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人民に奉仕する運動が発展
第3回福田正義顕彰会総会
              日本を変革する平和の砦   2010年10月25日付

 福田正義顕彰会の第3回総会が24日、下関市の福田記念館3階で、全国各地から各界階層を網羅した幅広い層の会員100人が参加、開催された。04年5月に福田記念館が建設されてから六年目を迎える。総会はこの間、福田記念館を拠点に、福田精神を今日に生かし、人民に奉仕し、独立・平和・繁栄の日本実現をめざした各戦線の人民運動がめざましい勢いで発展してきたことを確信させた。とくに各戦線で人民に奉仕する精神を貫く団体が強力になり、広大な人民大衆との結びつきの基盤を広げ、日本全体を揺り動かしている実践が報告された。また今後の課題として若い世代に福田精神・路線を継承していくことが確認された。
 総会では最初に福田顕彰会会長の黒川謙治氏のメッセージが紹介された。「福田路線の顕彰は大衆と結びつき、それぞれの大衆運動を勝利に導いている。この10年間の原水禁・原爆展運動を集大成した『峠三吉・原爆展物語』は劇団はぐるま座によって全国に届けられ、新しい日本の建設に向けた意識と世論を高めている」とのべ、今後青年たちに福田路線を受けつがせることを促す役割をはたす決意を表明した。続いて同記念館館長の福田槐治氏が挨拶し「総会を期して独立と平和を願う国民世論の新たな高まりにこたえて、活動のさらなる発展」を期待した。
 次に事務局から第3回総会への報告(案)【既報】が提案された。報告では「04年5月に福田記念館が各界各層1000人以上の拠金と資料提供による幾千万大衆の事業として建設されて今年で六年目を迎える。この間、福田正義顕彰運動の拠点としての機能を発揮し、独立と平和を求める広範な人人の戦後総括論議を促し、各分野での運動に寄与する“平和と文化の砦”としての役割を高めてきた」とし、記念館運営の経過、参観と活用状況、図書資料の充実、よい映画をみる会の活動、福田正義顕彰会の活動、財政の運営などにわたって報告した。討議では、福田路線を現在に生かして実践してきた、各戦線の活動の発展が生き生きと報告された。

 現代に生きる福田路線 各界から発言

 川崎市で介護事業にたずさわっている医師は「30年の診療所活動のなかで、つねに福田著作を読みながらやってきた。今の時代に福田路線が必要になっている」と強調した。原爆展を成功させる広島の会の被爆者は「われわれの使命として、原爆と戦争の真実を次の世代に語り継いでいくことを一生懸命にやっていく。そのことで福田記念館の事業を強めていきたい」とのべた。下関市内の前中学校PTA連合会長は「04年5月の開館後、はぐるま座の『動けば雷電の如く』の初演に参加し、福田著作も購入して学んできた。現代に通じるものが多く、若い世代につなげていきたい。多くの人に記念館に来館してもらい、顕彰会に入会してもらいたい」と抱負をのべた。
 下関原爆被害者の会の代表は、94年に同会が再建されて以来の福田路線・長周新聞との関係について歴史的に振り返ってのべた。99年にはJRの妨害をはねのけて、からと会館で第1回原爆展の開催。01年には会分裂の事態に直面した。分裂側は被爆者の運動を国家補償を求めるだけに狭めるもので、被爆体験を語り継ぐ被爆者の使命を放棄することは、被爆者の社会的使命に反するとして、私利私欲なく人民に奉仕する精神で分裂策動に勝利した。「これを機会に会が純化され発展してきた」と報告し、最後に「長周が被爆者の会の最大の理解者、支援者であり、ひきつづき福田路線を継承する長周新聞の指導・援助で発展させていきたい」とのべた。
 続いて、同会の婦人会員2人が発言し、11月には福田記念館で原爆と戦争展を開催することを紹介し、これを福田記念館の宣伝の機会ともしたいとのべた。
 老人休養ホーム・満珠荘の存続を求める利用者の会の男性は、「今の世の中は平成維新がこれから起きるのが当然の情勢になっている。高杉さんが考えていたこと、また福田さんが指し示すように、大勢のみなさん、大衆をまきこんでの運動の進め方はまちがいではない。この方向で運動を続けていけば、平成維新が起き、よい世の中に変えていくことができる。この運動に参加できることがわれわれの生きがいだと思っている」と発言した。下関市民の会の男性は、「明治維新が起きたのがどういう時代で、高杉がどんな働きをしたかをはっきりつかむのと同じように、現代における福田正義顕彰の中心はなにかをはっきりつかんでみんなに訴えていくことが大切だ」と発言した。

 原爆展物語全国で共感 若い世代も結集

 劇団はぐるま座の男性団員は、福田著作の『高杉晋作から学ぶもの』を指針にして改作した『動けば雷電の如く』と、『広島と長崎』に学んで創作した『峠三吉・原爆展物語』の全国上演の反響を報告し「発展する情勢に責任を持ってこたえることができるよう、福田さんの思想路線、私心なく“大衆のために”献身する立場を打ち立てるための努力を何倍も強める」と決意をのべた。
 同じくはぐるま座の青年団員は、全国での公演活動でのおもに青年の反響を報告した。8月の広島市での公演では高校生や大学生が受付を手伝い、8・6集会にも参加し、その後も活動を継続している。東京キャラバンでも東京大空襲の経験が堰を切ったように語られ、20代、30代の若い世代が「これが真実だ、私たちはだまされていた」「自分たちが今おかれている仕事がない、厳しい状況もあの戦争からつながっている」と鋭い問題意識を語り、「政党政派に関係ない、私心のない運動」に強く共感している。来年3月の東京公演にも協力を申し出ている。
 沖縄では『原爆展物語』が五会場で計画され来年には高校での学校公演も実現へ向かっている。「この運動は戦争を阻止する運動だ」と商業者が軒並みポスター掲示に協力するなど、ポスターが全島ではりめぐらされている。ある地域では24歳の青年会の会長が職のない若者にぜひ見せたいと実行委員長を担っている。
 最後に「全国で日本を変えるためにはどうしたらいいか。なんとか立て直したいという世論が噴き上がっている。福田路線にもとづく運動が求められているし、届けていけばどんどん広がっていく。青年学生平和の会の活動も始まっている。若い世代を結集するためにがんばりたい」とのべた。

 人民奉仕の立場に確信 市民運動や教育も

 下関市民の会の代表は同会が福田正義、小倉哲郎、頴原俊一の3氏が相談して設立され、32年になることを紹介した。同会が「市民とともに」で始まり、現在30万市民と一緒に当初の方向を貫いている。「市民運動をやっていくうえで、福田精神が支えになっている。人民に奉仕する方向でいけば、市民と団結できるし支持される。市議選でも市民の力を信頼して市民の中に入っていくと、略奪政治を許さず、下関を変えるのだという行動が始まっている。底辺で生産を担って社会を支えている市民、働く人人、そして婦人たちの本当の力を信じてやっていく強い運動を受けついで発展させていく責任があると痛感している」と発言した。同じく市民の会の婦人は、「長周新聞は福田さんの遺志をついでいる。その長周を読むことで運動の指針にしている。来年の市議選に向け、しおりを持って市民の中に入っていくと、思いが同じだと強く感じ、自分たちの運動に確信が持てた。私利私欲のない、市民が願っていることをやる運動をやっていきたい」とのべた。
 小中高生平和の会の男子高校生は、平和教室で福田記念館で被爆体験を学んだり、原爆と戦争展のパネルを見たり、映画をみるなどの活動をしてきたとのべ、今後ももっと学びたいと発言した。
 宇部市の小学校教師は、学校での鉄棒実践について報告した。「文科省は学校現場では“学力向上”といって、学力も体力も精神も萎(な)えさせている。勤労人民の後継ぎになるためには、強靱な体力と、困難に負けない不屈の精神が不可欠だ。萎えた子どもたちではいけない、子どもたちを鍛えていこうとなり、体育活動を重視した。鉄棒では130人中123人の子どもができるようになった。父母、地域の大きな支持・共感があった。“友だちと力をあわせ、不正・不合理に立ち向かう強い精神。すぐに弱音をはくのではなく、最後まで粘り強くがんばることができる体力、気力を身につけて成長すること”への支持だ。勤労人民の資質、働く人人の誇りを子どもたちへ継承してほしいという願いだ」とのべた。
 さらに「“文科省がこういうから”とできない理由を並べる被害者同盟、反体制不満派では展望はない。うち立てるものを明確にして、われわれは独立・民主・平和・繁栄の世の中をつくるためにこういう教育をするので、文科省はじゃまをするなという気迫と実践、子どもたちが成長することを多くの人が望んでいる。“幾千万大衆とともに、社会進歩のために、無私の精神で努力する”これが福田路線の神髄ではないか。教育のなかで福田路線を貫いていく」と決意をのべた。
 関連して教育現場で福田路線を貫き実践する決意を北九州市と防府市の小学校教師が発言した。
 よい映画をみる会から2氏が活動状況と反響を報告した。

 日本の現状打開へ熱気 岩国や沖縄から報告

 岩国基地の沖合拡張反対連絡会議の代表は、岩国市で10年間、大型、中型、地域や折りたたみ式のパネル展示など原爆展運動を継続し、のべ六万人以上の市民が参加したことを報告し、「日本一おとなしいといわれてきた岩国市民を鼓舞激励し、米軍再編反対斗争に立ち上がらせる力になってきた」「福田路線をさらに活学活用し、日本の独立と平和を求める政治勢力結集のためにがんばる」とのべた。
 沖縄県から参加した原水爆禁止沖縄県実行委員会の代表は、『原爆展物語』の沖縄公演への期待が大きく、米軍基地撤去斗争の高揚とも連動して取組が広範な県民のなかに広がっていることを報告した。この間記念館を訪れ福田精神に学んでいくことが沖縄県の運動発展の大きな力になっていると発言した。原爆展を成功させる広島の会の男性は、福田路線を受けつぎ、若い世代に伝えていくことの重要性を強調し、広島でパネルの真実にふれた学生など青年が運動に参加してきている状況を紹介した。
 大阪の高校教師も、文化祭で原爆と戦争展のパネル展示をおこなったさいの高校生や父母や地域の人人の強い反響を出した。山口市の平川地区原爆と戦争展を成功させる会の事務局の男性は、10月に平川地区で開催した原爆と戦争展から学んだこととして、「自分のなかに原爆と戦争展は特殊な人がやるという見方や、やったら誰かに反対されるのではないかとびくびくしてやるというのがあったが、今回は地域の人人自身の運動として成功し、さらに継続して毎年やろうとなっている。誰からも喜ばれる運動だということに確信をもった」と発言した。
 最後に下関市内の元サンデン労働者は「六年間の発展はすごい。福田路線、思想路線、献身性、魂をもってやってきたことが発展に繋がる。ほかではできない。そのような活動が若い人の胸をうって運動を担うようになっている。これからの日本をどうするかに関心がある。今の日本は政治・経済も行き詰まっており、多くの労働者が結集し立ち上がるときにきている。人民に奉仕する精神に徹してやればかならず人民から支持される。アメリカの占領下にある日本をどうするかが当面する最大の課題だ。福田顕彰運動を地域から全国へもう一段階運動を発展させることが日本を変える」と強調した。
 討議終了後、事務局から提案された新役員と議案が満場の拍手で承認された。新役員を代表して柳田明氏が閉会のあいさつをおこない、「日本全国各地、各分野で福田路線を実践していくことが、いま日本全国で必要とされている」と全体の奮斗を訴えた。

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