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人民教育同盟教師座談会
教師の教育的情熱回復を
             金しばりにさせる人権論   2002年9月5日付

 この夏、幼児など弱い者を傷つけたり殺したりするきわめて自己中心的な犯罪がつづけて起こり、人人は戦後の日本社会と教育をふり返って「このままでは日本が滅びる」と心を痛めている。年配者は、「身勝手な自分中心がふえた」「子どもをしかれない教師がふえた」と嘆いている。子どもたちの不登校、学級崩壊といわれる授業が成り立たない状況はいたるところに見られ、子どもを教育する情熱を失って抑圧感、閉塞感にさいなまれている教師も数多い。いま、教育現場はどうなっているのか、それを打開する展望はどこにあるのか。本紙は人民教育同盟の小・中学校教師に集まってもらい、この点をめぐって論議を深めた。
司会 今年は「広島に学ぶ小中高生平和の旅」が大きな成功をおさめ、八・六広島集会、人民教育全国集会では被爆者に学んでいきいきと成長する子どもたちの姿が参加者の感動を呼んだ。青少年のきわめて自己中心的な凶悪犯罪がふえて人人の心を痛めさせており、教師の側を見てもここ一〇年余りの「個性重視」「子どもの人権」という文部省の方向によって教師が縛られ、指導性も使命感も奪われて教育活動に行きづまってゆく例も多いなか、この教育路線の内容を鮮明にして山口県をはじめ全国へ広げていくことは、多くの教師、父母や祖父母のなかで切実に求められている。きょうは、いまの子どもの現状、また激変する家庭生活の状況、それにかかわる教師の実情や問題意識を出しあってもらいつつ、教育運動の方向性について深めていきたい。
 最初に「平和の旅」まできての子どもの変化なり、お母さん方や同僚の先生方の受けとめなどから出していただきたい。

●目見張る子供の成長−魂にふれた「平和の旅」
   うちの小学校では「旅」に行った六年生の子が大きく変化した。これまで学校では委員会活動でもめだたない、人前に出ない子だったが、教育集会では「旅」の成果をすすんで舞台で発表した。二人の男の子も、これまでは仲が悪く泣かしたり泣かされたりという関係で心配していたが、「旅」が終わってすごく仲よくなっている。二人は「旅」の報告集をたいへん喜んでみんなに自慢しているし、お母さんたちもすごく喜ばれて「いい勉強をしました」といわれている。
 夏休みにクラスの三人の子どもの祖父母に話を聞いたが、どの方も同じように「最近の青少年は平気で人を殺したり親を殺したりする」ということにすごく怒っておられた。それは教師にたいしてどんな教育をしていくのかという期待でもあるし、教育集会についても「先生がああいうとりくみをすることはすごく大事」と励まされた。
   五月から五回ほど、三人の小学生とともに「平和教室」と八月五、六日の「平和の旅」に参加した。学年で問題児ベスト1、ベスト2といわれるかれらだったが、H君の母親は「“旅”では息子が学校や家で見せる姿と全然違う」と喜び、I君の父親は「夏休みに自分で宿題をするようになった」と喜んだ。I君は友だちができない子で、「みんなから信用されていない」と悩んでいたが、「旅」で友だちがたくさんできて楽しかったと、それがふっきれたようだった。荒れたクラスの問題児・J君は、八月九日の登校日の平和集会で、みんなのまえで堂堂と「旅」の感想文を読んだ。
H君の母親は「旅」の報告集を何冊も預かって近所で広げているし、「学校でなんとかしたいですね」「ここでも平和教室ができたらいいね」といっている。
   下関から参加した小学生のK君は、日ごろはゲームボーイに夢中で親が声をかけても顔を上げない、人の目を見て話をしない子だったが、その子が被爆者の方の話を食い入るように見つめながら聞いているのを見て、母親がとても驚いている。わがままだったLさんも、「旅」から帰ると親のいうことにきちんと返事をするようになったし、二日間の強行軍でとてものどが渇いているのに「冷蔵庫にジュースがない」と文句をいわず、お茶でがまんした。被爆者の人たちに学んだことが行動となってあらわれているし、それをお母さんたちが見のがさない。
 山口から参加した小学生も「友だちができた」「お兄ちゃんやお姉ちゃんと仲よくなった」「リーダーをはじめてやってみんなをまとめることができた」ということが大きな喜びとなっている。
   「旅」に参加したM君は、五年生まで学校不信、不登校、保健室登校の子だった。「旅」が終わって友だちから「Mはものすごく変わった」といわれ、一人っ子で甘やかされていたが自主的に家の手伝いをするようになり、「二学期からは遅刻も欠席もしないようにする」と変わってきた。これにはとくに祖父母が喜ばれている。
 Nくんは片親で、五年生まではいじめられて金を巻き上げられるし、いろんなことに自信がもてずに、友だちの輪のなかに入っていけないという傾向をもつ子だった。それが「旅」と教育集会に参加するなかで、同じ学年の友だちだけでなくて高校生から低学年まで、よその学校の子とも友だちになれて、「友だちがものすごくふえた」と目をキラキラさせていっている。
 Oさんは学校や教師にたいして不信感が強かった。それが広島への修学旅行、「旅」、教育集会に参加するなかで、「いままでは一人突っぱっているという感じだったが、“旅”のなかで多くの仲間と平和をめざすんだというのがわかってきて、O子自身の言動が変わってきた。いままで七夕の短冊には“キティーちゃんがほしい”と書いていたが、今年は“世界平和になりますように”と書いている。教育がこの方向でいけば子どもはかならず変わる」と、お母さんがいわれている。お母さん自身が子どもといっしょに成長していこうとしている。

●全く違う学校の現場 教師にも閉塞感
 司会 学校とまったく違う姿を見せる子どもたちが父母や祖父母の喜びになっている。それは、旅がまさに人民の学校になっているからであり、被爆というすごい経験をした人人が、どんな困難ななかを、どんな思いでがんばってきたか、それはまさに魂にふれる教育だったからであり、高校生リーダーから小学生までの縦系列の、「旅」の目的と規律で団結した異年齢集団のなかで変わっていった。そこで、学校教育の現状はどうだろうか。
   いまの学校の状況を見ると、今年度から指導要領が変わり教科書が様変わりして、国語も社会も内容が大幅に削減され、すべてが「興味をもって調べよう」という総合的学習のようなものになった。このおもしろくない教科書をおもしろく教えようとあせるが、子どもたちが受け入れないし、勉強の意欲をなくす。国語では心情を読みとらせる教材がなくなり、子どもの興味をひこうとして勝った負けたのクイズ形式でさせたりゲーム的なものをとり入れてやるが、うまくいかない。その影響で学校生活が遊びに流れ、トランプや将棋をもちこんできて、それを怒ると子どもたちはさらに反発する。勉強がよくできておとなしい、全然問題のない子どもが七夕の短冊に「学校なんてなくなってしまえ」と書いていて、すごくショックだった。
  今年から教科書が変わった。小学校は全教科を教えるわけだが、教材研究をきちんとしないといけないけど、する時間がない。教える内容も自分自身が理解してから教えることができない。国語などでも、インターネットを使ったりして発表させるようになっているので、担任一人ではできない。教師が毎日午後の六時、七時まで残って仕事をしていることはざらだ。土曜日が休みになって「楽になる」といわれてきたが、まったく違っている。
   親の生活が貧困化して、校納金が払えないとか給食費が払えないとかいうことが、教師のなかでは相当話題になっている。しかし、家庭訪問がなくなり、ますます子どものこと、家庭のことがわからなくなる。これではやれないということで、家庭訪問を夏休みに復活させた学校もある。
 中学生はバイトは新聞配達以外は禁止されているが、最近は家庭の貧困化で違うところにバイトに行っていて見つかることが多いという。どうするかということで校長が教育委員会に相談に行くと、「それはダメだ」となったが、親にいうと「そんなことをしたらうちは食べられなくなる」という。こういう状況がどんどんふえている。

●大声も出せぬ教師 すぐ「人権」「体罰」
   中学校は子どもたちの荒廃のあらわれがすごい。多くの同僚が指摘するのがこの一〇年余りの変化で、文部省が「新学力観」をうち出し「個性重視」「興味・関心第一」「子どもの人権」といいはじめてから、目に見えて「自己中心」がめだち、自分勝手な子がふえた。すぐ友だちといざこざ、ケンカを起こすし、これをしてはいけないとか、結果がどうなるかをなにも考えないでまさかと思うようなことをやってケガをする。また人と人との関係がものすごく希薄で、人間関係が結べない。「自由・民主・人権」の考え方が子どもたちに大きく影響している。この変化に教師のなかでも「なんでも“自由”ではいけない。教師はやはり指導しないといけない」と意識が変わってきている。
 中学校は受験をひかえているので、二〜三年まえまでは「成績のことを出せば、子どももどうにかなる」というのがわたしたちのなかであった。いまこれがきかない。
 教師というのは、少少忙しかろうが、子どもと真正面から格斗してそこで気持ちがかよいあえば、それが生きがいだ。しかしいまはそうではないので、二学期をまえにして足が重くなる。みんな本気でここからの出口を探し求めていると思う。
   中学校の教師のなかでは、「個性」とか「自発性」が強調されはじめてから、学校のなかが全然落ち着きがなく規律性がなくなって、自分の思いで好き勝手に行動する子どもがふえていることが問題になっている。学校が絶えずざわざわしている。どこでガラスが割れるか、どこでものが破れるかわからないような状況にある。学校に来るたびに集団で悪くなるし、親が家で指導するわけでもない。要するに「子ども天国」になる。
  いちばん感じることは、子どもが悪いことをしたときに怒れなくなったことだ。「そこに座っておれ!」といったら体罰になるんじゃないかと不安になる。「座らせたままで、給食の時間に食事をさせなかったらおおごとになる」ということが頭をかすめ、「子どもの人権を侵害するのではないか」というのが浮かんで、結局それで大きな声も出せなくなってくる。子守をしているようなものだ。
 一人の子どもをきびしく育てようとしたら首をかけてやらないといけない。いまごろの子どもは「出ていけ!」といったら平気で出ていって、「あんたが出て行けと行ったから出ていくのだ」と開き直る。そうするとそのつぎをやらないといけない。しまいには手や足も出る。すると「体罰だ」「教育委員会に訴える」といって一部の親が騒ぐし、マスコミがとびついて騒ぐ。だから、そうなるまえに、最初からやめておこうとなってしまう。あたりさわりのないように教育するわけだから、教師としての情熱も信念も薄れていく。しかし子どもの指導が「自由」「人権」では、その結果がどうなるかも見えるわけだ。だから余計いらいらする。
 部活に入れれば規律性があってきたえられるといわれてきたが、最近では部活が成り立たない。きたえられるのをいやがって子どもが来なくなっている。強いチームといわれたバレー部が、「きょうは○○があるから出られません」という子がたくさんいて、集まったら数人しかいないし、それをしめる先生もいない。
  最近「ハレンチ教師」の問題がよくマスコミでたたかれるが、光の中学校のハレンチ事件で摘発された教師は、土・日も教材研究を欠かさないし、子どものことを中心に考えるまじめな先生だった。そういう先生が子どもから気がそれて事件を起こすのはなぜか、それほどいまの学校が閉塞感におおわれているということではないかと話されている。

●反省もせず逆に攻撃 殺人に通じる性質
 編集部 子どもにとっていまの学校はクソおもしろくもない。ところが、教師にとってもおもしろくない。学校は子どもと教師しかいないのだから両方でおもしろくすればよいのだが、外側からの抑圧が大きいということだろうか。
   退職までもたない、早くやめたいと思っている教師は少なくない。「一〇年も校長をしていたら命をとられる」という人もいる。その校長のなかで、一〇年まえの「新学力観」や今回の新指導要領について、「こんな教育をやってほんとうに子どもがまっとうに育つと思っているのか」「文科省は教育理念がなくなっている。文科省がなにか方針を出すたびに、現場はどうしてよいかわからなくなる」という怒りは強い。そして「いちばんいけないのはあの“人権”だ。あまり大きな声ではいえないが、自己中心の子どもが育って日本はめちゃくちゃになっている」といっている。
  編集部 昨年、本紙で「名池小問題」をとりあげたとき、全県の教師や親や地域のお年寄りから圧倒的に支持された。「ハレンチ事件」というが、子どもがおおげさにいったことを親が真に受けて「訴える」と騒ぎ、それにマスコミがとびついて大大的に宣伝し、警察ざたにまでなった。そして「犯人」とされた清掃業者は職を失いかねない状況に追いこまれた。「子どものいっていることはウソだ」といえない。「子どもの人権」問題といってこうしたいびつな構図が社会的にできあがっている。
   経験のある教師から見れば子どものいうことがウソだとわかっていても、最近の親は子どものいうことが全部正しいと思ってゆずらない。一昔まえだと、親は子どものいうことを疑ってかかっていた。なにが原因かを探ろうとしたし、実際を客観的に把握して怒るときは怒るという構えだった。最近は「自由・民主・人権」のイデオロギーが浸透して、「子どものいうことが絶対的」となり、子どもは親をだまして平気という風潮になっている。「子どもを疑わない親が進歩的」「ものわかりがいい親」だとして、社会的に幅を利かせるという傾向がある。一部の親だが、子どものいうことを真に受けて学校に訴えに来られて、たいしたことでもないのに教師も大騒動する。こういう形で教師の指導性が抑えこまれていく。
   親のなかも大きく二極化しているということではないか。自分の教え子が親になってわたしにいうには、「いまごろの先生は子どもを怒ることをしない。先生、もっとどついて、しかってくれないと困る。子どもが育たない」という。働く親のなかではそういう親の方が圧倒的に多い。かと思えば反対に、中産階級の親に多いが「いまごろの先生は子どもの気持ちがわからない人が多い。すぐに子どもがウソをいったと疑う」といってくる親もいる。
  編集部 子ども自身が自己中心で悪いことをしているのに、それが見つかって、怒られたりたたかれたりしたら、自分のことをふり返って反省するどころか、反対に怒った側を攻撃し、仕返しをしようとする。「人権路線」がはびこるなかで、怒ったりたたいたりすると子どもが「児童虐待」「訴える」といい返す、そういう面での屁(へ)理屈が発達している。「人権路線」はひじょうに攻撃的だ。
   この自己中心主義は、戦争という場面で武器を与えられ人殺しが合法的となれば、冷酷無比な殺人兵となるだろう。それはある意味、戦前よりもひどい。「自由・民主・人権」というのは、アメリカが戦争をしかけるイデオロギーで、ものすごく凶暴な性質をもっている。
   今年から通知票の評価が相対評価から絶対評価に変わって、「情報開示」ということがしばしばいわれるようになった。親から「なぜこういう成績になるのか」と疑問が出されたときに、納得のいくような答えができるように示せないといけない。そして校長がいつもいうのは「いいことを書きなさい。励ますように書きなさい」「親というのは子どもが成長したことを聞きに来るんだから、悪いなどといってはいけない」といわれる。そうすると子どもを見る目が誤ってくる。 

●現実の生活との遊離 戦後「自由」はき違え
  編集部 大方の親は少少点数はどうなろうが、まちがったことはたたいてでもはっきりさせて性根の入った子どもにしてほしいと考えているし、そういう親はふえている。「子どもの人権」といってなんともいえない体制が上から抑えつけ、教育が現実の人民生活からはるかに離れたところにいっていることが問題ではないか。
 今年の原水禁運動のとりくみのなかではっきりしたことだが、広島市民、とくに被爆者のなかでは教育にたいする問題意識がものすごく鋭い。アメリカによって原爆を投げつけられた広島の子どもが、被爆者であるじいちゃん、ばあちゃんの話を聞かない、子どもが広島の子どもでなくなっているのだ。アメリカの側からの「日本人は悪いことをしたので、原爆を落とされてもしかたがなかった」という宣伝に広島市当局や平和資料館、広教組の活動家が屈服し、この植民地教育によってどこの国の人間かわからない人間をつくろうとしている。広島は異常なる「人権教育」の拠点であるが、そのもとで「暴走族と低学力が日本一」というような状況がつくられている。
   山口県の代表が日教組中国ブロックの集会で「旅」と山口県の平和教育を提起したら、「加害者論」で「人権派」の教組活動家から総攻撃を受けた。かれらは「被爆者は偽善者だ。自分の加害責任をおおいかくして、被爆体験だけを語っている」という。被爆者に憎しみをもっていると感じたといっていた。それが広島の平和教育をおおっているから、広島の被爆者にとってはたまったものではない。
 被爆者の方がいわれるのが、「戦後、自由をはきちがえて、教職員組合が“教師は労働者”だといいはじめ、権利、権利といってきた結果、子どもの教育がデタラメになった」と。そのことにたいする怒りがどっと出た。そこでいう「人権」というのが個人の人権で、自分の人権をとことん守るためにはいかなる他人の人権をもじゅうりんしてはばからないというものだ。
   ここでの日教組の組合主義路線の犯罪は大きい。
 わたし自身ふり返ってみても、地域のPTA会長や自治会長は反動で、政府の政策に反対するものだけが「同じ仲間」という意識できた。学校のなかでも、子どもの教育の中身ではなく、とにかく校長・管理職といえば反発してきた。また日教組運動の中心が子どもの教育でなくなり、経済斗争に傾斜していくなかで、「わたしの権利」が第一となり、しだいに親や同僚から忌み嫌われる存在になっていった。
 その根底には、戦前は軍国主義でこれには反対するが、戦後は民主主義でよくなったという意識が強くある。しかし地域の被爆者や戦争体験者は、戦後五七年たち、アメリカの支配で日本はデタラメな社会になった、民主主義でもなんでもない、といっている。教師がこの反米愛国の思想とピッタリ一つになれば、社会を変える大きな力になると思う。
   わたしもこの間の教組運動の経験から、「官製研修反対」といって、本気で教材研究をすることをさぼり、その結果子どもへの教育力はつかないが、それでも「なにもしないのが進歩」と考えてきた。そして「上のいうことをそのままやる」職場の同僚はみんな「敵の手先」と見て、なんでも自分一人でやろうとしてきた。しかしこうした組合主義は破産している。

●破産する人権路線 地域でも危惧広がる
  編集部 教師が親や地域との日常的な信頼関係があれば、はじめに出された「平和の旅」のような父母や祖父母との関係ができていけば、親の方からも「あの先生に怒られるようなことをして。おまえがまちがっている」ということになる。しかし教師の側が親や地域の人民の側に立つという自覚がなく、そこから縁のないところにいれば、なにをやっても閉塞状況となるのではないか。
 文科省や学校教育の権威がなくなり、また日教組の組合主義型運動も破産して、教師や父母のなかでは浮き上がった存在になっている。いい成績をとっていけば世の中なんとかなるという幻想もふっ切れている。それは人民の側に立った教育を大多数のものが渇望しているということだし、それは今年の「旅」にたいする大きな反響からもわかる。そういう意味でひじょうにいい情勢になってきているといえる。
   子ども同士の関係も、日常的にはものすごく希薄で、一人一人が孤立している。だから「旅」のなかで、大きい子は小さい子の面倒をよく見るし、小さい子は大きい子のいうことをよく聞いて団結して行動する、そうした「温かい集団」に高校生から小学生までがあれだけ喜ぶし渇望している。そして、「子どもの人権」というが、目的を達成するためには指揮に従い規律をもって行動するし、それに反対する行動をしたら怒られたりすることは、みんなをまとめるためにはあたりまえだという。そこにいくには一人一人の葛藤(かっとう)をへたわけだが、それによってみんなが成長したことを喜んでいる。
  大きな歴史発展の道筋にそって、人民的な方向でやっていけばかならず信頼関係が生まれる。そして、子どもを育てるうえで青少年運動の力が大きいということだ。
   「旅」に参加した小・中・高校生は「平和の担い手になる」という大きい目標で団結しているわけだが、それを頭で理解してそうしているわけではなくて、学校のなかの呪縛(じゅばく)からまったくときはなたれていったときに「旅」のように団結する。かれらは本来それを求めている。「旅」を運営するその場に貫かれているイデオロギーが人民的で安心できるものであり、高校生リーダーがそれを体現しようと奮斗しているからだし、一度それを経験すると忘れられない。だから、逆にいまの学校がいかにとげとげしくて、まわりはみんな敵、こうしたらあいつにやられるのではないかと、戦戦恐恐としてふるまっていなければならないかだ。

●自然体で大きな成長 生き生きする子ども
  編集部 「平和の旅」はきわめて自然体だ。子どもにじいちゃん、ばあちゃんが被爆体験を語るし、「親をたいせつに、友だちと仲よく」「人の心がわかるように」「弱い立場の人をいじめないように」「困難に負けずにがんばる気持ちを」「原爆や戦争を憎む気持を忘れないで」と話す。それを聞く子どもたちは、大きい子が小さい子の面倒をみて仲よくやっていく。
  日ごろの学校は特別のイデオロギーを注入しているという印象だ。だから子どもが総反発する。学校に来ている子どものほとんどは勤労人民の子弟だ。教師がその勤労人民の側に立つなら子どもたちと気持ちがつうじるが、そこに無自覚なら反発される。「子どもの人権」というイデオロギーで手足を縛られている。
   親のなかに入ってみると「子どもが悪いことをしたら、ちゃんとしかってほしい」と、教師が子どもを正面から怒ってくれないことを不満に思っている層の方がはるかに多い。しかし学校の側から見ると、「体罰はいけない」という世論の方が大きく見える。社会の体制そのものがそっちを擁護しているから、それがすごく大きく見え、押しつぶされそうになる。教師が社会から遮(しゃ)断されているから。
 親や地域のなかの「人権派」が「体罰だ」と騒ぎ、マスコミが動き、警察が動く。こうした権力による抑圧とたたかうためにはやはり組織がいる。教師の組織がいるし、教師だけではなく地域の各階層人民との団結がいる。教師のなかでは、教組運動があるべき姿をとりもどしてほしいという要望は強い。
  「平和教室」のような、教師が地域の勤労父母、祖父母と結びついて、よく理解していく努力をともなって子どもの教育をやっていくなら発展するという確信がもてる。
   校区は企業城下町で、リストラの嵐によって、労働者や勤労人民は痛い目にあっている。企業は自分たちが生き残るためには労働者の首を切ったり土地を売却したり家を追い出したりして、弱肉強食の社会になっている。それが「旅」では温かい雰囲気、自分を解放できる雰囲気があったと、子どもたちがたいへん喜んだ。
 「旅」では子どもたちと同志的な関係が結べる。同じ目標にむかってがんばっている仲間と見れる。教師が地域の被爆者や戦争体験者の人たちの時代意識を共有するかどうかが問われていると思う。

●親や地域の願い代表 創造的な教育に確信
   うちのクラスは学年でいちばん荒れたクラスだというのはみんな知っているわけだが、「旅」の報告を学校ですると、子どもたちの成長に校長も同僚教師もみんなが喜んでいる。親もなぜ旅に行かせたのかと思っていたら、ある父親は「平気で人殺しをする事件が起こる時代、少少なぐってもわたしが責任をもつ」「失敗しても、困難なことに出合っても負けないたくましい子にしてほしい」といわれた。「旅」をとおして子どもの成長、親や地域の思いがつかめ、確信になった。これまでは理屈で考えて、「子どもの人権」の立場にいた。大多数の人民の側に根をおいてやれば、これからもっといろんなことができるんじゃないかと思っている。
  編集部 広島に行くと「禁」「協」「広教組」がなんと力のない、ぬけ殻のようになっているかがわかる。人民のなかであれだけ嫌われたら話にならない。他方で、小泉首相が広島に行ってそそくさと逃げ帰ったように、反米の世論がこの一年、ものすごく強くなったが、そのいちばん先頭に立っているのは下関からはじまった「原爆と峠三吉の詩」の原爆展運動だし、われわれの運動だ。
 教師が勤労父母の側に立つこと、しかも、自己中心イデオロギーというような反動イデオロギーとたたかって、人民団結の発展的なイデオロギーに立つこと、そして、人民の願いであるより発展した平和で豊かな社会の担い手を育てる。そのために身を呈してたたかう。そういうことが求められる。
   子どもに接するとき、「旅」に参加するときは教師であるわたし自身リラックスして、「子どもたちといっしょに勉強しよう」と意欲をもってやれた。これが学校だったら、教師がヨロイをいっぱい着て、ぎすぎすして子どもに接している。子どもたちにもそのヨロイが見えているのだろう。学校だったら子どもたちが発表するのも目を三角にして「失敗したらどうするか」とビクビクしているが、「旅」では子どもたちを信頼して「がんばって」「だいじょうぶよ」とおおらかな気持ちになれた。それがなぜ学校でできないのか。
  そこには自分自身が敵のなかにいるということがあるのではないか。先日、「旅」の報告集を見せると、はじめて会う先生がずっとひきつけられて読んでいた。「旅」のことが知らないところで話題になり、歓迎されている。これまでの自分だったら切り捨てていたわけだが、同僚の教師や地域の人人のなかにものすごく力がある。いまの学校の閉塞状態に穴をあけることを求めているし、いっしょに穴をあけることをやらないといけないし、そこではみんなはものすごい力を発揮すると思う。そこを信頼していく。「上のいうことばかり聞いている」と見てしまいがちだが、同僚も文科省のいうことを別に好きでやっているわけではないし、工夫と抵抗をしつつがんばっている。そうした力を束ねるように努力していくことではないか。いまの状況は、穴がちょっとあいたらドーンと爆発するような、そういうところに来ていると思う。
 司会 きょうはこのへんで。二学期も奮斗しましょう。

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