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祝島漁協合併撤回に注目
上関・町民の力示した選挙
              24年の廃村政治の転換点   2006年2月18日付

 中国電力の原発計画をかかえてきた上関町議会議員選挙は、町民にとって痛快な結果となった。昨年の末ごろは、祝島漁協の合併決議、室津の反対派議員であった外村氏の推進派への寝返りなどがつづいて暗い雰囲気が漂っていた町内は、すっかり明るい空気に転換した。反対派は幹部が崩れただけで、町民の反対の力は崩れているどころか強かったことが証明されたし、町民の原発離れははなはだしく推進派の力の衰えは覆い隠すことができないものとなった。選挙は町民のなかで地殻変動に似た激変がはじまっていることを示し、中電支配推「反」談合の厚い壁に風穴をあけた。それは巨大な流れとなって、中電を撤退させ、町を再建する力になっていくことを確信させるものとなった。

  漁業振興軸に町再建へ
 今度の選挙をまえにした町内の空気は重苦しいものがあった。反対派議員の外村氏の寝返り、岩木氏の柏原与党としての行動、そして反対の拠点となってきた祝島漁協の合併決議、補償金受けとり、漁業補償裁判とり下げの決定があいつぎ、町内外の反対勢力のあきらめと壊滅を心配するような空気が流れていた。
 選挙は、推進派、「反対派」幹部が上の方でどのように踊ろうとも、町民の反対の力は揺るぎないものであり、しかも推進派の側が町民の支持基盤を失っていることを示した。中電側は、はじめは明らかに「反対派」議席の激減を狙い、町内の反対派崩壊を印象づけようとしていた。しかしそれは不可能となり、推「反」談合の無投票でおたがいの議席を確保し現状維持で押さえこもうとした。だがその無投票のたくらみも破られ、しかも推「反」談合の枠外から出た田中氏が当選するという、「青天のへきれき」というべき結果となった。
 既存の推進派、「反対派」の候補陣営は例外なく、町民の世論を読むことができず、うろたえた姿を町民の前にさらすこととなった。漁協合併・漁業補償裁判とり下げを決めた山戸氏は村田氏に票を流す余裕もない選挙をとりくんだが、いままでのような「幹部がすべて」のカリスマ的姿ではなく、今度は島民の側が主導して反対を貫くよう縛りつける様相を強めるものとなった。反対派から推進派に寝返った外村氏の票は、中電に飼われた哀れさを誘うものとなり、人としての信頼を失った「死に体」議員状態。一族支配のドン・加納氏も当選したかわりに信頼を大幅になくし「死に体」と同じ。吉崎氏に与えられた町民の評価も事実上の失格。
 山戸氏や岩木氏の陣営から「崩れた」と騒がれた室津の反対の力は崩れず、四代、白井田など長島奥地の反対勢力も崩れてなどおらず、そして祝島の島民も反対の強い力を示した。

 廃村への怒り反映 町内世論が大きく転換
 選挙は原発計画浮上から24年のバカ騒ぎを経て、町民のなかで、大きな世論の転換が起きていることを示した。それは、町がすっかり住めなくなり、廃村・無人島のコースをたどっていることへの強い怒りとして噴出した。上関町は、議会も役場も漁協も商工会も、区やお宮までも中電が乗っとってしまった。いまはやりのM&A(企業買収)の自治体版で、「地方公共団体」の「公共」は飛んでしまい、まぶりついたものがもうけるための中電株式会社の下請「地方団体」になってしまった。
 町長も町議も中電の顔色は見るが町の進路や町民の生活を心配するものはおらず、もっぱら「稼ぐが勝ち」のホリエモンの先をゆくようなものばかり。そのようにして長年、推進派と反対派で町民を分断させ対立させながら、上の方は仲良くいっしょになって町民をだましてきたことなどが広く糾弾されることとなった。
 上関が住みにくい町となり、人口の減少率は中国地方一となったのは、自然にそうなったのではない。それは中電と国、県が原発計画を持ちこんで、二四年ものあいだバカ騒ぎをさせてきたからだというのははっきりしている。中電と国、県が原発を建設するために、意図的に人が住めないような町にしたのである。
 中電と国、県は「原発がくれば町はすばらしく繁栄する」といってきた。はじめのころの80年代は「原発ができないからなにもできない」という町政をやり、90年代には30数億円の電源交付金を出すが、町民のためにはならない一部のものだけが富む利権づけ政治をやらせ、そのつぎは「三位一体改革」などといって補助金も交付税も切り捨て、町そのものの合併・解体を要求した。
 上関町で最大の現金収入を得る産業は漁業である。漁協は、原発にともなう補償金を得ることが第一という目的で運営され、それは必然的に漁民を分断し、零細な漁業に必要な共同事業をないがしろにしてきた。漁業が寂れるなら、町の現金収入は細り、それに依存する商工業も寂れるほかはない。若者が子どもを育てることもできなくなる。
 原発が町の振興になると信じてきた人人も、上関を成り立たせている漁業、農業、海運、それに依存する鉄工・造船、商業などがつぶれるというのでは、まったく話にならない。それらの産業がつぶれて原発だけができたというのでは、町の人口を養うことなどできないし、廃村になる以外にない。推進政治は一部のものの利権のために町民全体の生活を犠牲にし、町を廃村にする売町政治である。

  祝島の衰退転換へ 漁業の発展が要
 ところが原発に反対しながらこの間、きわだって衰退したのが、反対の拠点となってきた祝島である。祝島は94年以後、町内では平井前知事、片山町長がもっとも力を入れて諸事業をやってきた。県はいかにも祝島の事業を支援したかのようであるが、島民生活は困難になった。また県水産部のかかわりが深かった祝島漁協の疲弊状況は深刻なものとなっている。原発に反対するのは漁業を守るためである。反対を貫くために漁業を犠牲にするというのは転倒した関係である。
 ここは反対運動の指導方向が町民生活に根ざしたものでなく、むしろ町民べっ視の上に立ってきたという問題をかかえてきた。「長島の自然を守れ」と都会風な連中が叫ぶ。スナメリや希少貝類の心配をするが、自然を守るには無人島になるのが一番いいということになる。それは推進派の廃村政治と一致するし、少なくとも廃村政治を打破する力にはならない。漁民が自然を守れというのは漁業を守れという意味であり、「スナメリのエサを守るために漁業は遠慮せよ」というのは漁民の基本要求と対立するものである。原発に反対するのは、町を売り飛ばし、廃村にする推進政治に反対して、漁業を中心とした町を発展させ、町民の生活を守るためである。そうでなければ町民を団結させることはできないし、国策にバックアップされた中電に勝利することはできない。
 原発問題をめぐって、祝島漁協の合併と漁業補償裁判のとり下げ問題が大きな焦点となっている。県一漁協合併問題は現在、角島、新宇部、宇部岬、大畠、岩国など13の漁協が不参加でがんばっている。県漁協は脱退者があいつぎ、漁業は困難になり、破たん状況にある。四月の合併まで時間があり、祝島漁協が原発反対を断念し24年の島民の苦労を水の泡にしないために、総会議決の撤回をするかどうかが注目されている。
 3月に地裁判決が出る漁業補償裁判をとり下げることは、共有地裁判のゆくえとともに、埋め立て工事着工に道を開くことを意味する。四代、上関の推進派漁民のなかでは、山戸氏の選挙を心配していた。埋め立て工事着工が、補償金の残り半分を支払う条件になっているからである。一人当りの最高額で四代は計5000万円、上関は計3000万円が入ることになる。それは祝島では、1人当り1000万円の補償金が入ることを意味する。
 漁協合併は、祝島漁協を解体して県漁協の支店にし、漁業権を県漁協にわたすことになる。とくに田ノ浦地先の沖合にある一〇三共同漁業権については、埋め立て沖合の港湾海域、保安庁の巡視船が常駐する立ち入り禁止の警備海域を確保するために、新たな漁業権消滅をする必要がある。この場合、県漁協総会と八漁協全体の三分の二の同意で漁業権消滅ができるようになり、祝島の3分の2が反対しても意味がなくなる。
 選挙は祝島島民も全町も原発反対の力はまったく崩れていないし、崩れているのは推進派の側であることを証明した。山戸氏をはじめ祝島の指導層が、漁協合併というような県の強権的な脅しにたいして、祝島島民、全町民、全県の漁民の力に確信を持ち、勇気を出してたたかう立場に転じることが期待されている。

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