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医師らが支える生命誕生の現場
安心して産める社会こそ
                急がれる後継者の育成     2016年2月26日付

 年をとった人人が亡くなり、新しい命が誕生する、それは人間なり生物なりが存在している限り、決してなくなることのない営みである。少子高齢化・人口減少が叫ばれ続けている日本で、なぜ子どもの減少が止まらないのかは、若者の非正規雇用化をはじめとする労働の問題、社会構造の問題が大きくかかわっていることはいうまでもない。ところが、いざ子どもを産みたいと思ったとき、まず「産む病院がない」という切実な問題に直面する事態が日本全国で広がっている。医師不足・医療崩壊が深刻化するなかで、医師らの献身的な奮斗によって支えられ、「他都市よりも恵まれている」といわれる下関の産婦人科がどうなっているのか、実態を聞いた。

 下関は8病院が年1800人の分娩担当 消えるわけいかない産科の存在

  親元を離れて嫁いだ母親たちが、「里帰り出産をしたい」と思って下関市内の病院を当たったが、なかなか受け入れ先が見つからなかったという話が話題にのぼるようになっている。
 都市部に住むある母親は、一番親しい親族のいる下関で出産したいと思い総合病院に問い合わせた。しかし「どうも困った感じの対応で45万円ほど用意してもらうことになるといわれた」と話す。市内の産婦人科リストをもとにあちこちの病院に電話をかけ、ようやく最後に親族の家から一番遠い病院が受け入れてくれることになった。出産2、3カ月前に下関に帰り、毎回1時間かけて検診に通い、無事に出産することができた。子どもに不調があって、そのまま小児科に入院し、治療を受けながら過ごしたのだという。
 娘が出産を控えているという女性は、半年前に仕事をやめさせて実家に帰らせ、現在市内の産婦人科に通わせている。半年間も家族と離れ、収入も途絶えることになるが、そこまでしなければ受け入れが難しい医療機関の事情も知っているからだ。「20年前では考えられなかった状態になっている」ことを感じている。
 それでも、現場に携わる医師や救急搬送にかかわる消防関係者などのなかでは、「下関市はまだ恵まれている方だ」といわれている。下関で出産を担うのは、藤野産婦人科、野口産婦人科、やかべ産婦人科、井町産婦人科の4つの開業医、関門医療センター、済生会下関病院、市民病院、済生会豊浦病院の4病院、計8カ所である。20人の産婦人科医と77人の助産師たちが、年間およそ1800人(1975年には5005人で、以後年年減少を続けている)の出産とともに、産科がなくなった美祢市や、1カ所しかない長門市から、長い時間かけてやって来る母親たち(3時間、4時間待って受診する)の出産を支えている。
 約六割のお産(おもに正常分娩)を開業医が担い、未熟児や帝王切開、感染症を抱えている場合や高齢出産などリスクの高い出産は、周産期母子医療センターの指定を受けている済生会下関病院を中心とする総合病院が、エイズの妊婦に関しては山口県下すべての患者を関門医療センターがひき受けている。
 開業医では手に負えない場合は総合病院へ、それでも難しい場合は済生会下関病院へと送り、逆に正常分娩の場合は済生会から開業医へ送るなど互いに連携をとりながらやっている。

 24時間気の抜けぬ仕事 医師らの献身的奮斗

 以前あった産婦人科開業医が後継者がいないために廃院したり婦人科に転換しているほか下関医療センター(旧厚生病院)も産科をやめた。また現場を支える医師たちを見ても、市民病院は50代後半と60代の医師2人(週に1回九大から応援が来る)であり、関門医療センターも30年ほど前には4、5人の医師がいたが、現在は50代の医師1人体制。開業医も4つのうち3つが同様の年代で、5年後、10年後をみたときに、後継者を確保できなければ8カ所が3、4カ所になりかねない危機的な状況が待ち受けている。
 1人体制の関門医療センターでは、年間80人ほどの出産を扱っている。そのうち15〜20%が帝王切開だ。未熟児の場合もあれば、途中で切開に切り替える場合もある。感染症や不妊外来、体外受精、婦人科の病気やガンなどの治療も含め、医師は夜中まで勤務し、翌朝からまた勤務する。市内の休日当番にも入っているが交代する医師がいないので、1人の医師がすべてをひき受けているのが現状だ。
 最後の砦となっている済生会下関病院には7人の医師がいるものの、年間640〜650件の出産のうち、多くが正常分娩でないケース、危険性の高いケースだ。医師たちは外来をこなしながら手術・分娩にたずさわり、月100時間を超える残業も珍しくない。4月から医師が1人増える予定だが、それでも安心できる医療体制を整えるには、まだまだ必要だという。
 出産はいつ始まるかわからない。24時間・365日携わる人人にとっては常に気が抜けない、体力を要する仕事だ。早世する人や過労死が多い診療科でもある。近年は、昔はなかったような病気や高齢出産の増加、逆に母胎ができ上がっていない10代の母親たちも増えており、検診を受けずに直前になって駆け込んでくる例も少なくない。それぞれ手一杯の状態のなかで「できるだけ里帰り出産も受け入れるようにしている」が、感染症があるのか、どのような状態なのかわからない妊婦の受け入れは、危険を伴うものだということを知ってほしいと、医師たちは切実に語る。
 「恵まれている」といわれる下関の出産体制は、医師たちが自分の生活や家族を後回しにして、献身的に奮斗しているからこそ成り立っている。「これ以上増えたら限界が来る」というほどの激務のなかで医師たちを支えるのは、「新しい命とかかわることができる」喜びであり、使命感だ。

 全国的に減少する産科 環境整備は急務

 ある関係者は「下関はまだ8つ選ぶ病院がある。休日当番も交代で回せるのはまだいい方。県内ではゼロの自治体がある。休日当番も毎回となると、365日休むことができない大変な事態だ」と話す。
 山口県内では美祢市で平成12年に美東病院が産科を終了した時点で産科がなくなり、妊婦は長門市や山口市など、遠方の病院まで通わなければならない状態になっており、柳井市と長門市が1カ所、萩市や山陽小野田市も2カ所しかなくなっている。
 日本産婦人科学会と日本産婦人科婦人科医会の調査・推計でも、福島、千葉、岐阜、和歌山、広島、山口、香川、熊本、大分の9県は、2024年までに10〜20%医師が減少すると推計されており、山口県も出産が危機的な状況になるとみられている一つだ。
 全国的に見ても、産婦人科・産科のある病院は1361施設(2014年の医療施設調査・病院報告より)。1991年以降、24年連続で減少しており、統計をとり始めた1972年以降で過去最低を更新した。
 高齢になった産婦人科医がやめていくなかで、「5年先、10年先を見据えてどう医師を育てていくか」が差し迫った課題となっている。80年代からの国による医師抑制策に加え、産科や小児科ではとくに訴訟リスクが高いことから、研修期間中に若い医師が敬遠し、他の診療科を選ぶことが増えているという。とくに、福島県立大野病院で母親が死亡し、担当医師が逮捕された事件や、奈良県で妊婦が受け入れ先がなく死亡した問題が起こった頃から訴訟が増え始めたと語られている。「子どもの数が少ないから、腹立ちが医者に向く気持ちはわかるが、一生懸命尽くしてもどうしようもないときもある」というやりきれない思い、「産婦人科は唯一生命の誕生にかかわれるところだが、やりがいがある仕事とはいえなくなっている」ことが語られている。
 またある関係者は「小泉さんのときに研修医制度を変えたことが、大きな影響を与えている。若い先生が都市部に出て行き、そこで結婚して子どもを産み、地方に帰ってくることがない。地方は医師が足りないから、集約化の方向で動いている。しかし、それは患者さんからすると病院が遠くなり、時間をかけて通わなければいけない状態が生まれてくる」と指摘する。
 新たに産婦人科医になる若い医師の7割が女性であるため、結婚・出産などが入り、男性医師と同じようには仕事ができないという事情も抱えている。
 現在、過酷な状況のなかで、医師や助産師たちの奮斗で出産の現場は支えられている。社会全体がその実態を知り、行政なりも解決に向けてどのように働くべきなのかを考えなければならないところに来ている。出産ができない町では「夢をつむぐ」ことはできない。現在の産婦人科の現状は、子どもを産み・育てることができなくなった末期的な日本社会の一端をあらわしている。生命の再生産すらできない超高齢化社会というのは、人間社会にとってまともな状態といえるものではない。子どもが安心して産める環境を整え、安心して育てることができる状況にすることが、地域や社会の構成員全体にとっての未来を左右する重大な課題となっている。

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