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岩国・広島や漁民との連帯に力
来年2月に上関町議選
              国策はね返す町民世論  2005年10月27日付

 中国電力がすすめてきた上関原発建設計画は、現地でも全県でも白紙撤回を迫る力が拡大してきた。最近の、炉心にかかる四代地区共有地をめぐる控訴審判決で、広島高等裁判所(草野芳郎裁判長)は20日、一審の判決をとり消し、反対住民らの請求を棄却した。上関の住民の大多数は、「国がやることだから裁判所はあんなものだ」「貧乏人が裁判で勝つことはない」と冷静である。この背景には、手続きとして土地も漁業権もまだ山積する課題を残しているが、計画から23年たって、上関原発をめぐる力関係の様変わりの変化がある。最近では、一つは全県漁民の漁協合併・漁協解体にともなう山口県漁業破壊に反対する力の登場がある。さらに、広島における原爆反対の世論を基礎に、米軍岩国基地の増強に反対する岩国をはじめ周辺市町、広島県をむすんで、「広島湾を核攻撃基地にするな」の強い世論と運動の高揚がある。上関現地では、これら全県、全国の運動と連帯感が強まるとともに、争うべきは町民同士ではなく、国策とのたたかいであるという世論が強まっている。来年2月に町議選があるが、全県、全国の共同斗争を強めることで、上関の政治局面を転換させる条件が大きくなっている。

 祝島・上関の底力に広がる共感
 上関町では原発計画から23年、国、県をあげて権力、金力総動員の騒ぎをして中電の町に奪いとられてきた経験があり、いまさら裁判所がうやうやしく判決を出したからといっても、ぜんぜん信頼も権威もない。上関原発計画は国策であり、国が強烈に推進してきたものであった。同じ国家機関である裁判所が中電の味方をしたからといっても、県が中電とグルだといっても、いまさら驚く住民などいなかった。
 これまで「上関原発大きく前進」などといって騒ぎたててきた商業マスコミであったが、今回の裁判結果は「大きく前進したが、課題は山積」などといった低いトーンの論調がめだった。全国的にはさほど大きなあつかわれかたすらしなかった。
 判決が出たその日、祝島の老婦人は「わたしたちは中電、国、県、裁判所とたたかわないといけない」と気持ちを新たにしていた。別の老婦人も「息子が帰ってきて、“祝島のこれまでのやり方はおかしかった。目を外にむけて、みんなと力をあわせてたたかわないといけない”といっていた。国や県とケンカをしきらん弱腰はいけない」と23年をふり返っていた。
 町内の反対派できた議員が今度は推進派の旗をかついで選挙に出る動きとなり、祝島では漁協合併問題で山戸組合長が「裁判が終わったら合併に参加する」と発言してみたりで、反対派のリーダーが消えてしまいそうな印象である。しかし祝島では、リーダーが傾いたら住民も傾くのではなく、住民の方は逆にたたかう意志が強まっている。「23年間がんばってきて、負けてたまるか」と、いいつくせない苦労をこえて頑強に反対を貫いてきた祝島住民たちの思いには万感の思いがこもっている。
 島の生活基盤でもある漁業は、近年の低関税政策での魚輸入の野放しの拡大や、大型店支配などによる魚価の低下のうえに、信漁連、県漁連のピンハネに加えて、漁協運営でも県下でもっともひどいピンハネ構図が暴露されている。これは反対漁協を経済的に破たんさせて補償金に飛びつかせる全国の電力の手口と同じである。にもかかわらず、負けずにやってきた祝島の底力はすごいものがあるというのが人人の評価である。
 そしていま、全県漁民の漁業を守るたたかいや広島の原爆反対の世論の高揚、岩国基地増強に反対する世論と運動が強まり、ひじょうな激励として感謝されている。長年の孤立したたたかいがそうではなくなり、祝島・上関町民のたたかいが山口、広島の広範な県民のなかで権威を強めているのである。祝島でも上関でも、「全県の人と力をあわせなければ勝てない」「国、県、中電をむこうに回したたたかいだ」と意気ごみが語られている。
 94年の共同漁業権放棄の裏切りによって今日までの環境調査、公開ヒアリング開催、知事同意にいたる道が開かれたが、裏切りのカードがなくなったときに計算が狂うのは、ほかでもない中電であり、国、県であった。上関原発をめぐっては、未買収の土地は多く、沖合に防波堤や港のない原発など全国のどこにもなく、そのような漁業権消滅問題も未解決なままである。

 推進派勢力は「希少生物」化 反対幹部は沈没
 町内の推進派、反対派幹部という政治勢力の衰退、町民世論の転換は近年、きわだったものがある。
 推進派の瓦解はいちじるしい。町内の推進派の柱は、商工会長の田中氏、町長の片山氏、議長の西元氏の3人組であった。田中元商工会長は会長を追い落とされたがいまは墓の中、片山元町長も国からは合併強要で予算を切られたうえに中電に金を出せといって切られ、西元元議長も過去の人となった。片山失脚でチャンス到来と思って登場した加納氏は当選したとたんに選挙違反であえなく辞職。神崎氏は県警が気が変わったことを見ぬけずに「気配りよく」金を配って逮捕。「推進派のホープ」とみなしていた右田町議も「ホープ」のままで姿を消した。中電側からの推進派幹部切りが情け容赦なく展開し、いまの推進派といえば2軍をとおりこして、以前にも増した「中電チルドレン」状態。
 国は原発町だからといって予算で容赦はせず、合併・すなわち町を解散せよの姿勢をとった。中電も島根には出した協力金を上関には出さなかった。
 さらに、この8月には漁協が解体されて組合長がいなくなった。町内推進派としては漁協が最後に残った砦であったが、良くも悪くも親分衆の力をなくしてしまった。これは、県の強権であった。推進派勢力はすっかり崩壊。町内推進派もスナメリ顔負けの「希少生物」化が進行している。
 推進派が瓦解したなかで町民の反対は元気になった。しかし反対派の看板をかかげた議員らは、推進派の沈没と正比例をしてともに沈没現象となっている。たいへん話題になり怒りを買っているのが、室津の外村勉町議で、故河本広正氏の後継者として議員の票をもらってきたが、自己破産者になったうえに、今度は公然と推進派の旗を揚げて選挙に出るといって回っている。
 外村氏は反対の顔をして推進をするというインチキをやめて、推進の顔をして推進をすることになった。上関の岩木基展町議もいまや反対派の大幹部として仕切るような行動だが、先の町長選挙では自分の選挙母体は推進派の柏原町長応援で走り、推進派町長与党との2足のわらじ。祝島の清水敏保町議は平生町に家を建てて、半分平生町住民。「カリスマ」幹部の山戸貞夫氏は、漁協合併の一件で全県の漁民からは、すっかりまともな反対派とはみなされなくなった。
 町民のなかでは、上関原発に反対するため、町民のために身体をはっている人たち、とはだれもみなしていない。裁判もやっているが、かれらは人のおかげで議員になっているのに、年300万の議員報酬の半分ぐらいは裁判費用などに出して当然である。年をとった地権者などからは恩着せがましくカンパをとっているが、今度の選挙では、給料の収支明細、とくにそれぞれ反対運動にカンパをいくら出したかぐらいは、選挙のたびに難儀してきた有権者の前に公表してほしいものだと語られている。
 きたる町議選挙は、旧来の顔ぶれによる推進派対反対派といっても、町民はすっかりしらけきってしまっている。もちろん中電の壁があって、対立候補を出すのはなかなかの妨害を受けることになる。選挙はいつも単純なものではなく、中電の金力、権力を総動員した、あらゆる諜報、謀略作戦と対峙することになる。それらの壁を突き破る力は町民の大衆的な運動である。

 23年振り返り深い怒り 「国策」の威をかる中電
 23年たった現実は、その間の町政というものが、町民のため町の発展のためなどではなく、私利私欲のために町を売り飛ばす売町政治であったことを証明している。町はすっかり中電町になってしまった。原発のために土地と海の一部を買いに来たはずであったが、役場も漁協も、商工会も、区や婦人会から住民のお宮まで、中電が奪いとってしまった。軒先を貸してすっかり母屋をとられてしまった。
 選挙は、中電が二十数年の諜報活動で得た、家族や親類や知人、友人の職や取引関係、普段の恩義、世話になっている関係など、町民の個人情報を立地事務所のコンピューターにたくわえ、脅迫、謀略のかぎりを尽くして、手下を町長や議員にしてきた。
 世間では個人情報保護が騒がれているが、中電の方が「保護」されてしまって、個人の方はひどい目にあっているのである。これなども、世間の「個人情報保護」というものも、実のところは上関並みの扱いなのだろうと見られている。
 世界では、戦勝国で日本を占領したアメリカが「新自由主義」とか「市場原理」といって、世界中に自分のいうことを聞かせようとしている。日本では小泉とか竹中という連中がその旗振りだが、この市場原理は株主原理、外資や大資本の好き勝手原理であり、上関はまさに20年もまえから中電原理主義が町民をひどい目にあわせてきた。
 こうして破壊したのは、町民の協力・団結の関係である。町民同士がズタズタに分断され疑心暗鬼の関係がつくられてきた。推進派と反対派、祝島側と長島側、推進派も旧来の片山元町長派と新興の「中電チルドレン」派など。
 最大の産業である漁業では、もともと中電が上関に狙いをつけたのは、豊北町で懲りた経験として漁協がつぶれた状態にあることであった。90年代には県のテコ入れで形の上の水産振興策がとられ、漁協に漁民を結集させたが、実態は原発オンリーで漁民を従わせるもので、漁業生産活動にとっては漁協の共同事業はほとんど機能せず、漁民の実質的なバラバラ状態は変わらなかった。
 油代はよそよりうんと高く、魚の浜値はよそよりダントツに安かった。その分、上関の漁民はよそより多く働かなければ経費に見あう収入は得られなかったことになる。補償金は半分もらったが、漁業生産の損害、ピンハネされた額と比較するなら鼻くそほどでしかない。
 そして町民生活も、かつてあった人情とか信義というようなものがないがしろにされ、疑心暗鬼の関係で、すっかり人間関係が破壊されてきた。村八分をとおりこして親兄弟の葬式にも行けない状況が一部ではつくられた。中電はさまざまな団体に金をばらまき、入りこんで分断したり、圧力を加えたりして利用してきた。地域のものは、昔から自分一人で生活しているのではなく、みんなが協力しあって生きてきたのだ。
 四代などでは、中電が神社地を奪うために、県や神社本庁まで手を回して、住民のお宮まで奪いとって中電神社にしてしまった。環境調査のときの1500万円の借地料は山谷区長・議員の口座に入ったあと住民にはなんの説明もない。神社地売却の1億5000万円も不明である。
 こうして、中電の植民地のような状態におかれ、国からは見放されて、原発ができるまえにすっかりつぶされて、人が住めないようにしてしまおうとしていると、怒りが語られている。小泉純一郎が地方破壊の大なたを振るうずっと以前から、「国策」の威をかった中電が乗りこんでむちゃくちゃにした、の思いは抑えることができない。
 まさに中電の原発は、国策として、地方の町を住めなくしてしまうものであった。この中電原理主義は、原発ができたらもっとひどいことになると語られている。
 町民のなかでは、原発がパチンコや競艇、競馬から株のようなバクチ・投機にうつつをぬかせるものであったし、目先の補償金や国の交付金だけをあてにしてひどい目にあったこと、それよりもっと大事なことは、漁業を中心に地道な生産による発展をはかること、そのための町民の協力・団結の関係をもっとも大事にしなければならなかったことが、深い怒りをともなって語られている。

  共通敵への共同斗争 漁業破壊も基地増強も根は同じ
 町民の協力・団結の関係は、中電という企業が乗りこんで、金をばらまき意図的に破壊してきたものである。そして町をすっかり奪いとり、中電町にしてしまった。それは中電だけの犯罪ではなく、国が国策とし、県が前面に立って推進してきたものである。さらに、警察、商業マスメディア、裁判所から右翼暴力団、また企業集団などありとあらゆる権力、金力を騒動員して町民を押さえつけてきた。
 原発は、上関町を住めない町にするものであったが、それだけではなく原水爆の材料であるプルトニウムを製造する工場であり、戦時にはミサイルの標的となるものであることが明らかとなった。しかも隣接する岩国基地には沖合への埋め立てを広げ、厚木基地の移転を計画し、原爆を受けた広島湾一帯を核攻撃基地にしようとしている。その近くに原発をつくるという政府は、無政府になったことを示している。
 原発はまた、内海漁業を壊滅させるものである。二井県政は、上関原発や岩国基地増強を推進するとともに、漁協合併を強権的に推進し、漁協を解体し山口県漁業を本気になってつぶそうとしている。
 このような原発推進政治は、まさに小泉がアメリカのいいなりになって推進する、市場原理、資本の好き勝手自由主義政治の典型である。上関にかけたような攻撃がいまや全国の地方、市町村でかけられている。
 来年の町議選にむけては、そのような共通の敵にたいする共同の斗争として、山口県漁業を守る全県の漁民の力、岩国、山口県、広島県の原水爆戦争に反対する力と団結して、長年の権力、金力支配を揺るがす町民の世論と運動を起こすことが重要な課題である。
 中電は、力関係では見通しがない情勢に立たされている。しかし、ときおり鼻先のニンジンをぶら下げて町民をたぶらかしながら、利権だけをつなぎ止めようとしている。これはたたき出さなければ出ていかない。

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