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祝島が新規立地策動はね返す
お膝元で大恥晒す安倍政府
              総会開けず帰った県漁協     2014年3月5日付

 上関原発計画にかかわる祝島の漁業補償金の受けとりをめぐって、4日に山口県漁協本店(下関市)の幹部職員たちが渡船で島に渡り、補償金の配分案を承認させるための「総会の部会」を開催しようとしたが、島民たち200人近くが波止場に押しかけて気迫溢れる抗議行動をくり広げ、ほうほうの体で引き返していった。安倍晋三が原発再稼働・輸出を打ち出すなかで、昨年から新規立地の上関原発計画をめぐっても最大の焦点になってきた祝島で攻防が激化し、推進勢力が「漁業補償を受けとれ!」と迫っていた。全国が注目するなかで、祝島の島民たちが下からの大衆行動によって新規立地策動を打ち負かし、原発反対の揺るぎない力を見せつけた。安倍晋三及びそのブレーンとして知事に就任した、村岡嗣政が強がって手を出した挙げ句、大恥をさらす結果となった。
 
 補償金拒否し全島抗議行動

 祝島ではこの間「上陸させるな!」の声が高まり、行動意欲が強まっていた。30年来のたたかいを水の泡にしてはならないという思いとともに、福島事故をへてなお新規立地に道を開こうとする横暴な策動に対して、「第2の福島にするな!」「瀬戸内海沿岸を守れ!」の世論が充満し、補償金問題が単に漁師の経済的利害の問題にとどまらないこと、祝島のたたかいが全県、全国世論を代表したものであることが口口に語られてきた。
 4日は午前中から定期便が着く波止場に「上関原発反対」の幟や横断幕が掲げられ、臨戦態勢がとられた。「夕方の便で県漁協職員等が渡ってくる」といわれていたが、昼便で職員が不意に来ることを警戒した婦人たちは自主的に呼びかけあい、ハチマキを締めて待機するなど、たたかう意欲にみなぎっていた。
 夕方、4時40分頃に定期便「いわい」が到着するのに備えて、午後3時30分頃から早早とハチマキを締めた約200人が波止場と公民館前に別れて待機し、万全の対策をとって待ち構えた。「今回は推進派側も若手20人が出てきて、県漁協幹部を公民館まで力づくで連れて行こうとしている」と話題になっていたのもあって、時間が近づくに連れ緊張した空気も漂っていた。昨年8月に同じく抗議行動をくり広げたさいには、私服警官3人が来ていたが、今回は制服を着た山口県警約10人が上陸して待機していた。
 定期便が着くと、他の乗客たちが出てきた最後に県漁協職員があらわれ、下船しようとしたが若手住民や婦人たちが前面に出て横断幕を持ち、どっととり囲んだ。切符売り場までにいたる波止場の道には婦人たちが集団で座り込み、「補償金はいらない!」「上関に原発はいらない!」「県漁協は帰れ!」と口口に訴え、迫力で圧倒した。県漁協幹部たちは一歩も進むことができず、約20分ほどの押し問答の末に総会の開催を中止し、強ばった表情で再度「いわい」に乗り込んで引き返していった。その様子を見た島民のなかから、いっせいに拍手が起こった。
 行動を終えた島民たちはみな喜びに満ち、全員で「今日は大勝利だった」「県漁協が何度来ても実力行動で補償金の受けとりを拒否する」ことを確認して、また大きな拍手が起こった。新規立地をめぐる最前線の攻防において、だれもが譲れない決意を胸に秘めて挑み、全島の連帯と団結によって打ち負かした。

 対応巡り火花 山戸貞夫の奇妙な言動

 抗議行動をするか否かをめぐって、事前に島内では激しい火花が散っていた。決して順風満帆だったわけではない。県漁協が総会の開催を通知したのは、県知事選挙が終わった翌2月24日だった。緊急対応を迫られていた最中の同日付で、「文責・山戸」と記された「補償金分配問題に関して島民の会運営委員会に求める提案」なる文章が、すべての島民ではなく、ごく一部の島民に限定した形で配られるという出来事があった。
 現在の島民の会運営委員会に対する不信を縷縷綴っている印象で、県漁協が1週間後に乗り込んでくるという重要局面で、いったい何がしたいのだろうかとみなが首を傾げていた。「祝島支店運営委員選挙の敗北」「漁業補償金の受け取り決議の際の敗北」「昨年8月の正組合員の多くをカヤの外に置いた行動」(県漁協を波止場で追い返した全島民の行動)の3点をあげ、「島民の会指導部より責任を持った説明・総括の提案をすることが必要。その上で、配分を協議する総会の部会への対応の提案をすべき」といった主張を記したものだった。
 文面を詳しく見てみると、「補償金の配分決議がなされる事態に陥る場合は、当初の補償金の半額が祝島漁協に振り込まれた時点で所属していた組合員・家族のうち、現在亡くなったり脱退して漁協を離れていった人たち、また、埋め立て申請が県から免許され、残り半分の補償金が支払われた時点で在籍していた組合員・家族に対しても、何らかの配慮をする必要がある」
 「県漁協としては受け入れ決議という既成事実を最大の根拠として、強引に補償金配分をおこなおうとしている。それゆえにその経過に対する総括作業が必要である」「仮に配分決議が強行された場合は、いかなる事態になろうとも補償金は受け取らないとして自身が意思表明し、みずからの配分額は法務局への供託等の対抗策を求める」など記され、最後に「島民の会運営委員会には、今後島民同士の間に恨み・批判が積もり積もっていかないよう、心して対処する責務がある。そうでないと、島民の会とりわけ運営委員会という存在は名前だけで有名無実のものにすぎなくなってしまう」と結んでいる。
 要するに、全島が一丸となって抗議行動を展開し、山口県漁協が総会開催をあきらめて帰っていった昨年8月の行動について「総括が必要」と否定する側にいること、暗に今回の総会開催についても同様の行動が起きることに待ったをかけていることに最大の特徴がある。そして、議決が強行された際は補償金を欲しくない者が個人個人で法務局に供託金を預ければよいというものである。「総会が開催されて強行採決されても、個人個人での対抗手段はある」というニュアンスを漂わせたものになっている。
 「抗議行動はするべきではない」というのが一貫した主張であったことは、島民の多くが知っている。なにがなんでも総会を開催させ、無記名というずるい格好であっても強行突破をはかりたい県漁協なり県当局にとって、これほどありがたい反対派内部からの援護射撃はない。
 こうした内部の異論もあってか、4日の対応をどうするかがなかなか決まらなかったが、最終的には3月1日の夕方に島民の会が集まりを持ち、その場で割れんばかりの拍手によって抗議行動の決行が決まった。島全体の意志は揺るぎないものだった。
 かかわって、反対派の漁協組合員らは事前に山口県漁協に対して「総会を開催しないこと」を求め、27人の連名で本店に署名を提出していた。そのさい、山戸貞夫が署名しなかったこともみなが話題にした。署名提出に訪れた本店では、島で署名していたはずの仲間の某組合員が直接県漁協に連絡を入れ、撤回していたこともわかり、そのことも驚かれていた。

 二重面相の正体 反対派に潜む裏切り者

 「反対派」の仮面をかぶりながら、裏切り者が内部に潜んでいることは、昨年の総会でも如実に浮かび上がった問題だった。「補償金受けとり」が無記名投票で可決されたさい、表に出てこない裏切り者十数人が賛成票を投じたため、2010年に反対43、賛成15だった票数は反対21、賛成31へと転じる現象が起きていた。表面上は「反対」で無記名なら賛成という二重面相が島民を欺き、「原発はできないのだから、もらわないと損じゃないか」といって敗北に導いていくシカケが暴露されていた。
 2月中旬の町議選の過程では、山戸貞夫の最大のバックボーンだった加納派ボスが「補償金をもらいたくないか?」と漁師を籠絡してまわっていることが大話題にされていた。その仲間たちも含めて、周囲でこっそり裏切りの勧誘がやられたり、一度書いた署名を撤回したり不可解な行動ばかりしていることは、祝島の漁師たちが一番よく知っている。
 徹底的な真相究明や「総括」をやるというなら、94年の漁業権書き換えという最大の裏切り問題や、平井知事と祝島反対派リーダーとの関係、県水産部との関係、漁協の会計問題が突っ込まれたさい、当時の水産部審議官なり県当局とどのようなやりとりがあったのか、「念書」の真相等等、むしろみなが追及しなければならない疑問は多い。全国カンパが寄せられてきた島民の会の運営をめぐる問題も、すべてあからさまにして「総括」しなければ島民の多くは納得しない。
 降板していたはずの山戸貞夫が、町議選では自治労絡みの山根が引退する代わりに再登板となり、「もらわなければ損」と主張していた漁民や、県政与党の自治労の応援を受けて表舞台に復帰した。漁協合併を機に県当局から引導を渡され、いったんは排除されていたが、その後、新興の推進漁民に権限を握らせてスムーズに手続きが進むかと思いきや、みな島内で反発を買って自滅し、県当局なり推進勢力としては依拠する足場を失ったもとで、使い古した裏切りのカードに期待を寄せることとなった。
 4日の行動では、波止場から離れた場所で傍観していた二重面相たちが、終盤になっておもむろに腰を上げ、抗議行動に合流していたのも特徴で、全島の力関係をはっきりと示すものとなった。

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