた被爆者の姿に子どもたちは、心を動かされていた。
 被爆体験の感想とともに「映画は感動したし楽しかった」(小学4年)、「キッドという映画を見て、笑ったり涙ぐんだり、なかなか忙しかったが無声映画も味があるなあと思った。貧しさの強く生きる下町の風情が感じられた」「いい映画を子どもたちに見せることはたいせつなことだと思った」(教師)との感想も寄せられていた。
 最後に8月5、6日の「第5回広島に学ぶ小中高生平和の旅」の呼びかけがおこなわれ平和教室を終えた。

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