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祝島との漁業交渉最後的に決裂
上関原発の断念迫られる
              嘘がばれた県と中電   2010年3月19日付

 二井県政や中電、山口県漁協が祝島の漁業権剥奪に奔走してきたが、漁業補償交渉は決裂する趨勢になっている。このまま祝島が10億8000万円の補償金を受け取らなければ、原発工事で海面に手をつけることはできず、28年の上関原発計画は終わりになり、振り出しに戻るという重要局面を迎えている。2000年に法務局に供託して10年が経過し、今年5月に没収期限が迫るなかで、一昨年から水産行政や県漁協が「補償金を受け取れ!」と大慌てで恫喝してきた。ところが祝島漁民が断固拒否して受け取らない。町内には土建業者が押し寄せ、「原発はできるから諦めろ」の工事パフォーマンスを繰り広げたものの、こちらの方が先に息切れして、計画が立ち往生することとなった。いまにも原発ができるかのような装いで人人をだまして、実際には土地と海の買収作業が行き詰まっているのだ。瀬戸内海漁業にとって死活にかかわる問題であり、郷土の存亡をかけたたたかいとして、全県、全国が祝島の動向に注目の眼差しを注いでいる。
 3月16日以後、商業マスコミが相次いで「上関原発漁業補償/祝島支店が受け取り拒否」「“原発補償金の税払え”と受け取り拒否の祝島に県漁協が求める」「仮受けの県漁協に法人税義務/祝島は拒否/納税どうする」といった記事を掲載した。デカデカと真っ先に扱ったのが中電本社がある広島の中国新聞で、翌日朝日新聞や山口新聞が追いかけて掲載した。昨年から取材しているくせに一行も書かなかったのが、誰かがGOサインを出したのか「16日にわかった」などと記述して、一斉に動きを見せた。
 この間、表面上は中電も商業マスメディアも、推進派団体も反対派幹部たちも祝島の漁業補償問題には一言も触れず、「カヌーが工事を妨害してストップしているのだ」「カンムリウミスズメのためだ」などといってカモフラージュしてきた。ところが実際には、祝島の漁業補償金を巡る攻防がもっとも火花を散らしてきた。もっとも重要問題だから黙ってきたことを証明している。そしてもはや世論となってしまい隠しおおせなくなったから出しているのだ。神社地や共有地もそうだったように、重要問題はいつも人人をだましながら、コッソリと物陰で進めるのである。

 補償金問題は行詰まり祝島漁業権消滅せず

 上関原発をめぐる補償金問題は、2000年4月に中電と107共同管理委員会とのあいだで突如125億円で「妥結」したことにはじまる。中電は2000年と2008年の2回に分けて125億5000万円の漁業補償金を支払った。このうち、地先の漁業権消滅補償には、15fが消滅する旧四代漁協に23億円、3fが消滅する上関漁協に21億円が支払われ、残りは影響補償その他として八漁協に分けられた。
 祝島には総額で10億8000万円が充てられたが、受け取っていなかった。そのため補償金は宙に浮き、2000年支払い分は法務局に供託されている。08年の5億4000万円については合併したことを理由に、県漁協が勝手に受け取ったままになっている。
 上関原発をめぐる膠着状況が動きはじめたのは08年11月。2000年から争われていた『漁業補償契約無効確認訴訟』について、最高裁が広島高裁の「(祝島の)組合員は管理委員会の決議に基づく契約に拘束される」という表現の判決を踏襲して上告請求を棄却。判決が「確定」扱いとなった。
 といっても、この判決は祝島の漁業権がなくなったとはいっていない。漁業権を放棄するなり動かすためには、祝島漁協で総会による3分の2の議決がいるし、契約のあと補償金の受けとりがあって初めて漁業権交渉成立といえる。それを思わせぶりに「祝島の敗訴」といって騒ぎ、祝島の漁業権はなくなったとだまして、原発はできると騒いだのが中電、二井県政だった。
 同時期に「条件は整った」として埋め立て許可を出したのが二井知事で、「埋め立て許可から半年以内に残り半金支払い」の約束をしていた中電も、09年の夏頃には七漁協の組合員にたいして、“鼻先ニンジン”していた残りの漁業補償金を支払ってしまった。実際には祝島が最後まで補償金を受け取らなかったら、配分した補償金は無駄金となり、しかも漁業補償の性格上「返せ」とはいえないこと、前回支払いから9年が経過して税金問題も発生するし、一番顔がひきつっていたのは中電にほかならなかった。
 「共同管理委員会の多数決で漁業権問題は決着済み」というのなら放っておけばよいのに、放っておいたら原発が終わりになる。そこで、焦って祝島攻略に乗り出しはじめた。ムキになればなるほど、祝島の漁業権が最大問題であり、補償金を受け取らず、妥結の判を押さなければ原発は逆に終わりになるという関係が暴露されることとなった。

 巻返し不能まで追込む 揺るがぬ祝島の意志

 09年2月には祝島で突如「漁業補償金受け取りを巡る漁協臨時総会」がもたれ、賛成33、反対35で否決する出来事が起きた。このとき、急遽集会所を囲んで原発反対を貫くように行動したのが島の婦人たちで、ギリギリの崖っぷちで裏切りを阻止した。山戸指導部は県漁協のなすがままに任せている状況で、ボクシングでいうなら「NOガード」に近い無抵抗。目の前の田ノ浦では森林伐採などが一気に動き始める。島のなかにも「原発はできるから受け取ろう」の懐柔攻勢が各個撃破で加えられるという、異様な雰囲気のなかで2票差を守った。
 島の婦人たちを中心に原発反対を貫く意志は揺るぎなく、むしろこの事をきっかけに「28年間をムダにしてたまるか!」「負けてなるものか!」の思いに火がつき、09年10月には中電の工事を阻止するために、平生町の田名埠頭で連日の阻止行動を繰り広げた。三日坊主を突き破って勢いよく下からの行動が噴き上がることとなった。
 09年11月下旬。供託金没収まで残り半年にタイムリミットが迫るなか、再度作戦を練り直して、県漁協が組合員集会を招集。森友信専務(室津漁協出身)ほか幹部職員が参加し、梅田孝夫・県農林水産部審議監と、柳井水産事務所長の2人が同席するなか、今度は「受け取っても受け取らなくても3億8000万円の税金がかかる」「だから補償金を受け取ったらどうか」の説明がはじまった。
 しかし今年1月29日の漁協臨時総会では、66人の正組合員(委任状7人、議長1人を含める)が参加したなかで受け取り反対が43人、賛成15人の圧倒的多数で否決した。2票差から票差は拡大し、島全体が「補償金を受け取らない」「原発反対を貫くのだ」の気持ちで一致し、もはや県漁協、中電、水産部の巻き返しは不可能と思える状況まで追いこんだ。
 3月4日に再び県漁協幹部らが開催した説明会では、正組合員68人のうち、原発に反対する組合員47人が「祝島は受け取りを認めない。県漁協が中電に返還するよう決議を求める」と署名捺印した連判状を提出した。多数による決議が確実となったところで、県漁協側が流会にしてしまったものの、揺るがない意志を示した。
 ここで7割もの組合員の要求として漁民たちが突きつけた内容は、「祝島支店として供託金の受け取り拒否を総会で決議したのだから、税金問題は発生しない」として、「県漁協としても供託金を受け取らず、そのままにしておくこと(5月15日で国による没収)を求める」。さらに昨年中電から山口県漁協に振り込まれた補償金の残り半分について、「県漁協で仮受け状態にある。この金については直ちに中国電力に返還するよう求める。中電が受け取らない場合は法務局に供託するよう求める。仮に税金分の負担名目で祝島支店組合員に支払いを求めることがあっても、いっさい応じないし、場合によっては法的措置も考えることを決議する」と求めたものだった。
 その後、県漁協側からの動きは鳴りを潜めており、監督官庁の県農林水産部では上関担当の梅田審議監がこの春に退職を迎える。

 窮地に立つ県漁協・県 中電も動けず立往生

 祝島の補償金受けとり拒否、中電への返却要求が圧倒的多数であることが明らかなのに、その議決を妨害し、県漁協が勝手に補償金を受け取り、勝手に法人税を納め、しかも受け取っていない祝島に税金を負担させるのは、県漁協の責任問題となる。5月には供託金没収が控え、県漁協が握りしめている5億4000万円分も3月決算の5月申告をどうするのかが注目されている。というより、県漁協が中電に返金するなり法務局に供託すれば、「法人税」を支払う義務などまったく発生しないのだ。祝島が受領したことを前提に勝手に作り話をでっち上げ、真顔でウソをついてきたに過ぎない。
 いずれにしろ祝島の補償金受けとり拒否は大きな流れになっており、二井県政、県漁協の側は何度説明会や総会をやっても打ち負かされ、窮地に追い込まれることとなった。祝島を除く旧107共同漁業権管理委員会が中電との間で締結した「漁業補償契約」に「祝島も拘束される」といってごり押ししてきたが、自分たちの意に反して、他地区の組合員の賛成だけによって放棄・変更されてしまうような事はあり得ず、「共同漁業権の全部又は一部の放棄又は変更には、漁協総会における3分の2以上の書面同意が必要」なのである。漁業権の発行権限を知事が握るからといって、関係漁協の同意なく公有水面埋立許可を出した二井関成知事の埋め立て許可は無効であることと同時に、その責任も問われている。
 さらに、漁業交渉未成立のまま仮に中電が埋立工事に着手した場合、水質の汚濁や漁場破壊によって魚がいなくなるのは明らかで、今度は漁業権侵害になる。許可漁業であれ、自由漁業であれ、長年にわたって祝島漁民が田ノ浦の目の前で漁業を営み、生活している実態があり、その侵害行為をやめさせるのは当然で、中電も下手に動けず立ち往生となった。
 上関原発を巡っては祝島を舞台に鋭いたたかいが展開されてきた。このなかで祝島の運動の質が変わり、国策とのたたかいに向いてきたこと、瀬戸内海漁業を守り、海と山を守って国を立て直さなければならないこと、極東最大の米軍基地の目と鼻の先に原発を建設し国土を廃墟にさせてはならないことなど、真の国益を守るたたかいとして住民の思いが語られ、内海漁民や岩国市民、全県民、広島市民との団結を求めパワーアップしてきた。いまや追いつめられているのは中電、国、県であり、「上関原発計画の終焉」が現実のものになろうとしている。


 

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