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イラク派遣撤回署名運動へ

イラク派兵撤回の署名運動開始
下関・青年が先陣切り街頭宣伝
             党派超えた全市民の総意   2003年11月25日付
 
 小泉政府が自衛隊をイラクの戦場へ派兵しようとしていることにたいして、国内で怒りの世論が高まるなかで、山口県下関市において「自衛隊のイラク派遣計画撤回を求める署名」下関実行委員会(代表今田一恵・小中高生平和教室代表)が、全市民的な大署名運動を呼びかけた。訴えは、戦争のない平和な社会を建設することは、すべての国民の要求であり、特定の政治勢力だけの運動ではないこと、政党政派、思想信条をこえた全市民的な総意としての署名をもって、内閣総理大臣・小泉純一郎にたいして自衛隊のイラク派遣撤回を要求している。

  賛同者や協力者広がる
  下関原爆被害者の会会長の吉本幸子氏、元海軍戦争体験者の宮崎宗夫氏、作家の古川薫氏、ゴミ袋値下げ署名賛同者の太田和子氏、戦争体験者で漁師の小田藤吉氏、近松を語る会事務局長の権藤博志氏、本行寺住職の藤井日正氏、傷痍軍人会の岡村三吉氏らが呼びかけ人となり、署名運動への賛同者・協力者を多数募っていると同時に、広く運動の展開を訴えている。市内の各界各層のなかでさっそく動きがはじまった。
 賛同者には戦争体験者や被爆者をはじめ、大学教授、中学校教師、元公務員、労働者、主婦、文化人、商店主などが名前をつらね、さらに広がりを見せる様相となっている。
 賛同呼びかけ人となった傷痍軍人の男性は、中国大陸の戦場で手榴弾が爆発し、腹や足に破片が突き刺さったことや、部隊の仲間のなかでは「“国を守るといっても日本の外に出て、支那の端っこでなにを守っているのだろうか”と話になっていた」ことなど戦場でのなまなましい体験を語り、「偉い人は戦地には行かない。いつも痛い目にあうのは国民だ。イラクでも自衛隊が行って戦争をするのはいけない。死にに行くようなことには反対だ。わたしたちは戦後、生き残ったことに感謝して、世のため人のために尽くそうと生きてきた。戦争になってからでは遅い。若い人たちはいまがんばらないといけない」といって、今回の署名運動でとりわけ若い世代の行動を望んだ。
 賛同者になった別の婦人は「とにかく戦争になろうというのを許したらいけない。休みが明けたらさっそく職場で署名を集めよう」といって署名簿を5枚預かった。
 60年「安保」斗争をたたかった退職教師の男性は、「当時学生で、毎日デモに参加していた。樺美智子さんが亡くなったときもその近くでデモに参加していた。戦後の日本社会を見たときに安保斗争が大きな境目だったように思う。その後は労働組合も御用組合になって、運動は小市民化し、学生はどうしようもない内ゲバになっていった。自己中心で日本人がやられた。そういうものを考えなおさないといけないのではないか」といい、署名協力者となった。

  署名簿持ち帰る市民
 22、23日の2日間にかけて、下関駅前では山口県青年連絡会議が先陣を切って署名・ビラ配布による宣伝行動を開始した。市内で働く青年や小中高生平和教室をとりくむ中・高生らが、道行く人人に、「自衛隊のイラク派遣計画撤回を求める署名」の訴え、賛同者呼びかけ人を掲載したビラ3000枚を配布し、街頭で名のりを上げた協力者には署名を預けるなど、市内全域でこれからはじまっていく運動に先がけて行動を開始した。
 寒風が吹くなかで、手をのばしてきて署名に応じる市民はそれぞれの思いを語っていった。「お疲れさま!」「がんばってよ!」と声をかけ背中をたたいていく老人たち、「人ごとじゃない。ぼくたちのことだ」といって署名を預かる青年たちや、母親たちも「子どもたちが戦争に連れて行かれることは母親として許せない。近所で集めよう」といって署名を持ち帰る人、そして熱心にビラを読みはじめる人人の姿がめだった。
 「みんなで輪を広げましょう」といって30人分の署名を預かった清末地区の80代の婦人は、「わたしたちはひどい経験をして、戦後は平和にと思って生きてきた。小泉さんはどうしてあんなに本気になってアメリカのために働こうとするのかわからない。“日本男児”とか“大和魂”とかいって熱を上げて、あの戦争でもたくさん殺された。戦争は人の命を軽くするものです。小泉さんが自分の息子はテレビのなかで遊ばせて、よそのたいせつな子どもたちを戦場に出そうというのは女として許せない。どんな思いをして子どもを産んで育ててきたと思っているのか。昔の戦争でも近所の若い人たちがたくさん戦場に行って死んでいった。世の中はむずかしいけれど、黙っていたら身動きつかなくなりますよ」といい、しばらくその場を離れず、署名を訴える青年たちの姿をじっと見ていた。
 元保育園園長をしていた老婦人は、「このままいったら戦争に巻きこまれるよ。終戦後はお父さんのいない子どもたちがたくさんいた。そういうのを見てきた。日本人がもっとしっかりしないといけない。いまからの子どもたちを育てるのはあなたたち、しっかりしないといけませんよ」と話して署名していった。
 佐世保に住んでいる子どもと孫を連れてきた老婦人は、「平和憲法を守らないといけない」といって署名簿にペンを走らせた。おばあちゃんの署名する姿を隣で見ていた小学生の孫が「ぼくは戦争には行かない」というと、「“行かない”じゃないの、戦争がはじまったら行かされるんよ。佐世保は一番先に狙われるんよ。戦争は反対しないといけないの!」と強い調子でいって聞かせた。
 70代の男性は「小泉はどこでもかしこでも戦争すればいいと思っている戦争きちがいだ」と怒りを抑えるように静かな口調で話した。「アラブにたいして日本から拳を上げるような理由はなにもないではないか。こんな侵略まがいを許したら日本はダメになってしまう。戦後の平和といっていた時代は終わった。“平和”とか“戦争反対”を訴えるのはあたりまえのことだ。だけど戦争はみんなにそれをいえなくさせる。口ばかりはもういいから、どうにかなる方法はないのか。日米安保(条約)をなくさないと、日本の自由もないし、極東の平和もない」といって署名した。
 「満州で夫が死んだ」という戦争未亡人や、「沖縄戦で足を打ちぬかれた」という傷痍軍人、「ビルマに行った主人はヘビをみんなで分けて生きたことを話していた」という老婦人、下関空襲での体験を語る人など、かつての大戦を経験した老人たちは、ゼッケンをつけて署名協力を訴える青年たちに自分たちの戦争体験を語り、「絶対に自衛隊を戦場に出したらいけない」「国民の大きなうねりをつくらないといけない」と強く訴えていた。
 
  行動始める青年達
 10代、20代の青年たちも「人ごとじゃない」「自衛隊に友人がいる」など真剣な表情で署名に応じる姿が特徴となっている。
 近くの店でアルバイトをしている男子学生は、「高校を卒業して自衛隊に入った友人が何人かいる。これからどうなるか不安だ。ぼくになにかできることはないだろうか」といって署名すると、署名用紙を預かってアルバイト先で3人集めて帰ってきた。「きょうはこれだけですけど、なにか協力できることがあったら連絡してください」といって連絡先を告げていった。
 「がんばります!」といって署名用紙を持ち帰る青年労働者、「クラスで集める」といって30人分預かる女子高校生、「どうやったらイラク派兵が止められるのか」と考えながら預かるフリーターの青年など、学校や職場でとりくもうと、署名簿を持ち帰る青年たちがふえている。

  若い母親の姿も目立つ
 また、母親たちも「息子が航空自衛隊にいる。絶対に戦場には行かせたくない」「人ごとじゃいけませんよね。子どもたちの将来のためにわたしたちがやらないといけない」といって署名協力者になる人などがいた。30代主婦の一人は、親族に自衛隊員がいることを語り、「親戚はみんな自衛隊がイラクへ行くことに反対している。なんのために行って、なんのためにあの子が死ぬというのか。絶対に死なせたくない」と心配でたまらない気持ちを話した。別の30代の主婦は「ビラは車のなかで読んできました。署名がやりたい」と申し出て、地域で集めるために2枚預かった。
 2日間の行動でビラ3000枚が配布され、署名は400人、カンパは4万5268円にのぼった。青年連絡会議は今後も学校や職場への宣伝行動を強めていく予定。

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